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6‐7 認めようとしてるんじゃないのか?

 薄茶色の荒野の中、うっすらと見える一本道を歩き続けていると、突然セレナが吐き出すように声を発した。


「ああもう! 何なんですかさっきの村長さん! 分からず屋にもほどがありますよね!」


 どうやらハナノ村長に対して、とてもご立腹な様子だ。いつになく怒りを表してる彼女に俺は言葉を選ぶ。


「まあ、それだけ人間が憎かったんだろ」


「ですが、同じ村に住んでたミツバールさんからも話しを聞かないのは、どうかと思います」


「それは確かにそうだな。でも、誰かを嫌いになるのなんて自由だしなぁ」


「あれはハヤマさんとも大違いですよ。ハヤマさんは人間嫌いとか言ってても、最低限の関わり合いは持とうとするじゃないですか」


「まあ、変に目をつけられたくないからな」


「なのにあの人は、最初から否定してきて、全く話しを聞こうとしない。よくハヤマさんは冷静に話しができましたね。私は抑えるのに必死でしたよ」


「年上相手に大声出しても、年齢というハンデはどうにもならないからな。それに、俺の話しを信じなかったら、あの人自身が一人で勝手に妄想してるってだけで、それで自爆して一人ぼっちにでもなってたら、後で笑ってやればいいだけだろ」


「な、なんだかハヤマさんが大人に見えます」


「否定されるのに慣れてるだけだよ。元いた世界じゃ、俺は望まれない存在だったわけだし」


「え? それってどういう……」


 そう言ってセレナが意外そうな顔をして足を止めると、俺はつい口を滑らせてしまったと後悔する。


「……すまん、今の話しは忘れてくれ。面白くもなんともない話題だ」


 そう言ってごまかそうとすると、俺たちの頭上を一つの影が通り過ぎていった。それが徐々に拡大しながら迫ってくると、空から俺たちの前にミツバールが降りてきていた。両足を地面につかせて翼を元に戻した時、セレナが嬉しそうに彼女の名前を呼んだ。


「ミツバールさん!」


 ミツバールは反射するように一瞬身を引いたが、嫌そうな顔をしながらそれを眺めていると、無理やりな笑みをそこに浮かべた。それにセレナが更に頬を緩める。


「はあ! 笑ってくれました! 可愛いですね!」


 引きつった笑顔が可愛いのかは謎だったが、ミツバールからそんな顔が見れるのは意外だった。


「無理して笑わんでも……で、何しに来たんだ? 別れの挨拶でも言いに来たのか?」


 俺がそう聞くと、ミツバールはため息混じりに顔を戻した。


「はあ……まあ、そんなところよ。もう一人も今、あなたたちに手を振ってるみたいだしね」


 そう言ってミツバールが奥に目をやると、俺とセレナは背後に振り返った。そこには、村を越えて更に遠くに生えた巨大な土の手が、俺たちに向かって手を振っている光景があった。


「ヴァルナ―さんの土属性魔法!」


 見えもしないだろうに手を振り返すセレナ。思えばハナノ村長に言われたまま別れ、さよならの一つも言えずにいたっけか。


「別れの言葉を言いそびれたちったな」


「またいつか会えますよ。その時に改めて言いましょう、ハヤマさん」


「ま、そういうことにしておくか」


 ヴァルナ―とはまたいつか会えることを期待すると、ミツバールが改まって話しを切り出した。


「昨日までの私は、まだ迷っていたわ。お兄様を殺した彼を許すのが、本当に正しいことなのか。たとえ帰ってこないと言っても、私のすべてを奪った彼を、本当に助けてしまっていいのかって。試しに口でそうだと決めてみても、やっぱりどこかには揺らぎが残ってしまう。でも今日、ついさっきになって、私はある真実に気づけた」


 ミツバールの目が俺に向けられる。


「ハヤマ、だったかしら? あなたのおかげで、私は見るべき世界から、いえ、お兄様に代わって見なきゃいけなかった未来から、目を背けていたことに気づけたわ。世界にはこんな人間もいる。それなのに、人間を恨み続けて、ずっと後ろを向いて生きるのを、お兄様が望んでいるはずがないって」


「俺のおかげじゃなくて、ヴァルナ―のおかげだろ。お前とヴァルナ―はきっと、何度もアトロブで顔を見合わせたんだろ? それなのにあいつは、強面のお前からずっと逃げなかったんだ。たとえ伝えるべき言葉があっても、もし俺が同じ立場だったら、身近な獣人に伝言でも頼んでただろうに」


「そう、かもしれないわね。正直まだ、彼のすべてを許せる気はしないわ。その手でお兄様の首を取ったって思うと、どうしてもね」


「それでも、ミツバールはヴァルナ―を助けた。それってきっと、認めようとしてるんじゃないのか? ヴァルナ―のことを」


 ミツバールは両目を瞑ったかと思うと、片羽を自分の胸に優しく当てて、考えをまとめ終わったかのようにまた目を開いた。


「きっとね。お兄様は人間を信じていたと思うの。そうじゃなきゃ、お兄様だけが使っていた私の呼び方、ミルって言う呼び名を、彼に伝えなかったと思うから。だから、私も分かりたいって思う。お兄様が信じていた人間が、一体どんな存在なのかを。これからは、誰かの言葉だけじゃなくて、私の目で確かめようって、そう決めたの」


 決心を固めるように。自分に強くそう確信させるように呟かれる言葉。その言葉に、セレナが納得の表情を見せた。


「だからさっき、ミツバールさんは村を出るって言ったんですね」


「そう。もうあそこには戻らないわ。元々、アトロブに近いって理由だけで引っ越した場所だったし、特別な思い入れもないしね。これからは、色んな場所を巡ってみようと思うの。できる限り、人間と関わりながらね」


 ミツバールが空を眺めながらそう言うと、セレナが何かを閃いたように両手を叩いた。


「そうだ! もしよかったら、私たちと一緒に来ませんか? ミツバールさん」


「あなたたちと?」


「私たち、スレビストからフェリオンまで回るつもりなんですけど、一緒に行けばきっと、人間たちとも仲良くなりやすいと思うんです!」


 期待の目を向けられると、ミツバールは「そうね……」と言って羽を嘴に当てて考えたが、返ってきたのは首を横に振る姿だった。


「誘ってくれたのはありがたいわ。でも私は、個人的に調べてみたいこともあってね。だから、あなたたちとは一緒に行けない」


 分かりやすくガクッと肩を下げるセレナ。


「そうですか……賑やかになれると思ったのに、残念です」


「ごめんなさいね。でも、また会えた時は、声をかけて頂戴。あなたたちとなら、話しをしてみてもいいと思うから」


 それを聞くと、セレナはまた明るい表情でミツバールを見上げた。


「はい! 絶対にまた会いましょうね!」


「ええ。それじゃ、私はもう行くわね。王都で色々と揃えないとだから」


 そう言ってミツバールは羽を大きく広げると、地面に向かって風を起こし、その場から浮き始めた。両足が俺たちの頭上を越えていくと、ミツバールは「ハヤマ、セレナ」と俺たちのことを呼び、最後の言葉を残した。


「あなたたちに会えてよかった! またいつか会いましょう!」


「はい! ミツバールさんもお元気で!」


「またいつか会えるさ。じゃあな!」


 セレナが両手を、俺は右手だけを伸ばして手を振ると、ミツバールは円を描くように飛び回り、やがて空高くまで遠ざかっていくと、俺たちが向かうのと同じ方角に飛んでいった。それをしばらく見届けていると、やけに嬉しそうな顔をしていたセレナが「行きましょう!」と言って歩き出した。俺も隣を歩いていこうとすると、セレナが「あ、そう言えば」と言って俺の右手を見てきた。


「そのお花、どうするんですか?」


 どういう意味かと俺も右手を見てみると、赤い血の跡が残っていたのに気づき、アトロブの花を握ったままなのを思い出した。


「そうだった忘れてた。綺麗な花だったのに、勿体ないことしちまったな」


 固まった血だまりの手を開いてみると、完全に潰れてしまった花びらからは、もう血が流れてくることはなかった。


「なんだか罪悪感がすげえな。見るも無残な姿になっちまってる」


「そうですね……折角綺麗に咲いていたのに、もう魔力の感触すら感じられません」


「魔力もこっから消えたってか。うーんそうだな。お前の魔法で、この花を埋めてくれないか? 辺りに捨てるのも気が引けるし、かといって持ち運ぶわけにもいかない。どこかで静かに眠らせるのが一番だろ」


「それは確かに」


 俺は地面にアトロブの花を置くと、セレナが茶色の魔法陣を作り出した。赤く汚れた白い花びらが、少しずつ周りの土に埋もれていく。大地に吸い込まれるように花は見えなくなっていくと、そこには若干不自然に盛り上がった土だけが残った。


「これでよしと。ハヤマさん。最後にお祈りしていきましょう。この花を咲かせた皆さんが、安らかに眠れるように」


「お祈りね。まあやっておくか」


 セレナの提案に従い、俺は手の平を合わせて両目を閉じ、軽く頭を下げた。そして、心の中でも一応、安らかにお眠りくださいと呟くと、体を戻して目を開けた。セレナがまだ指を挟むように両手を合わせていると、俺は黙って終わるのを待った。


「……終わったか?」


 ゆったりと目を開けた彼女にそう聞く。


「はい。行きましょうか」


 そうして俺たちは体の向きを変え、再び道を歩き出した。スレビスト王国の王都ベルディア。次の目的地を目指すために、その場にアトロブの花を残しながら。



 六章 アトロブの花

                                  ―完―





「三英雄の赤狼せきろう、ラグルス様のご参加、と。これで手続きは完了です。本番が楽しみですね」


 赤きオウムの獣人が、赤毛の狼に対してご機嫌そうに呟く。


「楽しみ? んなもん、俺様の優勝に決まってるだろうが」


「果たしてどうでしょうかねえ? 今年の決闘祭りは今までに比べても最大規模。参加されてる戦士の中には、一筋縄ではいかない強者だらけですよ」


「ッハ。そうかよ。ま、三英雄のもう一人が帰ってきたら、結果も分からなくなるかもな」


「失踪されたもう一人の方ですか。……もしかしたら、今回はあるのかもしれませんよ? ウフフ」


「なんだ、その笑いは?」


「すみませんつい。んん、とりあえずわたくしから言えることはですね……今年の決闘祭りは、想像以上に面白くなる、ということです」

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