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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
七章 だから憧れるんだろうが。最強って言葉に
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7-4 俺に、戦う素質?

 師匠? 赤毛の狼のことを、師匠と呼んだのか、カルーラは?


「ああん? またお前かカルーラ。今日は休みだっつったろ」


 師匠と呼ばれた彼が俺から目をそらすと、見せつけていた大太刀を腰の鞘に収めた。それで安心感がどっと溢れてくると、思わず忘れていた呼吸を取り戻して息を整える。その間にカルーラと師匠の会話が続いていた。


「休みの日に道場に来ちゃ駄目なのかよ」


「駄目に決まってるだろうが。明日の決闘祭りに向けて、俺も自己鍛錬しねえといけねえんだよ」


「師匠ほどの人が、祭りに向けて鍛錬なんて必要なのか?」


「今回は強者ぞろいって聞いたからな。そん中での最強を決める祭りとくりゃ、生半可な状態じゃ最強なんてとれねえだろうよ。ところで……」


 師匠の目が俺たちに目を向けられる。


「こいつらはおめえの連れか?」


「ああそうだ。冴えない男がハヤマで、もう一人の女は……名前聞いてねえけど、ガッツは確かにある奴だ」


「セレナです!」


 そう大声でちゃんとした自己紹介を挟むと、再びカルーラが師匠を紹介してくる。


「この人はラグルス師匠だ。この道場の設立者で、アタイたちに武術を教えてくれてる。三英雄って名前でも有名だな」


「「三英雄!?」」


 さらりととんでもないことを言った彼女に、俺とセレナが同時に声を上げた。


「それって、非常に優れた武勇を持つ、三人の獣人さんのことですよね? このラグルスさんも、その内の一人ってことなんですか?」


「ああそうだ。人呼んで赤狼せきろうのラグルス。師匠の必殺の一閃は、速すぎるせいで誰の目にも映らねえんだぜ」


 そう言われて今一度ラグルスを見てみる。百九十はありそうな背丈が赤黒い毛で染まっており、身軽そうな赤い武人装束を身に着けている姿は、確かに戦いに慣れている獣人の風格がある。腰につけた刀も、その先が地面につきそうなほど長く伸びていて、恐らくこういうのを大太刀おおだちと呼ぶのだろう。


「赤狼ラグルス……蒼鳥そうちょうゼインのことは聞いてたけど、実際に前にしてみるとなんだか、恐ろしく怖い雰囲気だな……」


 素直にそう呟いた俺に、ラグルスが不良のような目を近づけてくる。


「ああん? 俺よりもっと怖い顔してるおめえに言われたかねえな。なんだかおめえ、常日頃から人をってそうな顔してんじゃねえか」


「ええ?! ラグルスさんよりかは柔らかい自信があったんですが?!」


「たわけ。俺の顔がそんな風に見える訳ねえだろうが。王国でも一番の美男子だっつの」


「師匠しか言ってないけどな、そんなこと」


「ああん! 今なんつったカルーラ!」


「事実しか言ってないっすよ」


 両手を頭の後ろにやり、いかにも余裕そうな表情でそう言い切るカルーラ。怖い物知らずの言動に、ラグルスも舌打ちをして「可愛くねえやろうだ」と呟くと、その目がまた俺を見た。


「だが人間。ハヤマって言ったか?」


「あ、ああ。そうだが……」


 ラグルスが改めて俺を呼んでくると、今度は強く顔を睨みつけてきた。


「おめえ、なんちゅう殺気を放ってんだ?」


「へ? 殺気?」


「ああそうだ。道場に入る前から感じたから、どんな奴が来たのかと思って突撃してみたら、その正体が弱っちそうな男一人。戦場でもこんな奴は見たことがねえ。そこの人間の女は至って普通だってのに、おめえのその独特な気配は一体なんなんだ?」


「なんなんだって言われても……さっきも変な兜被った奴にそう言われたけど、そんなに殺気が出てるのか俺って? 顔のせいとかじゃなくて?」


「ふうん。おめえ自身に実感がないってか……」


 顔をまじまじと見てくるラグルス。それに威圧感を感じて少し身を引いてしまうと、ラグルスは突然カルーラに振り向き、彼女が持っていた模擬剣に手を伸ばした。


「おい。そいつを貸してみろ」


「何すんだ師匠?」


「いいから」


 カルーラがひょいと模擬剣を持ち替え、ちゃんと持ち手部分を向けて渡す。ラグルスはそれを手にすると、一回、二回と軽く素振りをした。そして、なんの前触れもなく自然の流れで俺の頭上に振り下ろしてくると、それを目で捉えていた俺はとっさに体を背後に反らした。


「あっぶねっ!?」


「ふむ。意外に素早いな。てめえ、戦い方を分かってるな?」


「分かってるって。実戦経験はまるでないんですが……」


「実戦を経験してこなかった奴が、そんな動きできるわけがねえだろ」


「いやいや、ないものはないんですって。俺が体験したのはせいぜい弱い魔物と、赤目の戦士相手に体中をしばかれただけです」


「ほう。赤目の戦士を相手にか。てことはおめえ、やられる恐怖を知っているんだな」


「まあ、ミスラさんの前に立ってたら、恐怖しか感じられなかったですけど……」


「したらさっきの動きも納得できるか。なら今度は、おめえが俺に振ってみろ」


「俺が? まともに振れたことがないんですが……」


「いいからつべこべ言わずにさっさと振れ!」


「わわ、わかりました」


 ラグルスに脅された俺は慌てて承諾すると、自分の手にあった模擬剣を両手に持ち替え、一度腰の辺りまで持ち上げた。ラグルスが余裕の態度でその様子を見ていると、俺は一歩を踏み出しながら、その胸元めがけて模擬刀を縦に振り切ろうとした。


「っふ――」

「遅い」


 ラグルスの声がそう聞こえた瞬間、木がこすれるような音と共に、俺の手元から模擬刀が空高く飛んでいった。一瞬の出来事に理解が追いつかない。足元に模擬刀が降ってきて、やっと手から離れてしまったのだと知ると、悠然と立っていたラグルスが、模擬剣を持った右手を高々と振り上げていたのに気づいていなかった。


「み、見えなかった……」


「見えなかったんじゃねえ。見る覚悟が足りてねえんだ」


 模擬剣を下ろしながらそう言ってくるラグルスに、俺は手に痺れを感じながら「覚悟?」と返す。


「そうだ。おめえは攻撃する時でさえも恐怖を抱いている。それが攻撃の手を緩ませてるわけだ」


「攻撃する時にも、恐怖が……」


 地面に落ちた模擬剣を眺める。


「戦いってのは覚悟がねえとできねえ。勝つためには敵と向き合い、必ず間合いに踏み込めなければならねえんだ。これは接近戦に限った話しじゃねえ。どんな戦いにおいても基本だ。その基本を身につけない馬鹿野郎はいつか死ぬ必ず死ぬ。だからこそ、攻める時には覚悟がいるってわけだ。敵に向き合い、間合いに入り込んで攻める覚悟。死を恐れない覚悟をな」


「死を恐れない覚悟。……簡単にできそうにないんですが」


「ったりめえだ。誰だって死ぬのは怖いんだ。覚悟を持つってことは、その怖さを克服すること。死という恐怖を振り払うことだ」


「恐怖を振り払う……」


「リスクを背負わずして勝利はない。間合いの外から踏み込んでちゃ、そいつは既に勝利への一手が遅れてるんだよ。戦いってのは、殺るか殺られるかだからな」


「そうですか。それが出来てるから、ラグルスさんは三英雄とも呼ばれるくらい、強いんでしょうね」


「なに言ってんだてめえ?」


「へ?」


 つい戦い方の極意に聞き入っていた俺は感心していたのに対し、ラグルスは思いもよらない反応と言葉を返してきた。


「おめえの放っている殺気。多分それは、戦える人間の素質ってもんだ」


「素質? 俺に、戦う素質? いやいや、さすがにそれは言い過ぎでは」


「おめえ、自分からは本当に何もしてねえのか?」


「そりゃそうですよ。出会ったばかりの人に殺意なんて抱きませんし、普通」


 ラグルスに疑い深い顔をされたが、それで困るのはこっちの方だ。自分の顔だから今まで意識したことはなかったが、この顔だけでこんなに言われるだろうか。からかわれてるようにしか思えない。


「異質な殺気を放ち、自分の可能性にすら気づけていない人間。そんな奴は初めてだ」


「俺もここまで太鼓判を押されるのは初めてですよ」


「でもよ、なんだか俺の直感が語ってくるんだよ。おめえは絶対、強え側の人間だって」


「そんな真剣な目をして言われても、強い自分が何一つ想像がつかないんですが……」


 ラグルスは俺に何を期待しているのだか。それに同感な顔をしているカルーラも口を挟んでくる。


「本気で言ってるのか師匠? アタイにはそんな大物には見えないけどな」


「んだよカルーラ。見る目がねえな。よーく考えてみろ。こいつは殺気をバッチリ放ちまくってるってのに、てんで本人に自覚はねえ。それはつまり、本人も知らねえ奥底に、本能的な闘争心が宿ってるってわけだ。こいつのこの物騒な顔は、その本能に駆り立てられて自然と出てきたんだよ」


「なるほど」と納得してしまうカルーラ。過剰なまでの言われようにたまらず俺はセレナに聞く。


「なあ。俺の顔ってそんなに殺気が出まくってるのか? 自分でも思ってはいたけど、なんだかそれ以上っぽいんだが……」


「まあ結構、というより、かなり、その……特徴的、ですよね」


 明らかに言葉を選んだそのフォローに、すかさずラグルスが「間違いなく殺ってる顔だよな」と呟く。おまけにカルーラも「極まってるもんな」と続く。


「そ、そこまで俺の顔って犯罪者顔か……」


 なんだか泣きたい気持ちになってきたが、自分でも昔から思っていたことではあった。目が細く口角も下向きに下がった、いかにも貧相で暗い顔つき。よく交番なんかで張られている指名手配書の誰かにそっくりだとは思っていたが、こうも人に言われると、意外とくるものがある。


 そうして精神に傷を受けていると、またまた背後から気配を感じた。道場の入り口にいたその獣人が声を張り上げると、幼く可愛らしい男の大声が飛んできた。


「たのもお!」


 また新しい顔。ここの門下生かと思ったが、ラグルスが「あん? 誰だてめえは?」と彼に聞いていた。その問いかけに、背の小さい彼は元気よく答えた。


「オイラはチャルス。明日の決闘祭りの前に、この道場の奴らで小手調べをしに来た男だ!」


 チャルスと名乗ったその獣人は、いわゆるレッサーパンダの姿をしていた。全身が木の葉のような鮮やかなオレンジ色の毛に包まれ、手足は靴下のように黒に染まり、鼻や口元にの毛は白い。愛くるしい小顔に、俺もどこか可愛らしさを感じられたが、なぜかその手には、小動物には全く似合わない木造のトンファーが握られていたのだった。


「いざお手合わせを! お、人間もいるのか! だったら弱そうな彼女から……」


 チャルスがセレナに手を向けた。――が、急いで俺に向け直す。


「やっぱ女は殴りづらいからお前から!」


「変えるのかよ」


「問答無用! いざ尋常に!」


 そう言ってチャルスが懸命に両腕を振り、俺に向かって走り寄ってきた。そうしてトンファーで殴りかかろうとし、右腕を引いたのがはっきり見えると、俺は反射的にそれを避ける準備をしていた。攻撃は思った通り右手から来る。そう思った瞬間。


「っぬあ!?」


 トンファーの木が俺の耳をかする。カルーラよりも速い攻撃だ。見かけによらないパンチを繰り出してくると驚いてしまうと、その間にも左手からの横フックが飛んできていた。


「マッジか!」


 かろうじて頭を下げると、今度は右手からのアッパーに片足を引き、左手で回して振ってきたトンファーを上半身を背中に反らす。一瞬の間に三連打。そのどれもがギリギリの反応で動けていると、次に繰り出された右ストレートに反応が遅れてしまった。


「しまっ――」


「おらあ!」


 顔面目掛けてくるトンファーに思わず顔をそらして目を瞑る。この頬に強烈な打撃が来ると覚悟すると、俺の体は一瞬で身を引き締めていった。そして次の瞬間、俺の頬に衝撃が伝わってきた。……衝撃が、伝わってきた、らしい。


 素早い振りからの猛烈な痛みが来る。そう思って目をギュッと瞑ったのに、実際に伝わってきたのは、頬を撫でるように柔らかい感触。一言で言えば、まるで期待外れの攻撃だった。変に思った俺が目を開けてチャルスを見てみると、俺の頬にピトッと当てたトンファーを、いかにも全力を込めて押しているような顔をしていた。


「っぐ……おらあ! これでもかあ!」


 チャルスの気迫に対し、俺の頬がわずかに押される。子供が重たい荷物を全力で押そうとする時、体重の差で荷物がビクともしないことがあるだろうが、今の俺はまさにその荷物の気分だった。周りの誰もが拍子抜けしている顔をしているのが分かると、俺は頬に当たるトンファーを軽い力で引っ張ってみる。


「んな!? お前、そんな怪力だったのか?!」


「いや、お前が非力なんだろうが」


「なにを! そんな余裕こいた口、オイラが利けなくしてやる!」


「……そうか」


 俺がトンファーから手を離してやると、チャルスはすぐに左手のトンファーをクルッと一回回し、そのまま俺の顎めがけて振り上げてきた。それを体が反応しかけた時、それを間近で見ていた俺の目には、当たりかけたトンファーの勢いが一瞬、見えない壁にでも当たったのか止まりかけたように見えた。そうして勢いが完全に消えたトンファーが当たると、再びチャルスは威勢よく声を張り上げるのだった。


「うおおお! 吹き飛べえぇ!」


 ほんの少しだけ顎が上がる。チャルスは「うおおお! これでもかあぁ!」と、いかにも歯を食いしばっている様子を見せるが、顎がそれ以上上がることはないと、最後は力尽きてまた元の位置に戻っていった。これに呆れるようにため息をついたのはカルーラだった。


「はあ……この道場に喧嘩を売るもんだから、どんなもんかと思えば……」


 カルーラはチャルスに近づき、彼の手からトンファーをあっさり一つ奪う。


「あ! お前、オイラの武器を奪うなんて卑怯だぞ!」


「いいか? アッパーっていうのはな……」


 カルーラが奪ったトンファーを右手にしっかり持ち、その腕を体の後ろまで引く。そして、大声で叫びながら、チャルスの顎に向けて腕を豪快に振り上げた。


「こうやってやるんだ!!」


「っぶるあああ!!」


 チャルスの両足が地面を離れ、空中に高く浮き上がっていく。しばらく空に留まっていると、微かに「あ、空って広い……」と聞こえた気がしたが、結局はいい笑顔をしたまま落下し、地面に顔をつけるように大の字に倒れた。


 一体、彼は何がしたかったんだ。嵐のように突然現れた彼に、俺はそう思うのだった。

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