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8‐2 身元不明な謎の魔法使い

「獣人の魔法使いとは珍しい。さぞ観客のみんなも、彼に期待してるのかもしれない。だが、俺には関係ない!」


 フォードは魔導書を持たない右腕を前に伸ばし、頭の中に描くイメージを青色の魔法陣に表していく。それが一つの円を描いいて光り出した時、彼の背後で水がじわじわと湧き出し、瞬く間に大量の水が押し寄せていった。


「最上級水魔法、タイダルウェイブ!!」


 波のように押し寄せる水が、フォードを避けながら中央まで溢れていっては、途中で見えない壁に当たったように不自然に流れが止まる。そうして彼の周辺があっという間に湖に変わっていると、そこから一筋の水が空に向かって伸びあがっていった。その筋がだんだんと、しぼんだ手足が水を含んで膨張していくように太くなっていく。次第にそれが観客である俺と同じ目線まで伸びると、先端に二つの目が光って現れ、口を開けて水の牙を見せつけた。


「グオオオォォ!!」


 いきなり現れた巨大生物の咆哮に、観客が大いに沸き上がる。民家をまるまる一戸平らげてしまいそうなほどデカいそいつは、さしずめ巨大海蛇と言ったところか。初っ端からの大魔法に、さすがアストラル旅団と感心する声が多い中、俺は驚愕の表情を浮かべていた。


「おいおい! いきなり本気かよ!」


 グレンが笑みを浮かべたまま「フォードらしいというか、なんというか」と呟くのが聞こえてくる。手を抜くつもりはないということか。会場の沸騰が収まらない中、海蛇を間近に立ち会っていたソルスだったが、彼は至極冷静にそれを見つめていた。そして、彼も右手を突き出して目を閉じると、フォードと同じく、目の前に青色の魔法陣を作り出した。


「世界を包む大海原。深淵に潜むは、噴火をも飲み込む巨人」


 詠唱が進むにつれ、彼の周りにも、フォードと同じく大量の水が取り囲んでいく。


「かの深海に光はなし。暗黒の牢獄を食い破り、今こそ大地を食らう時! 最上級水属性魔法! タイダルウェイブ!!」


 ソルスの叫びに呼応するように、一筋の水が触手のように伸びていく。そのふくらみが目の前の海海蛇と変わりないほど膨らんだ瞬間、新たに生まれた海蛇が空に向かって声を荒げた。


「グオオオォォ!!」


「こ、これはっ!? なんということでしょう! 試合場が、二匹の巨大海蛇によって埋め尽くされましたあ!」


 興奮を帯びる実況。試合場は一面、湖から海になり果てていた。そこで堂々と前からにらみ合う二体の海蛇。壮大すぎる光景に、常人である俺は言葉も出ないほど気押されてしまう。隣にいたグレンも、唖然とする表情を浮かべていたのだった。


「これはたまげた……まさか獣人の魔法使いが最上級を使えるなんて」


 他の三人も固唾をのむような目をしていると、ロナが不思議と笑ってみせた。


「……フフ。見て、みんな。フォードったら、こんな状況でも笑ってるわよ」


 言われた通り見てみると、フォードは顔を手で覆い、かすかに肩を震わせていた。


「フ、フフ……面白い。そうだ。最強を求める大会。私の前に立つからには、そうこなくては!」


 満面の笑みを浮かべたフォードが片手を突き出す。すると、海蛇はそれに従うように前に動き出した。それを見たソルスも同じように腕を伸ばし、海蛇を前に進ませる。


「相手にとって不足なし。エング先生の一番弟子ソルス、やってやりますよ!」


 二体の海蛇が試合場の真ん中でかち合うと、互いに口を大きく開き、同時に頭に噛みつこうとした。二匹の動きはまさに噛み合い、その牙が互いの唇の端に突き刺さっていく。体は水だというのに、質量を持った押し合いが始まった。


「おおっと! お互いに噛みつき合いました! 一歩も引こうとしない、真っ向勝負の押し合いだあ!」


 まさに大怪獣バトル。巨大な生物が狂暴な力を躊躇なく奮う姿に、実況を始め周りは大盛り上がりだ。かく言う俺も、リアリティーのある大迫力な映画を見ている気分に陥っていた。すると、あの魔法使いがここが見せ場と言わんばかりに、例のごとく眼鏡を指で押し上げる。


「同じ魔法がぶつかれば、最後には威力を相殺し合って消える。普通ならそう考えるだろうな。だが、俺を前にしてそう考えるのは、愚策以外の何物でもない!」


 フォードが再び右手を突き出す。その先で光っていた青色の魔法陣が、彼の魔力に反応するかのように光度を増していくと、拮抗していた海蛇の押し合いに差が現れ始めた。


「最強は、俺以外にあり得ないっ!」


 フォードの出した海蛇が首を押し込んでいくと、ソルスの海蛇がだんだんとのけぞっていく。鉄骨のビルが崩れそうな角度にまで押されていくと、とうとうぶつかり合っていた大口が噛み切られ、ソルスの海蛇の頭が宝石のようにキラキラと砕け散ったのだった。


「そんな!? 同じ魔法なのに!」


 ヤギのおっとりとした目がカッと見開かれる。フォードの海蛇が完全に試合場を支配していると、そのままソルスに向かって突っ込み、大きく開けた口でソルスの体を丸のみにした。


「海蛇がソルスを飲み込みました! これは勝負あったかあ?」


 体の中が水で透けて見えると、ソルスが目を回しながら溺れていく。それにフォードが余裕な表情を浮かべると、右手を閉じて魔法陣をそこからすっと消した。すると、彼の周りから水が地面に吸われていくように消えていき、最後は海蛇の体も溶けるようになくなっていった。そうして試合場からすべての水が消え去ると、海蛇がいたその場所には、全身がのびるように倒れたソルスと、手から離れた魔導書だけが残った。


 一回戦第一試合。その決着を告げようと、オウムの獣人のウグーが試合場に降り立ってくる。そして、立て続けにフォードが立っている方向の翼を上げて、精一杯の声で叫び出す。


「しょうしゃ! こっち!」


 子どもが頑張って腹の底から出すような、可愛らしい大声。それが空に響いた瞬間、打ち上げ花火が爆発したような、突然の大歓声が沸き起こった。


「決まりましたあ! 第一試合勝者は、アストラル旅団のフォード!!」


 会場中の大騒ぎにアガーの実況が食い込む。この熱量が異常なほど高いものであると、俺は盛り上がる代わりに感服するようにぼうっとしていた。


「す……すごかったな、お前んとこの魔法使い」


 そう言いながらグレンに顔を向けてみると、アストラル旅団御一行も各々盛り上がっていた。


「さすがフォードだ。魔力の差なら圧倒的だ」


 そう呟いたグレンに俺は聞き返す。


「魔力の差? それが決着を分けたのか?」


「ああ。たとえ同じ階級でも、そこに多くの魔力をこめれば、その威力はわずかに増していく。途中でフォードの魔法陣が更に強く光っただろう? あの時にフォードは、発動している魔法に更なる魔力を込めたんだ」


「なるほどあの時か。魔法陣が光り輝くと、同じ魔法でも強くなるんだな」


「階級によって限界はあれど、最上級に追加で魔力を込められる人は、この世界でもかなり稀の存在だろうね。さすがだよ」


 俺は一つ理解が深まると、冷めやらぬ熱狂の中で試合場に目をやった。倒れていたソルスは、いつの間に来ていた修道女の回復魔法によって起き上がり、既に退場していたフォードに続いて、その場から歩き出そうとする。


「最初の試合からとんでもない迫力! これは後の試合にも期待が高まります!」


 アガーの実況をバックにソルスが扉の奥へと消えていくと、その入れ替わりに二人の魔法使いが出てきた。


「続いて第二試合。プルーグ大陸の遥か東。辺境のカカ村出身の魔法使い、セレナ!」


 紹介を受けるセレナ。その足取りがおぼつかないように見えると、バカを表すように口がポカーンと開いていた。視線も定まらず、まさに放心状態の様子だ。「大丈夫かよあいつ……」と思わず呟く。


「対するは。出身不明。職歴も不明。身元不明な謎の魔法使い、アマラユ!」


 まるでニートのような紹介を受けたその魔法使いに、俺はハッとした。黒髪の一部が赤く染められた頭に黒装束。おまけに、よく人を蔑んでそうなつり目。間違いなく彼は、俺がセレナと別れた際、たまたま隣をすれ違ったあの男だった。


「あいつがセレナの相手か。見た目からして、結構自信がありそうな奴だな……」


 試合場の二人が立ち止まると、中央を挟んで向かい合う。セレナの体はガタガタに固まっていて、とても期待できる雰囲気ではなかった。試合開始の合図を告げる火の玉が浮かび上がると、俺は乾いた目でそれが消えるのを待った。


「さあ。先ほどの試合のほとぼりがまだ冷めやらぬ状態ですが、思い切っていってみましょう! 一回戦第二試合、開始ぃ!」


 すぐに五つの炎が消えていると、アマラユは既に黒色の魔法陣を浮かばせようとした。それを目にしたセレナが慌てふためき、とっさに口を開く。


「あ、ああっと待ってくださいぃ! あ、あなたは、アマラユさんはその、いきなり最上級を使うとか、そんなこと絶対してこない……ですよね?」


 甘えるように最後に首を傾げるセレナ。そのあざとい言動にアマラユの口角が不適に上がると、再び魔法陣を作り出しながらこう呟いた。


「死属性魔法、最上級――」


「あああ!! すみません! すみませんでしたあぁ!」


 セレナが必死に体を九十度曲げると、その状態のまま魔導書を持っていた手をパッと離した。呆気なくそれが地面に落ちると、結構遅れて降りてきたウグーが不思議そうに片翼を上げた。


「しょうしゃ。こっち?」


 コロシアム上に「……」という文字が見えそうなほどの沈黙が流れる。俺だけ首を振って「駄目だこりゃ」と呟くと、会場からは一斉にブーイングの嵐が起こっていった。


「金に欲がくらんだ者の末路……」


 俺はただ一言そう呟くと、セレナはにこっと笑ったアマラユにビクッと肩を上げ、さっさと逃げようと背中を見せて走り出した。滑稽でどうしようもない姿だったが、まあ当然の報いというか、なんというか。


「二回戦はまさかの降参となりました……が、皆さん、気を取り直していきましょう。なぜなら次は、決勝戦なのですから!」


 観客の圧に負けじとアガーが祭りを進行させる。周りの野次がうるさく感じていた俺は静かに席から立ちあがると、グレンに一言残した。


「グレン。俺、先に行ってるな」


「セレナに会いに行くのか?」


「まあそんなところだ。ふがいなかった姿を笑ってやらねえと」


 俺がそう返すと、グレンは苦笑いしながら「酷いな」と呟いた。それに俺もにやりと笑ってやると、そのままコロシアムの出入り口を目指していった。



 ――――――



「セレナ氏。何か弁明の言葉は?」


「ありません。すみませんでした……」


 選手が出入りするコロシアムの裏口の前で、セレナは素直にそう答えた。


「これで十分分かっただろ。賞金に目が眩んでも、ろくなことがないってこと。恥をかくくらいならやめとけよ」


「ですが、百万ゴールドは欲しくなっちゃいますよ」


「別に百万ゴールドがなくても、甘いものなら普通に食べられるだろ。食い意地が張りすぎなんだよ」


「うう……」と弱った声をこぼすセレナ。その時、コロシアム場内から大きな地響きが鳴り響いた。コロシアムが揺れてしまいそうなほどの音に、俺たちは自然と顔が動く。


「――凄い音でしたね。中の試合が結構激しいみたいです」


「あのフォードが出てるしな。一試合目も派手な試合だったし、今回もそうなのかもしれない」


 最上級水属性魔法の海蛇を思い起こしていると、セレナが俺に目を向け直した。


「ところでハヤマさん。どうしてここに来たんですか? 決勝戦まで終わってないのに」


「そりゃ馬鹿野郎だってことを伝えるためにだよ」


「そのためだけに来たんですか!?」


「九割はそうだ」


「残りの一割は?」


「会場がうるさいから逃げてきた」


「ああ……多分逆なんでしょうねぇ」


 完全に理解した、と言わんばかりの納得顔を見せるセレナ。その時、裏口の中から足音が聞こえてくると、そこからフォードが姿を見せた。試合が終わったのかと思って俺は「おおフォード」とそこまで口にしたが、彼のどこかに違和感を感じると、いつもかけている眼鏡がなくなっていることに気づいた。


「あれ? 眼鏡はどうした?」


 素直にそう聞いてみると、フォードは握っていた右手を開き、そこにバラバラに壊れた眼鏡を見せてきた。


「おいおい、割れちまってるじゃねえか。落としたのか?」


「落とされたんだ。あの住所不定無職の魔法使いに」


 誤解を生みそうな言い方とは関係なく、俺はその言葉を信じられなかった。フォードが負けた? 最上級をも使える、英雄ギルド所属のフォードが?


「決勝に出たアマラユさんに、まさか、フォードさんが負けたんですか?」


 正直に聞かれたことに、フォードは突然「クソ!」と眼鏡を強く足下に投げつけた。俺とセレナはそれに思わず「ヒッ!?」と委縮する。


「あいつめ……次会った時はこうはいかんぞ。俺の炎魔法で、骨の髄まで焼いてやる……」


「フォ、フォードさん。とっても怖いですよ……」


 セレナがおどおどしながらそう言うと、鬼の形相をするフォードにグレンの声が飛んできた。


「お疲れフォード。って、なんちゅう顔してんだよお前」


 俺たちの背後からグレンとレイシーが顔を見せると、フォードは癖で眼鏡を上げようとしながら、慌てて表情を戻した。


「グレンか。とんだ失態を見せてしまったな。まさかこの俺が、他の魔法使いに負けるだなんて」


 フォードが悔しい気持ちを口にすると、レイシーが「本当、ざまあなかったわね、自称最強のフォード君」と挑発的な煽った。再びフォードの顔が歪んでしまう。


「ぬぁんだとぉ! お前じゃどうせ、あの獣人魔法使いにだって勝てていなかったくせに!」


「私はそもそも方向性が違うじゃない! 魔法で敵を倒すのはフォードの役割でしょう! 散々最強は自分だって言っといて負けるなんて、恥ずかしいと思わないの?」


「っきー! この生意気な女が……いつか見てやがれ! この時の発言は愚かでしたと、泣きべそかいて謝らせてやる!」


「やれるものならやってみなさいよ!」


 おでこがぶつかりそうなほど、二人の顔が近づいていく。目の間に火花が散ってそうなほどの喧嘩を、グレンがやれやれとした表情で頭をかいていた。


「全く、また喧嘩か」


「このギルドのリーダーは大変そうだな」


「分かってくれるかハヤマ。互いをライバル視するのはいいと思うけど、こいつらはすぐにヒートアップしちゃうのがな……」


「心中察するよ」


 グレンが一つ苦笑いを浮かべながらも、猫のような威嚇をしあう彼らに声をかける。


「レイシー。祭り運営の手伝いがあるんだろ? 早く行った方がいいんじゃないのか?」


 レイシーがフォードとのにらみ合いをやめ、いつもの素の顔にすっと戻る。


「そうだった。試合場の修復を頼まれてたんだった。先に行くね」


 レイシーが俺たちに軽く手を振ると、裏口の中へと姿を消していった。それを見届け、フォードがグレンに聞く。


「祭りの手伝いって、あいつに任せられるものなのか?」


「むしろレイシーが一番適任の仕事だよ。あいつの土魔法があれば、試合場で荒れた部分をすぐに直せるからな」


「なるほどな」とフォードが納得すると、また背後から足音が近づいてきた。今度は一人ではなく複数。重なりに重なった足音に振り向くと、大勢の人間と獣人が入り乱れてきていた。それを見たグレンが「お、いよいよか」と呟くと、俺とセレナにこう言ってきた。


「これから決闘祭りの予選だな。俺は一度、ロナとベルガの様子を見に行くからここで。頑張れよハヤマ」


 手を振ってその場を立ち去るグレン。それにフォードも後からついていくと、俺も軽く手を振り返しておいた。

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