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8‐3 にゆうじょう? してもらいます

「これから本番か……」


 俺はそう呟きながら、目の前に集まった戦士たちを眺める。百人を超える大衆の中に、ガタイのいい人間や、虎や狐といった肉食の獣人、蛇や体つきのいいカンガルー、上半身だけ異様な筋肉をつけたウサギなど、見た目からしておっかない者たちが大量にはびこっていた。


「どうですかハヤマさん。勝てる見込みはありますか?」


 セレナがそう聞いてくる。


「こうやって目にすると、正直自信が薄れちまうな。まあでも、やれるだけはやってみるつもりだ。ちょっとした秘策もあるしな」


「秘策? 昨日の特訓とは別の?」


「内緒だ。もっとも、成功するかどうかは、実際にやってみないと分からないんだけどな。でも、予選はあくまでも生き残るだけ。倒す数とか決められてなければ、姑息な手だって使えるはずだ」


「また何か変なことするつもりじゃ……」


 セレナが目を細めて疑ってくるのに、俺はにやりと笑う。


「力があれば最強ってわけじゃない。正攻法で勝てないって分かってりゃ、悪知恵を働かせないとな」


「なんだか不安ですね……まあ、私の分もぜひ頑張ってください。応援だけはしてあげますから」


 セレナの呆れる言葉を聞きながら、遠くの方で、五百人の人混みの中に紛れた、サーバルキャットのカルーラと、赤毛の狼の獣人ラグルスの二人が目に映った。その隣にレッサーパンダのチャルスもいると、何やらラグルスに宣戦布告していうようだ。心の中でチャルスは相変わらずだなとだけ呟く。すぐに三人が人混みの中に消えてしまうと、今度は背後からある男の声が聞こえた。


「秘策を用意とは。いいこと考えるじゃねえか、ハヤマは」


 そのお調子者な発言に振り向くと、案の定そこには、時の都ジバで出会った元盗賊、灰緑のパーマが特徴のヤカトルがいた。


「ヤカトルさん! 久しぶりですね!」


 再会に喜ぶセレナにヤカトルが「よう」と軽く返事をする。軽そうな態度は今も変わっていない。


「お前も来てたのか。まさか、祭りに参加するのか?」


「いいや。戦闘は専門外だからな。内から出るのは、あの二人だよ」


 そう言ってヤカトルが親指で後ろを指差す。そこに丁度三人が歩いてくると、青髪をポニーテールで縛ったアミナに、同じく灰色の髪をポニテにしている赤目のミスラ。そして、エメラルドグリーンの髪が目立つキョウヤが並んでいた。


「久しぶりですね。二人とも」


「キョウヤさん! アミナさんにミスラさんまで!」


 キョウヤの挨拶にセレナが嬉しそうに名前を呼ぶ。彼らと言えば、ラディンガルにたどり着く前に立ち寄った、時の都と呼ばれるジバで出会った人たちだ。当時キョウヤの臣下であったバルベスに城を奪われ、丁度そこに立ち会った俺たちは、キョウヤたちに協力してバルベスを打ち倒したのだ。


「懐かしいな。まさかここでまた会えるとは」


 彼らは言うならば、かつて同じ目的を志した旧友のようなもの。その再会に俺も嬉しく思ってそう言うと、アミナが元気よくそれに返してきた。


「それはこっちのセリフよハヤマ。私たちは招待状が来たからそれを受けたんだけど、さっきセレナちゃんが試合場に出てきたのを見て驚いちゃった」


「うう……私の失態がアミナさんたちにも……」と頭を抱えて嘆くセレナ。アミナは微笑みながら「ドンマイ」と気安く返していると、俺はミスラに恐る恐る聞いてみた。


「招待されたってことは、ミスラさんも出るってことですよね?」


 ミスラは黙ってうなずく。


「ですよね……俺が勝てるイメージが全く湧かない……」


「ハヤマも参加するようですね」とキョウヤ。「成り行きでな」と俺は簡単に返す。


「そうですか。そしたら、アミナとミスラのライバルということですね。三人の活躍が楽しみです」


 都を統べる王女様に期待されたが、ミスラの参加を知った俺は、素直に喜べない状態だ。さっきセレナに言っていた秘策も、彼に目をつけられたらどうしようもなさそうだ。自信喪失の一途をたどっていく俺の精神。ふと俺の肩に誰かがぶつかってしまうと、結構な威力に体がよろめいてしまう。慌てて体勢を直そうとしたが、周りが人だらけで腕を広げらない。


「――とっとっとお!?」


「ちょ、ハヤマさ――!」


 バランスを崩した俺の体が、セレナの上に傾いてしまう。当然セレナが俺を支えきれるはずはなく、あえなく二人一緒に地面に倒れてしまった。セレナがぶつけた頭を痛そうに抑えていると、俺は急いで自分の上半身をセレナの体から離した。


「す、すまん。大丈夫か?」


「イッタァ……」


 あまりの痛さに目を瞑っていたセレナ。それがうっすら開かれたと思うと、セレナはなでていた手をすっと止め、一瞬でキョトンとした顔を見せた。それを不思議に思った俺は、彼女の目線を追って顔を上げてみる。上へ上へ、首が反るほど真上へ。するとそこには、まさかの男が視界に入ってきた。深緑の髪と手入れをしてない様子のあごひげ。この光景を前に、眉間のしわが深く寄っている。間違いない。彼はセレナの父親であるグルマンだった。


「小僧……てめえ……」


 怒りで震えている呟きに、俺はどっと冷や汗が流れるのを感じる。これは、またあの怒号がやってくるパターンだ。


「てめえ!! 今すぐぶっ殺してやろうか!!」


 顔を真っ赤にしたグルマンに、俺は「ひいっ!」と悲鳴を上げながら慌てて飛び起きる。


「ご、ごご誤解ですよグルマン村長! たまたま誰かの肩がぶつかって、それでバランスを崩して倒れただけで――」


「言い訳無用!! ワシのセレナに手を出した以上、処刑以外はあり得ない!!」


「だから手を出してないですって!」


「信じられるかあ!! どうせここに来るまでも、散々セレナをたぶらかしてきたんだろう!! お前を信頼して送ってやったというのに、よもやこんな人前でも見境なしとは。見損なったぞ小僧!!」


 駄目だ。何を言っても信用される気配がゼロだ。困り果てたしまった時、セレナも立ちあがって加勢に入った。


「違うよお父さん。今のは誤解だよ」


 必死そうな顔に対し、グルマンの頬は絵具でベタ塗りされたように一気に和らぐ。


「おおセレナ! 大丈夫だったか? この変態と一緒にいて辛かっただろう。安心しろ、お父さんが今すぐこいつを!」


 グルマンが背中に担いでいた銀の斧を握そうとすると、セレナはとっさにその手を両手で掴んだ。


「だから誤解なんだって! 私は何もされてないし、ハヤマさんも変態じゃないから!」


「無理することはないぞセレナ! 父さんがお前を絶対に守ってやるからな!」


「だから違うんだってば!」


 グルマンの荒くなった鼻息から、蒸気機関車のような音まで鳴り出す。その怒りはまさに有頂天に達していて、この騒ぎに周りからの冷たい目線も集まっていた。どう収集をつけるか悩んでしまったその時、丁度のタイミングでコロシアムの裏口からウグーが姿を見せ、俺たちに向けて幼い声を響かせた。


「ただいまよりぃ。コロシアムへの、にゆうじょう? してもらいます。さんかしゃのみなさんは、なかにおはいりください」


 たどたどしいアナウンスが俺たちの耳に入ってくると、グルマンも武器を持った手を下ろした。すると、参加者たちはウグーに続いて徐々に裏口への入場を始め、裏口の手前付近にいた俺たちも、周りから圧に移動を余儀なくされると、グルマンは歩き出す前に俺を鋭い目で睨んだ。


「小僧! お前も参加者か?」


「は、はい、そうですけど……」


「なら丁度いい。この予選でお前をすぐに見つけてコテンパンにしてやる! そして、世間に変態であることをばらしてやる! 覚悟しとけよ。じっくりいたぶって地獄を味合わせた後、完膚なきまで顔面をぶっ潰してやるからな!」


「お、お手柔らかに……」


 マジの怒りをそう言って受け取ると、グルマンは「ッフン!」と言って俺から顔をそらし、セレナに向かって「お父さんの応援、よろしくなぁ」と優しく告げた。それにセレナが愛想笑いを浮かべるていと、グルマンは先に裏口の中に姿を消していき、やっといなくなった嵐に俺は深いため息をついた。


「っはあ……厄介なことになっちまった……これは命の危険すらあるな」


 そう言って背を向けた瞬間、セレナがすぐに後ろ襟を掴んで引き止めてくる。


「自分だけ逃げるつもりですか? 私には容赦なく行かせといて、それは許しませんよ」


「セレナお前!? 祭りで死者が出るかもしれないんだぞ!?」


「秘策とか用意してるんでしたよね。それで乗り越えてみせてくださいよ」


「くそ。さっき無理やり行かせたこと、根に持っていやがったか」


 同じことをやり返されてしまうと、それまで黙っていたキョウヤが微笑んできた。


「相変わらず仲が良いのですね。セレナのお父様も、なかなか元気のいい方なようで」


「ああごめんなさい。騒がしかったですよね……」


「いえ。セレナへの愛を感じられましたよ。いいお父様ですね」


「ちょっと重すぎる気もしますけどね……」


 しょぼくれた顔をしてセレナが呟くと、アミナが裏口に向けて一歩進み出た。


「私たちも、そろそろ行かないと」


 それにキョウヤがコクリとうなずく。


「時が来たのですね。アミナ、ミスラ、そしてハヤマ。三人の健闘を祈ります。ぜひ全力を出し切ってくださいね」


「うん! 頑張ってくるねキョウヤ。ヤカトル。あんたちゃんとキョウヤの傍を離れないでよね。何かあったら承知しないから」


「へいへい。分かってるっての」


 アミナの心配にヤカトルが適当な返しをする。その隣でミスラが丁寧にキョウヤにお辞儀しながら「行って参ります」と呟くと、俺もセレナから手を離してもらって声をかけた。


「はあ……始まる前なのに疲れてる……とりあえず行ってくるけど、命の無事だけは祈っておいてくれ、セレナ……」


「頑張ってくださいねハヤマさん。最低でも予選突破で、賞金獲得を期待してますから」


「期待が大きすぎると失望も大きいからな。先に言っておいたぞ」


 釘を刺すようにそう告げておき、俺はアミナとミスラに続いて裏口へと歩き出す。総勢五百数十人の荒波に体をねじ込んでいくと、後ろのセレナたちに振り返ることなく、俺はコロシアムの中へと進んでいった。

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