7‐2 多分、顔のせいじゃないですか?
「参加者が三人だけ……これはチャンスなんじゃないんですか、ハヤマさん!」
セレナがやけに高ぶった声でそう言ってくる。
「私が参加しても四人。それでトーナメントになれば、二回勝つだけで優勝ですよ!」
「そう考えれば、まあ可能性はあるかもしれないが……」
金貨百万枚がかかった決闘が、セレナの中級魔法だけで勝てるほど甘いものなのだろうか。……まあそうだとしても、特別それを否定する理由もないか。
「まあ、お前が出たいのなら、好きにすればいいだろ」
「はい! 私頑張ります!」
「おお! 参加していただけるんですね! ならば魔法限定の決闘名簿は……こちらに名前を」
そう言ってアガーが机の上に紙を出すと、セレナは一緒に渡された羽ペンで、三人分書かれた欄の空きに自分の名前を書いていった。異世界の文字で恐らく‘セレナ’と書かれると、セレナは顔を上げてアガーを見た。
「本来の決闘祭りの名簿もありますか?」
「ありますとも。こちらです」
アガーがもう一枚の紙を重ねておくと、セレナが一番下の空欄に羽ペンをつけながらこう言った。
「ハヤマさんの名前も書いておきますね」
「おう。わかっ……ちょっと待て。今なんて?」
「ハヤマさんの名前ですよ。もう書き終えましたけど、何か?」
セレナが名前を書き終えた紙を上げて見せてくる。さっきまで空欄だったそこが、読めない文字で埋まっている。それを見て真っ先に沸き上がった感情は焦りだった。
「いやいやちょっと待て。どうして俺も出るんだよ! 一言も言ってねえぞ!」
「私だけ出て、ハヤマさんだけ出ないのも、おかしな話しじゃないですか」
「だからって勝手に書くなよ! それでとんでもない奴らが参加してたらどうするんだ!」
そこでまたタイミングよくアガーが口を挟んでくる。
「ハヤマ様を含めれば、これで五百五十三人が参加予定ですね」
「五百五十三人!!? 多すぎだろ!?」
「しかも、プルーグ各地で武術に優れた戦士にも招待状を送り、そのほとんどが参加を決めてくれましたから、祭りの熱狂は約束されたも同然」
「おまけに強者ぞろいだって? その情報は聞きたくなかった……やべえ奴らにしばかれて終わりじゃねえかよ……」
「ああ、ケガならご心配なく。聖属性魔法を極めた修道士や腕の立つお医者様をご用意しております。今までなら死にかけたような傷でも、今年のパワーアップした医療班であれば問題ないというわけですね」
「余計不安になるわ!」
「まあまあそう慌てずに。長年この祭りを仕切ってきた私には分かりますよ。あなたには計り知れない力があるのだと」
アガーは片羽を口元に持ってきて、他に聞こえないようにそう言ってきたが、真剣に言われたところで俺はため息しか出なかった。
「いやいや。適当なことを言うな。魔物だって満足に倒せない男だぞ、俺は」
「それならきっと、計り知れないビギナーズラックが巻き起こるかもしれませんね」
「んな都合のいい話しあるわけねえだろ……」
「いえいえ。私は決して冗談を言いませんよ。ハヤマ様には期待してるんです。あなたたちが出てくれれば、きっと祭りは盛り上がるに違いありませんからね」
アガーがそう言いながら紙と羽ペンを回収していく。俺はどうにか辞退できないものかと考えていたが、一瞬背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえると、俺は背後を振り返ってみた。するとその瞬間、俺の目の前に青黒い刃物が突き付けられた。
「っひ!? な、なんだ!?」
思わず全身が硬直してそう叫んだ。突き付けられたのは、槍の刃が三つに分かれた見たことのない武器。その刃の横から男性らしき人間の姿が見えると、目や鼻までを完全に隠せる青銅の兜をかぶっていた。
イタズラか? それとも明確な殺意か? この男を俺は全く知らない。口元だけははっきりと見えていたその兜が、武器を降ろさないまま低く警戒するような声色で話しだした。
「とんでもない殺気があると思ってきてみれば、お前が正体だったとはな」
「は? いやいやいや! 殺気なんて俺は微塵も!」
「ほざけ。この三尖刀の錆になりたいか?」
全力で首を振って否定したのに、男は三尖刀と呼んだ武器をグッと近づけてきた。
「っひ!? 俺は何も悪いことしてねえしやろうともしてないです! 本当に何も考えてませんから! だから武器を下してくださいって!」
俺が必死にそう叫ぶと、兜はまたしばらく俺を見つめてきた。俺が冷や汗をかいている姿を見ると、男はやっと分かってくれたのか、すっと三尖刀を降ろしてくれた。
「……気のせいだったか」
俺は気が抜けて深く息を吐き出す。なんとも奇妙な兜をかぶった男だ。頭を守るという意味で目元を隠すのは納得できるが、それでもどこかしら前が見えるように穴はあるのが普通だろう。だが、彼の兜の場合は、その目元に穴なんかは一切なく、どうやって前を見ているのか分からないほど完全に青銅で塞がっていたのだった。それがどうしてか気になったのも束の間、兜が俺たちの間に体を入れてくると、そのままアガーに声をかけた。
「招待状を受け取ったのだが、受付はここで間違いないか?」
「はいはい! その身なりに武器の三尖刀。やはりあなた様がそうでしたか! ログデリーズ帝国皇帝の側近が一人、戦場の荒くれ者、テオヤ様!」
その説明に、俺とセレナは一瞬で目を見開く。
「皇帝の側近! お前もそうだったのか?」
俺とさほど身長が変わらない彼を意外そうに見ていると、テオヤと呼ばれた兜が俺を見てきた。
「お前も? まるでもう一人と会ったような言い方をするな」
「ああっと。ここに来る前に、ヴァルナ―って人に会ったんだよ」
「あいつが? そうか。まあ、あんな女ったらしのことなどどうでもいい」
テオヤはまるで興味がないのか、あっさりと俺たちからアガーに目を向け直す。
「受付人。この決闘祭りに強者が集まるのは本当だろうな?」
「それはもちろん。最強の称号を求めて、プルーグ中から強き者たちが集まりますよ」
「なら、さっさと俺の名前を参加者リストの中に書いておけ」
「もちろんですとも! 先の洗脳大戦でもあなた様が立てた孤軍奮闘の記録は、我々獣人たちの間でも有名ですから」
「ただ雑兵を掃討した記録に意味はない。俺が求めるのは強者だけだ」
「その精神を持つ者こそ、この決闘祭りに一番ふさわしいお方だ。テオヤ様には十分期待が持てますね」
会話をしながらアガーが名簿に名前を書いていると、テオヤはそこでさっさと背を向け、何も言わずに帰っていってしまった。俺は詳しく聞く機会を逃したと思うと、代わりにセレナに聞いてみた。
「なあセレナ。俺から殺気とか出てたか?」
「うーん、私は特に。多分、顔のせいじゃないですか?」
「ああ……犯罪者みたいなこの顔のせいか。もし本当にそうだったら、いい迷惑なんだが」
セレナから言われたことに納得しかけていると、セレナがアガーに一つ質問した。
「あのアガーさん。あのテオヤさんのこと、戦場の荒くれ者って言ってましたよね? それってどういう意味なんですか?」
「それはですね。洗脳大戦にて、彼がたった一人敵陣に突入し、味方の軍が来るまで兵を掃討し続けたという異例の記録から、彼はそう呼ばれるようになったんですよ。なんでも千人以上の兵士の攻撃を耐えしのいだとか」
「千人を一人で相手にしたんですか! 凄い方なんですね」
「素晴らしい武功ですよね。このアガーの目からして、彼は今年の優勝候補の一人に違いありませんよ」
嬉しそうに話すアガーに、俺はぶしつけながらにこう聞く。
「洗脳大戦で上げた功績だと、より多くの獣人を倒したってことだろ? それなのに、獣人のお前は結構乗り気なんだな」
「もう終わったことですからね。そんなことより私は、最強を目指す者たちが一堂に集い、その力を存分に奮う姿を見てみたい。そして、祭りが大いに盛り上がってくれれば、それだけでいいんですよ」
「そう言うもんなのか」
「観客席が満員という時点で、私のような獣人もきっと多いことでしょう。血沸き肉躍るスリルが目の前にあるんです! 過去の悲劇があるのなら、今はそれを忘れてしまうほどの祭りを開けばいい。それだけのことなんですよ!」
堂々と言い放たれた格言に、一瞬、自分が惨めな人間に思えてしまった。
「そうなのか。すまん。変なこと聞いちまったな。ここに来る途中で色んな話しを聞いたから、つい敏感になってたみたいだ」
「何を謝る必要が。あなた様方が参加していただけるだけで、この祭りを開催する意味があると言うもの。私は盛り上がりさえすればなんでもいいんですよ……おや? 誰かがこちらに走って来てますね」
アガーの言葉に俺とセレナが振り返ると、一人の獣人が四足歩行で走ってきていた。黄色の毛をした体に、黒の斑点がついているのが見えた時、俺は一瞬虎の獣人なのかと思ったが、それにしてはなんだか違和感があった。その違和感の正体が耳が猫のようにしゃんと立っていることだと気づくと、その獣人が俺たちの前で足を止め、息を切らしながら立ち上がった。
「はあ……はあ……決闘祭りの受付は、まだやってるよな?」
女声の低いハスキーボイスで、その獣人がアガーに聞いてくる。
「もちろんですとも。最強を目指す者なら当日参加だって認めますよ!」
「本当か! それはよかった。アタイうっかりしてて、つい参加するのを忘れるところだったぜ」
「その血の気が多そうな気迫。たまりませんね。そんなあなたを私は求めていましたよ。ささ、お名前をこちらに」
アガーが出してきた紙と羽ペンを受け取り、女獣人の彼女が名前を書いている間、俺は彼女の背後に背負ってあった武器に目を取られていた。持ち手は槍の柄のように長いそこから、大きく目立った刀身がついていると、その刃が螺旋階段のようにとぐろを巻いていたのだった。
「凄い形の武器ですね」
セレナがついそう呟いていると、名前を書き終えた獣人が彼女に目を向けた。
「なんだ? アタイの武器に興味があるのか?」
「興味というか、結構独特な形してるなぁと思ったので」
「こいつは特注で作ってもらった、螺旋槍って言うんだ。アタイにしか使えない武器だぜ」
「へえ。武器にこだわりがあるんですね」
名前に槍とついている割には、その武器は背中で背負えるほどでそれほど長くはない。どちらかと言うと大剣に近い印象だ。とても重たそうで扱いづらそうだ。そんなことを隣で思っていると、その獣人が俺の腰の武器に目をつけてきた。
「お、アンタも武器を持ってんじゃねえか。ってことは、アンタも祭りの参加者だな?」
「成り行きで名前を書かれただけで、参加する意思は一つもないけどな」
「そうなのか? まあ、丁度いい機会だ」
獣人はそう言うと、いきなり背中の螺旋槍を片手に取った。
「アタイの名はカルーラ。サーバルキャットの獣人だ。アタイは今、アンタに決闘を申し込む!」
グイッと螺旋槍が向けられる。俺は一歩後ずさりしながら、再びの急展開に思わず声が出た。
「決闘?! 俺とか!?」
「そうだ。祭りに参加する奴がどの程度のものなのか、今の内に知っておきたいからな」
「だとしたら人選をミスってるんだが……」
「アンタ、名前は?」
「は、ハヤマだが……」
「よおしハヤマ! 覚悟ができたなら抜きな! アタイはいつでもいけるぜ!」
「いやいや待ってくれ。俺は決闘を受けるつもりはない。戦いには自信がないんだ」
「おいおい、実力を隠すつもりか? 強さを求めない奴が、決闘祭りに参加するなんてあり得ねえだろ?」
「いやだから、俺は参加する意思がないって言ってるだろ」
「ふむ。あくまで隠そうとするか……だったらしょうがない」
そう言ってカルーラが螺旋槍を背中に戻す。話しを聞かない奴かと思ったが、どうやらしっかりしてる部分はあるらしい。
「分かってくれたか」
「ああ。アンタの言いたいことは十分に分かった」
その言葉を聞いてほっと一安心する。……のも束の間、カルーラが俺に近付いてくると、なぜか俺の体に腕を回し、それなりに重たいバックパックがあるにも関わらず、そのまま自分の肩に担ぎだした。
「へ? こ、これは、一体……」
「実力を隠したいなら、人目のつかない場所に移動だ!」
「移動!?」
急に二足のまま駆け出したカルーラ。俺の目に映っていたコロシアムが物凄い勢いで遠ざかっていく。また面倒な奴に目をつけられたかと、言葉が頭の中を横切る。
「ハヤマさん!?」
セレナが急いで後を追ってくる様子が見えると、俺はカルーラの肩の上で、ベルディアの街中をしばらく運ばれていった。