5‐5 魔剣サイクロプス
グレンは石扉に近付くと、両手を使ってそれを重たそうに押していった。石のこすれる音が低く鳴り響き、いかにもな雰囲気が漂い出す。そして完全に扉が開かれた時、その真ん中には、一体のスケルトンが骨の玉座に鎮座しているのが見えた。その様子にフォードが「王様気どりか」と呟く。
そのスケルトンはなぜか、ついていないはずの右目を覆うように包帯を巻いており、背中には赤いマントが広がり、頭には傷だらけの王冠を被っていた。そんな異様な容姿もそうだが、それ以上に一層際立っていたのは、右手に持っていた魔剣だった。紫色に禍々しく光るその剣は、持ち手には謎の生物の鱗がまとわりついており、刃の先端まで色黒い紫に染められている。そして、何より気色悪かったのが一つ。
「ヒッ!? 今、剣で何か動きませんでしたか!?」
セレナが悲鳴を上げるが、発せられた言葉は何も間違ってはいない。遠目から注意深く魔剣を見つめてみると、確かに剣の持ち手と刃の付け根部分、いわゆる鍔の部分で、何かがギョロギョロと動いているのだ。
「なんだあれ? ……っげ!? 目玉じゃねえか! 気持ち悪っ!」
正体を知って俺は鳥肌が立つ。動いていたのは本物の、恐らく人間の目だった。グレンたちは慣れているのか、全員落ち着き払った表情をしていると、フォードが呟いた。
「グレン。噂で聞いた魔剣は、どんなに素早い冒険者でも逃げられないって言われてたよな?」
「ああ。そう聞いている」
フォードはしばらく顎に手を当てて考え込むと、神妙な口ぶりである話しをした。
「ダファーラ王にまつわる話しで、一つ引っかかることがある」
俺たちがダンジョンに入る前に、地上の王家の墓所で聞いた名前。前代の皇帝がどうして急に出てくるのか。
「ダファーラが洗脳されて巻き起こった洗脳大戦。そこで奴は、何千もの獣人の兵を切り捨て、戦場を我が物とした狂人と化していたそうだが、その強さの秘密は武器にあったらしい。必ず敵を倒せるよう、自分の目を埋め込んだのだと」
俺はもう一度魔剣を見る。人の目が埋め込まれた剣。まさに今見えているもの魔剣がそれだ。
「うう、気味が悪い……なんたって自分の目を……」
俺は体を震わしながらそう聞くと、グレンが何かを思い出すように話す。
「そうか。噂で聞いていた魔剣は、あの魔剣サイクロプスだったのか」
「魔剣サイクロプス?」
「ダファーラ王の武器の噂、俺もどこかで耳にしたことがある。埋め込まれた目玉が、敵の動きを絶対に見逃さない。どんな素早い冒険者でもやられるというのは、動きを完全に見切られてしまうからなんだ。それを持ってるあの魔物の姿。もしかしたらそうかもしれない」
グレンの考察にロナが苦言を飛ばす。
「人が魔物になったってこと? そんなの、今まで一度もなかったわよ?」
「今まではそうだった。けれど、右目を覆う包帯に赤マント。頭の王冠だって、彼の姿を模している。それになにより、ここまでに戦ってきた魔物たちの動き。まるで兵隊のような隊列を、魔物たちが自主的にやるとは考えられない」
グレンの考えにロナは「まさか……」と信じられない様子を見せる。本当にあの魔物が、かつての皇帝ダファーラだと言うのだろうか。その可能性が更なる不気味さを俺に植え付けてきたが、この会話に飽きたのか、ベルガが気だるそうにしながら前に出た。
「そんなのどうでもいいからよ。さっさと始めようぜ。あいつから漂う気配に、俺の体がうずいてしょうがねえんだよ」
歩きながら弓を手に取ると、グレンがすぐに咎めようとする。
「奴はエンペラー級以上の強さがあるはずだ。それに魔剣もあるとなれば、迂闊な行動はすべて見切られるぞ」
「分かってるって。死なないように気を付ければいいんだろ」
ベルガは弓を横向きにして矢を引き絞り、腕を引き絞りながら膝を曲げていく。魔剣の目がギョロッとそれを見つけた時、ベルガの腕が動き出した。
「まずは、敵の意を突くところからだ!」
右手を思い切り引ききり、 ピュンという風音と共に、魔剣の目に向けて矢が勢いよく飛び出た。消えるような速さで矢は飛んでいく。その瞬間、スケルトンの魔物は玉座に座っていた状態からわずかに背を屈め、突然高く飛び上がった。俺たちの目が全員上を見上げる。そこで魔物は両腕を広げ、堕天使のように俺たちを見下ろしていると、ベルガの頭上に落下していって魔剣を振ってきた。
「んな!?」
ベルガは慌てて手斧を両手に取り、弓を地面に落としながらも攻撃を受け止める。魔物とゼロ距離の睨み合い。魔物が勢いよく魔剣を振り切って後ろに跳ぶと、その力に耐えかねたベルガが吹き飛ばされ、石扉を通りこし、片手両足をついてやっと勢いを殺し切った。
「っく! 一発で腕が痺れる! こいつは久々に、えれえ魔物と会っちまったみてえだ!」
痙攣するベルガの両腕。グレンが魔物に振り返ると、その場で武器を取った。
「俺とロナで魔物の注意を引く! フォードとレイシーは魔法で援護。ベルガも基本は弓矢で攻撃。状況に応じて接近戦も頼む!」
「「「了解!」」」
テキパキとした指示に全員が答える。そうしてグレンを先頭に彼らが走り出すと、グレンが骨の頭めがけて剣を振り下ろそうとした。魔剣の目がその刃先を見る。とっさに魔剣が動き出すと、振り上げた魔物の攻撃にグレンの剣は軽くはじかれた。
「くっ!」
剣が自分の頭上を越えていくほど、グレンが大きく体勢を崩す。そのまま魔物が魔剣を突き出そうとすると、とっさにロナが横から入り、盾を構えた。そこからガツンガツンと何度も音が響く。
「っく! 乱暴ね!」
大きな盾に魔剣の攻撃が絶え間なく襲っていると、ロナの背後からグレンの剣が突き出てきた。その剣が魔物の左腕を突き刺すと、見事に関節を切り捨てた。
「よし! 着実に攻めればいける!」
魔物は大きく飛び退いて引いていく。グレンの鼓舞に形勢が傾いたかと俺は思ったが、地面に落ちた左手がまだ動いていると、手を足代わりにカサカサと動き出し、そのまま魔物の体にピョンと飛んで、最後は関節の部分に戻って完全に治ってしまった。グレンは思わず苦い顔をする。「駄目か!」と悔しがっている横で、ロナが冷静に盾を構えなおした。
「これは時間がかかりそうね。確実に仕留めるチャンスを狙わないと」
グレンの周りに残りの三人が集まる。そうして彼らは走り出して果敢に攻めていくが、それを後ろで見ていた俺とセレナは、到底そこに入っていく度胸がなかった。
「セレナ。多分俺たちができることは何もない。せめて邪魔にならないためにも、早いとこここを出ないか?」
「本当に私たちじゃ、何もできないんでしょうか?」
「無理言うな。あんなの相手にしてたら、命がいくつあっても足りないよ」
そう言って俺は先に石扉に向かって走っていく。ここに来るまで数多の魔物を倒してきたアストラル旅団。それと渡り合える魔物なんて、一体どうすれば俺たちが戦えるのか。セレナもそれを認めて背後をついてくると、いきなりその顔を青色に変えた。
「ハヤマさん! 前! 前っ!」
「前? っておい! どうして魔物が!?」
階段を降りてくるスケルトン。
「あの大きさ! まさかキングスケルトン!?」
どこかに打ち漏らしでもあったのだろうか。体の骨には若干の傷跡が残っていたが、これでは挟み撃ちだ。
「ハヤマさんどうしましょう! このままじゃ!」
「こっちもやるしかないのかよ!」
メインの戦場では金属音と魔法の音が激しく鳴っている。とてもグレンたちに助けを求められる状況ではなかった。俺は覚悟を決めると、震える手をなんとか固めてサーベルを引き抜いた。階段を降り切ったキングスケルトンは、俺のことを睨んだのかと思うと、突然走り出して目の前に迫った。ドカドカと迫り来る巨体に俺はつい委縮してしまったが、右の拳が振り下ろされるのが見えると、気持ちより先に体が反応し、両足で地面を蹴って後ろに跳んだ。
「っぶね!」
地面の岩が荒く削れ、小さな破片が飛び上がる。今度は左の拳が突き出され、急いで片足を引いて体を反る。次に飛び出す右のパンチにも、もう片方の足を引いて避けた。
自然と避け続けながら、俺の体はまだ木刀の痛みを覚えているのだと確信する。なんの躊躇もなく鬼の形相で振ってきた木刀。一体何度骨が折れたと思ったことか。何度そこから逃げ出したいと思ったことか。その稽古から得た教訓は一つ。恐怖で体が竦んでいては、激痛は免れない。痛みを受けたくなかったら、怖くてもさっさと動くことだ。
「中級風魔法! サイクロン!」
俺の背後から緑色の光が見えると、ブレスレットの魔力石まで光らせたセレナが、キングスケルトンの顔面に向かって風の衝撃波を放った。それを体に受けたキングスケルトンが背中を反ると、セレナが俺に叫んだ。
「今です! ハヤマさん攻撃を!」
ハッとして俺はサーベルを両手に持ち直す。振り方なんかは学んでいないが、今はとにかく振るしかないだろう。すぐ目の前に見えていた、上半身と下半身を繋ぐ部分の骨に向かって、体をひねるように大きくサーベルを振った。
「うおおおぉ!」
気合十分に振ったサーベル。狙い通り、一本の骨を真ん中に捉えると、次の瞬間、トンカチで金属を叩くような音が響いた。手から伝わった電撃が頭の先まで走ってくる。脳内シミュレーションとは全く違った、想定外の結果。俺が切ろうとした魔物の骨は、切れたどころか、ひびすら入っていなかった。
「いってええ!? こんなに固かったなんて、聞いてねえぞ!」
「ハヤマさん!」
セレナに名前を叫ばれると、俺はハッとして顔を上げた。見ると、キングスケルトンの腕が上がっていて、俺は急いでその場から大きく飛び退いた。再び地面がえぐれると、俺はセレナにある提案をした。
「セレナ。俺にいい考えがある」
「なんですか?」
「敵はキング級。とても俺たちで相手できる敵じゃない。だから、奥の手だ!」
「奥の手! それってまさか!」
「ああ!」
俺はくるっと体を回すと、セレナの手を掴んで一気に駆け出した。
「逃げるしかねえ!」
「逃げるんですか!?」
「殴って殺されるのは勘弁だ!」
背後から骨音が聞こえてくると、キングスケルトンが走ってきてるのだと気づく。俺は振り返ることなく急いで部屋の中に入ると、またパッと体を翻し、石の扉にこれでもかと力を込めて押した。重たい石がこすれるような音を出す中、キングスケルトンがどんどん迫ってくる。
「閉じろおおぉぉ!」
扉の隙間は段々と狭くなっていくが、とても間に合うような早さではなかった。とうとう目の前までキングスケルトンがやってくると、俺はその場を離れようとした。その判断と同時に、部屋の奥からベルガの体が吹き飛んでくる。
「うおっ!?」
反射的にしゃがんで避け、ベルガがキングスケルトンをクッションにして地面に倒れる。ベルガがよろよろと頭を上げると、セレナがそこへ近づいた。
「大丈夫ですかベルガさん!」
「腹を殴られただけだ。だが、ちきしょう!」
悔しそうに地面を拳で叩く。その拍子に、下敷きになっていたキングスケルトンの頭が粉々に砕けた。俺とは段違いのパワーに思わず「……マジか」と呟いたが、すぐにハッとすると、俺は部屋の方を振り向いた。そこではまだ、グレンたちがスケルトンの魔物に苦戦を強いられている際中だった。