5‐2 Sランクギルド、アストラル旅団
やっとの思いでグレンの背中までたどり着くと、グレンはギルド本部の前で立ち止まっていた。そこで俺とセレナは息を切らしながらも、なんとか最後のカツサンドを一口で平らげると、グレンと共にギルド本部に入っていった。
白にも灰色にも見える広い室内。真っ先に中央の長テーブルが目に入ると、その長椅子に男女一人ずつの人間と、白い虎と黒毛のライオンの獣人が向かい合うように座っていた。彼らが話しているその間にグレンが自然に入っていくと、彼らに気兼ねなく声をかけた。
「みんなお待たせ。もう揃ってたか」
グレンの言葉に、四人全員が反応を示すように顔を向ける。最初に口を開いたのは、眼鏡をかけた人間の男だった。
「今日は遅刻しなかったんだな」
眼鏡を中指で上げ、紺色のとんがり帽子を被った男。彼のその返しで、彼らがグレンと同じギルドのメンバーだと気づくと、俺とセレナのことを白い虎の獣人が見てきた。
「後ろにいるのは、グレンの知り合い?」
彼女の大人びた声につられて、他のメンバーも俺たちを見てくる。みんなが気にしているのを察すると、グレンは俺たちを紹介し始めた。
「紹介するよ。彼はハヤマで、彼女はセレナ。ついさっき、ドッグフードで出会ったんだ」
グレンの紹介に合わせて、俺は「どうも」と言って軽く会釈しておく。セレナも「初めまして」と言って頭を下げると、グレンが俺たちに向き直り、今度はギルドのメンバー紹介に入った。
「ハヤマ。セレナ。こっちは俺のギルドメンバーだ。一人ずつ紹介しよう」
グレンは最初に、一番手前にいたとんがり帽子と眼鏡の男を手で示した。
「彼はフォード。見た目からも分かる通り魔法使いだ。主に、攻撃系の魔法を得意としていて、炎属性をよく使ってる」
「ふん、どうも」
赤ピンクの髪をしたフォードは、両腕を組んだままふんぞり返るようにそう挨拶してきた。鋭い目をしながら足を組んでいるその姿は、会社のできそうな上司みたいな風貌がある。長袖長ズボンに手袋という、肌を見せないくらいに全身の衣服が厚く、前の机には分厚い本、それも表紙に魔法陣が描かれている、魔導書のようなものが置かれていた。
「こっちのホワイトタイガーの獣人はロナ。彼女は常に前に立って、敵を引き付けて俺たちを守る盾の役割だ」
「よろしくね、お二人さん」
ロナは右手を軽く振り、落ち着きのある声で挨拶してくれた。彼女が見せた微笑みからは、大人の余裕を感じられる。体はモデルのように細かったが、背中には細身で長い槍と、体と倍くらいの差がある大きな盾を背負っていた。
それに、獣人という言葉には人という単語が入っているが、彼女の容姿からは人間のような部分は一切見当たらない。本物の獣が人間のように振る舞っているようだった。
「ロナの後ろにいるのがレイシー。彼女も魔法使いで、主に回復とかの補助で活躍してくれてる」
「レイシーよ。こう見えても十七だから、子供扱いはしないでよね」
茶髪をツインテールで縛った彼女は、少し強気な口調でそう言ってきた。片手に持ってる木彫りの杖は、先端に黄緑色の玉がついている。彼女は自分のことを十七と言ったが、立ちあがればセレナよりも背が低そうだ。
「そして、その反対側のライオンがベルガだ。ベルガは斧と弓を両方使い分けることができて、臨機応変な立ち回りをする、内の遊撃部隊だ」
「おう。部隊っつっても、一人だけだけどな」
ひと際体が大きいベルガは、その見た目通りの大きさの声を出してきた。彼の机の上には弓と矢筒が置かれており、腰の両側には二本の手斧が収まっている。たてがみや体の毛は黒く、ガタイのいい体だけでとても強そうに見えたのだが、意外に気安い口調からして、案外お気楽な性格なのかもしれない。
四人の紹介が終わると、グレンは最後に自分を紹介した。
「最後に、俺がギルドリーダーのグレン。装備は剣と盾。炎魔法も使える魔法剣士だ。五人に比べたら、あんまり特徴はないかもだけど、そうだな。この頭のヘアバンドが特徴になるかな」
黒のヘアバンドを親指で示すと、全員の紹介が終わる。セレナが改めて「よろしくです」と口にし、それに続けてこう聞いた。
「ところで、ギルドの名前はなんなんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけか」とリーダーのグレン。そのまままた素っ気なく答えようとすると、彼の口からは聞き覚えのある言葉が飛び出したのだった。
「俺たちはSランクギルド、アストラル旅団だよ」
一瞬、俺は頭の中でへえ、と呟いた。だがすぐに違和感を感じると、グレンの平然とした顔とは裏腹に、あり得ない出会いをしているのだと、セレナと同じタイミングで気づいた。
「はあ!? アストラル旅団って、本物の!?」
「ええ!? アストラル旅団って、本物の、ですか!?」
思わず息が合った俺たちに、グレンが笑いながら「ああ」と言ってうなずくと、セレナの目が更に大きく見開いた。
「そんな!? アストラル旅団と言えば、あの英雄的存在なんですよ! なんでこんなところに!?」
「なんでって。ここが俺たちの拠点みたいなもんだしなぁ。それに、俺たちは英雄なんて、そんな大層なものじゃないよ」
「そんな! 本物の英雄ですよ! 魔王が世界を荒らす話しは、プルーグ中に恐怖を植え付けていったんです。私もその話しが村まで来るたびに怖い気持ちになっていましたけど、空に飛んでいく赤い矢。そのアストラル旅団の象徴を見て、どれだけの人々が希望を持てたことか! 魔王に止めを刺して、暗雲を払った時だってそうです。あの時、村中が大騒ぎだったんですからね!!」
セレナの早口な熱弁に、ホワイトタイガーのロナが「光栄ね」と言って微笑む。
「夢みたいです! いや、本当は夢なんじゃ? いやいやでも、夢なんかじゃ――」
感動のあまり口が止まらないセレナ。その様子にライオンのベルガが豪快に笑い出し「すっかり人気者だな、俺たち!」と言うと、腰に手を当てて胸を張ったレイシーが「フフン。私たちの功績なら当然よね」と続けた。フォードも眼鏡を中指でクイッと上げていると「悪い気はしないな」と乗っかるのだった。
そんな調子のいい三人にグレンが呆れたような顔で「お前ら……」と呟くと、すぐにセレナが口を挟んだ。
「謙遜なんてもったいない。グレンさんたちは数多の魔物を打ち倒し、数多くの難関ダンジョンを制圧して、最後には魔王を倒して、この世界を救った英雄なんです。誰もが納得する、最強ギルドですよ!」
「べた褒めだね、セレナちゃんも」
困るように呟きながらも、素直に嬉しいのか、まんざらでもなさそうな様子のグレン。次に口を開いたのはベルガだった。
「んでグレン。俺たちは、彼女にウインクでも飛ばしてあげればいいのか?」
「いや違うよ。今日の依頼を、彼らと一緒に行こうと思って連れて来たんだ」
それにレイシーが首を傾げる。
「依頼を一緒に? どうしてよ?」
「彼らは旅をしてるそうなんだけど、もし今回の魔剣の噂が本当なら、その助けになるかなって思ったんだ」
「まさか、魔剣を上げるつもりなの?」
「ああ。俺たちは既に、装備が十分に揃ってるからね。報酬金さえもらえれば、みんなも問題はないだろ?」
グレンがみんなに聞くと、最初にベルガが納得した。
「俺はいいぜ。グレンが助けたいってんなら、一緒に助ければいいだけだしな」
その答えにロナも賛同する。
「私も構わないわ。人が増えても困ることはないし。それに、賑やかなのも嫌いじゃないしね」
レイシーもツインテールの髪をファサッとかき上げる。
「しょうがないわね。私も賛成してあげる。あ、別に二人のためじゃないんだからね。グレンが言ってることだから、仕方なく了解してるだけなんだから」
別に聞いてもいないことをレイシーが言うと、グレンは残りのフォードに目を向けた。
「フォード。お前はどうだ?」
「相変わらずのお人よしだな。お前は」
「お前が一番知ってることじゃないか。そんなの」
「あまり気は進まないな。正直、彼らが俺たちと同じくらいの能力を持っているようには見えない。でも、どうせ俺が反対したって、多数決でっていうお決まりの流れになるんだろ?」
「そんなお決まり。果たしてあったかな?」
グレンが明らかにしらを切っていると、フォードがやれやれと首を振った。
「全く。俺も賛成してやる。これでいいだろ」
「そうか。そしたら全員一致ってことでいいな」
グレンはそうまとめると、再び俺に向き直って、右の手をすっと伸ばしてきた。
「それじゃ、今日はよろしくな。ハヤマ。セレナ」
爽やかな声でさりげなく握手を求められると、俺は反射的に一瞬身を引いてしまった。英雄と引きこもり。この時点で俺たちは真逆の世界の人間だ。初対面の人間に、こんな流れるような対応。俺には到底できることではない。
「あ、ああ。よろしくな……」
俺は恐る恐るグレンの手を掴んで握手すると、グレンはセレナにも手を伸ばした。セレナは俺とは別の意味で一瞬身を引いたが、すぐにスイーツを前にした時のような顔をすると「よろしくお願いします!」と強く握手するのだった。
「よし。今回の依頼の目的地は王家の墓所だ。みんな、準備は済んでるよな?」
グレンがそう言うと、ベルガが「おう」と答え、メンバー全員も顔をうなずかせた。
「ハヤマとセレナも、すぐに行けるよな?」
「はい。私たちもいつでも行けますよ」
「そしたら、早速行こうか。王家の墓所へ」
ラディンガルの街を進んでいくと、ここで一番目立つように建てられた城のふもとまで来ていた。石が重なってできた崖の上に、幅広く建てられた中華風の城。そのすぐ傍の細道を進んでいると、ツインテを揺らすレイシーがセレナに話しかけた。
「ねえ。二人はどこから来たの?」
「ここから東にある、カカ村ってところから来ました」
「カカ村? そんな村があったのね」
「小さな村ですよ。村人も三十人くらいですし」
「そんな所から王都に来るなんて。あ、もしかして駆け落ち?」
「違います! 断じて違います!」
レイシーがセレナと俺を交互に見て言ったことに、セレナがきっぱりそう言い切る。俺も当然だと言う代わりに何度かうなずくと、今度はロナが聞いてきた。
「でも、二人で旅をしてるってことは、何か目的があるんじゃないの?」
「目的はありますよ。転世魔法という魔法を習得するためです」
「転世魔法? 聞いたことないわね」
ロナがそう呟き、レイシーも「聞いたことがないかなぁ。フォードは知ってる?」と話しを振る。そのフォードも「いいや。初耳だ」首を横に振っていると、セレナが簡単に説明をしてみた。
「この世界と異なる世界を繋げて、人を行き来させる魔法なんです。ラディンガル魔法学校でも色々聞いたんですけど、やっぱり知ってる人はいないんですね」
「そんな魔法、本当にあるのか?」
フォードがそう聞く。
「確かにあります。その証拠に、ハヤマさんが異世界の人ですから」
「ほう。お前の奇妙な名前はそういうことか」
「どういう納得の仕方だよ……」
みんなからしたら、やはり外国人みたいな扱いなのだろうか。そんなことを思っていると、ベルガが訳の分からないことを口にしてきた。
「あれ? お前の名前、パーマじゃなかったか?」
「パーマて。俺はハヤマだ、ハ、ヤ、マ」
「そうか。ちゃんと覚えたぞ、ハカマ」
「どうして俺がハカマになるんだ!」
間抜けなやり取りにロナが割って入ると「ベルガは物覚えが悪いの。あまり気にしないであげて」と諭してきた。
「覚えが悪いと言うより、これはただのバカなんじゃ……」
肩を落としながらそう言う傍ら、先頭のグレンが前を向いたまま俺たちにこう言ってきた。
「着いたぞ。王家の墓所だ」
気が付けば俺たちは城の裏側まで来ており、前を見てみると、今まで見てきた土の山より、ひと際大きい墓がいくつか作られていて、それらを厳重な柵で囲われた墓地が広がっていた。
「この墓所の裏手に行けば、ダンジョンの入り口があるらしい」
グレンがそう言って俺たちを先導していく。柵をたどるように俺たちは移動していると、ふと横目映った墓に俺は意識を取られていた。その墓だけ異質な雰囲気を漂わせていると、石板に書かれた名前らしき文字が汚されたり、山の要所要所に削った後が入っていて、なぜか酷く荒らされていたのだった。
「この墓だけ酷いことになってんな」
不信な思いにフォードが言葉を返してくる。
「通称、愚王の墓だからな」
「愚王?」
「その墓はログデリーズ前皇帝、ダファーラのものだ。奴は歴代の中でも最悪の王と言われていてな。この墓所に侵入した誰かが、ああして墓を汚したんだろう」
「墓荒らしって感じか?」
「何か盗まれたとかではないけどな。単にここに王として墓が残されてるのを、認めたくない奴がいるってことだ」
「何をしでかせばそんなことに?」
疑問の尽きない俺にベルガの能天気な発言が挟まる。
「なんだ? ヤママはダファーラ王を知らないのか?」
「ヤママ?」
本気で俺を呼んでるつもりだろうか? すぐにロナが訂正してくる。
「ハヤマよベルガ。それに、彼は異世界から来たそうだから、知らなくても当然だわ」
「お、そうだったのかロナ。すまんなハマヤ」
見事な追撃に感服してため息をつくと、ロナが説明をしてくれた。
「前皇帝ダファーラが起こした事件。厳密には、彼を利用された事件なのだけど、今の私たちはそれを、洗脳大戦と呼んでいるわ」
「洗脳大戦……」
「五年前。ここログデリーズ帝国と隣国、スレビスト王国が一緒になって、世界を侵略する魔王に対抗しようとしたわ。両国の王自らが出陣するほどの大規模な出陣。魔王が率いる軍勢との真向勝負でも、私たちの側に分があったと思われてた。けれどその時、魔王はログデリーズ皇帝に厄介な種を植え付けたのよ」
「厄介な種?」
ぼかした言い方が何なのか聞き返すと、フォードが不気味なことを口にした。
「洗脳だよ。禁忌級闇魔法、スピリットコラプション。自分の自我を他者の脳に侵食させ、相手の考え方をすべて自分のものにする魔法だ」
「うえ、中々気色悪い魔法だな……」
「代償もおぞましいものだ。魔法を発動して相手の脳に接触する際、相手の意志が自分に宿るような錯覚を覚えるらしい。自分が自分でなくなるような感覚に陥り、本当の自分を見失う。それでも、あの魔王は破壊衝動に従うまま動いていたから、根本的には無傷だったのだろうな」
「でも、皇帝に魔王の自我が入り込んだってことだよな? その後一体何が起こったんだ?」
あまり聞きたくないような、それでも気になるような。そんな面持ちで恐る恐る聞いてみると、再びロナの口が開いた。
「洗脳大戦。その名の通り、そこは戦場になったわ。それも、魔王や魔物が撤退した後の、人間と獣人たちだけの戦場がね」
「……誰も望まない戦争か」
「そうね。同じ敵を倒すために集まったのに、いつしかそこは仲間同士の争いの場になっていた。魔王の自我が刷り込まれた皇帝ダファーラは、容赦なく獣人の兵たちを襲っていって、命令を聞かない自分の兵にもその刃を突き付けた。そうしていくつもの命を奪っていったのだから、愚王と呼ばれてもおかしくはないわよね」
「酷い話しだな……死んでもなお人に恨まれるなんて」
魔王という存在。その大きさを今、俺は初めて知ったような気がする。禁忌級で自我を代償にしておきながら、その後もこの世界を脅かし続けていった、侵略の限りを尽くす覇王。一国の皇帝すらも操るその魔力で、どれだけ多くの人々に絶望を与えたのか、さっきの墓の荒れ具合を見れば分かりそうだ。
そしてそれ以上に、そんな化け物を倒した彼ら、アストラル旅団が目の前にいると言うのだ。一体どれほどの実力なのだろうか。気にならない人間なんていないだろう。
グレンが突然足を止める。俺たちが彼の目先を追って地面を見てみると、そこには深い穴が下に続いていて、上り下りできるようにロープが垂れ下がっていた。
「王家の墓所の裏手。この穴がダンジョンで間違いないな」
グレンはそう呟くと、一度俺たちに振り返った。
「よし。それじゃいつもの感覚で、誰も死なず、死なせずだ。準備はいいか?」
メンバー全員うなずくと、俺とセレナも続いてうなずいてみせた。グレンもそれを見て納得すると、再び穴に振り返って先にロープを伝って降りていった。後からフォード、レイシー、ベルガと続いていき、ロナが俺に先を譲ってくれると、俺はロープを手に取って、壁を後ろ歩きするようにしながら上手い事下まで降りていった。
十メートルほどの深さがあったそこで、フォードが手を広げて小さな火の玉で辺りを照らす。奥は真っ暗で肌寒さを感じる洞窟。上からセレナも降りてくると、オレンジのワンピースから一瞬ピンク色の布が目に映り、俺はそっと顔を前に戻した。男として当然の機能が働いているのだとしても、セレナにそんな感情を抱くのは、なんだか負けたような気がしてしまう。
「全員降りてきたか?」
グレンがそう聞くと、最後に降りてきたロナが「ええ」と答えた。それを聞いて「よし」と呟くと、グレンはいつの間に用意しておいた松明に魔法で火をともし、一度俺たちに振り向いてからこういうのだった。
「それじゃ行こうか」