7‐5 俺様を舐めたらどうなるか、その身に教えたらあ!
大の字のまま動かないチャルス。その様子に俺はさすがに心配になってくる。
「お、おい。さすがにやりすぎたんじゃねえか? なんか変な事言ってた気もするし」
「あれくらいで気絶するようじゃ、決闘祭りなんて出るもんじゃねえよ」
厳しい言葉であしらうカルーラ。本当にそれでいいのかと思ったが、その時チャルスから物音がすると、レッサーパンダの顔は何事もなかったかのようにこちらを見ていた。それも、なぜかキラキラと輝いた眼差しをカルーラに向けて。
「ふん。全然元気そうじゃねえか」
「あいつなんだか、お前のことを見てねえか?」
「ん? アタイをか?」
カルーラがチャルスの目を見つめ返す。するとチャルスは、緩ませていた顔を満面のにっこり笑顔に変え、すぐさまその場に飛び上がってはカルーラの前にひざまずいた。
「アネキ! どうかこのオイラを、アネキの弟子にしてくだせえ!」
「は? アタイの弟子?!」
両手と頭をこすりつけたお願いに、さすがのカルーラも驚きを隠せない様子だ。
「アネキのトンファー術、ぜひオイラにも教えてくれねえか!」
「おいおい、アタイはトンファーなんて一度も使ったことないぜ」
「使ったことがないのに、あんなパンチができるのか!? こいつは本物だ。頼む! アネキの強さ、すぐ傍で学ばせてくれ!」
「アタイの強さねぇ。まあトンファーは教えれらないけど、アンタが勝手に学んでいくのは構わないぜ」
「本当か! ありがとうアネキ!」
「アタイはカルーラだ。アネキじゃねえ」
「おっす! 分かりましたぜいアネキ!」
「……まあいっか。ほら、いつまでも頭下げてねえで、立ちなよ」
「おっす!」
カルーラに従ってチャルスが起き上がる。その目が未だに光っているのを見ると、ふと俺は、ある男を思い出すのだった。
「なあセレナ。俺たちにも過去に、似たような奴が出てきたような気がするのは気のせいか?」
「うーん、きっと気のせいじゃないと思いますよ。ラディンガル魔法学校に行ったときに、私も会った気がしますから」
セレナが苦笑いをしながらそう返す。
――――――
「ックション!」
「あらあら、やっぱり風邪じゃないかしら?」
「そんなはずは。体も寒くないですし」
「また誰かが噂でもしてるのかしらね。もしかしたら、セレナちゃんたちだったりして」
「だとしたらこの上ない光栄です」
「ブレないわねぇアルト君は。ウフフ」
――――――
チャルスがカルーラからトンファーを返してもらうと、いきなりラグルスがおおげさに笑いだした。
「アッハッハッハッハ! おめえが師匠の側に立つとは! まだまだひよっこだってのによ!」
「師匠、そりゃないぜ。アタイは師匠の一番弟子で、門弟たちの中でもアタイが一番強えじゃねえか」
「アネキはこいつの弟子なのか?」
チャルスが横からそう聞いたが、こいつ呼ばわりにラグルスの眉がピクリと動いていた。
「ああん! 俺様を知らないってか。三英雄の一人、赤狼のラグルスだろうが!」
「なんだと!? はっ! 確かに毛が赤い。顔も狼だ! 本物の赤狼ラグルスじゃねえか!」
「今更気づいたのかおめえは! 俺の道場がなんだと思ってたんだ!」
「適当に歩いていて、見つかったのがここだったんだ」
「なんだよその適当な理由は!」
「でも丁度いい! 三英雄が目の前にいるってんなら、オイラのやるべきことはただ一つ!」
チャルスはトンファーを構え出し、ラグルスの腹部にその拳を突き出そうとする。それよりも先にラグルスの手が伸びると、チャルスの頭をがっしり掴んで顔を近づけた。
「ああん? 甘えるなよガキが!」
「うわわ!?」
「俺様を舐めたらどうなるか、その身に教えたらあ!」
ラグルスが目一杯腕を振り上げる。そうして自分の頭上までチャルスを軽々持ち上げると、その場で扇風機のように彼を回し始めるのだった。
「おらああああ!!」
「ぬわああああ!?」
伸ばした腕でブンブンと振り回すラグルス。まるでヘリコプターのような絵面になっていると、最後は投げつけるようにして腕をブンッと降ろし、力任せに彼の両足を地上に立たせた。回転に耐えきれなかったチャルスは、当然目を回していて、しばらくフラフラ頭を揺らし、結局は背中から勝手に倒れ込んだ。
「ったく。舐められたもんだぜ、この俺様が」
「そんなに怒るこたぁねえだろ師匠」
「うるせえ。俺は雑魚に絡まれるのが一番嫌いなんだ。というかカルーラ、今日おめえがここにいるから、俺は全く鍛錬できねえじゃねえか。ガキはさっさと帰れってんだ」
「なんだよ師匠。アタイもここで鍛錬したっていいだろうが。ここが一番やりやすくて、アタイのお気に入りの場所なんだ」
「ここは一応俺の所有地だぞ! 弟子のくせに大きい顔してんじゃねえ!」
「なんでだよ! 弟子が師匠の下で学びたいって言ってるのに、それを拒むつもりなのかよ!」
反抗するカルーラに、ラグルスはグッと顔を近づけ、間近にガンを飛ばす。
「ああん! 俺は昨日ちゃんと言ったよな? 決闘祭りのために、明日は各々の準備に励めって」
「アタイはここで準備がしたいんだ。優勝候補の師匠の動きを、できる限り知っておきたいからな」
「駄目だ! 俺様が集中できないだろうが」
「いいじゃねえかよ師匠! 弟子の言うことを聞いてくれって」
「うるせえ! さっさと帰れってんだ!」
「絶対帰らない! 師匠に勝てなきゃ、優勝なんてできないんだからな」
「知らねえよ! さっさと帰ってくれや!」
「嫌だ!」
「んだと!」
どちらも譲らないまま、徐々に徐々に顔だけが近づけていく。目から火花が出そうなほどのいがみ合いに、横目で見ていた俺たちは若干引くしかなかった。
「まるで縄張り争いをする肉食獣の喧嘩だな。師匠と弟子って、こんなに気が立つ関係性か?」
「多分、二人が特殊なんだと思いますよ。お互いに我が強すぎて、融通が利いてないっていうか」
俺とセレナが冷めた目で喧嘩を見届ける。いつになったらこの不毛な争いが終わるのか。そんな時、いつの間にか立ち上がっていたチャルスが、とんでもない提案を口にしてきた。
「喧嘩って言うなら、二人で戦ってみればいいんじゃないのか?」
その一言に、ラグルスとカルーラの顔がバッとチャルスに振り向く。しばらく二人は黙ったままチャルスを見つめていたが、彼の言葉の意味を今になって理解したのか、ラグルスが向き直ってほくそ笑んだ。
「ここで勝負だ? ッハ! こいつが俺に勝てるわけねえだろ」
挑発的な態度にカルーラも笑みを浮かべる。
「甘く見てもらっちゃ困るぜ、師匠。アタイは師匠の下で研鑽を積んでから三年。今やアタイは、どこの道場の奴が相手でも負けなし。道場破りの経験だってある。おまけに最近巷では、猛進のカルーラなんて呼ばれてたりしてるんだぜ。そろそろ師匠に挑んでもいい頃だと思わねえか?」
「やめときな。おめえと俺とじゃ実力に差がありすぎる」
「なんだよ師匠。アタイに負けるのが怖いのか?」
「てめえ、挑発とはいい度胸してるじゃねえか。それなりの覚悟はできてんだろうな?」
「当然だ。なんならアタイは、明日の決闘祭りも全然優勝できるつもりだぜ」
「おめえじゃ決闘祭りには勝てねえよ。なんたって俺様が出るんだからな」
「なら証明してみせらあ! 今のアタイが、とうとう師匠のことを追い抜いたってことを!」
カルーラが鋭い睨みを利かせると、その目をラグルスから離さないまま、チャルスに命令する。
「チャルス! アタイの螺旋槍が道場に置いてある。そいつを持ってこい!」
「了解だぜアネキ!」
蹴られた小石のように転がるように走り出すチャルス。すぐに道場の中へと駆け込み、その手に螺旋槍を持ってカルーラの下に戻ってくると、それを渡して自分はさっとその場から下がる。その前でカルーラは軽く飛び退いて距離を取り、いっちょ前に螺旋槍をクルクルクルッと回して両手に構える。
「真剣でいいのかよ? ケガしちまうぜ?」
「こいつじゃないとしっくりこないんでな、師匠。遠慮なくやらせてもらうぜ!」
「ッフ。そうかい」
ラグルスは右手の模擬剣を乱暴に投げ捨て、左手の鋭利な爪で大太刀の鍔に触れた。はじくように指をクッと伸ばし切り、わずかに銀色の刃が姿を晒す。
「祭り前日にして、自分の無力さに失望しても知らねえからな!」
右手で大太刀をすらっと鞘から抜き取ると、ラグルスはその一メートルありそうな刀を片手で構えた。
「師匠も、アタイがいつまでも後ろを追っていると思ってたら、大違いだぜ!」
「ぬかせ、馬鹿弟子が!!」
「馬鹿師匠には言われたくねえ!!」
道場の真ん中に向かって、二人が一斉に地面を蹴り出す。俺たちを完全に無視して始まった一騎打ちは、高鳴った一つの金属音を皮切りに、彼らの間に幾度となく火花が散っていった。互いに力任せに強く、されど正確に捉えるように素早く。二人は絶対にそこから動かないという固い意志の元、一歩も引くことなく武器を振り続けていく。
「っへ! こんなもんかカルーラ! ああん!」
ラグルスが一歩踏み込み、頭上に向けて大太刀を振り下ろす。カルーラはそれを横向きにした螺旋槍で受け止めた。
「まだまだこれから。おらあ!」
カルーラが力いっぱい振り払うと、依然彼らは笑みを浮かべながら武器を振るっていく。その様子にチャルスが感動するような目を向けていた。
「なんていうぶつかり合いだ! こんな力の衝突、オイラ見たことねえよ!」
素直にそう言ってる場合だろうかと、隣で俺は冷や汗をかく。
「真剣なのに本気でやりすぎだろ。ケガどころじゃ済まないって」
模擬剣とは違い、失敗したら即人生が終了しかねない緊張感。ガキンガキンと音が響く度、俺の胃は圧迫されていく一方だ。セレナも不安気な顔をしつつも「これはどうしても止められませんよ」と慌てると、チャルスが俺たちに向けて口を開いた。
「師匠たちならケガなんかしねえぞ。戦いに慣れてる者同士の戦いなんだから」
「なんだよそれ。どういう根拠だ?」
「下手な素人じゃねえってことだ。強い人同士の戦いならな、寸前に分かるもんなんだよ。ここまでやれば相手は降参するって」
「寸止めができるってことか? あんなに乱暴に暴れてるのに、それができるってのか?」
「できるさ! 師匠たちが見てる世界は、オイラたちよりも繊細なはずだ!」
期待に満ちた眼差しに誘われるように、俺はチャルス一緒に顔を戻す。丁度その時、カルーラが仕掛けようとしたところだった。
「見せてやるぜ師匠! アタイの全力!」
右手の螺旋槍を思い切り突き出す。ラグルスは大太刀でそれを真正面から受け止めると、カルーラは白い歯を見せるように笑い、螺旋槍を握る手を、武器を回すようにしながら離した。すると螺旋の刃は、突然ドリルの如く回り出した。
「んな!?」
動揺を見せるラグルス。カルーラはすかさず、持ち手めがけて回し蹴りを決める。
「必殺! ぶっぱなしドリル!!」
大砲のように発射された螺旋槍。岩すらも砕けそうな轟音がなったその威力は、大太刀をはじかれたラグルスの両足を、宙に浮かせるほどだった。
「っぐ! ちきしょうが!」
空中で一回転をしながら、ラグルスが手をつくように着地する。カルーラも、宙に飛び上がった螺旋槍を片手でしっかり掴み取る。
「さすが師匠だ。この必殺技でも倒れない。それどころか武器すら手放さない。やっぱり強いっすね、師匠は」
「弟子がいっちょ前なこと言ってんじゃねえぞ。まだ勝てる気でいるんだろうが、このお遊びもここまでだ」
そう言ってラグルスが武器を鞘に収めようとする。それを見たカルーラの目が険しくなると、すぐに足が動き出した。
「その必殺技は、使わせない!」
一直線に迫り来る螺旋槍。ラグルスは鋭い眼光を光らせていると、鞘に触れかけた大太刀を止め、そのまま獲物を見つけた肉食獣のように姿勢を屈めた。「そいつぁ甘すぎだ――」と呟きながら。
ラグルスが一歩踏み出す。その次の瞬間、彼の体は一瞬で消え、風のような速さで真っすぐに突っ切っていた。途中のカルーラを当然のように通り越していると、彼女の体が背後にのけぞり、同時に螺旋槍が手を離れ、空高くまで飛ばされていた。
一瞬の出来事に、俺は何度か瞬きをしてからその光景を見直す。カルーラの顔には驚愕の文字が浮かんでいるようで、しっかり握っていた螺旋槍もやはり吹っ飛んでいる。ラグルスは悠々と大太刀を鞘に収めようとしているのが見えると、俺は大太刀のいつ振られていたという事実を知った。
「一瞬で、切り抜けた……!」
背中から倒れるカルーラ。その体の横に、螺旋槍の刃が地面に突き刺さる。
「アタイが、負けた……必殺技じゃない、普通の切り込みで……」
「相手より先手を打つのはよし。だがまだまだ甘い。そんなたるんだ動作じゃ、俺に見切られて当然だ」
「ちきしょう。アタイが負けるだなんて」
「ま、おめえは伸びる奴とは思っていたが、ここまで強くなっていやがったとは」
ラグルスが向き直ると、カルーラもその場に立ちあがり、もう一度武器を手に取った。
「もう一回だ師匠! 次こそは勝てる気がする!」
「ああん! おめえじゃ永遠に俺に勝てねえよ!」
「絶対に勝ってやらあ! それも、今すぐに!」
「上等じゃねえか! 今度はその面、土につけてやる!」
カルーラとラグルスがまたガンを飛ばし合うと、二人はまたぶつかり合った。さっきの今のやられ方で、まだ戦うのか。俺はそう唖然としたまま、鳴っては散っていく火花を眺め続けていた。