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8‐5 遺言は、それだけだなっ!

 一人。もう一人。俺の目の前を通り過ぎていく。 どれだけの時間が経っただろうか。光をさんさんと浴びる一本松のような気分のまま立っていたが、視界に映っている人数がかなり減ってきている気がする。


 俺は背景だ、と意識するのにも邪念が入ってきている。仏ではない俺では、無心でいられるのやはり限りがあるようで、周りに意識が集中してしまい、もう背景に溶け込むことができなくなってきている。


 俺は意識を取り戻すように瞬きをし、頭の中を再起動させていく。そして、落としかけていた模擬剣をしっかり握りなおすと、冷静に周りの状況を確認してみた。


 五百人を超える人数で、あれだけ騒がしくごった返していた試合場。それが今では、もう三十人くらいしか残っていない。うるさく土埃も立っていたあの光景が、もはやあっけからんとしたものになっていた。中央にはミスラを中心に未だ戦い続ける戦士たち。その中にベルガやロナも混じっていて、その傍に猫の被り物をしたユリアと、フードのラシュウも残っている。


 別の場所を見てみれば、ラグルスにカルーラ、アミナの姿もあれば、落ちたと思っていたチャルスもしぶとく生き残っている。それに、都合の悪いことにグルマンもまだ立っていた。


 セレナに覆いかぶさった誤解がある以上、今グルマンと出会ってしまえば、どれだけボコボコにされるか分かったものじゃない。今もなお誰にも見つかっていない状況を利用して、早々に必殺技´バックグラウンド´をもう一度発動させ、なるべく時間を稼ごう。そう思って俺はまた意識を飛ばそうとしたが、それを妨げるように足下の地面が揺れ始めた。


「なんだ?!」


 慌てて足下を見てみると、茶色の魔法陣が、せり上がった地面の端だけを囲うように広がっていた。その部分だけが揺れているのに気づくと、アガーの実況が久しぶりに耳に入ってきた。


「おおっとここで、予定の時間をオーバーしているとのことで、足場を削ってしまうようです!」


「削る!?」


 まさかの事実を聞いた瞬間、確かに俺の足下の土が滝のように流れていっていた。大急ぎで魔法陣の内側に飛び込んでいくと、サッカーグラウンドほどあった足場が、ハーフコートまで減ってしまった。


「マジかよ。まさか足場が狭くなるなんて」


 俺が焦りを感じると、恐れていたことはすぐに起きた。


「小僧!!」


 怒号と共に、横から模擬剣が振り下ろされる。とっさに一歩引いてそれを避けると、怒りの主グルマンは俺を睨んで更に声を上げた。


「やっと見つけたぞクソッタレが! 容赦はしない。てめえの血が何色か分かるまで、散々ぶん殴ってやる!!」


「チッ! 見つかったか!」


 俺が嘆くのもむなしく、グルマンが脳天めがけて模擬剣を振ってくる。それに反射して体が動くと、次から次へと襲ってくる乱暴な攻撃を、俺はなんとか避け続けた。


「避けるんじゃねえ! 殴れねえじゃねえか!」


「そんなこと言われても!」


「うるせえ!」


 グルマンが凶悪な殺人鬼の如き形相で襲ってくる。空を切る音が何度も鳴っては、模擬剣が俺の体をかすめてくる。俺も反撃に出たい気持ちはあったが、怒濤の振り回しに中々そのタイミングを見いだせない。狂犬に噛みつかれないようにただ下がっていくと、とうとう足がずるっと試合場を踏み外しかけた。


「くっ! これ以上は!」


 後ろが崖であるのをこの目で確かめる。その間にも、グルマンがのらりくらりと迫ってきている。


「さあて。ここまでだな小僧。何か言い残すことはないか? 遺言だけなら聞いてやるぞ」


「い、嫌だなグルマン村長。まるで俺を殺すような言い方して……」


「ッフン。遺言は、それだけだなっ!」


「ゆ、遺言なんてわけ――」


「死ねえ!!」


 威勢よく模擬剣が頭上に向かってくる。これまでか、と逃げ場がない俺は覚悟し、ギュッと目を瞑る。その瞬間、コロシアムに特大のボイスが鳴り響いた。


「そこまでえっ!!」


 すかさず銅鑼の音も盛大に鳴り響く。その終了の合図と同時に、俺は頭に電撃が走るのを感じた。


「イッテ!?」


 反射で目が開くと、グルマンの模擬剣が思い切り俺の頭に当たっていた。当てた状態のままわなわなと手を震わせ、「殺せなかった」と物騒な悔しがり方をしだすと、アガーが祭りを進行させる。


「十六人の枠をかけた予選。今までにない最大規模のバトルロイヤルでしたが、最後に豪快なフィニッシュが決まり、今ここに、選ばれし強者たちが出揃いました!」


 会場から歓声と共に拍手が鳴り響くと、今まで周りに見られていたのだと思い出す。鍋の上でパチパチと飛び散る油のように鳴り続ける拍手。それについ聞き入ってしまうと、俺は初めて、自分が予選を突破したのだと確信した。


「マジか……本当に突破できたのか……」


 まさかできるとは思っていなかったことに、思わず全身の力が抜けそうになる。ガガガと覚えのある揺れを感じると、特設の試合場が真っ平になろうと沈んでいった。そうして足で降りれるくらいの高さまで来ると、目の前にいたグルマンは未だに苛立ちの目を俺に向けていた。


「貴様が勝ち残るとは。一体どんな手を使ったというのか」


「いや、全うな方法じゃなくても、一応自分の実力で勝ち上がっていますから……」


「生き残った本選出場者に皆さまには、これからトーナメントの組み合わせを決めてもらいます。その準備を終えるまでの間、少々お時間を頂いてしまいますが、皆さんご安心ください。この決闘祭りは、決して観客の皆さんを退屈させたりはしません。次の演目はなんと、我らがスレビスト国王が出場される、エキシビションマッチとなります!」


 国王、という単語がアガーの口から出た瞬間、会場から口笛混じりの特大な歓声が沸き起こった。これだけ期待されているのは、さすが王と言ったところか。俺を含む、残った十六人に係の獣人が退場を命じられると、俺はグルマンにガンを飛ばされるまま出入り口に向かい、試合場から姿を消した。



 ――――――



「やりました! ハヤマさんが勝ち上がりました!」


 隠しきれない喜びを私は露わにする。隣でもキョウヤさんが喜びの声を上げていた。


「アミナとミスラも勝ち上がりました。二人して本選出場。とても嬉しく思います」


 反対側ではグレンさんが安心する表情を見せている。


「ロナとベルガも予選突破だ。さすが二人だ」


 フォードさんも「最強ギルドの名を背負ってる以上、予選突破は当然だ」と微笑みながら呟く。知り合いのみんなも勝ち上がったことに、私はもっと嬉しく感じると、アガーさんの実況が聞こえてきた。


「古来より、力を証明するため行われてきた決闘。スレビスト王国の伝統から生まれたこの祭り。獣の血が宿している以上、我々獣人は最強を渇望する種族であり、国の王でさえも決闘で決めてきました。そしてそれは、百年、いや千年経とうとも受け継がれております。つまり、今から現れる我らが王は、このスレビスト王国で一番の強さを誇る、無敵の獣人ということです!」


 決闘祭りの由来から出てきた王様の説明。辺りがざわざわと鳴り始めると、それは無敵の獣人の登場で大いなる熱狂と変化した。


「現れましたあ! 獣人の頂点に立ち、その力で国を治める我らが王! スレビスト王国国王陛下、ガネル様!!」


 たくましい筋肉を備えた大きな体に、真っ白と黒の毛を生やした二足歩行のホワイトタイガー。王冠なんかは被ってなくとも、赤いマントをつけたその風貌からは、猛々しい威厳を放っていた。右手に持った黒と黄色の混ざった斧は、刃だけで一メートルはありそうなほど大きく、それを地面につきながら悠々と歩いていた。


「「「ガネルさま~!!」」」


「「「国王!!」」」


 ガネルさんは定位置について顔を上げると、少しこわばった表情で私たちを見渡していく。これが、スレビスト王国で一番の獣人さん。ここからでも空気が変わるほどの気迫を感じられる。


「凄い盛り上がりですね。さすが国王様です」


 感じたことを口にすると、横でグレンさんがあることを呟いた。


「元気そうだなガネル国王。相変わらずの威厳だ」


 まるで知り合いのような口ぶりに「お知り合いなんですか?」と私は聞く。それにグレンさんは「そうだよ」と言ってから、ある事実を口にした。


「ガネル国王は、ロナのお父さんなんだ」


「ええ! ロナさんのお父さん!? ってことはロナさんって……」


「この国のお姫様だ」


「そ、そうだったんですね。なんとなく気品のある人だなぁって思ってましたけど、お姫様だったなんて」


 まさかのカミングアウト。お姫様もいるだなんて、さすがアストラル旅団さん。


「さあさあ皆さん気になるのは、恐らくガネル国王との対戦相手でしょう。今回相手となるのは、なんとガネル国王直々の指名。つまり、ガネル国王に認められた戦士でございます!」


 上手な司会で場の期待値が上がると、試合場に人間の青年が姿を見せた。


「ご紹介しましょう。プルーグの北に位置する中立の国、フェリオン連合王国。その王都、ピトラの王の息子、ラフィット王子でございます!」


 ガネルさんとは対照的に、ひと際小柄な男の子。顔つきからするに、ハヤマさんより少し若いように見える。髪は白の短髪で、大勢に見られている中で「ふわあ……」と欠伸をしだした。背中には弓を背負い、腰には刀身が短めの剣がぶら下がっている。緑の装束からして貴族のような気品は感じるが、彼自身の気だるそうな雰囲気からは、とても王子様という印象が湧きづらかった。


「あれがフェリオンの王子様。なんだか眠そうですね……」


 私が素直にそう呟くと、意外にもヤカトルさんが口を挟んできた。


「相変わらずダルそうな王子様だな」


「知ってるんですか?」


「出身がフェリオンだったからさ、王子の顔はたまーに見てたんだ。兵士と一緒に街の見回りとかしてたけど、いっつも眠そうにしてたな」


「王子様なのにですか」


「エキシビションマッチのルールは、最強決定トーナメントと同じルールです。先に相手を倒すか、もしくは降参させる。使用する武器はなんでもアリ。真剣でケガをする心配も、予め即時に回復してくれる魔法、リジェネレーションを付与しておりますので問題なし。たとえ体を貫かれようとも、即時に傷を回復してくれるでしょう。逆に言えば、そのリジェネレーションの効果を先に切らした方の負けでもあります。体全体が光ってしまった時、それが魔法の効果が切れた合図となりますので、絶対に見逃してはいけませんよ」


 リジェネレーションを切らせるか、もしくは降参させるか。勝敗のつけ方をそう理解すると、アガーさんが「なお、決闘祭りの風習を守るため、魔法の使用は禁止とさせていただきます」という説明を付け加えた。試合場ではラフィットさんが立ち止まり、二人が中央を挟んで目を合わせる。


「現スレビスト国王ガネル様対、次期フェリオン国王ラフィット王子。こんな豪華な組み合わせは、今日この場でしか見れないでしょう! わたくしアガーも、興奮を止められません!」


 高まるテンションのせいで、その場で飛ばないように羽ばたきをしてしまうアガーさん。それに観客の人たちもつられるように興奮していると、そのタイミングを見計らったかのように、試合場中央に五つの炎を浮かびあがった。魔法大会でも見せたカウントダウン変わりの炎。もう始まってしまうのかと思ってしまうと、心の準備を待つ前に秒を数えるように一つずつ消え始めた。


「果たしてどんな試合が見れるのでしょうか。決闘祭りエキシビションマッチ。今――」


 三つ目が消えていき、四つ目も消えていく。そして、最後の炎が音もなく消えた時、アガーさんが特大の「開始い!」を叫んだ。


 二国の代表がぶつかり合う。その瞬間を早く見たいと言わんばかりに、私たち観客は自然と体が前のめりになってしまう。にらみ合う二人。その光景に誰もが想像を膨らませる。屈強な体と巨斧で圧倒するガネル国王と、見た目からでは未知数であるラフィット王子が、一体どんな戦いを繰り広げるのかを。


 私たちは全員、その戦いが始まるのを待ち焦がれていた。待ち焦がれていた、はずだった。


「……あれ? 始まってますよね、これ?」


 私はついキョトンとした声でそう呟いた。それもそのはず、試合場の二人は炎が消えたにも関わらず、どちらも動こうとしていなかった。

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