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5‐1 隣いいかな?

 ログデリーズ帝国の王都ラディンガル。相変わらずの人混みの中を歩いていた俺とセレナだったが、そんな光景を見られるのも今日が最後で、この場を去る時間が刻々と近づいていた。


「この街とも今日でおさらば。やっと人混みから抜け出せるのか。長かったなぁ」


 安心しきったようにそう呟くと、隣でセレナが浮かない顔をする。


「あっという間でしたよ。ひもじい食料で、長い旅路を歩いていく。それに比べたら、この街は天国でした……ああ、当分杏仁豆腐も食べられないなんて……」


「そんなに落ち込むことかよ……スイーツなら次の国にもあるだろ。そこで新しいのを見つけろよ」


 俺は適当にそう返していると、今までと雰囲気の違った十字路に出てきた。この街に十字路はたくさんあるが、そのどれもが黄土色の土床で、ゴミ一つない綺麗なものだった。それに対しこの十字路は、土の床に黒く焦げた跡が残っており、その先に続く道は荒く削れていて、奥に広がる一帯の建物は、すべて原型をとどめていない。この道の人通りも少なく、見当たる人はみな、修復作業に勤しんでいる土木の男たちだけだった。


「ここもあれか? 魔王の影響を直に受けた場所みたいだな」


 俺がそう呟くと、セレナがすぐ傍に立っていた看板に気づき、そこに書かれている文字を読み上げた。


「ギルド、アストラル旅団による魔王最終討伐地点。って書いてありますね」


「最終討伐地点?」


「どうやらアストラル旅団の皆さんが、ここで魔王に止めを刺したでしょうね」


「へえ。こんな街中で戦ってたのか」


 もう一度地面のやけど跡を見てみる。十字の真ん中を起点に、北の道に沿って太く長く伸びたそれは、百メートルも先の先端に至るまですすのように真っ黒だった。


「このやけど跡って、さすがに魔王の攻撃だよな?」


「どうでしょうね。アストラル旅団の皆さんがやったという可能性もありますけど」


「人間の手で、こんな強い跡が残せるって言うのか?」


「それでも、最強ギルドと呼ばれているアストラル旅団ですよ。こんな力を持ってても、おかしくないですよ」


「そうか。最強ギルドならできてもおかしくはない……のか?」


 とても人間がやったとは思えない光景だが、まあここが異世界で、そのアストラル旅団が最強というのを考えれば、可能性はある、らしい。


「きっとそうですよ。私も噂でしか聞いたことがありませんけど、五人組の彼らはみんな、強くてイケメンかつ美人で、それでもってとても優しい。まさに無敵のギルドなんですよ」


「すごい尾ひれがついてそうな噂だな……まあとにかく、さっさと昼を済まして出発しよう」


 夢を見るような目をしたセレナにそう言うと、俺たちはそこを後にし、とある料理店に向かって再び歩いていった。




 二分ほど歩いてたどり着いた先は、獣人向け料理店ドッグフード。かつてネアやラシュウ、猫頭のユリアたちと出会ったここに来ると、俺とセレナは吹き抜けの厨房が目の前で見れるカウンター席に座った。


「お待ち」


 店長である猫の獣人ドッグから、とても渋い声と共に俺たちの机に料理が置かれる。パンで揚げた肉を挟んだ、元いた世界でいうところのカツサンドが皿に乗っていた。サイズだけは相変わらずデカい。俺の顔ぐらいありそうだ。


「こんなうまい料理も、またしばらくお預けになるのか……」


 つい名残惜しくなってそう呟くと、セレナも同じように肩を落とした。


「ハヤマさんもがっかりしてるじゃないですか」


「盲点だった。また旅に戻るってなったら、またパンと水が主食の毎日。満腹になるのを我慢する生活になるんだった」


「うう……これからフェリオンに向かうって言うのに。ネガティブなことばかりが……はあ……」


 セレナが深いため息を吐く。その口からフェリオンという単語が出てきたが、それをアルトから聞いたのは昨日のことだった。


 禁忌級聖魔法の一件があった翌日、俺たちが様子を見ようとラディンガル魔法学校に行くと、アルトはいつもの定位置である学校の角にいた。そこで俺たちを見つけると、昨日は何事もなかったかのように俺たちに笑顔を見せながら駆け寄ってきた。その後、校内に入ってキャリアン先生とも会うと、教室に入ってアルトが俺たちにこう話してくれた。


「転移魔法の妖精分布ですが、古来から転移の妖精は、フェリオン連合王国にある一つの国、コルタニスって所と関わりがあるみたいです。なんでも、王族が代々継いでいる魔法だそうですよ」


 その分析に従い、俺とセレナは次の目的地として、ラディンガルから北にある、フェリオン連合王国のコルタニスという国を目指すことになったのだ。道フェリオン連合王国までの道のりは遠く、また長旅になるのが予測される。そのせいで、俺は今軽いノイローゼ状態になっていたのだった。


 せめてもの癒しとして、今目の前にあるカツサンドをゆっくり堪能しよう。照明との反射が、写真加工のように映るそれに手を伸ばそうとしたが、ふと、腰に何かがぶつかるような不自由な感覚がした。目を向けてみると、俺が普段持ち歩いている武器のサーベルが、腰につけられていたままだった。


「っと。忘れてた」


 サーベルをつなげているベルトを外し、イスの下に置いていたバックパックの隣に立てかける。そう言えば俺は、この武器をまともに扱えた試しがなかったような……。


「あーあ。どうせならもっと、特別な武器が欲しかったな。振るだけで勝手に敵を倒してくれる剣とか、そんな便利な武器、どっかにねえかなあ」


 俺がつい愚痴をこぼしていると、セレナが苦笑した。


「いやいや、そんな武器、あるわけないじゃないですか」


「だよな……」


 当然の答えに肩を落とす。ここは異世界で、突然俺が巻き込まれたんだとしたら、それくらい便利なものを用意しといてくれよ。そう神にでも言ってやりたい気分になった時、俺の耳に突然「あるよ」という言葉がはっきり入ってきた。「え?」と驚きつつ急いで声の出どころに振り返る。そこに立っていたのは一人の男だった。青い髪色に黒いヘアバンドが巻かれ、目や鼻の位置が綺麗に整っている優男系は、世の男たちが全員嫉妬してしまいそうなほどイケメンだった。


「隣いいかな?」


「え、お、おう……」


 男はさりげなく俺の隣のイスに座る。背中には片手で持てる盾を引っ提げており、軽装で動きやすい防具は、高級なものなのか鮮やかな青に輝いていて、腰の剣に至っては、持ち手部分が金色に輝いていた。


「ドッグさん。俺にもカツサンドを一つ、お願いね」


 身に着けてるものといい、初対面に対するフットワークといい、一目見て俺は、彼が自分と真逆の人間なのだと気づく。


「自己紹介がまだだったね。俺はグレン。普段はギルドの冒険者として、魔物討伐とかダンジョン制圧をしてるんだ」


「俺はハヤマアキト。ハヤマって呼んでくれ。後ろのはセレナだ」


「初めまして」


 セレナが軽く頭を下げ、グレンに挨拶する。それにグレンが爽やかスマイルで返すと、立て続けにこう喋ってきた。


「なあ。俺の予想が確かなら、二人はこの世界を旅してるとかじゃないのか?」


「その通りだが、よく分かったな」


「やっぱりそうか。俺も最近までこのプルーグを旅してたんだけど、なんだか雰囲気が似てるなあって思ったんだ」


「そうだったのか」


 雰囲気だけで分かるものなのだろうか。そう思いながらも、俺はさっきの話しを掘り返しにいく。


「というか、さっき横から聞こえた一言、お前の言葉だったよな?」


「振るだけで勝手に敵を倒してくれる剣のこと? それなら本当にあるよ」


「一体どこに?」


「歴代の王たちが眠る墓所に、新たなダンジョンが出来たのは知ってる?」


「いや、ダンジョンとかは全く」


「そこで見つかってる魔物が、魔剣を持ってるらしいんだ」


「魔剣?」


「そう。なんでもその魔剣が振られれば、どんなに素早い冒険者でも回避不可能なんだってさ」


「へえ、振れば必ず当たる魔剣ってか……確かに使えたらいいかもな」


「あれ? あんまり乗り気じゃなさそうだね」


「そりゃあな。そんな話し知ったところで、俺がその魔物を倒せることなんてできないだろうし」


 全うな意見を口にすると、会話の隙間を縫うように、ドッグの「お待ち」という渋い声と共に、グレンの前に注文したカツサンドが出てきた。グレンはドッグにお礼を言うと、それを手に取りながらも話しを続けてきた。


「もし倒せるとするなら、行ってみる価値はあると思わないか?」


「まあ倒せるんだったら、そりゃあるだろうな」


「だったら、俺たちと一緒に行ってみるか?」


「へ? お前、たちと?」


 突然の複数形に俺は首を傾げると、グレンは一口頬ばったカツサンドを飲み込んでから答えてきた。


「さっきも言った通り、俺はギルド所属の冒険者。他にも仲間がいるんだ。今日そいつらと一緒にダンジョン制圧依頼を受けているんだけど、それが丁度魔剣を持つ魔物がいる、王家の墓場のダンジョンなんだ」


「それはまた凄いタイミングだな」


「もし無事に魔物が討伐できたら、その魔剣をハヤマにあげてもいい」


「え? いいのかよそこまでして? 一応言っとくが、セレナはそれなりに戦えても、俺は大した活躍は絶対にできないぞ」


「大丈夫。援護なら俺たちに任せてよ」


 グレンに素っ気なくそう言われ、その返答の早さに俺が心配してしまう。


「そう言われてもだな……第一、俺たちと一緒に行って、お前になんの利点があるんだ?」


「うーん。理由を挙げるとするなら、二人に親近感が湧いたからかな。旅に苦労ってつきものだから、便利なものがあればそれだけ余裕が生まれるんだろ。どんな荒れ地に行っても、心のゆとりは大事だ」


「心得てるんだな」


「まあ、このプルーグ全土は渡ったから、それなりにはね。人数が多いと俺たちも色々楽できるし、どうかな?」


 どこか怪しさを感じる話しだったが、彼の目の動きや口元の表情は至って普通だ。声色に注意を払っても、嘘つき特有の陰りは一切見えない。疑い深い俺は念のため、少しだけ話しを引っ張って様子を伺ってみる。


「他のギルドの人たちと一緒に行けば、もっと安全だと思うが……」


「疑い深いな君は。もしかして、人間が苦手だったりするのか?」


 急な言葉に、俺は刺されたような動揺してしまう。


「ご、ご名答……よくわかったな」


「人を見るのには、ちょっとだけ自信があってね」


「はあ……」


「さっきの質問だけど、別のギルド同士で一緒の依頼を受けるのは、ギルドの規則上、違反行為なんだ」


「どうしてだ?」


「強さの指標になるランクを、不正に上げられる可能性があるからだよ」


「ランク?」


「Dランクから始まって、C、B、A、そして一番高いSランクがある。階級が高ければ、より報酬のいい依頼も受けられるようになるんだけど、力の差があるギルド同士で依頼をこなせば、実力に見合ってないランクになれてしまうだろ? それを防ぐためのルールなんだよ」


「そんなルールが。ちなみに、グレンはどのランクなんだ?」


「Sランクだよ」


「おお最高ランクか。結構凄いギルドなんだな」


「そんなに大したものじゃないよ。ほとんど仲間のおかげだからね」


 そう言ってグレンが余ったカツサンドを一口で丸のみすると、軽く両手を払いながらイスから立ち上がった。


「うお! 食べるの早いな。もう行くのか?」


「もう仲間のみんなと会う時間なんだ。ドッグさんご馳走様。ハヤマたちはどうする? 一緒に来るか?」


 まだまだ聞きたいことはあったが、時間がないのならここで選ぶしかないだろう。俺は背後に振り向くと、一度セレナに聞いてみた。


「どうする? グレンについていったら、今日はフェリオンに向かえないことになるが……」


「この機会を逃すのも惜しいですよ。ぜひ行きましょうハヤマさん」


 セレナがきっぱりそう答えると、俺は納得しながらグレンに向き直った。


「ってことだ、グレン」


「オッケー。そしたらさっそく行こうか」


 グレンは納得したようにうなずくと、さっさと会計に金貨を置いて店を出ていった。


「お、おい! 待ってくれグレン!」


 まだ皿にカツサンドが半分残っていた俺たちは、早すぎる行動に追いつこうとそれを口にくわえ、荷物を手に取って走り出す。セレナが忘れず支払いを済ませ、俺たちは早歩きで進むグレンを見つけ、それを走って追いかけた。


 それにグレンが振り向いてくると、爽やかに笑いながら「ちょっと急ぐよ」と言って自分も走り出した。それに俺は「マジかよ」と呟きつつも、急いでその後を追い続けていった。

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