7‐1 参加してなんぼの決闘祭り!
荒れ果てた荒野を進み続けて三時間。色褪せたレンガ造りの建物が見え始めてくると、俺とセレナは雑に整備された土の道を進み続け、途中にあった憩いの場所で足を止めていた。
そこに設置された木の板に腰かけ、うっすらと湯けむりが昇っていくそこに足をつける。裸足となったつま先からくるぶし、足首までにもお湯の感触が伝わってくると、その温かさに癒しを感じた俺はついため息が出てしまう。
「はあ……」
隣でセレナも同じように足に湯をつけていると、随分と気持ちよさそうな顔をしていた。
「気持ちいいですねぇ……これがスレビスト王国名物の足湯ですか」
程よい温度の湯が両足の疲れをほぐしていく。その心地よさに、なんだか眠気が誘われてしまいそうだ。
「なんだか眠くなってくるな……このまま昼寝したい気分……」
「寝たらダメですよ……気持ちは十分に分かりますけど……」
「お前も眠そうに言うなよな……」
気の抜けた会話が俺たちの間を行きかう。どうやら俺たちの体は、結構な体力を使ってここまで来たらしい。それに気づきながら、今一度辺りに広がるベルディアの街並みに目を向ける。
「いやあ……本当に着いたんだな、スレビスト王国の王都、ベルディアに。どこを見ても獣人だらけだ。人間もいるにはいるが、本当に獣の国って呼ばれてるんだな」
人の姿をした獣を獣人と呼ぶが、ここに来る途中まですれ違ったのもほとんどが獣人だった。犬や猫といった見慣れた動物はもちろん、トラやライオンといった肉食獣から、シマウマやヤギといった草食系までいる。中には、ウサギやリスといった小動物までもが、小さな人間くらいの大きさに化けている姿も見られた。
「元いた世界にはない光景だ。今までもそんな景色だらけだったけど、ここのは格別に異世界感があるな」
「私も初めてです。こんなに獣人さんがいっぱいいるところを見るのは」
セレナが背後を振り返り、レンガ造りに挟まれた道を眺めていると、俺も同じように振り返ってみた。そこで獣人と人間が並んで歩いているのが目に映ると、二人は仲がよさそうに話しながら歩いていた。
「数年前までは戦争で割れてたんだよな。アトロブで洗礼を受けたから、王都ではどうなるかと思ったけど、案外友好的でよかったな」
「魔王の仕業だって言うことは、一応出回ってるみたいですからね。それを受け入れられてる獣人さんが、きっと多いんですよ」
「あれ? 今更気になったんだが、俺たちが探しているエングっていう魔法使いって、もしかして獣人だったりするか?」
「いえ、それはないと思いますよ。獣人が魔法を使うことはできませんから」
「え? 使えないのか? 魔法って生まれながら魔力を持ってれば、誰でも使えるんだろ?」
「獣人の場合、魔力を持って生まれる人がいないんですよ。魔法は人間にしか使えないものだって、お母さんに言われました」
「へえ。魔法は人間限定ってことか。生まれる依然から可能性がないのは悲しいな。魔物を倒すのも苦労してそうだ」
「その代わり、獣人には獣としての能力がそれぞれにありますよ。太い腕で力が強かったりとか、四足歩行で足が速かったりとか。ミツバールさんだって、空を飛んでましたよね。魔法が使えない分、その身体能力で補っているんだと思います」
「そうか。俺たちと違ってただの人間じゃないんだもんな。となると、獣でもなく魔法もない人間が、つくづく不憫な思いをするだけじゃないか……」
自分になんの能力がないことを、俺は呪う。
「そんなに気にしなくても……」
「魔法が使えたら、色々便利だったんだろうな。せめて獣人にでもなっていれば、はっきりとした力も手にできてただろうに、どうして俺は何もない人間なんだよ」
「ああ……卑屈なハヤマさんが出てきちゃいました……面倒なので、私は先に行きますね。まだ宿も取ってませんし」
「あ、おい。お前に置いてかれたら俺はおしまいだっての」
セレナが先に立ちあがったのをきっかけに、俺たちはお湯に濡れた足を拭き、そこから再びベルディアの街へと出ていった。
この街は華やかだったラディンガルの城下町とはまるで違い、全体が黄土色のレンガで少々殺風景に見える街並みにだった。色合いが少ない部分はとてもレトロな感じがするが、そこに獣人たちがいるせいか、元いた世界のアフリカのような雰囲気を感じずにはいられなかった。
「あ、見てくださいハヤマさん」
セレナが足を止めて俺を呼ぶと、すぐ隣の建物を指差していた。そこについていた小さな窓ガラスを見てみると、そこにはパンを焼いている熊の獣人が見えた。
「パン屋だな。お腹でも空いたのか?」
「いえ、ベルディアについて調べていたら、ミートパイって言うのが人気らしくて、きっとここで食べられるのかなぁって思いまして」
「またスイーツ関連か。飽きないなお前も。入るなら宿を見つけてからだ」
そう言って俺が歩き出すと、セレナもすぐに隣についてくる。
「分かってますよ。でもちょっと悲しいのが、スレビスト王国ではあまり、甘いスイーツ店がないそうなんですよね……」
「そうなのか? まあ獣が食べるものって考えたら、やっぱ肉とか草ってところなんだろうな」
「でも甘いものは別腹じゃないですか!」
「それは食い意地の張った、世の乙女たちだけだ」
「そんなことないですよ。甘いものを食べれば、誰だって幸せを感じられるんですよ」
「いや個人差ってものがあるだろ、さすがに」
互いに顔を見合わせながら会話をしていると、ふと前を向いたセレナが足を止めた。その顔が何かを呆然と眺めているように見えると、その口から「うわあ……」と言う感想がこぼれた。
俺も何事かと思って前を見てみる。するとそこには、とても巨大で円形型の建築物。外壁が肌色に見える土色のコンクリートで固められていて、とてつもない高さで圧巻の存在感を発してる。高さを計ろうとすれば、五十メートルに到達しててもおかしくはない。それだけ武骨で威厳を発しているこの建物は、規則的に壁が吹き抜けていたりしていて、間違いなくコロシアムのような何かかと確信した。
「でっかいな。どうやればこんなもんが造れるんだ」
「間違いないです。これはベルディアコロシアムですよ」
「ベルディアコロシアム? コロシアムってのは、誰かと誰かを戦わせて、それを見て楽しむっていうあの?」
「その通りです。ここスレビスト王国では、いわゆる決闘というのが主流文化だそうで、四年に一度は最強の戦士を決める、決闘祭りというのを行ってるそうですよ。面白そうですよね」
「決闘祭りか。なんだか物騒な呼び名だが、ちょっと見てみたい気はするな」
俺が何気なくそう呟いたその時だった。
「見るだけなんて勿体ない! 参加してなんぼの決闘祭り!」
唐突に甲高い何者かの声が聞こえてくると、俺たちは辺りを見回した。どこにも声の主が見当たらないでいると、突然俺たちの前に、空から作業用デスクが降ってきた。木製のそれがドンと音を立てたのに二人で驚くと、今度は空からある赤き獣人が羽ばたきながら降りてきた。
「あなたの声、このアガーに届いたのがまさに運命というもの! 己の実力、ぜひこのベルディアコロシアムで披露してみては!」
赤い羽毛に包まれたオウムの獣人が、小さな背丈で目一杯翼を広げて喋ってくる。突然の出来事に俺たちが戸惑っていると、その様子に気づいた獣人が羽を手に見立ててコホンと咳込み、今度は丁寧な物言いで話してきた。
「初めまして。私はアガー。決闘祭りの開催責任者であり、我こそはという参加者をかき集めているところです」
「ど、どうも……」
セレナがそう返す。
「私は聞きましたよ。お二人はこの決闘祭りに興味があるようで」
「どうやって聞こえたんだよ……」
俺がそう聞いたことに、アガーはついているのか分からない頭の横に羽を当てる。
「いわゆる地獄耳という奴です。私は仕事上、どんな音も聞き逃せない身なので。そんなことより、どうですお二人さん? 四年に一度の決闘祭り。それが明日開催予定なんですよ。ぜひ体験してみたいとは思いませんか?」
「え、明日が祭り当日なのか? それは都合がいいな。四年に一度って言うなら、ちょっとだけ見てみたいと思ってたんだ。でも参加は勘弁だな。俺たちは大して強いわけじゃないし」
「何をおっしゃいますか。私には分かりますぞ。あなたからは戦闘に飢えた気配がビンビン伝わってくる」
「どんな気配だよ……」
異様に真剣な眼光で俺を見てくるアガー。相当こういうやり口に慣れている感じが俺には伝わってくると、今度はその目をセレナに向けた。
「そこのお嬢さんだって、恐らくは魔法使いなんじゃないんですか?」
「え? どうして分かったんですか?」
「やっぱり。ってことはその、左手につけてるブレスレットはきっと、魔力石で違いありませんね。魔力石を持っている魔法使いは、中々強力な魔法使いが多いですからね。私調べですが」
「全員がそうとは限らないですよ。実際に私は、中級魔法を使うのがやっとですから。この場所で戦うにはとても」
「ふむ、そうですか。そうやってすべてのチャンスを取り逃すつもりなんですね」
「チャンス、ですか?」
「そうですよ。あなたは今、この受付人アガーの前に立っている。そして、私がこの手持ちの参加名簿に名前さえ書けば、あなたは金貨百万枚を手に入れられるチャンスが訪れるんです」
「金貨百万枚!?」
セレナがいきなり耳をつんざくほどの大声を出した。
「本当なんですかアガーさん! そんな大金が、決闘祭りで手に入るんですか!?」
「そうですよ。優勝賞金は金貨百万枚。たとえ巨大な豪邸を買おうと、王都で一年間豪遊しようと、そんな大金があれば、おつりが出てくるでしょうね」
アガーがわざとらしくそう言うと、セレナの盲目な目が俺を見てきた。当然口から出てくる言葉は一つ。
「やりましょうハヤマさん!」
「……正気かお前?」
「正気です! だって、金貨百万枚もあれば、この先困ることがなくなります」
「それはそうだが、俺たちに優勝なんて無理だろ」
「やってみなければ分かりません! もし優勝できたら、私たちは一生スイーツ食べ放題で生きていけますよ!」
「それはお前の願望だろ……観客席で見てるだけにしとこうぜ」
俺はそう提案したが、アガーがすぐに口を挟んでくる。
「あいにくですが、観客席のチケットは既に完売してまして」
「マジかよ……どちらにしても、決闘祭りが見れなかったってことかよ」
「いえ、見ることはできますよ。参加していただければ、参加者限定の特等席から見ることができますから」
「そこまでして俺たちを参加させたいのか」
「もちろんですよ。今年はいつもの決闘祭りではないんです。洗脳大戦を終えての初めての開催。主催者である国王陛下は、我々獣人と人間の間に生まれてしまった溝を修復するためにも、この祭りをより一層盛り上げたものにしたいと考えてらっしゃるのです。それで今回の祭りは、従来のものよりも特段パワーアップしてましてですね。観客席が満員なのは毎回のこととして、参加者の数が歴代最高という記録も既に出てるくらいなんですよ!」
「あそう。まあ、祭りってのはやったら街が賑やかになるし、あながち間違ったことは言ってないんだろうが、そこら辺は俺たちには関係ないだろ」
「まあそう言わずに。今年のパワーアップした部分をご紹介させてください」
俺を見てくるアガーの目がやけに鋭い。聞かなくても後ろからついてきそうな圧すら感じられると、俺は渋々話しを聞くことにした。
「……まあ、聞くだけなら」
「まずは獣人なら誰もが憧れる、我らが国王様が、なんとエキシビションマッチにて参加されます。どんな戦士にも負け知らずと言われてる国王様の戦いっぷりを存分に見れるのも、今回が初めてなんですよ」
「ふうん。まあ、一国の王が戦うのは、確かに興味があるな」
「決闘祭りの内容も改変してましてですね。今まで血の気が多かったこの祭りでしたが、それを苦手とする人間には受けないということで、回復の聖魔法を交えた新たなルールが適用されたりしてます。そして、もっとも目玉となるのが競技種目が一つ増えたということ。今年はいつもの決闘ロイヤルやトーナメントとは別の、魔法使い限定のトーナメントが催される予定なんです」
「魔法使い限定? 魔法だけで戦うってことか?」
「ご存じの通り、獣人は魔法を使える種族ではないため、今まで魔法使いがこの祭りに参加することはできなかったわけです」
「へえ。今まではなかったのか」
「それが今年、魔法が使える人間にも興味を持ってもらおうと、限定で開催することが決まったのですよ。と言っても、参加者がまだ三人なのですがね……」
「少ないな……」
「どういうわけか、魔法使いの人間には強さを求める者が少ないようでして。目を見張るような魔法使いには、わざわざ招待状まで送ったというのに、返事が来たのが一通だけなんです……うう、アガーはとてつもなく悲しい気持ちなんですよ……」
――――――
「ックション!」
「あらあら? 風でも引いたのかしら、アルト君?」
「いえ、ちょっと寒気がしただけです」
「誰かが噂してるのかしらね。決闘祭りの関係者さんとか」
「どうしてそんな人が僕の噂を。それに、僕の力は孤高で孤独であるもの。人前に晒すものじゃないんですよ、キャリアン先生」
「意地っ張りなのね。ウフフ」