5‐4 ざまあないな、エンペラー級!
二刀を持って佇むエンペラースケルトン。その前にアストラル旅団の五人が並ぶと、盾を持つロナを先頭にそれぞれ武器を構えた。
「さて、油断せずに行こうか」
グレンの言葉でみんなの顔つきが変わる。魔物は二本の剣を下ろしたまま、全く動く気配を見せない。その様子に痺れを切らしたベルガが初めて背中の弓を取ると、腰につけた矢筒から一本取ってそれを強く引き絞った。
「そっちが動かないんなら、こっちから仕掛けてやらあ!」
そう言って放たれた矢が、エンペラースケルトンの顔に向かって飛んでいく。それが目玉のない目を貫くかと思った瞬間、魔物は瞬きする間もなく低くしゃがんで動き出した。
一歩踏み込んで片腕を上げ、大盾を構えるロナに向かって乱暴に振り下ろす。剣と盾から野太い金属音が鳴り響くと、今度は逆の腕が振り下ろされる。重たそうな魔物の攻撃に、ロナは歯を食いしばって耐えてみせると、横からグレンが走りこみ、左手を伸ばして赤い魔法陣を展開した。
「ファイアウィップ!」
魔法陣から炎の茨が、蛇のようにうねりながら伸びていく。それがエンペラースケルトンの右手首に絡みつくと、グレンは腕を引いて魔物の体を引っ張ろうとした。足を引きずられるエンペラースケルトン。左の剣でその茨を切り捨てるが、その間にフォードとベルガが反対側に回っていると、ベルガは糸が切れそうなほど弓矢を引き絞り、フォードはその前に青色の魔法陣を浮かび上がらせていた。
「上級水魔法。ハイドロボム!」
中に黒い煙を含んだ、水の球体が浮かび上がる。そこにベルガの矢が勢いよく発射されると、水の球体は鏃にくっついて一緒に飛び、エンペラースケルトンの左肩に直撃した瞬間、強い風圧を起こすほどの水蒸気爆発を起こした。
白い煙がぶわっと立ち上り、魔物の全身を一瞬にして隠してしまう。髪が揺れるほどの風をしのぎ、煙の中からしばらく音沙汰がないと、グレンたちも黙って様子を伺った。すると、薄れていく煙の中から、地面に落ちた左腕がまず見つかった。次第にエンペラースケルトンの正体が見えてくると、左肩に酷く焼き焦げた跡を残した、なんとも醜い姿に変わり果てていた。
「ッハ! ざまあないな、エンペラー級!」
得意げに眼鏡を上げるフォード。それを聞いて癪に障ったのか、エンペラースケルトンの顔がグイッと動き、そのまま姿勢を低くして一気に突っ込んでいった。音を忘れるほど速い飛び出し。一瞬にしてフォードの前に迫っていると、魔物は既に右腕を挙げていた。煤で真っ黒な剣が鈍く光ったように見え、俺は血の気が一気に引いていく。それが振り下ろされた瞬間、レイシーが叫び出した。
「リジェネレーション!!」
エンペラースケルトンの剣がフォードの体を斜めに切り裂き、そのまま横に投げ捨てるように腕が振られる。剣先に引っ張られるようにフォードが力なく地面を転がっていくと、そのまさかの光景にセレナが蒼白な顔をしたまま両手で口を抑えた。
「フォードさん!!」
彼の安否を心配する、恐怖に満ちた悲鳴。倒れたままのフォードに、俺も冷や汗をかいていた。これはもしや、そういうことなのでは? そう思った時、突然フォードの体が黄緑色の光に包まれた。それがさっき切られた傷口を癒しているように見えると、やがてフォードは何事もなかったかのようにすくっと立ち上がったのだった。
「……まさか、お前に助けられるとはな」
フォードが塞がった傷口を見ながらレイシーにそう言う。
「何よその言い方! 私が魔法をかけてなかったら、大けがだったのよ!」
魔法をかけてなかったら。あの瞬間、レイシーがかけた魔法で助かったということだろうか。何が起きたのかはっきり分からないが、それは戦闘が終わるまで聞けそうになかった。
「無事かフォード?」
グレンがそう声をかけると、フォードは魔導書を開いて答える。
「ああ。ちょっと油断しただけだ。もう不覚は取らない!」
ページが独りでに捲られていき、目の前に赤く大きな魔法陣が映し出される。今までのよりも一層サイズ感が違うと、エンペラースケルトンがまた走り出し、すぐさま剣を振り下ろそうとしたが、今度はロナが前に出てそれをしっかりと防いだ。
「早いとこ決着にしましょう」
「分かっている」
エンペラースケルトンがもう一度腕を振り下ろすと、ロナはその攻撃に合わせて盾を払いのけた。真っすぐ力強いその振りに、魔物が片足を上げるほど体勢を崩していると、その間に魔法陣は鮮やかな紅に光っていく。
「太陽の噴火を告げる猛火の虎よ。この地に降り立ち、かの者に地獄の炎を味合わせることを汝が許そう」
再びキングスケルトンが剣を振り下ろしてくるのを、ロナがさっきと同じようにはじき返す。鉄壁の盾に守られながら、フォードの詠唱が続く。
「この世の大地、天空、海ですら焼き焦がす炎帝! 最上級炎魔法。プロミネンスフレア!!」
叫びと共に魔法陣が強く光り輝いた瞬間、中から全身が灼熱の炎で形作られた一匹の虎が飛び出した。本物さながらの、猛々しい咆哮を上げながらロナの頭上を飛び越え、エンペラースケルトンの腕に強く噛みつく。そして、炎の牙が魔物の骨に食い込むと、エンペラースケルトンの全身が、まるで電気のスイッチを付けたかのように一気に燃え広がった。
首にかけていたスカーフが灰になっていく。虎はとうとうエンペラースケルトンの右腕を噛み砕くと、魔物が熱さに耐えきれないように暴れだした。それを見てフォードはほくそ笑む。
「さあ。畳みかける時だ」
「ファイアウィップ!」
グレンの出した茨の炎が、魔物の首の骨をきつく縛る。エンペラースケルトンは外そうともがくが、魔物の間に背後の地面が塔の形になって立ち上っていくと、そこに乗っていたベルガが頃合いを見計らって飛び降りた。同時にレイシーが浮かばせていた茶色の魔法陣が消える。ベルガは腰の矢筒に入っている矢を尻尾で抑えながら、両の手に手斧を持ち、両腕を交差させるようにそれを構えた。
「うおらああ!!」
うるさいほどの雄たけびと共に、最後に両手斧が振り切られる。力強く命中した拍子に、ベルガの体が一瞬その場に静止してから落ちる。着地は地面を転がって上手くやり過ごすと、全員の目がエンペラースケルトンに向いた。燃え続ける体。炎が一向に止む気配を見せないと、とうとうその頭が体を離れて落ち、燃えていた体もあっという間に灰になって消えていった。
グレンたちが武器をしまっていく。最初はあれだけうるさかったこの部屋が、今ではもう、骨音一つしない。これでこの階層も終わったのだと俺は察した。
「……終わったのか。っふう、一瞬ヒヤッとしたな」
セレナに話しながらも自分でも安心するようにそう呟く。
「これがアストラル旅団。お互いのミスに対しても、反応が早かったですね」
「それだけ経験豊富なんだろうな。というか、俺たちなんもしてねえな」
「さすがにあれだけ強いと、私たちの出る幕はないですよね……」
一応彼らと協力して戦うという話しだったが、俺とセレナは戦闘体勢すら入っていない。むしろ大量の魔物にビビっているだけだ。なんだかもう、転世魔法についても彼らにお願いしたい気分になってきた。 俺たちの目的は魔物討伐ではないにしろ、あれだけ強いのならなんでも勝手にやってくれそうに思えてしまう。
「とりあえず合流するか。もうちょっと先があるようだし」
そう言って俺は、セレナと一緒にグレンたちの元へ歩き出した。途中で気配に気づいたのか、仲間たちと無事を確認していたグレンも顔を向けてくる。
「二人も無事みたいだね」
「当り前だろ。あんだけ魔物たちを圧倒してくれたんだ。ケガなんかする気配がなかったよ」
「あのう、フォードさんの傷は大丈夫なんですか?」
セレナがそう聞くとレイシーが答えた。
「それは私の魔法、リジェネレーションで回復したわよ」
「リジェネレーション?」
「そう。最上級聖魔法リジェネレーション。即時回復する魔法で、たとえ致命傷になる攻撃でも、受けた瞬間すぐに直してくれるのよ」
「それじゃ、あの時唱えたのは、その魔法だったんですね」
「そういうこと。私のおかげで生きてられるんだから、感謝しなさいよねフォード」
顔を覗きこんでそう言うレイシーに、フォードは「フン」と言って不服そうに目をそらした。
「ちょっと! なんで目そらすのよ!」
「仲間の補助がお前の役割だろう。どうしていちいちお礼など」
「何よそれ! 私のありがたみが分からないって言うの! 大体、フォードはいつも口ばっか達者じゃない!」
「んだとお! 実力だってちゃんとあるあるだろうが!」
「じゃあなんであの時、魔物の攻撃を受けたのよ!」
「あれは少し油断しただけだ! いつもああじゃないだろう!」
つい口論が白熱してしまうと、お互い頭から煙が出てきそうなほどそれは沸騰していった。
「あ、あの。喧嘩はよくないんじゃ……」
セレナが止めようと声をかけてみるが、二人は全くの無反応。どうすれば止められるのかと悩んでしまうと、グレンがなぜか笑いだすのだった。
「アッハハ。止めても無理だよセレナ。二人は互いをライバル視していてね。毎日ああして喧嘩するんだ。でも大丈夫。大事にはならないから」
「はあ……」とセレナはとりあえず納得する。喧嘩するほど仲がいい、ということだろうか。そんなことを考えていると、ロナが二人の間に近付き、それぞれの後ろ襟を掴んで顔を引き離した。
「ここまで来て喧嘩しないの。ハヤマとセレナも見てる前で、恥ずかしいと思わないの?」
「だって! フォードがお礼を言わないから!」
「援護担当として当然のことをしただけで、わざわざお礼を言う必要はないだろ!」
譲る気のない二人にロナがうんざりするような顔を見せると、二人を掴んだまま強引に腕を下ろし、彼らを無理やりそこに正座させた。
「フォード! 助けてもらったお礼はちゃんと言いなさい! 人として当然のことよ」
「な! 俺が悪いって――」
「返事は?」
ロナが指を突き立てて言葉を遮ると、フォードは子供のようにすねた顔で「はい」と呟いた。
「レイシーも、人に厚かましくし過ぎないこと。あなたの魔法は誰かを助けられるけど、その態度じゃ感謝されるものもされないわよ」
「はい……ごめんなさい」
レイシーが素直にそう返事すると、ロナの目はなぜかグレンにも向けられた。
「グレンもよ。私が止めてるからって、二人が喧嘩してるのを笑って見てないの。分かった?」
「俺も注意されるの?!」
「返事は?」
「は、はい……すみませんでした」
しょぼくれた顔をするグレンに、ベルガが大げさな笑い声を上げる。
「ガッハハ! あのトップギルドのリーダーも、ロナの前ではたじたじだな」
「もう、からかわないの」
ロナの尻にしかれるアストラル旅団御一行。そのおかしな光景にセレナがクスクス笑っていると、グレンがコホンと咳込んで気持ちを切り替えた。
「まあとにかくだ」
そう一言呟いて振り返り、グレンは石扉を眺める。
「ここはダンジョンの最下層。なら間違いなく、この先に最後の敵が待ち構えているはずだ」