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8‐8 お前はなぜここに立っている?

「激しい乱戦を生き抜いた十六人。その中で最強を手にできるのは、たったの一名のみ。唯一無二の存在を見極めるのにふさわしい演目と言えば、このタイマン勝負以外にないでしょう。ここに集いし強者たちよ。その力を存分に奮い、その頂点を目指せ! 最強決定戦トーナメント本選。ここに開幕!!」


 待ちに待ったメインイベントに、観客たちが意気揚々と歓声を張り上げていく。その熱気を、本選出場者である俺は、試合場に続く扉越しに耳にしているのだった。日の光をも完全に遮断された扉一枚。会場の様子を目にしなくとも、想像に容易い光景が自然と浮かんでくる。隣には対戦相手であるグルマンがいて、背中にはしっかり銀の斧を背負っている。


「小僧」


 突然名前を呼ばれ、顔だけ向ける。


「この場にいる以上、お前にも目指すものがあるのは分かっている。俺にもそれがあった。最強というのに、ただただ憧れていた時期がな」


 予選で見せていた形相とはまるで違う、とても落ち着いた様子で昔話を聞かされる。


「ワシがまだアンヌと出会ってなかった頃は、その最強欲しさにこの決闘祭りに何度も乗り込んだものだ」


「はあ、そんな頃が」


「ああそうだ。賞金なんかに目もくれず、ただひたすらに強者と戦うのを楽しんでいた。小僧。お前もそんな思いを持って、今ここに立っているはずだ。そうでなければ、あの大人数の予選を勝ち上がるなんて無理な話しだからな」


 だいぶ考えが独り歩きしているようだが、俺の微妙な表情に構わずグルマンは喋り続ける。


「最強の二文字。どうしてワシらは、そんな言葉のためにこれだけムキになってしまうのか。アンヌと出会った後でも、ワシの闘争本能は抑えきれず、とうとう今年も出場してしまったわけだ」


「前回の祭りにも出場してたんですか」


「ワシはアンヌのためにカカ村に行って、そこで力を見せつけて村長に昇り詰めたわけだが、その前はラディンガルに一人で住んでいたからな。好き放題やってたものだ。小僧。今のお前を見てれば、その時のことをよーく思い返せる。頂点に思いを馳せ、トーナメントの猛者をすべてなぎ倒してやると決意したあの時。うんうん。今のお前は、まるで昔のワシのようだ」


 勝手に過去の自分に俺があてはめられていく。どう返事をしたものかと困ってしまったが、「だがな……」と思わせぶりに呟いてくると、俺を蔑むような目で見てきた。


「犯罪はいかんからな、小僧」


「やってませんって!!」


「嘘言うな! ワシのセレナを襲っておいて、よくも平然としていられるものだな!」


「だからそれは誤解なんですってば!」


 俺は必死に大声を張り上げたが、グルマンの手がすっと突き出され、俺の顔面横の壁をドンッと叩いた。


「黙るんだ小僧。つまらない嘘しか言えないその口を、ギッタギタに切り裂いてから体を八つ裂きにして、この場所をお前の墓場にしてやるからな!」


 人生初の壁ドンで言われるのが殺害予告とは。俺の顔を犯罪者のようだと言う人間はいたが、今のグルマンのがよっぽどそう見える。このままここで殺されるんじゃなかろうか。そんな心配すら湧き起こった時、通路側からある女性が歩いてきた。


「ここを墓場にするとか。ププ、超ウケるんですけど」


 いかにも若い女性の声に、俺たち二人の顔が通路側に向けられる。そこには、金髪の縦ロールが目立つ白人の女の子がいた。ぷっくりとした色っぽい唇をしているが、年齢は俺より少し下だろうか。巻かれた髪を指で巻いていじる彼女は、さっきの言葉遣いからしてなんだかギャルを思わせる。その印象とは裏腹に、身に着けている装束が、紺色の帽子をつけた礼拝堂にいるシスターの衣装で、一瞬俺はコスプレを疑ってしまう。だがその右手には、アストラル旅団のレイシーが持っていたような、頭部に黄緑色の魔力石がついている金の杖を握っていた。


「あの、あなたはまさか、シスターさん?」


 確認のために聞いた言葉に、彼女は自分を指差しながら答える。


「ウチ? ウチはミリエル。君の言う通りピトラの修道士シスターで、今回のコロシアムで出たけが人を回復させてるって感じ~」


 清楚な服装から、想像以上に吹っ切れた話し方が飛び出してくる。この異世界では普通のことなのだろうか。いつの間に離れていたグルマンにちらっと目を向けてみたが、そこには思った通りのまぬけ顔があった。


「い、今時の修道士は、こんなんなのか……」


「アッハハ! 超ウケる。こんな性格してんのウチくらいだっつの」


 手を叩きながら大げさに笑うミリエル。彼女に自覚があるだけマシなのか? そう思っていると、ミリエルは握っていた杖を俺に向けて掲げ出した。


「ほんじゃ、今からリジェネレーションかけるから、じっとしててぇ」


 適当な言い方をしつつも、ミリエルが念じるように目を閉じていく。杖の先端にある魔力石が優しく光り出すと、俺の足下に黄緑色の魔法陣が作り出され、次第に俺の体全体も光に包まれていった。これは以前、グレンたちとダンジョンに潜った時、レイシーが使っていたのと同じものだ。光に満ちていく俺の体。それは徐々に薄くなって最後には消えていったが、俺自身はなんの変化も感じられなかった。


「ん? 終わったのか?」


「オッケーオッケー。これで君は体を真っ二つにされても、一回までは大丈夫だから」


「物騒なこと言うな……」


 俺が引いていると、ミリエルはまた派手に笑った。


「プッハハ! 別に怖がる必要ないし。致命傷に関わるケガを負っても、一回までなら耐えられるっつの。それに審判もちゃんとついているし、全身が光ったら負けの合図って決まってるから、死ぬとかマジありえないからね」


「そういうルールなんだな。知らなかったよ」


 ミリエルが次にグルマンに向かいあい、さっきと同じように魔法を発動させていった。その光で体が包まれていくと、グルマンが俺に話してきた。


「わかってるか小僧。この魔法がある限り、ワシらは殺すつもりで戦うことができるということだ」


「できるも何も、グルマン村長は最初っからそのつもりじゃ……」


「手加減はしないぞ。今日ワシはお前を倒した後、必ずセレナを村に連れ戻すからな」


「そ、それはさすがに、やりすぎなのでは……。セレナだって、そんな急に言っても納得しないだろうし」


「いいや! 何がなんでも連れ帰る! 貴様の横に置いといては、またいつ襲われるか分かったものではない!」


「だから襲ったわけでは……」


 俺はそう言い返そうとしたが、それではさっきと同じことの繰り返しになると気づき、たまらず頭を抱えてしまった。なんとかこの頑固な父親を説得できないか考えていたが、その解決策を口にしたのは、まさかのミリエルだった。


「あーのー。話しの意味はさっぱりやけど、素直に勝った方が、そのセレナって子を持ち帰ればいいんじゃないっすか?」


「持ち帰る?!」と俺は声を荒げたが、グルマンは鼻で笑っていた。


「フン。勝負で決めるというわけか。まあそれでもいいだろう。このひょろそうな小僧が、ワシなんかに勝てるなんてあり得ないしな」


 余裕しゃくしゃくな態度に、即決されたことに俺はため息をつく。「んじゃあとはお好きに~」とミリエルはそう残してその場を去っていくと、入れ替わりでウグーがトコトコ懸命に歩いて俺たちに近づいてきた。


「こっからほんせん。ふたりとも、じゅんびはいいのか?」


 試合前最後の準備時間。グルマンは「いつでもできとるわ」と当然のように返すと、俺は一度サーベルの柄を触ってみる。本々セレナに勝手に名前を書きこまれて参加した決闘祭り。成り行きでやってみた割には、もう充分すぎるところまで来ていることだろう。肝心のセレナだって情けなく降参したわけだし、俺が逃げだしても何かを言われる筋合いはない。目の前の男がそれを許すかどうかは別だが……。


 けれどまあ、ここまで来たらやるしかない。一応ここに来るまで、色んな人に戦い方を教わったこともあるのだ。それに昨日、自分の才能を確認するために積み重ねた特訓もある。その才能が本物なのかどうかの証明をするのに、この舞台はうってつけだ。


「俺も、心の準備は済んでる」


 きっぱり言い切った一言に、ウグーは納得するように深くうなずいてくれた。そして、閉ざされた両扉に振り向き、円形のドアノブに羽の先をかざした。


「それでは、ごぶうんを」


 柔らかい羽毛を全力で押していき、徐々に徐々に扉が開かれていく。ピッと日光の筋が俺たちの間に差し込んでくると、同時にくぐもっていた観客の声がはっきり耳に入ってきた。会場全体からの熱気は、次第に肌にへと伝わってくる。それは、照り焼ける真夏の太陽より、コンサート会場で吹きあがる炎よりも、もっと熱いものだった。


 大歓声。ワーワー、キャーキャー。そんな生易しい表現では表し切れない。どこかで常に、人の死体でも見つけているんじゃないかというくらいの大騒ぎだ。そんな大注目の試合場に、俺は少し不安を覚えて戸惑ってしまう。だが、隣で何食わぬ顔でグルマンが進んでいく。それに置いてかれるわけにはいかない。そう意を決すると、俺は試合場に足を踏み出した。


「さあ! ただいま入ってきましたのは、最初の試合を行う二人の戦士! 片方の戦士には見覚えがあるって? それもそのはず。あの雑な髭を生やした彼こそ、歴代の決闘祭りにて、予選突破率百パーセントでありながら、トーナメントの一回戦突破率ゼロパーセントという、ある意味誰にも成し得られない記録保持者である張本人なのですから。カカ村の村長、グルマン!!」


 アガーの紹介から、予想外過ぎる説明が飛んでくる。予選突破率百パー。意外に実力がある人だったのかと思っていると、グルマンは「やかましいわ」と舌打ちするのが俺には聞こえた。


「対するは、同じくカカ村からやってきた平凡そうなこの男。明確な出身などは分かり切っておらず、予選でも薄すぎる存在感ゆえ、審判にすら認知されなかった未知なる戦士。ハヤマアキト!!」


 律儀に出身を調べていたのか。話した覚えもないのに、一体アガーはどこでそんな情報を手に入れたのだか。ふとそんな疑問を抱いてしまったが、満員で埋まっている観客席の中で、ある人はもっと悩ましいことに頭を抱えていた。


「あわわ。まさかお父さんとハヤマさんが最初に当たるだなんて。私、どっちを応援すれば……」


 ある種究極の選択を迫られていたセレナ。そんなことを知らずに、アガーによって祭りは進行されていく。


「同じ村から参加二人が、まさかの一回戦目で激突。これは因縁か、それとも運命なのか。ルールは先ほどのエキシビションマッチと同じ、お二人にはリジェネレーションを付与しており、先に魔法の効果が切れるか、もしくは降参をさせた方の勝ちです」


 試合場の真ん中まで歩いていき、グルマンと対峙するように正面を向き合う。膨大な人数によって構築された祭りの観客からの目線が、真昼の砂漠に放り出されて焼けていくように強く刻まれる。その苦手な環境に顔が赤くなりそうになるが、俺は瞑想するように自分に言い聞かせた。


 ミスラとの稽古があったこと。魔物に対して避ける技術が上達したこと。そしてなにより、昨日チャルスとの特訓で編み出した、とっておきがあること。


「小僧」


 グルマンにいつものように呼ばれ、俺は目を開ける。


「これは男の勝負だ。この試合でお前が負けた場合、セレナは返してもらう。男の決め事にもしもはない。分かってるな?」


 やけに真剣な眼差しで語ってくるグルマン。勝負事には正直ということだろうか。思えばトーナメントの抽選が終わってから、予選までグルマンにあった怒りはどこかに消えているようだった。


「お前はなぜここに立っている? 弱い意志を持つ者には、あまりに場違いな場所。どうしてお前はここまで上がってきた?」


 今の覚悟を聞かれているようで、俺は少し考えてから真剣に話す。


「……俺には最強とか、そう言うのに興味はないです。ここまで来た理由を挙げるとしても、賞金が欲しかったから、っていう理由だけです。けれどまあ、意外に予選を突破できてしまったことで、密かに確信してきていることがあるんですよ」


「ほお? 何を確信してきていると言うのだ?」


 その問いかけに答える前に、俺たちの間に魔法陣と五つの炎が浮かび上がる。その熱気の揺らめき越しに俺はこの言葉を投げかけた。


「多分俺は、戦える人間です」


 はっきり、真っすぐ目を見てそう言い切る。それが合図だったと言わんばかりに消えていく炎。二つ、三つ、四つと。ふっと消えゆくそれを見ていると、グルマンは鼻で笑いだした。


「ッハ。戦える人間とは、カッコつけたもんだ。さすがはワシが見込んだ男……とでも言うと思ったか?」


 急激に低い声に変わったことに、俺は「え?」と肩透かしを食らった。顔をふせたグルマンが背中の銀の斧を手に取ると、俺にギョッとするようなきつい目つきで睨んで、ぞわっとする声色でこう言うのだった。


「幻滅だ、変態め」


「……いや、……あ、え?」


 キョトンとしてしまった瞬間、五つ目の炎と魔法陣が消えた。

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