5‐6 俺の前では、もう誰も!!
ロナの盾が魔剣にはじかれると、魔剣を持つ魔物は足で彼女の体を蹴り飛ばした。その勢いで地面を転がるロナ。途中でなんとか四足で体勢を立て直すと、その間にフォードが水魔法を唱えた。
「ハイドロボム!」
黒い煙を中に包んだ水の玉。それが魔物に向かって射出されると、魔物は大きくバク宙をしてそれを避け、魔法は壁に当たってそこで爆発した。すぐに灰色の煙が魔物ごと辺りを包み込む。魔物がおこから現れるのかみんなが警戒していると、空中から飛び出した魔物が、フォードに向かって飛びかかろうとした。それにグレンが反応して魔物の前に飛び出し、予め作っていた炎の剣が目玉の魔剣とぶつかり合う。
「っぐ! うおおおぉぉ!!」
炎と火花、両方が散っていく激しいつばぜり合い。その果てに魔剣が炎の剣を振り払うと、目玉が狙いを定めるようにグレンの顔を見つめた。すると次の瞬間、動き出した魔剣から、絶え間なく衝撃音が鳴り響いていった。魔物が短刀を扱うかのように器用に、ハエが動いてるような目にも止まらぬ速さで魔剣を振っていく。グレンはそれを、剣と盾を交互に使ってなんとか防ぎ続ける。
「んぐ! 手ごわいな!」
防戦一方のグレン。魔物の連撃が容赦なく続いていると、グレンの背後からフォードが横に跳び出し、赤い魔法陣を光らせた。
「クリムゾンバーン!」
灼熱の炎が魔法陣から放出される。魔剣の目玉が一瞬フォードに動いていたが、瞬く間に魔物の体は炎に包まれていった。散々魔物たちを灰にしてきた炎魔法。その直撃に、確かな手ごたえがあると俺は思い込む。だが、予想に反して炎の中から魔物の手が伸びてくると、魔法陣からあふれ出る放射を片手で抑え込もうとしていた。包帯すら焼けていない顔が陽炎に揺れる。思わずフォードは「なんだと!?」と驚くが、魔物は魔剣の刃先を彼に向けていた。
「フォード!」
グレンがすぐ腕を伸ばし、無理やりフォードを押し飛ばす。そしてすぐに魔物に振り返ると、その魔剣がグレンの右肩を貫いてしまった。
「っう! がああっ!!」
痛みに悲鳴が響き渡る。すぐにロナが駆けつけていくと、細身の槍を手に取って魔物に振り下ろした。地面に鈍い音がしっかり鳴る。とっさに魔剣を抜いた魔物が飛び退いていると、攻める手を緩めまいと、ベルガが頭上に飛びかかろうとしていた。
「うおらああ!」
魔剣の刃に打ち付けられる二本の手斧。じりじりとしたつばぜり合いが続くが、結局魔剣が振り切られる。だが、ベルガは両足を地面につけて着地したまま腰を落とすと、右の手斧を逆手に持ち直し、すぐに魔物を睨みつけた。
「超必殺。獅子連斬!!」
咄嗟に地面を強く蹴り出し、魔物を切りつけようと体ごと両腕を振る。魔物はただ魔剣を掲げてそれを受け流したが、通り抜けた背後からも、またベルガは飛びかかっていく。それも防がれては、また逆方向から。何度も、何度も。あらゆる方向から高速に。
「うおらあああ!!」
怒号の中から、途切れることなく金属音が響き続ける。その間にロナがグレンを担いで下がっていると、レイシーが近づいて回復の魔法を唱えた。
「聖魔法上級。グレイトヒール」
グレンの右腕に淡い黄緑の光が包むと、色濃い血を流していた傷口が徐々に消えていった。それを見てロナは前線に戻っていくと、心配していたセレナがグレンに駆け寄っていき、俺もその後に続いた。
「大丈夫ですかグレンさん?!」
顔色を変えていたセレナに、グレンは冷静な言葉を返す。
「安心してセレナ。レイシーの魔法で傷は塞がった。もう大丈夫だ」
「そうですか。よかったです」
セレナがホッと胸をなでおろす。その横で、レイシーがグレンに厳しい口を利いた。
「もうグレンったら! さっきのは無理しすぎ! 下手したら心臓を刺されていたわよ!」
「でも、フォードを押していなかったら、顔面を貫かれて致命傷を負ってたはずだ。いくら聖属性の魔法で回復できると言っても、即死してしまえばそれまでだ」
「あんたも同じでしょ、それは!」
ごもっともなことを口にするレイシーだが、グレンは魔物に目を向けたまま立ち上がると、それを無視するように口を開いた。
「レイシー。まだ魔力に余裕はあるか?」
聞いていなかった素振りにレイシーがふてぶてしくため息をつく。
「はあ……ええ。最上級もまだ使えるわよ」
「そしたら、念のためみんなに、リジェネレーションをかけといてくれ」
「いいけど、それは時間が経てば自然と効果がなくなっちゃう。戦闘が長引けば、かなり不利になっちゃうわよ?」
「大丈夫だ。魔法の効果が切れる前に、奴を倒し切るから!」
「あ、ちょっと待ってグレン!」
さっさと走り出してしまったグレン。何か言いかけたようだったレイシーは、また深くため息をつきながらも「しょうがないわねぇ」と、杖の魔力石を光らせた。
「聖魔法最上級。リジェネレーション!」
掲げられた杖から、黄緑色の魔法陣が浮かび上がって光る。その輝きが、ロナにフォード。ベルガの足元にも浮かび上がると、三人の体が淡く光り輝いた。だが、たった一人グレンだけ光らずにいると、レイシーが疲れ切ったように木杖を降ろしてしまった。すぐにセレナが心配して声をかける。
「大丈夫ですか? レイシーさん?」
「はあ……はあ……最上級を四人分って、結構大変、なのよね。ここまでも、色々使ってきちゃったし。もう最悪」
そのまま地面に座り込んでしまうレイシー。俺は一応確かめようと聞く。
「でもレイシー。グレンだけ光ってなかったぞ。あれは大丈夫なのか?」
「ええ? 嘘でしょ? 冗談やめてよ。魔法陣が光ってないと、魔力が届いてない証拠なのよ」
「でも実際、光ってなかったんだが……」
「はあ……」
深くため息を吐くと、レイシーはなんとか立ち上がろうとした。だが、その足が、マラソンを走り切った選手のようにプルプルと震えていると、また尻を地面につけてしまった。
「はあ。ダメ。ちょっとタンマ。少し休ませて……」
「無理しないでください、レイシーさん」
「もうグレンったら、そこまで魔力がないって言おうとしたのに、すぐに行っちゃうんだから」
さっき言いそびれたことはそれだったのか。かなり大事なことを話せなかったように感じるが、突然鳴り響いた金属音に顔が動いた。丁度奥では、ロナの盾に魔剣が荒々しくぶつかっていた。
真正面からぶつかり合う二人。横からベルガの弓矢が飛んでくると、魔物はすかさず魔剣を引いて、鏃ごとそれを真っ二つに斬り裂いた。立て続けに背後からフォードの火炎放射が飛んでくると、魔物は左手を突き出して手の平で炎を抑え込む。そこにすぐさまグレンが横から迫っていくと、その場にいたロナと挟み撃ちにして、互いに勢いよく武器を突き出そうとした。
「うおおぉ!」
「はああぁ!」
首と肩の骨を狙う二つの刃。魔剣の目が一瞬で二つの武器を見回すと、すぐに魔物の腕が動き出しては、ほぼ同時に二つの金属音を鳴らした。フォードの炎魔法が消え、同時にベルガが両手斧を持って突撃する。猪のような真っすぐな突進。機を見計らって交差させた腕を振り切ると、魔物は大げさなほど高く跳びあがり、空中で一回転しながら大きく飛び退いた。
グレンたちから離れた位置での着地。息つく間もなくフォードが緑色の魔法陣を作り出す。
「マッハブラスト!」
一メートルを超えてそうな風の衝撃波が、餌となる虫に舌を伸ばす爬虫類のように飛び出していく。魔物はさっきと同じように手の平で受けようとするが、直撃した魔法の勢いに負けると、腕が関節を無視するように三百六十度高速で回転し始めた。
「ファイアウィップ!」
この機を逃すまいと、グレンが炎魔法の茨を伸ばしていく。それが蛇のようにうねうねと伸び続けると、左肩の回転を無理やり止めた魔物の、右手首を見事に縛り上げた。
「占めた! 魔剣の動きを封じれば、こっちのものだ! みんな!」
グレンが力一杯茨を引き、ロナとベルガが同時に走り出す。フォードも魔導書を広げると、はっきりとこう叫んだ。
「この魔法でケリをつける! ここが勝負どこだ!」
太陽の噴火を告げる猛火の虎よ。そこから始まったフォードの詠唱は、炎の虎が飛び出た、あの最上級魔法だ。魔物はとっさに炎の茨に噛みつき、強引に茨を噛みちぎると、飛びかかってきたロナとベルガの攻撃も、地面に肩から転がって避けた。そうしてる間にも、魔法陣は真っ赤に光っていく。
「この世の大地、天空、海ですら焼き焦がす炎帝! プロミネンスフレア!!」
光り輝いた魔法陣の中から、炎の虎が猛々しく吠えて飛び出す。ごうごうと音を鳴らすほどの火炎を身にまとっていると、そのまま魔物に向かって走り出していった。そして、業火に燃える牙で魔物の左腕に強く噛みついた。一瞬にして骨にひびが入る。魔物は慌てた様子で魔剣を振ったが、炎の虎は体が風で煽られるだけだった。その牙が食い込んだまま、ひびだけが肩まで伸びていくと、走り出していたグレンがその剣に炎を宿した。
「フレイムスラッシュ!」
紅蓮の刃が魔剣を持つ手首めがけて振り下ろされる。魔剣の目がその炎に揺れ動く。銃が発砲されたような、甲高い音が響いたかと思うと、魔剣を持つ右手の骨が宙に舞い、大きな弧を描くように飛んでいっては、最後に壁にぶつかって地面に落ちた。
炎の虎が変わらず左腕を噛みちぎろうとする中、魔物は右腕の先で左肩を掴み、無理やり肩からその骨格を取り外す。そうして虎から全身の自由を取り戻すと、そのまま魔剣に向かって走り出した。それを見てグレンが慌てて追いかけると、先にいた俺にこう叫んできた。
「ハヤマ! 魔剣を先に取れ!」
「俺かよ!?」
偶然にも魔剣に一番近くにいた俺。慌てて走り出し、たったの七歩でその魔剣に手が届きそうになると、俺は気持ち悪い目玉の剣と、それを掴んで離さない骨に手を伸ばした。その時、骨の手が独りでに動き出すと、魔剣を離して五本の指を真っすぐ伸ばし、親指を除いた四本の指で地面を払って、魔剣を魔物の本体に向かって飛ばしたのだった。
「んな!? マジかよ!」
手の本体も五本の指を使って走っていき、魔剣を再び掴み直す。そこに走り続けていた魔物が右腕を下ろすと、近づいた手首に右手が磁石のように繋がってしまった。奇想天外な方法で魔剣を取り戻した魔物。背後から追ってきたグレンに魔剣の目玉が動くと、魔物は勢いよく魔剣を振った。グレンは慌てて足を止め、その攻撃を受け止める。
「んぐ! なんて厄介な! でも! 誰かを失うわけには!!」
気迫の乗ったグレンが前のめりになり、魔物の剣を押していく。さすがの魔物も一歩引いてしまうと、すかさず魔剣を引いて背後に飛び退いた。しかしそれは、不運にも、反対側にいた俺の目の前まで近づいてくる行動になってしまった。
「っつ!?」
驚きのあまり、言葉にならない声が出てきてしまう。同時に魔剣の目が向いてきたのが見えてしまい、全身から一気に体温が奪われるのを感じる。セレナが俺の名前を叫んでいたような気がするが、それが全く気にならないほど俺は焦っていた。
サーベルを抜き取る余裕もないまま、魔剣ばかりをじっと見つめる。これから目を離してしまえば、必ず死んでしまう。立ち竦みながらも、最低限そこだけ警戒心を強めていると、とうとう魔剣が動き出した。頭上に上がったのを見て、体はとっさにしゃがみ始める。そして、魔剣が空を切る勢いで振られると、俺の天パの髪の毛が何本か切れていた。
「ひい!? おっかねえって!!」
半ば怒りがこもった叫び。稽古の木刀とは一味違う。背後に鬼が映っていたのが練習だとすると、今は死神が笑っているようだ。ついその魔剣ばかり気を取られていると、俺は魔物の足に腹を蹴られ、思い切り壁に全身を打った。
「っがは!!」
後頭部に当たった衝撃に思わずくらくらする。すぐにハッとして顔を上げたが、目の前には、魔物が既に魔剣を突き出そうとする構えを取っていた。
この一瞬、俺はまさしく死を予感した。一瞬時が止まったように見え、周りが突然しらけてしまったような、嵐が通り過ぎた後のような静けさを感じる。
――死んだ。
走馬灯も流れることなく、魔剣がゆっくりと突き出されてくる。俺は全く体が動かせないでいると、ただそれを見ていることしかできなかった。魔剣の刃が心臓に向かってくる。その瞬間、横から誰かのが映り込んでくると、その背中に刃先が覆い隠された。
「っく! がああああ!!」
痛みに悶える声に、俺の意識がパッと現実に戻される。
「グレン!?」
俺を庇っていたグレン。その右肩には魔剣が突き刺さっていた。
「死なせないっ!! 俺の前では、もう誰も!!」
グレンが左腕の盾を振って魔物を殴ろうとするが、魔物は一度体を反っただけでそれをかわし、魔剣を更に奥深く突き刺した。
「ぐあああ!!」
悲鳴を上げるグレン。肩から血が止まらずあふれ出てくる光景と、魔剣の刃が貫通すれば、俺の心臓にも届きそうな状態が重なり、俺の頭は一瞬でパニック状態に陥ってしまう。
魔物をどうにかしなければ。倒さなければ。でなければグレンは、このまま死んでしまう。誰かを待っている余裕はない。俺がやらなければ。俺がやらなければ。
言葉だけが怒濤のように浮かび上がるが、そのせいで思考が何も定まらない。ただ焦りだけを確実に感じ取っていると、魔剣を引いた魔物が、今度は俺ごと切り捨てようと腕を振り上げた。目玉がギョロりと俺を見下ろしてくる。それを目にして、とうとう恐怖のどん底に落とされた俺は、思わず目を瞑ってしまった。
殺される。殺される。ここで殺される!
死にたくない死にたくない死にたくない!
こんな奴に。こんな奴に殺される! 殺さなければ、殺される!
殺さなければ――
「殺せばいいだろ」
暗闇の中から、突然はっきりとそう聞こえた。自分の目をパッと見開く。そこに映っていたのは、魔剣の目玉を、俺のサーベルが突き刺さしてる光景だった。
「――はあっ!!?」
驚きのあまりサーベルから手を離してしまう。いつの間にか右腕が上がっていると、魔物が振り下ろそうとした頭上の魔剣を横から、それも目玉を貫通するように刺していた。当然体を動かした覚えもなく、自然に動いた感覚だってない。一体俺に何があったのか。動揺したまま一人うろたえていると、グレンが盾を使って魔剣をはじいた。そして、体勢を崩した魔物に向かって、すぐに血まみれの右腕を伸ばして剣を突き出す。
「うおおおぉぉ!!」
骨が折れる音と共に、魔物の頭蓋骨が宙に飛んでいく。とても軽く、何度も回転しながら宙を舞う。やがて地面に落ちてコロコロ転がり出すと、ロナの足下まで迫っていき、振り下ろした槍の刃で粉々になって砕けた。すると、そこに心臓でもついていたのか、魔物の体も骨が一本一本バラバラになって地面に崩れ、サーベルの刃を貫通した魔剣の目も、白い膜を全部真っ黒に染めて、動くことなく地面にカタンっと倒れたのだった。
「やったか……っく!」
グレンが悲痛なうめき声を出し、右肩を抑える。ロナたちが急いで駆け寄ってくると、レイシーがなけなしの魔力で魔法をかけた。
「もうグレンったら。無茶し過ぎよ」
「ごめんレイシー。ハヤマが危ないって思ったら、つい体が動いちゃって」
「ったく、私も残り少ない魔力を使ってあげてるんだから、感謝しなさいよね」
「ああ。助かるよレイシー。ありがとう」
右肩の傷が光り出し、徐々に徐々に、ゆっくりと塞がっていく。だが、もう少しで元の状態に戻る一歩手前で、黄緑色の光はすっと消えてしまった。
「だはあ……もう無理、腕が上がらない……」
「十分だよレイシー。これでも元通りだ」
グレンが気を遣ってそう口にしたが、ロナがグレンの前に座り込んで手を伸ばし、右腕に触れて少し揺らしてみた。するとグレンは「いっ!」と声をこぼした。
「これは折れてるわね。早く地上に戻って、手当してもらわないと」
それを聞いたベルガが前に出ると、背中にある弓をロナに渡し、グレンの体を背中におんぶするように担いだ。
「ったくグレンは変わらねえな。誰かのためになると、すーぐケガしやがる」
「悪いな、ベルガ」
「おう。任せろよ相棒」
ロナがグレンの剣も受け取ると、ベルガはそのまま扉に向かって歩き出した。ロナもその後に続き、フォードもレイシーに肩を貸すと、歩き出す前にフォードが俺たちに話してきた。
「とんだ失態を見せたな。その魔剣はグレンの言った通り、お前たちに譲ろう。まあ、目玉が潰れていては、もうただの剣だろうがな」
「お、おう……」
「ともかく、グレンのことは心配するな。ケガをするのはいつものことだ。それと……」
フォードは一度言葉を溜めると、お決まりのように中指で眼鏡を上げた。
「お手柄だと褒めてやろうハヤマ。今回の勝利は、お前のおかげだ」
そう言い残して、フォードはレイシーと一緒にこの部屋を出て行こうとする。俺はその場に残っていると、一度サーベルを握っていた手の平を眺めてからセレナに聞いた。
「なあセレナ。俺、一体何をしてたんだ?」
「覚えてないんですか? 魔物に追い詰められた時、とっさにハヤマさんがサーベルを抜き取って、物凄い速さで魔剣の目を刺したんですよ」
「……全然思い出せない。あの時と一緒だ。最初の村で、ビッグワスプを倒した時と。目を瞑った瞬間に、体が勝手に動き出す」
実際にサーベルを持って目玉を刺した手。それは返り血や汚れなんかが一切ついていない、いつも通りの手だ。
「確か声も聞こえたな。暗い視界の中から男の声が聞こえたんだ」
「え? 私たちは何も聞こえませんでしたけど、なんて言ってたんですか?」
「ええっと確か……なんだったかな。忘れちまった。けどそうか。やっぱり俺しか聞こえてなかったのか」
セレナが本当に何も知らないような顔をしていると、思い当たることは限られていた。当然、俺自身も何も言っていないとなれば、ただの空耳だったか。或いは……。
「一体、なんだってんだ……」
「うーん、まあ考えても分かりませんし、今は生きていることを素直に喜びましょう。ハヤマさんの数少ない貴重な活躍ですしね」
「ひでえこと言いやがる……まあ、考えてもどうしようもないのは確かだな」
俺がそう言うと、セレナは魔剣に近づいて腰を屈めた。
「これ、どうしましょうね、ハヤマさん」
「どうするも何も、持っていく理由なんてないだろ」
「ですよね……」
俺は魔剣からサーベルを引き抜く。確かな力を入れてその刃が抜けると、若干付着していた奇妙な緑の液体に嫌な顔をした。これは帰った後で、入念に拭いてやらねばならないだろう。そう思って腰の鞘に収めると、セレナが土属性の魔法を発動して、魔剣の周りの土を動かしていた。
「遺品の埋葬か?」
「ここに置いといたままだと、また誰かが握りそうですし」
「そうか。またあんなのが出てきたら御免だし、埋めた方がいいかもな」
セレナは魔剣を埋めていき、少しした時にはそのすべてが床に埋まっていった。凝らしてみないと分からないくらいには、地面とそこが一体化するのを見るに、もうそれが使われることはないだろう。
「とりあえず帰りましょう。遅くなったら、アストラル旅団の皆さまに心配かけちゃいます」
そう言ってセレナはグレンたちを駆け足で追いかけていく。自分の謎について考えていた俺は、しばらくその場にとどまっていた。俺にしか聞こえない男の声。どこかに殺意を抱いたような声色。正体不明のそれは、一体なんなのか……。
「何もなければいいが……」
考えても答えが出せなかった俺は、それだけ呟いてみんなの後を追った。