8‐6 面倒だな……でも――(ガネルVSラフィット)
「こ、これは……試合が動きません。一体、何をお考えなのでしょうか?」
沈黙だけが流れる試合場。実況のアガーも困惑してしまうと、その原因である棒立ちのガネルとラフィット。最初にそれを破ったのはラフィットだった。
「あのう……ガネル国王? このままでは、会場が冷めてしまうのでは?」
人差し指で頬をかきながら投げられた質問に、ガネルは呆然と立ち尽くしながらこう答えた。
「……戦闘態勢に入ってない者を倒すほど、虚しいものはない」
「戦闘態勢?」
ラフィットが自分の右手を見てみる。そこにはちゃんと、いつも愛用している軽めの剣が逆手に握られている。
「僕はいつでも準備できてますけど……」
困った表情を浮かべるラフィットに、ガネルは若干顔を上げ、蔑むような目をしてみせた。
「王子。その武器だけで、どう俺と戦うつもなんだ?」
また頬をかくラフィット。
「えっと、それってまさか……でも、一応ルールを違反してはいけないと思いますけど……」
「俺が相手したいのは、凡愚な武器しか扱えない弱者ではない。己が持つ才能を最大限まで引き出せる強者。すなわち、すべての力を使う王子だ」
「はあ。乱暴な言い方ですねぇ」
そう言いつつ、ラフィットは剣を納めて背中の弓を手に取り、弦を引いて矢を引き絞る構えを見せた。しかし、その弦に矢はついていない。それどころか彼の装備に、矢筒なんかは一切見当たらない。
「さっきの言葉、本当なんですよね?」
ガネルが表情変えずに「当然だ」と答える。それにラフィットが「だったら……」と呟いた瞬間だった。
「これ、使ってもいいんですよね?」
弓を引く彼の手元が光り出す。その手には、雷で作られた矢が引かれていた。それを見た瞬間、ガネルがにやりと笑みを浮かべる。そして、喜びと期待の混ざった表情をしながら、会場全体に聞こえるほどの大声で叫んだ。
「ああそうだ! 全力でかかってこい! ラフィット王子!」
ラフィットが手を離した瞬間、一本の雷が高速で走った。瞬きすら許されなかったその速さに、ガネルが巨斧をすぐに持ち上げる。鉄がはじけるような轟音と爆風が会場全体に広がる。彼の目の前で雷の挙動が曲がると、九十度真上の空へ飛んでいった。
「うわ、僕の矢をはじくのか」
少しだけ驚愕するラフィット。彼の目に、巨斧をガネルの再び弦を引き、もう一度矢を放ってみせる。
「っふん!」
手元から一瞬で飛んでいく矢。そのすさまじい速度にガネルが巨斧を振り切ると、気が付いた時には矢は試合場の壁に煙を上げて砕け散った。
「うーん、やっぱり通用しないのか。さすがガネル様だなぁ」
「王子」
ガネルはラフィットをそう呼び、一度巨斧を杖に見立てて地面に突きたてる。
「この世界が魔王に支配されていた頃、王子のいるフェリオン連合王国は、魔王の支配下に置かれていた。中立の国と呼ばれたそこに、武力なんかはあってないようなもの。それで王子の父は、あっけなく魔王に国を委ねた。違うか?」
「うーん、違くはないけど、それがどうかしました?」
「本格的に魔王に支配されてもなお、今日までフェリオンの民たちは生き残っている。不思議な話しだ。あの魔王からの完全支配。全滅させられていてもおかしくない」
「運がよかったんじゃないですかね? ほら、死んだフリをして、肉食獣から助かる、みたいな」
何も考えていないかのように、棒読みでそう呟くラフィット。その言葉がしらを切っているものだとガネルは気づく。
「俺は知っているぞ。フェリオンの民に希望をもたらした男。唯一魔王に歯向かっていた、讃えられない影の英雄の存在を」
それを聞いている時、ラフィットの顔は俯いていた。ふと、その肩が一瞬上がったかと思うと、彼は何も言わず弦を引き絞った。そして、現れた雷の光に顔が照らされると、平然とした顔に笑みを浮かべてこう言った。
「……さあ、一体誰のことでしょう?」
再び放たれる雷の矢。それが巨斧の刃ではじかれると、ラフィットは隙を与えず立て続けに矢を放っていく。一瞬で現れては残像のように形を残す稲妻のように、雷の矢が何度も襲い掛かっていっては、それをはじき続けるガネル。さっきよりも余裕がないのか、はじいた矢があらぬ方向に飛び散っていく。一本は足下の地面に。もう一本ははるか空に向かって。そしてある一本は、観客席にいるグレンの前まで飛んでいった。
「んな!?」
グレンが慌てて立ち上がり、左腕につけていた盾で矢を受ける。同時に発生した衝撃波で、周りのセレナたちの髪もなびき出す。
「くっ! くううらっ!」
力の限り盾を振り切り、雷の矢がはるか空に消えていく。グレンは一息ついて、盾の表面に目を落とした。盾に残った、黒く焼け焦げた跡。貫通しかねなかったそれを見て、グレンは思わず感心する素振りを見せる。
「これは……直撃したら、一溜まりもないだろうな」
なおも試合場に雷の矢が走っていると、はじかれ続ける矢がアガーの真横を通り過ぎた。
「っひ!? は、激しい連撃です。魔法による王子の矢。それをガネル国王がすべてはじいていきます! しかしこれは、ルール上認められるのでしょうか?」
「構わん! 全力で戦ってこそだ!」
大声でそう答えたガネル。それにラフィットは不機嫌そうに呟く。
「暑苦しい人だなぁ。僕の嫌いなタイプの人。僕の矢が全部はじかれてるのも、ちょっと腹が立ってくるし……」
ラフィットがまた同じように雷の矢を一本作る。その呟きに荒れた感情が少しだけ混じっていると、新たにもう一本の矢が手元に現れた。
「雷鳴の矢、二連!」
右足と共に、弦を思い切り強く引ききる。二本の矢が一直線に飛んでいくと、ガネルは満面の笑みを浮かべたまま巨斧を振りかぶった。耳を刺すような音と共にはじかれた矢は、たった一本だけだった。
「当たったあ! ラフィット王子の放つ矢が、とうとうガネル国王に当たりましたあ!」
体の痺れに耐えるガネル。それに湧き上がる者と、心配の声をあげる者たち。そんな観客に目もくれず、ガネルはまた声を張り上げる。
「いいぞ王子! もっと打ち込んで来い!」
「ええ……なんで元気なの、あの人」
耐えきるどころか更に攻撃を望むガネルに、ラフィットがぼそぼそとそう呟く。それで弓を引く手を緩めてしまうと、ガネルがゆっくりと腰を下ろしていった。
「来ないのか? だったら……」
右手の巨斧の柄を口にくわえ、地面に両手をつける。人の気配を残していた彼が、本物の虎のように体勢を変えると、四足歩行の状態で地面を蹴り出した。草原が台風でなびくかの如く、物凄い速さで走っていくガネル。ラフィットが雷鳴の矢をいくつか放つが、俊敏な動きですべてかわしていき、あっという間にラフィットとの距離を詰める。そして、彼の目の前で高く飛び上がり、口にくわえたまま巨斧を光らせると、それにラフィットは、慌てて弓を投げ捨てながら腰にある剣を逆手で引き抜いた。
「くっ! ――んな!!」
スパッと散った火花。一瞬でガネルが首を振り切ると、吹き飛ばされたラフィットは両足を引きずりながらも勢いを殺しきった。
「――っつ、さすがの馬鹿力。さすがはガネル国王」
ガネルは二足に立ち直り、口にくわえた巨斧を手に握りなおす。
「さあ。こっからが本番だ、王子」
「本番ってことは、こっから本気ってことですよね。面倒だな……でも――」
ラフィットは逆手に持った剣の先をクッと地面につける。その瞬間、黄緑色の光がビカッと彼の顔を映すと、刀身に電撃が走り出した。それを胸の前に構えて彼はこう口にする。
「国王との決闘。思ったよりも楽しいですね」
雷の剣を片手に笑みが浮かぶ。黄緑色の電撃が刃から大量にあふれ出ている様子に、ガネルも一層口元が上がっているのだった。
「それでこそ、俺が認めた相手だ!」
ガネルが勢いよく走り出す。ラフィットも遅れて駆け出すと、二人は丁度真ん中でかち合い、互いに武器をぶつけあった。大きな体を利用した、威圧的な力押しに、またラフィットの足が地面を引きずっていく。しかし、ラフィットの剣から一筋の雷が巨斧をたどっていくと、一瞬目を丸くしたガネルの足が止まった。
「っぬ!? これは?!」
「僕の雷鳴の剣は、とても痺れますよ!」
ラフィットの持ち手から黄色い光が漏れると、瞬く間に雷撃が巨斧を辿ってガネルの体に到達していった。大量の電撃を食らい続けるガネルが、その腕をプルプルと震わしていく。それを好機だと睨んだラフィットが、とっさにガネルの巨斧を押し返し、ガネルの体めがけて横一閃に振り抜いた。
「そらっ!」
「ぎっ!?」と痛みに声をこぼすガネル。その体には、即時回復であるリジェネレーションの魔法の代わりに、真っ赤な血が流れていた。
「アイエエエ!? 血です! 血が流れています! ガネル国王! まさかの聖魔法の効果が発動しておりません!!」
目玉が飛び出そうなほど驚くアガーに続き、ラフィットも驚愕の表情を浮かべる。
「ガネル国王?! リジェネレーションを付与してなかったんですか?!」
「痛みを感じることこそ、決闘の本質がある。血を流すからこそ、強い相手を前にしていると実感できる。そうは思わないか、王子?」
笑いながらそう呟かれた言葉に、ラフィットは理解できないと首を振る。
「いやいや。全く分かりませんよ。きっとあなたのような方を、世間では戦闘狂と呼ぶのでしょうね」
「バッサリ言ってくれるじゃねえか」
「痛みを感じるのが、戦闘の楽しみではありませんよ。国王」
「だったら教えてくれ。王子にとって、戦闘の楽しみとは何なのだ?」
ガネルの問いかけに、ラフィットはスッと腰を下ろして背後に宙返りして飛び上がり、再び剣に雷を帯びさせてからはっきりとこう答えた。
「もちろん、勝利すること!」
ラフィットが剣を振ると、そこから雷の斬撃が飛び出した。ガネルは斧を持っていない左腕を伸ばすと、それを堂々と手の平で受ける。痺れるような電流と共に、手からはまた一つの切り傷が生まれた。
「うわ、正面から。降参はしないようですね」
「ふん。降参するくらいなら、俺はここで死ぬまでだ!」
ラフィットの提案を断るガネル。巨斧を口に咥え、素早く四足になって猫のような身軽さで高く跳びあがると、空中で巨斧を両手に構え直して、回転するままおもむろに振り下ろした。とっさに肩から転がってみせるラフィット。巨斧の刃が地面に突き刺さると、土の破片は油のように飛び散り、地面には自分の体よりも大きなヒビが入った。
「本気過ぎですって! それは!」
ラフィットは避けた先で十分に距離を取り、剣を振りかぶって雷の斬撃を幾度となく飛ばしていく。ガネルはそのすべてをまた片手で受けていく。攻撃の手を緩めないラフィットに対し、全身に電流を感じながら、血をだらりと流していくガネルの構図は、あまりに一方的なものに思えた。だが、ガネルは一歩も引くことなく悠然と歩いていくと、狂ったような笑みをまた浮かべるのだった。
「ハァッハハ! この程度か王子!!」
「ちょ! 歩いてくるとか、普通あり得ないですよ、それ!」
動揺を隠せないラフィット。ガネルの足を止めようと剣を振り続けるが、着実に近づいてくるそれが目の前まで来ると、とうとうガネルの巨斧がその剣を振り払った。立て続けにガネルの頭突きがラフィットを襲う。
「――んが!?」
倍以上ある体を使った物理攻撃。たまらずラフィットの体がフラついてしまうと、そのまま尻もちをついて倒れた。そして、ガネルが止めと言わんばかりに、頭上に掲げていた巨斧をすかさず振り下ろしていくと、彼の顔の真横を勢いよくかすめていった。
「……勝負あったな。王子」
「……こんなごり押し、予想外ですよ」
深々と地面に突き刺さった巨斧の刃。さっきと同じようなひずみがくっきりあるのを確認すると、ラフィットは最後に、ため息交じりにこう呟くのだった。
「降参。僕の負けです……」
「しょうしゃ。がねるこくおう!!」
降りてきたウグーが片翼をあげ、会場に響くように力強く声を張り上げる。その勝敗の知らせは、会場全体を瞬く間に雄たけびの渦を発生させていった。
「勝ちましたあ! 我らが獣人の王ガネル様が、ラフィット王子を降参させましたあ! 魔法をも使ったラフィット王子に、ご自慢の巨斧一本で見事勝利を手にしましたあ!! さすがです! さすが我らが国王、ガネル様!!」
王を盛大に讃えるアガー。観客の獣人たちも「ガネル! ガネル!」と名前を叫んでいると、試合場にいたガネルはラフィットに手を差し出していた。
「最高の試合だった。王子を呼んで正解だったようだ」
ラフィットは伸びてきた手を掴み、自分の体を起こしてもらう。
「完敗です。結構悔しいですね、こういうの」
「俺に傷を負わせといて完敗とはよく言う。王子の魔法、かなり効いた」
「せっかくフェリオンからここまで来たんだし、本当は勝ちたかったんだけどなぁ」
「なら今度は、王子が本物の王になった時、真の決着をつけようではないか」
「うーん。またここまでくるのは面倒だなぁ。でもまぁ、今日は結構楽しかったし、もしかしたらまた来ちゃうかも」
気の抜ける声でそう答えるラフィット。その目がまんざらではないようにガネルを見ていると、彼が伸ばした手に、ラフィットはしっかりと握り返した。そうして二人が固い握手を交わすと、観客席からは鳴り止まぬ拍手が響いていった。




