7‐3 だから憧れるんだろうが。最強って言葉に
カルーラに運ばれるまま、街の景色が勝手に変わっていく。しばらくその状態が続いていると、運ばれる荷物の気持ちはこんな感じなのかと、呑気にそう思っていると、長らく走っていたカルーラがやっと足を止め、土の地面にドサッと俺を降ろした。
「着いたぜ。アタイが通ってる武術道場だ。ここなら誰の目にもつかねえ」
強引な降ろし方に、俺は文句を言うのも忘れて立ち上がり、背後を振り返った。すると、テニスコートぐらいの大きさがある土の屋外訓練場。その先に、横幅が広い道場の本館が建っていのが目に入った。
「武術道場って、カルーラは普段ここで稽古でもしてんのか?」
「ああそうだ。ラグルス師匠にしばかれながらな」
「ラグルス師匠?」
俺はそう聞き返したが、丁度背後から息切れをする声が聞こえると、この道場の入り口の木の柵からセレナが顔を見せた。
「はあ……はあ……やっと、追いつきました……」
「お? お嬢ちゃん、見た目の割には案外ガッツがあるじゃないか。アタイのお気に入りだぜ、そういう奴は」
「はあ……それは、どうも」
「まあ、それはそうと……」
カルーラがセレナから目を離して腕を動かすと、手にした螺旋槍でいきなり俺の腹部を貫こうとしてきた。
「っうお!?」
一瞬で片足を引いて体をそらす。自然とその動きをして螺旋槍を避けると、カルーラの顔に笑みが浮かんだ。
「お! いきなりの不意打ちに反応したか。こいつはおもしれえや」
「お、おい! 不意打ちで殺すつもりか!」
「大丈夫だ、アタイが寸止めをミスるはずがない」
そう言ってカルーラが螺旋槍を引き、そのまま片手に構えてみせる。その立ち姿は、今にもやる気満々と言ったところか。
「って待て待て待て。俺はまだやるとは一言も――」
「言い訳無用。ハヤマ。アンタはアタイの攻撃を見切った。死ぬ気で特訓してきたアタイの攻撃をだ。きっとアンタもアタイと同じで、死ぬような思いで特訓してきたんじゃないのか?」
そう言われ、俺はかなり前に、時の都ジバでミスラに死ぬほど叩かれたことを思い出す。
「それは……まあ、ある意味死にかけていたが……」
「だったら遠慮はいらねえよな。アタイは全力でいくぜ!」
螺旋槍の刃を光ったように見えると、それに死線を感じた俺は慌てて口を開いた。
「わ、分かった! 百歩譲って決闘は受けてやる。でもその代わり、危なくない武器でやり合おう。な?」
「真剣のがやりやすいじゃねえか?」
「そ、そうは言ってもだな! ほら、明日が祭り当日だろ。前日にケガでもしたら元も子もないし、それに俺、寸止めとかできる技術は持ってないんだ。だからそう、ここが道場って言うんなら、模擬剣くらいはどっかにあるだろ?」
「まあなくはないが……寸止めできないってことはアンタ。アタイに勝てるつもりでいるんだな?」
「え? 別にそこまで言って――」
「その自信、気に入った! 模擬剣でしかやってくれないってなら、仕方ないから持ってきてやるよ」
カルーラが勝手な勘違いをすると、さっさと道場の中までひとっ走りし、そこからまたさっさと戻ってくると、木で作られた二本の模擬剣を持って一本投げ渡してきた。
「ほらよ」
飛んでくる模擬剣。持ち手の部分を両手で掴み、いきなりのしかかった重さになんとか耐えると、どうしてこうなってしまったのかとため息が出た。
「はあ、本当にやり合うことになるとは……」
「さっさとしろよ。そんなもん背負ってちゃ、戦いになんねえだろうが」
カルーラがそう急かしてくると、俺は渋々背中のバックパックと腰のサーベルを外し、道場の柵の前に置きにいく。そんな時、セレナが「本当に戦うんですか?」と聞いてきたが、俺は道場に振り返ると、既に敷地の真ん中にカルーラは位置についていて、模擬剣で肩を叩くようにして俺を待っていた。いかにも戦いを待ち望んでいる様子に、俺は逃げられないことを悟る。
「まあ、適当にやってるフリをすれば、実力差を知って勝手に幻滅してくれるだろ」
「けど、本気でやらなかったらやらなかったで、また色々言われるんじゃ……」
「た、確かに」
「おーい! 早くしろよ!」
「……まあ、とにかくやってみるよ。どうせ逃げても追いかけてきそうだし」
半ばやけくそな感じになりながら、俺はカルーラの前へ歩いていく。屋外には何もない道場。その真ん中で、彼女と目を合わせると、カルーラは肩を叩いていた模擬剣を片手で一回転させて持ち直した。
「人目もつかないし、模擬剣でケガもしない。条件はすべて揃ってるよな?」
「そこまで俺と戦いたいって言うお前は、正直どうかしてると思うぞ」
「ハハハ! アタイと戦うっていうのに、随分と堂々としてるじゃねえか。いいねぇ、ますます気に入ったよ」
「一体どこでそんなに俺を買いかぶったんだが……やり合って後悔しても、俺は知らねえからな」
「上等だ! アンタにここまで言われたら……」
カルーラの姿勢が徐々に低くなっていく。仕掛けてくる合図だと気づくと、彼女は笑みを浮かべたまま目つきだけを変えた。
「アタイも負けられねえってもんだ!」
「っつ!」
いきなり突っ込んでくるカルーラ。右手の模擬剣が打たれた野球ボールのように、顔面に向かって突き出されてくる。それを条件反射で顔をそらして避けるが、そのまま模擬剣が引かれ、流れるように頭上から刃が迫ってきた。予想外の動きに、とっさに左足が右足のかかとを通り越して体を捻る。
「っぶね!」
「避けられた?! ――うらあ!」
今度は腹部を狙った横振り。その動きがしっかり見えていると、俺は落ち着いて両足で背後に飛び退いた。カルーラも俺を追って一歩踏み出し、再び武器を突き出してくる。それも左にステップして避けてみせるが、なおも模擬剣が追ってくると、カルーラの攻撃は止まることを知らない。
「ふん!」
振り向きながらの斜め振り。上半身を後ろにそらして避けると次は右腹部から。さっきと同じよに飛び退くと、相手も同じように詰めてきては頭上から。それも片足引いて避けると、足元からの振り上げに身を捻り、立て続けの振り下ろしにもう一歩大げさにバック。更には足下を狙った横振りまでもジャンプで避けてみせると、俺は二歩、三歩と下がり、ようやくカルーラの間合いから離れられた。
「っふう……たったの数秒なのに、いきなり飛ばし過ぎだろ」
「っけ。全部見切られてるってか。なかなか身軽なんだな。正直甘く見てたよ。アタイの攻撃をこんなにかわせるなんてね」
「避けるのだけに関しては、ある人のおかげで本能が働くんでね」
「ふん、浮かれるなよ。こっからが本番だ!」
そう言ってカルーラがまた距離を詰めてくると、再び模擬剣を振ってきた。横に縦に斜めに。頭に腹部に片腕にと。あらゆる方面から何度も何度も。さっきよりも一段と早く感じる攻撃が続く。それでも俺の目は模擬剣を確実に捉えていると、それらをすべて避け続けていった。
「ッチ、当たらねえ。避けるのだけは達人並みだな、おい」
模擬剣の振りが鈍くなりながら、カルーラがそう話しかけてくる。
「模擬剣を見てると、激痛が思い返されてな。体が条件反射で、勝手に動くんだ」
俺もかわし続けながらそう返すと、カルーラは大きく振り切ったのを最後に、一度攻撃の手を止めて俺の目を真正面に見てきた。
「そうかよ。だがよけてばっかじゃ、アタイには勝てないぞ」
「それは分かってるが……」
「避け続けて体力勝負にしたいってなら、その手に乗るつもりはないぜ」
「いや、単純に攻撃の仕方がわかってないというか、稽古の時は一方的に殴られてただけで、避けるのに精一杯だったって言うか……」
「なんだその言い訳は? まさか、アタイに勝つ気がないって言うんじゃないだろうね?」
「そ、そんなことは……と言うか、なんでちょっと怒り気味で言うんだよ」
「決まってる。勝つ気のねえ奴は、アタイの大っ嫌いな奴だからだ!」
三度突き出される模擬剣。勢いを取り戻したその攻撃を、慣れた動きで横に避けた時、空振りした模擬剣を手元に戻そうとするその瞬間が、異様に遅くなっているように見えた。極度の集中力のせいだろうか。再び攻撃の行動に入るまでの一瞬。カルーラが見せる数少ない隙がそこにあると感じると、俺は模擬剣を握る手に力を入れた。
「まだまだあ!」
体を回しながら模擬剣を奮ってくるカルーラ。それを一歩引いた足で身を引いた時、空振りの音と共に絶好のタイミングが訪れた。
「ここだ!」
振りかぶった模擬剣を戻すカルーラ。無防備を晒すその行動に、俺は前のめりになりながら、模擬剣を一心不乱に横に振り抜いた。彼女を確実に捉えた。そう確信していた。微かに「――ッフ」と言う笑う声が聞こえるまでは。
この一瞬、俺は自分の目を疑った。振り抜いた模擬剣は見事に空振り、カルーラはそこから姿を消していたのだ。その体はまさかの空中に浮きあがっていて、そこで彼女の斑点だらけの背中が見えていると、カルーラは華麗なバク宙を披露していたのだ。
「マジか!?」
「もらい!」
着地したカルーラがすぐに飛び込んでくると、空振りに体が追いついていない俺に避ける時間はなかった。振ってきた模擬剣は俺の額にカツンと当たり、無理に動こうとした俺は足がもたつき、無様にもその場で尻もちをついてしまった。
「へへ。勝負ありだな、ハヤマ」
「いっつつ。完敗だよ。あの状態から避けられるなんて、思ってもみなかった」
「いい勝負だったぜ。ほら」
カルーラがそう言って片手を伸ばして来ると、俺は「悪い」と返しながらその手を取って立ち上がった。なんとなく、素直に悔しい気持ちが湧き上がってしまう。勝てると思った矢先の敗北。くじ引き屋で、それは絶対に当たるねえ! と店主に囃し立てられて開いたくじが、残念賞という文字が書かれていた時、アタリじゃねえじゃねえかよ! と言ってやりたいような気分。あるいは、道端に落ちていたお札を拾ってみたら、おもちゃ用の偽札だった時のような気分。とにもかくにも、珍しいことに俺は今、心残りに感情が高ぶっていたのだった。
「……まあ、叩きこまれただけで、俺みたいな人間が強くなれはしないわな」
最終的に自己嫌悪に逃げた時、横からセレナが走り寄ってきた。
「凄いです! 凄かったです! ハヤマさんのあんな動き、今までで見たことなかったです!」
「え? そんなに凄かったか?」
「はい! 私、ちょっと見直しちゃいましたよ。普段は変なこと言ってたり、魔物相手に情けない姿ばっかりでしたけど、そんなハヤマさんでもやればできるんですね」
「おいおい褒め過ぎだろ。悪い気はしないが、お前に言われたら調子狂うぞ」
セレナが本心からの気持ちを口にしている様子に、俺は言葉の受け取り方に悩んでしまう。思えばセレナが俺の戦うところを見るのは、最初のトラウマのリトルスパイダーや、ジバを取り戻す時のバルベス戦以来だったか。その後にも何回かサーベルを抜いたことはあったが、セレナとはぐれたり、他の誰かが助けてくれたりしてたから、まともに戦う姿を見たのはこれが初めてなわけだ。そう振り返っている時、カルーラが口を開いた。
「避けるのは確かに上手かったな。あの適格な動き方。誰かに鍛えられたって感じか?」
「そうだな。ログデリーズ帝国にある都、ジバにいる赤目の戦士に鍛えられたんだ」
「へえ、赤目の戦士か。それだったら納得だな」
うなずくカルーラに対し、セレナは驚く顔を見せる。
「え?! それってもしかして、ミスラさんのことですか?」
「そうだけど、お前に言ってなかったか?」
「初耳ですよ。ミスラさんに鍛えられていただなんて。思えばあの時、顔中が腫れてたりしてましたね」
「ああそっか。その時はまだ、まともに戦えてたわけじゃなかったから、お前に言うのを躊躇ってたんだった」
当時の俺は、ボコボコにされ続けるだけの稽古を人に見られたくなかったのだろう。ここに来て初めてそのことをセレナに伝えられると、カルーラが間に割って入ってきた。
「だがハヤマ。アンタは攻撃が全然なってないぜ。あんなに遅い攻撃じゃ、避けれて当然だ」
「あれで遅かったのか。武器を振るのは、稽古でもやれてなかったからな」
「ちゃんとした構えさえできてれば、アタイの体にかすりはしていたかもな。まあとりあえず、これでアタイは明日、ハヤマとトーナメントで当たっても勝てるってこった」
この言いがかりは、少し舐められてるような。
「決めつけが早いな。本番じゃ模擬剣じゃないんだし、また違うだろ?」
「それはそうだな。本番だとこれとは違う。アタイはそう、得意の螺旋槍を扱えるわけだからな」
「あっとそうか……と言うか今更なんだが、決闘祭りのルールってどんな感じなんだ? 思えばアガーから詳しく聞いてなかったんだが、まさか五百人全員でトーナメントをするわけじゃないよな?」
「決闘祭りは初めてなのか? プルーグにいれば、誰だって名前を知ってるもんだと思ってたんだけどな」
「そのプルーグに本来存在しない人間なんでな」
「ん? よくわかんねえけど、決闘祭りのルールは単純だ。アタイたち参加者はまず最初に、全員参加のバトルロイヤルで戦うんだ」
「ちょっと待て。全員参加って言ったか? 五百人以上のみんなで?」
「ああそうだ。そんなかから最後の十六人に生き残った奴が、優勝をかけたトーナメント戦に出られるってわけだ」
「おいおいマジかよ。なんだか無茶苦茶なルールだな。五百人同時対戦なんて」
想像するだけでも煙たい光景が目に浮かびそうだ。そう真剣になっている時に、セレナがカルーラにがめつい質問をする。
「カルーラさん。賞金って優勝しないと手に入らないんですか?」
「いいや、予選のバトルロイヤルを突破でいくらかもらえたはずだ。魔法使いの方は多分、優勝しないと貰えないだろうけど」
「聞きましたかハヤマさん! 予選突破でも金貨が手に入りますよ!」
「だとしても、五百人が相手だとなぁ……」
素直な不安を口にすると、カルーラがそれに反論してくる。
「数なんて関係ないさ。結局最強の称号を手にできるのは一人って決まってる。アタイたちはその栄光を手に入れるために、すべてを倒せばいいだけなのさ。簡単なことだろ?」
「いや、すべて倒せる前提で喋ってるけど、そんなの出来たらただの化け物だろ」
「なあに言ってんだハヤマ。最強ってのはいわば化け物も同然。だから憧れるんだろうが。最強って言葉に」
「まるで言ってる意味が分からんよ……」
化け物に憧れる人がいるというのか。少なくとも俺には分かりそうにない。そう思った時、一瞬、背後から強い気配を感じた。刺してくるようなそれに、すぐ顔を道場の入り口に振り向けてみると、ギラギラと光った目が、突風を追い越さんとする勢いで目の前に迫ってきた。
「ッヒ!?」
「誰だ? 俺の道場に入り込んでる不届き者は?」
腰から抜かしかけの銀色の刃物が、俺の顔面すれすれに突きつけられる。頭上から見下ろしてくる獣の睨みも相まって、一瞬で俺の身が硬直してしまう。とりあえず目に映っているのを整理すると、赤い毛をした狼の獣人が、腰の鞘からやけに長い刀を手に、俺を脅しているわけだ。
「あ、あの、どちら様で――」
「そいつはこっちのセリフだ。誰だテメェ?」
赤き狼がやくざのような振る舞いで顔を近づける。そんな距離感に一般人の俺は体が震えるほど恐怖していると、横で見ていたカルーラが、呑気な声でこう言うのだった。
「おお師匠。やっと来てくれたのか」