5‐3 かかってらっしゃい、骨の軍勢さん
暗闇へ進んでいくうちに、体温を奪ってくるような細い道。そんな薄気味悪いダンジョンの中を、グレンたちはみんな、慣れ親しんだ道を歩くようにどんどん進んでいく。俺とセレナは後ろのロナに押されるようについていったが、突然ベルガがライオンの耳を揺らした。
「ここの奴らは大人しいな。俺たちが入ってきたのはもう分かってるだろうに、どうしてかかってこないんだ?」
それにグレンも考え込む。
「ベルガの言う通り不可解だな。依頼書を見る限り、このダンジョンには魔物が三百を超えていると聞いていたんだけど……」
さらっと口にしたおぞましい数に、俺とセレナが思わず「三百!?」と驚いたが、グレンは気にせず言葉を続けていく。
「それなのに魔物たちは、いまだに一体も顔を出してこない。そろそろ一体くらい顔を見せてもいいころだと思うけど……」
そう言い切った途端、奥に続く闇から、何かざわつくような音が微かに聞こえてきた。それに気づいた俺たちは、全員耳をよく澄ませてみる。骨が揺れ動いてるような、カタカタという音が何重にも重なって響いているような。不信な空気感に俺は鳥肌が立ってくると、ベルガが両手に丁度大きさの合う手斧を抜き取った。
「近づいてるぜ」
音の重なりが騒がしくなっていき、耳元を飛び回る蚊のように耳障りになっていく。距離がもうそこまで来てると分かるくらいになると、グレンも松明をレイシーに渡して腰の剣を引き抜いた。
「多いな。五十程度いるかも」
「五十ってマジか!? 魔物が五十体もいたら、生きて帰れねえよ」
「落ち着いてハヤマ。俺たちを信じるんだ」
グレンに冷静にそう言い返されると、俺はその言葉を信じて息を呑んだ。すると次の瞬間、鳴り重なっていた骨音が、ピタッとして唐突に止んだ。嵐の前の静けさだろうか。俺の不安がまた煽られる。
妙な空気感にフォードの腕が動き出す。出していた魔法の火の玉を奥に向かって放られると、火の玉が天井に当たってその威力を増した。その光がここら一帯をすべて照らしてくれると、俺たちの前には、乱れることなく二列に並んでいる、数えきれないほどの骨人間が映し出されたのだった。
「これは、リトルスケルトンの軍勢か」
グレンが呟く後ろで、壮絶な光景に俺は顔を引きつらせる。人体模型なんかより魔物たちの異質さが際立っていると、先頭に立つ二体の骨人間が、顎を外すようにカッカッカッと不快に笑いだした。俺とセレナが思わず「ヒッ!?」と怯えた声を出していると、フォードが持っていた魔導書をパッと適当に開き、前に赤色の魔法陣を浮かび上がらせた。
「フン。お前ら雑魚がどれだけ束になろうが、俺たちの相手ではない!」
魔導書のページが、手を触れずとも勝手に何枚も捲れていく。それに呼応するように魔法陣が真っ赤に光り輝くと、フォードは片手を突き出して魔法を唱えた。
「上級炎魔法。クリムゾンバーン!」
魔法陣の中から猛烈な炎が噴き出す。後ろにいても強い熱を感じるそれが、リトルスケルトンと呼ばれた魔物たちに伸びていくと、彼らの全身が一瞬で焼かれていき、地面が消し炭だけが残っていった。
「フン。口ほどにもない」
フォードがあざ笑うかのようにそう呟いたが、グレンはまだ警戒していた。
「まだ音がする。後ろにまだ残ってるんだ」
耳を澄ませてみると、確かに骨音は残っていて、すぐにまた新たなリトルスケルトンたちが姿を見せてきた。
「死にぞこないが。死んだ体で生にすがるとは、なんと醜い」
フォードがまた魔法を発動しようとしたが、ベルガが前に出てそれを遮る。
「待てよフォード。独り占めはさせねえぞ」
グレンもその隣に並ぶ。
「後のことも考えて、魔力は温存しておくべきだ。残りは俺とベルガで片付ける」
「フン。勝手にしろ」
フォードが渋々魔導書を閉じると、最初にベルガが走り出した。
「うおおぉぉ!」
洞窟の反響でとてもうるさく叫びながら、ベルガが両手を交互に振り払っていく。手斧の刃でリトルスケルトンの頭を次々と飛ばしていき、魔物たちを蹴散らして、ガンガン突き進むベルガ。その暴れっぷりは適当なもので、何体かの魔物を撃ち漏らしていたが、そこにすかさずグレンが走り出していった。
「ふん!」
グレンの一振りが、三体の魔物を同時に切り捨てる。そのままベルガの後を追いながら撃ち漏らしを倒していくと、最後は二人並んで残り一体に迫り、リトルスケルトンの体を三つに切り分けたのだった。
頭、体、脚。三つの部位に分かれたリトルスケルトンが、呆気なく地面に転がる。その前でグレンとベルガが武器を仕舞っているのを見て、俺はもう戦闘が終わっていることに気がついた。
「おいおい、倒すまで早すぎるだろ……」
「すごいです! あんな数をいともたやすく倒すだなんて!」
セレナも感服していると、背後からロナが「驚いた?」と聞いてきた。それにセレナは「はい! とっても!」と答える。
「これはまだ序の口よ。私が出てないもの」
そうロナがさらっと口にすると、俺たちを前に進ませるように歩き出した。これがアストラル旅団。魔王を倒しただけあって、その実力は本物のようだ。俺たちがグレンたちの元にたどり着くと、先に進みながらセレナが感想を口にした。
「凄いですね! あっという間に五十以上の魔物を倒しちゃうなんて。さすがトップギルドの皆さんです!」
フォードが「ほとんど俺がやったけどな」と呟くのを、グレンは無視して顔だけ振り向ける。
「ありがとうセレナ。そうだ。そう言えばまだ、二人がどう戦えるのか聞いてなかったね」
そう言ってグレンの目が、俺の腰にぶら下がっているサーベルに向いた。
「ハヤマはサーベルか。分類で言えば一番スタンダードな剣だけど、結構珍しいね」
「そうなのか? 俺自身、セレナの父親から渡されたものだから、特別扱えてるってわけじゃないぞ。気持ち的には護身用だ」
「護身用か。なんだか勿体なく感じちゃうな。サーベルは普通の剣とは違って、刃のうねりで独特な重さがあるから、変則的な動きができるはずだよ」
「はえー。そんなこと分かるんだな、グレンは」
彼の説明に素直に感心してしまうと、フォードが口を挟んできた。
「グレンの趣味みたいなもんだ。こいつ、興味を持った武器はかたっぱしから試すタイプで、槍とか弓、ちょっと前までは鎌なんて武器も使ってたからな」
「鎌は楽しかったな。槍のように両手で持つのに、振らないと敵を倒せないってのが、奥が深いんだよなぁ」
笑いながらそう言う姿は、彼を武器マニアだと認識するのに十分だった。異世界特有な趣味に俺が苦笑いしていると、今度はレイシーがセレナに聞いた。
「セレナは魔法使いなのよね。属性は何を使うの?」
「得意なのは風属性です。土属性も使えるんですけど、戦闘で使えるほどでは」
「へえ。土属性は私も使えるわよ。壁を張ってみんなを守ったりできるからね。でも風属性は使えないなぁ。フォードなら一応使えるけど、苦手な属性なんだよね」
「苦手ではない。練習していないだけだ」
なぜかそう言って食い下がるフォード。レイシーが「またまたぁ」と言ってクスクスと笑っていると、彼女はセレナの左腕につけている銀色の宝石を見つけ、「あ、魔力石」と言ってそこに顔を近づけた。
「うわあ、綺麗。見る角度で色が変わるのね、これ」
「これは、つい最近知り合った方から頂いたんです。魔法を使えない自分の代わりに使ってくれって」
「ふーん、魔力石を譲るなんて、そんないい人がいるのね。隣にいる魔法使いさんとは大違い」
「何か言ったか? ちんまい魔王使い」
フォードがレイシーにきつい目を向けるが、彼女は「なあにも」と言って持っていた木杖を掲げた。
「ほい。この杖の一番に上についてるこれ。これも魔力石よ」
先端についていた黄緑色の珠をレイシーはそう説明してきた。
「へえ。これも魔力石なんですね」
「この杖があれば、聖属性魔法の効果が強まるの。ちなみに、フォードの持っている魔導書も、魔力石と同じ効果があるのよ」
「そうだったんですか。だからさっきも、その魔導書を開いて魔法を発動してたんですね」
「魔力には限りがあるからね。こういう装備が一つあるだけで、私たち魔法使いは長く戦えるってことなの」
レイシーが言ったことに、俺は一つ疑問が湧いた。
「魔力に限りがあるってことは、使った分は消えるのか?」
その質問にフォードが答える。
「魔力も身体能力の一つだ。人が走り続けたら体力がなくなるのと同じで、俺たち魔法使いも、魔力をずっと使っていれば魔力は切れる。回復する一番の方法は体力と同じで、ゆっくり休むことだ」
「体力と一緒なんだな」
「そうだ。最上級魔法を一発撃ってへばるかどうかも、そいつ本人の鍛え方次第でもある」
「魔力が生まれながらの才能と言う割には、伸ばす方法は意外と地道そうだな」
「当然だ。才能だけで魔法は扱えない。最上級にもなればなおさらだ」
魔法は簡単に火を起こしたり、土を盛り上げたりと、とても便利な印象が強かったが、その分の努力もやはり必要なようだ。フォードたちも苦労してさっきの上級魔法を撃っていたと思うと、尊敬と共に魔法使いへの見方を改めた。
そんなこんなで進み続けていると、グレンたちは度々出てくるスケルトンをなぎ倒し、いつも通りの道を進むように歩き続けた。階層と呼ばれる広い空間に、二メートルを超えてそうなキングスケルトンが待ち構えていても、彼らにとっては関係ないようで――
「フレイムスラッシュ!」
炎を剣に纏わせたグレンの攻撃が、当然のようにその首を落としていった。英雄と呼ばれた彼らはどんどんダンジョンの奥を目指していくと、俺とセレナはその無双しているさまを眺めているだけで、とうとう最後の階段を下っているのだった。
「っかああ。どいつも骨のねえ奴らだ。もっと強え奴じゃねえと、俺は退屈だぜグレン」
「そうだな。キング級だけじゃ、ベルガにとっては物足りないよな」
「グレンもそうなんじゃねえのか? もっと手ごたえのある奴を相手にしたいだろ?」
「それを否定すれば嘘になるけど、でも、みんなが安全であることに越したことはないよ」
二人が危機感のかけらも感じられない会話をしていたが、俺はついキング級とかの階級分けが意味を成してないんじゃないかと錯覚した。
「魔物ってリトル級とかでまとめてるけど、どれくらいの強さなのか指標とかないのか?」
その質問にグレンが答える。
「リトル級なら、一般人でも十人以上束になれば安全に倒せるな。ビッグ級だと、ギルドの人なら安心して頼めるくらい。キング級は結構手ごわいけど、Aランク以上のギルドなら倒せるはずだ」
「さて、ここが最後の階層のようだ」
真っ暗闇の中、グレンの声の響きで広い空間だと知る。フォードが両手を広げて二つの炎を走らせ、壁の至るところに火の玉を残していく。そうして部屋の中が全部丸見えになると、この大広間の真ん中には、さっきよりも一回り大きく見えるスケルトンが大量に並んでいたのだった。
「ビッグスケルトン。百はいそうだな」
横に五体、縦にニ十体の隊列を見たグレンがそう呟くと、ロナがその目を凝らして奥を見つめる。
「奥を見て。エンペラースケルトンまでいるわ」
言われた通り奥を見てみると、ビッグスケルトンの大群の奥に、一体だけ頭がはっきり見えているスケルトンがいた。奥にあった石扉の前に立ちはだかるそいつは、大きさはキングスケルトンと相違ないが、首にボロボロの赤いスカーフを巻き、煤まみれの剣を二本、両手に握っていた。
「魔物の最上級階級、エンペラー級。あれを相手するのは、俺たちでも気が抜けないな」
グレンが警戒の目を向けるほどの相手。エンペラー級と呼ばれたその魔物は、武器を持っている時点で他と違う雰囲気を漂わせている。それはまるで、只者ではないと知らしめるかのようだった。
「つ、強そうだな。そんなのがいるのに、前には百体のビッグ級とか。どうにかできるのか?」
俺は怯えた様子でみんなにそう聞いてみると、ロナが盾と槍を手にしながら前に出ていった。
「安心して。あなたやみんなを守るために、私がいるんだから」
突然ビッグスケルトンたちがカタカタと笑い出す。ロナは物怖じせずに彼らに向かって行くと、百体の魔物に盾を悠々と見せつけ、それを槍でトントンと叩いて余裕の表情を浮かべた。
「かかってらっしゃい。骨の軍勢さん」
挑発が利いたのか、魔物たちの骨音が一瞬で消える。不意に先頭のスケルトンがゆらっと動いたかと思うと、彼らは突然、全員一斉に走り出してきた。部屋中に骨音をうるさく鳴らし、俺たちに向かってぞろぞろと襲ってくる光景に、俺はまた肝を冷やす。対してロナは至極冷静に佇んでいると、いきなり盾が地面に突き刺さるように振り下ろし、先陣切って飛び込んできた五体のビッグスケルトンに向かって、地面をえぐるほど力強く盾を振り払った。
「燕頷虎頭! 不動の払い!」
身の丈に合っていないロナの盾が、ビッグスケルトンの体を豪快に宙へと浮かせる。それと同時に、強い風圧が起こっていると、後から続いていた他のビッグスケルトンまでもが背後に吹き飛ばされていた。
「今よ!」
ロナの叫び声と同時に、レイシーが掲げた木杖から茶色の魔法陣を浮かばせる。
「土魔法中級。アースインパクト!」
魔法を唱えると、吹き飛んでいく五体のビッグスケルトンが、天井から突き出てきたがれきに後頭部を殴られた。その勢いのまま地面に落ち、彼らの頭は無残に砕け散る。それを皮切りにフォードが魔導書を開いた。
「三列ごとに制圧だ! 俺は左を消滅させる!」
すかさずベルガが「なら右は俺だ!」と叫んで群れの中に走っていくと、グレンも「よし!」と言って必然的に真ん中に走っていった。それを見送ってる間に、フォードが白色の魔法陣を前に展開する。
「上級氷魔法。ブリザード!」
魔法陣から冷気があふれ出し、滝のような激流で真っすぐ吹き荒れていく。それを受けたビッグスケルトンたちがだんだん動きを鈍くさせていくと、骨の体が氷で凍てついていった。そうして全身氷漬けにされた魔物から、最後に背中から倒れて氷ごと体が割れた。
「フッフフ。他愛もない」
あざ笑いながら前に進んでいくフォード。魔法を放ったままずかずかと彼らに向かっていくと、反対の列からベルガが手斧を両手に宙に跳びあがった。
「超必殺! 獅子連斬!」
片方だけを逆手に持ち替え、体を捻るように腕を振っては、空中で体を横向きにする。そして、一体のビッグスケルトンの頭をまず真っ二つにすると、そこを起点にベルガは体を半回転させて、空いている手斧で次の魔物の頭をかち割る。そうして徐々に勢いがついて回転し始めると、後に立ち尽くすスケルトンの頭を路線代わりに、次々と割りながら突き進んでいった。
「うおおおおお!」
車の車輪のように高速で回り続けるベルガ。その勢いが止まることを知らず、怒濤の勢いで割れた頭蓋骨を生み出していく。それに負けじとグレンも前に飛び出していくと、左手で赤い魔法陣を作り出し、剣の刃に掲げて魔法をかけた。
「炎の斬撃。フレイムスラッシュ!」
純白だった刃が一瞬にして真っ赤な炎に包まれる。グレンはそれを豪快に振り払うと、火の粉を散らしながら炎の斬撃を飛ばした。一体のビッグスケルトンの首を貫通し、体を燃やしながらその頭を地面に落とす。その斬撃が半分以上の首を落としていると、斬撃から免れたビッグスケルトンにもグレンが果敢に走っていき、なおも燃え続ける剣で直接魔物たちを一刀両断にしていった。
百もいたはずの魔物たちが、今までと同じように簡単に倒されていく。その様子に俺とセレナは呆気に取られていると、ロナが振り向いてきた。
「残りはエンペラースケルトンだけ。あなたたちはここで待ってて」
「お、おう……」
その一言だけ口から出てくれると、ロナはレイシーと共にグレンたちのいるところまで走っていった。丁度グレンたち三人も、隊列を組んでいたビッグスケルトンをすべて倒し切っていると、アストラル旅団の五人がそこで合流した。
残すはエンペラースケルトンのみ。俺たちより大きく、二刀流を構えたその魔物だけが残っているが、俺はさっきまでのおぞましい光景から、たったの二分も経っていないことに気づいた。
「なあセレナ。ビッグ級魔物って、多分お前一人でも厳しいはずだよな?」
「一人じゃ無理でしょうね。風魔法を何発も当てないと倒せないはずです」
「じゃあ、あいつらが異常なんだよな?」
「異常です。間違いなく異常です。同じ人間とは思えません」
思わず感覚が麻痺しかけていた。グレンたちはおかしい。おかしいくらいに強い。俺がリトルスパイダーとかに怖気づくと言うのに、彼らは魔物が束になろうと、赤子同然のようにそれらを倒していくのだから。