8‐1 今日ここに! 大陸最強の戦士が誕生します!
晴天の空。どっしりと構えたコロシアムの中から、風に揺れされた林のようなざわめきが聞こえてくる。四年に一度の祭り。誰もがそれを待ち望んでいたと言わんばかりの空気感を感じながら、俺はセレナと一緒に、参加者専用であるコロシアムの裏口前に立っていた。
「凄い賑わいだな。先に魔法使いの最強を決めるトーナメントらしいが、どうだ。いけそうか?」
「そ、そうですね……想像以上に緊張が……思えば私、そんなに魔法に自信があるわけじゃなかったのに、どうして参加してしまったんだろうって、今になって後悔が……」
「今更かよ……まあ、言い出したからにはやるしかないだろ。俺のことだって巻き込んだわけだし、欲張りは言わないから、最低でも優勝して賞金ゲットしてくれよ」
「わかってま――ええ!?」
期待通りの反応を示してくれるセレナ。すると、俺たちに向かって聞き覚えのある声が飛んできた。
「ん? お前たちも来ていたのか」
俺とセレナが同時に振り向く。そこにいたのは、アストラル旅団の魔法使い、とんがり帽子と魔導書、そして眼鏡が目立つフォードだった。
「フォードさん!? お久しぶりですね!」
軽く頭を下げて挨拶するセレナに、フォードは威厳を示すかのように眼鏡を一本指で上げる。
「まさかここでお前たちと会えるとは。お前たちも、この決闘祭りに参加するのか?」
「俺は無理やり参加させられて、こいつは魔法のトーナメントにだ」
「ほう、そうか。なら私のライバルということになるな」
不適な笑みを浮かべるフォード。それを見たセレナが、一気にギョッとするような動揺を見せる。
「え? まさか、フォードさんも魔法トーナメントに?」
「もちろん。俺たちアストラル旅団には、コロシアムの方から直々に招待されたんだ。他のみんなも、会場の客席にいる」
「そ、そそそそうですか、へえ、あのフォードさんが出るんですねぇ……」
ギクシャクとした棒読みを横目に、俺はフォードにこう返す。
「招待されたってことは、グレンたちも祭りに出るってことか?」
「いや、グレンだけは参加ができなくてな。腕をケガしたのは覚えているだろう。もうギブスは外すところまで回復はしたんだが、戦闘で使うにはまだ時間がかかるそうだ」
「マジか。あの時のケガ、まだ残ってるんだな。でも結局、それ以外は出るってことだろ?」
「ロナとベルガは出るな。そもそもあの二人は、最強の二文字が大好きな奴らだ。招待状がなくとも出ていただろう。レイシーに関しては、俺が出るって聞いたら、自分は辞退すると言っていた。まあ、あいつの補助魔法には目を見張る部分があるが、一対一になれば私に敵わないのを知っているのだろうな」
まんざらでもない笑みを浮かべるフォード。自分の実力に酔いしれている様子だが、少なくともセレナより強いのは確かだと俺は思った。今でも彼女は、彼の参戦を知って既に体が震えているのだから。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……フォードさん、この祭りで手を抜くってことは……」
「最強の魔法使いを決める祭りだ。それに参加するような奴らに、手を抜く必要なんてないだろう」
「ですよね……」
「ッフ。私を前にして怖気づいたようだな。無理もない。君が目にしているのは、紛れもない最強の魔法使いだからな。トーナメントで当たったとしたら、潔く棄権した方が身のためだと言っておこう。それじゃ、また」
そう言い残し、フォードが先にコロシアムの中へ入っていく。そろそろ時間ということか。セレナも歩き出そうとするのが目に映ると、コロシアムとは向かおうとするのを俺は後ろ襟を掴んで止めた。
「逃げるなよ」
「ヒッ!? べ、べつに逃げようとしてたわけじゃ――」
「俺の目が何を見抜けるか知ってるよな?」
あからさまな嘘にそう告げると、セレナが分かりやすく慌て出す。
「で、ですけど、フォードさんは最上級魔法を使えるんですよ。対して私はせいぜい中級の風魔法。格が違い過ぎますって!」
「賞金に目が眩んだお前の自業自得だ。折角の機会だし、散々ボコボコにされて、魔法のなんたるかをその身で学んだらどうだ?」
「痛いのは嫌です!」
「そんな潔く言われても……」
なんて勝手な女だろうか。確かにフォードが参加しているのは予想外だったが、こっちだってロナとベルガという強敵が待っている。こいつだけ楽な思いをするのは純粋に腹が立つわけだ。そんな時、空に一羽の獣人が通り過ぎると、俺たちを見つけて幼い声を上げた。
「はっけん! ももいろがみのおんな! はっけん!」
子どもの喚き声のような大声に、俺たちは顔を上げる。そこには、黄色の羽毛を生やした子供のオウムが地上に降りてきていた。セレナよりも小さいオウムの獣人。昨日見た祭り受付のアガーに似ているなぁと感じると、彼がセレナの服の袖を引っ張り出した。
「いそげ! いそげ! 祭り、はじまる!」
「え? もう始まるんですか?」
「そう! 来てないの、お前ともう一人。いそげ!」
オウムの獣人がセレナを引っ張ろうと頑張る。その力はセレナがビクともしないほど弱いものだったが、その必死な様子にセレナが諦めるようにため息を吐いた。
「はあ……とうとうこの時が……私が生きて帰ってこれるよう、祈っててください……」
「分かったから、早く行ってこい」
面倒臭そうにそう言ってやると、セレナは獣人に引かれるまま、渋々コロシアムに向かって歩きしていった。なんともたどたどしい足取りで消えていくのを見送ってやると、自分も別の入り口から観客席に向かおうと振り返った。
その時、黒い装束に包まれた人間の男が目に映ると、すぐに俺の横を通り過ぎていった。 どこか人を見下してそうなつり目に、一部だけメッシュで赤く染められた黒髪。一目見て感じた雰囲気に、俺はつい彼の背後に顔を向ける。するとその男は、セレナが既に消えていった入り口に向かって、一人で入っていったのだった。
「あいつも参加者か……」
何気なくそう呟いてみる。どうしたことか、俺は彼から溢れる空気感に、懐かしいような、馴染があるような、そんな気がしていた。単純に同じような性格の人間だと思ったのだろうか。自分でも、なぜ彼を気にかけたのかは分からない。ただ、なんとなく思ったのは、彼からは他とは違う、異質な存在感を放っているということだった。
――――――
選手専用入り口の反対側。ベルディアコロシアム本来の入り口であるそこまでたどり着くと、俺はその中へ入っていき、観客席まで続く廊下をしばらく進んでいた。観客席は人でいっぱいになっているだろうが、俺の場合は選手専用の席が与えられている。それがどこかというのは、正直分かっていないのだが、まあ、歩いてみれば見つかるものだろう。そう思いながら足を進めていると、その先に懐かしい後ろ姿を見つけた。大盾を背負ったホワイトタイガーの獣人、アストラル旅団の一員の一人でもあるロナだ。
「あれ? ロナじゃないか」
「あら、ハヤマだったかしら。しばらくぶりね」
振り返ってきた彼女に俺は近づいていく。
「何してるんだこんなところで? グレンたちと一緒じゃないのか?」
「それが、道に迷っちゃってね。私、重度の方向音痴だから」
思ってもなかった返しにズッコケそうになる。
「迷子だったのかよ……こっちは入り口に戻るぞ」
「あら。そしたらこっち方向だったのね」
そう言ってロナが真正面に振り返ると、丁度そこに茶髪のツインテールをした女、レイシーが近づいてきていた。
「ロナ! やっと見つけた」
「あらレイシー。私を探していたの?」
「そうよ。また迷子になってるだろうと思ったら、本当にそうだったなんて」
「ごめんなさい。似たような風景だと、どうしてもね」
「だからってこの通路に来る普通? 全くロナったら……あれ、ハヤマ君じゃない。あんたも来てたのね」
「色々あって祭りに参加することになってな。魔法の方でもセレナが出るんだ」
「そうなのね。そしたら、私たちと一緒に観戦する? グレンも喜ぶだろうし、席も一人分空いてるわよ」
「お、いいのか? そしたらぜひ一緒に観戦したいな」
「オッケー。それじゃ行こうか。ロナ。ちゃんと私についてきてよ」
釘を刺すようにそう言ったレイシーに、ロナが「分かってるわよ」と返す。その言葉を疑うような顔をしつつも、レイシーが先頭を歩き出すと、俺とロナがその後に続いて、先に見えていた光の先に出ていった。
雲一つない青空から、太陽の光が強く照らしてくる。天気も空気を読んだような、絶好の祭り日和である今日。コロシアムの中では、見渡す限りの観客から鳴り止む気配のないざわめきが起こっていた。今か今かと大衆が待ち望んでいるようなその光景に、俺はとっさに起きた拒否反応に一瞬怯みながらも、震えを我慢しながらレイシーの後を追っていった。横目に映る試合場は、地面は砂が詰まったような土で、競技場のトラックぐらいの大きさはあった。歩いている通路の左右上下に観客がいたが、全員合わせてざっと五万人はいるだろうか。到底数えきれる数ではない。
そんなコロシアムの中を歩いていくと、途中の一人分の階段を上がっていったレイシーの先に、頭の黒いヘアバンドがトレードマークのグレンと、黒毛のライオン獣人のベルガの姿を見つけた。
「お帰りレイシー。ロナも無事に見つかったみたいだね。――お、ハヤマも来てたのか」
レイシーたちを迎えたグレンが、俺に向かって軽く手を振ってくる。その手に骨折でつけていたギブスが外れているのに気づくと、俺も簡単に「よう」と返しながら階段を上がっていった。レイシーとロナがグレンとベルガの座ってる所を通り過ぎ、その隣にそれぞれ座っていくと、後に続いた俺にグレンが隣の席を叩いて示し、俺はそれに従って、石の固い席に腰掛けた。
「ようダルマ」
「ハヤマな」
グレンを挟んだ横から、ベルガの挨拶が飛んでくる。相変わらずの彼に、俺は食い気味にそう返していたが、間違いに気づいていないような素振りでベルガが話しを続ける。
「ここにいるってことは、お前も参加者だな。もう一人のちっこいのはどうした?」
「セレナなら、これから始まる魔法トーナメントに出てくる予定だ」
グレンが口を挟んでくる。
「へえ。セレナが出場するのか。フォードと当たったら、ちょっと楽しみな組み合わせだな」
「いいや、多分秒で終わるぞ。セレナの魔法は、先進のフォードに比べてまだ発展途上だからな」
なるべくフォローした言い方に、グレンが苦笑してみせる。すると、どこからともなく発せられたアガーの大声が、この大きなコロシアム全体に響き渡った。
「大変長らくお待たせしました! ただいまより、スレビスト王国四年に一度の祭典。我ら獣人の伝統文化である、最強を決めるための決闘祭りを開催いたします!!」
「「「ウオオォォ!!」」」
いきなり湧いた大歓声に俺は耳を塞ぐ。一瞬で切り替わった周りの空気。誕生日とかに鳴らすクラッカーが随所で鳴っているようなうるささだ。
「最強。獣人なら誰しもが欲するこの称号。この決闘祭りでは、その名をわが物にせんとする強者たちが集い、真の強者を決めるために戦います! 五十五回目の開催となる今回。新たに生まれ変わった決闘祭りには、プルーグ大陸各地に招待状を送ったこともあり、五百人を超える強者たちが集りました! 歴代最多の参加人数の中、今日ここに! 大陸最強の戦士が誕生します!」
この声の出どころと思われる反対側によく目を凝らしてみる。席がずらりと並んでいるコロシアムだが、正面に見えている所に特設で壁が作られていると、ガタイのいいホワイトタイガーの獣人が豪華な金のイスに座っている手前で、アガーがマイクのような機材もなしに、生声でよく響き渡るような声を張り上げていた。
「司会進行は私アガー。私の後ろには、スレビスト国王ガネル様も見ておられます! 国王様が見守るこの祭り。まず最初の演目は、今回新しく導入された、最強魔法使い決定トーナメント。ルールは簡単。出場者に与えられた一冊の魔導書。特別魔力を持たないそれを、先に魔法で落とさせたほうの勝利となります」
説明の区切りと同時に、試合場の扉が開かれる。そこからフォードが最初に顔を見せると、隣のアストラル旅団御一行はそれぞれ名前を叫んでいた。
「そのためにはどんな魔法を打とうともオッケー。何ですって? 万が一大ケガでもしたらどうするかですって? 心配ご無用。控室にはピトラ修道院からお越しくださった、聖属性魔法に精通した修道女たちが控えております。どんなケガでも彼女たちなら安心でしょう」
アガーの説明が終わり、まもなくして試合場にもう一人の魔法使いが姿を現すが、彼が登場した瞬間、会場はどよめきの声で埋め尽くされた。現れたのは意外すぎる魔法使い。彼の全身は白い毛に覆われていて、頭に丸っこい角が生えていて、どう見てもヤギの獣人だったのだ。
「獣人の魔法使い!? そんなのがいたのか?」
グレンですら驚く声を上げる。それもそのはず、この異世界プルーグには、魔法使いは人間にしかいないと言われていて、獣人は魔力を持たないと言われているはずだからだ。
「獣人って、魔力を持たないんだったよな? あいつだけは例外ってことか?」
俺の言葉にグレンも考えこみながら答える。
「いや、聞いたことがないな。俺たちもこのプルーグ各地を巡っていたけど、魔法を使える獣人は初めて見たよ」
入れ替わりに再びアガーの実況が響き渡っていく。
「魔法トーナメント第一回戦第一試合。一人は皆さんご存じ、あの最強ギルド、アストラル旅団の魔法使いフォードが参戦。それに対するのはなんと、獣人ながら魔力を持った異例の魔法使い、魔法学者エングの弟子ソルス! 未知の存在である彼ですが、決して出場する種目を間違えたわけではありません。彼はれっきとした本物の魔法使い。決して彼を侮ってはいけませんよ!」
エングの弟子? 今、そう言ったか。自然と話されたことに自分の耳を疑ったが、考える暇を与えず司会の声がまた響く。
「なお、決闘祭り実況を務めますのは私アガー。そして、審判を務めますは私の息子、ウグーでございます」
試合場に獣人がもう一人紛れていると、それはさっきセレナを引っ張っていった黄色のオウムだった。試合場の中央を挟むようにフォードとソルスが立っていると、その間でウグーがアガーの紹介に合わせて頭を一瞬だけ下げる。そうしてその場から空に向かって羽ばたいていくと、俺の耳にロナの呟きが聞こえてきた。
「あのソルスという魔法使い。ちゃんと魔法が使えるのかしら?」
その一言に、隣にいたレイシーが「どういう意味?」と詳しく聞く。
「このスレビスト王国には、魔法を教えられる場所がなければ、そんな人もいないわ。一体どうやって学んだのか、気にならない?」
ロナの言葉にレイシーが納得の表情を見せた。
「確かに。魔法を独学で学ぶのは、本物の天才くらいじゃないとできない。スレビスト王国には魔法学校がないし、どこか別の国で学んだのかな? 紹介の中で弟子とか言われてたし」
その言葉に、ベルガが興味なさそうに口を開く。
「だとしても、結局はフォードが圧勝するんじゃねえか? 最上級魔法を使える奴って、相当な才能がないとできねえんだろ?」
その決めつけに顔をしかめたのはグレンだった。
「戦ってみないと分からないよ。存在が未知なら、実力だって未知なんだ。一つだけ確かなのは、この試合はきっと、面白いものになるってことだけだ」
最後に口角がにやりと上がる。いかにも期待してるような目で試合場を凝視している彼に、俺たちは黙って開始の合図を待った。
広い試合場を反対に進みゆき、フォードとソルスが大きく離れていく。直径百メートルはある円形の試合場で、互いに五歩下がれば端の壁につきそうなほど、遠く離れた距離。そこで真ん中を見るように向き合うと、試合場の中央に赤い魔法陣と、等間隔の距離に五つの火の玉が現れた。
「今回新しく導入された魔法のカウントダウン。五つの炎が一つずつ消えていき、最後の一つが消えた瞬間が、試合開始の合図です!」
その説明から一拍置き、ふわりと一つ目の炎が消える。もう一つ、更に一つと、秒を数えるように炎が一つずつ消えていき、開始をじっと待つフォードとソルスに倣って、俺たちも消えていく炎に前のめりになって見入る。
「最強になれるのはただ一人。その名を手にするのは果たして誰なのか。最強魔法使い決定戦、一回戦第一試合――」
最後に一番上の炎だけが残る。試合場にいる二人がそれぞれ構える体勢に入った時、アガーの声が空にまで反響した。
「開始ぃ!」
炎が音もなく消える。いよいよ始まった最強決定戦。その開始と同時に、俺は世界の広さを思い知ることになった。