4‐4 お二人にも秘密です
キャリアンが口にした理論に、俺は純粋な疑問をぶつけてみる。
「新しい魔法を生み出すなんて、そんなこと可能なんですか?」
「普通に考えたら無理なことよ。けど、このプルーグで新しい妖精が見つかったのなんて、百年以上前の話し最後で、これ以上いるとは思えない。それに、知り合いの魔法学者の論文でも、妖精の契約なしに魔法は生み出せる、という話しも聞いたこともあったりして、お母様はそれを成し遂げていたのではないかと」
「そうですか。でもそうなると、いよいよ転世魔法の習得の仕方が分からなくなりましたね」
「そうなのよね……」
キャリアンが首を傾げると、横からアルトが聞いてきた。
「セレナさん。その転世魔法は人間以外の物、つまり無機物とかは対象にできないんですか?」
「お母さんから聞いた限りだとできるみたいですよ。だけど、なぜか人間の方が簡単だって言うんです。実際、私も初めて成功した時、ハヤマさんが召喚されちゃいましたから」
「その時、成功した時の感覚は、覚えてませんか?」
「うーん、それがパニックになってた時に偶然発動しちゃって、感覚とかは何も……」
「そうですか……」
アルトも頭を抱えてしまう。というより、今一度セレナが俺を発動した話しを聞いたが、たった一つの焦りからこんな厄介な出来事を作り出すとは。これがもし俺ではなく、全く知らない世界の魔王とかだったらどうなっていたことか。
そう呆れ果てていた時、キャリアン先生が「ねえセレナちゃん」と呼んだ。
「その転世魔法というのは、異世界から人を召喚する魔法。これは確かなのよね?」
「はい」
「それじゃ、原理としては、転移魔法が近いかしら」
「転移魔法? なんですか、その魔法は?」
「任意の場所に瞬間移動できる魔法よ。ワープと言えば分かるかしら」
「なるほど。確かに、転世魔法も人を移動させてますね」
セレナと一緒に俺も納得する。
「そう。効果が似ているでしょう? だから、もしもそれを習得できたら、何か感覚がつかめるのかも」
「それじゃ、転移魔法を習得できれば、転世魔法につながるってことですか?」
「多分そうじゃないかしら。あくまで私の推測なんだけど、もしかしたらそれで、転世魔法を発動した感覚を思い出せるかもしれないじゃない?」
キャリアンは曖昧な笑みを浮かべるが、不意に俺はもっと確実性のある方法を思いついた。
「キャリアン先生。他の教授たちに考えを聞くっていうのはできませんか?」
その質問にキャリアンの首が横に振られる。
「他の教授に聞こうにも、学校が始まってる今の時期は色々と大変なの。朝から晩まで講義をしないといけないし、空いた時間はほとんど研究をしてらっしゃるから」
「そうですか。そうなるとさすがに頼みづらいな」
俺は顎に人差し指を当てる。正直に言えば、キャリアンの推測は心もとないものだ。転移魔法が似ているとはいえ、転世魔法とは全く別の魔法だ。それを習得するのには時間と手間がかかってしまう。できることなら、はっきりとした情報をもとに考えたい。だが、転世魔法が誰も知らない、全く未知の魔法だったと知った今、その推測を頼るしかないか。
「どうするセレナ。転移魔法を練習するか、また別の所で情報を集めるか。はたまた、全く新しい方法を考えるか」
これからどうするかはセレナが決めることだ。そう思いながら俺が聞くと、セレナはしばらく考え込んだ後、一つの答えを口にした。
「……ここで情報が集まらないとなると、情報集めは厳しいかもしれません。なので、こうしましょうハヤマさん。次の目的は転移魔法の習得にして、そこにたどり着くまでの間で、何か有益な情報がないかを探してみる。これでどうでしょうか?」
慎重に下された決断に、俺は考え込むことなくうなずいた。
「いいんじゃないか。中々合理的な判断だ」
「そしたら決まりですね」
「問題は、転移魔法をどこで習得できるかだな。妖精のいる場所とかって、全部決まってるのか?」
「さあ……」
新たな悩みにすかさずアルトが助け舟を出してきた。
「それだったら僕が調べてみますよ。妖精の分布はある程度確定されてるので、明日には教えられるはずです」
「明日か。それはありがたいが、学校で大変なんじゃないのか?」
「大丈夫です。お二人のためなら、全然頑張れますから!」
「そうか。それだったらよろしく頼むな、アルト」
「はい! このアルトにお任せください!」
アルトはそう言って、自分の胸を叩いてみせた。こんな少年でも、その自信に満ち溢れた言動からは、中々頼りがいのある安心感があった。
「そしたら、今日はこの辺でお開きにしましょうか」
キャリアンのその一言で、俺たちの転世魔法の情報共有の会は終わった。
教室を出た俺たちはまた一週間前と同じように、アルトを先頭に校舎の外に出てきた。そのまま出入り口を目指して歩いていると、セレナが口を開いた。
「まさか、ラディンガル魔法学校まで来て、お母さんの偉大さを知ることになるなんて」
「確かに。誰も知らない、新しく生み出された魔法なんて、俺も予想できなかった」
「スゴイです。私、本当に転世魔法を習得できるでしょうか……」
力なく呟かれるセリフ。それに俺は大して何も考えずに答える。
「いつかはできるだろ。お前はアンヌさんの娘なんだし、暇人には時間のリミットがないんだ。波風立てないくらいの早さで、ゆっくり行けばいいだろ」
「ゆっくり……確かに、偶然でもハヤマさんを召喚できたわけですし、きっといつかはできますよね」
セレナの顔が一瞬で晴れる。この切り替えの早さは中々のもので、俺でも感心してしまうほどだったが、そこにアルトが一つ、疑問を投げかけてきた。
「あの。セレナさんはどうして、そんなに転世魔法を習得したいんですか?」
俺もセレナに聞いたことがある問いかけ。当然セレナの答えは決まっている。
「お母さんが残してくれたものを、一人娘としてちゃんとものにしたいからです。そうしないと、お母さんに示しがつかない気がするし、帰さないままだとハヤマさんにも悪いですしね」
「その言い方だと、お母さんがセレナさんに、それを望んでいるわけではないんですね」
「そうですね。習得しなさいって、そう言われたわけではないです。ただ、私がそうしたくてそうしてるんです」
そう話しているうちに出入り口の扉までたどり着くと、アルトが足を止めた。またあの時のように、そのまま腕を伸ばして扉を開けるのかと思ったが、実際に動いたのは腕ではなくアルトの口だった。
「セレナさんは、亡くなったお母さんのために、どうしてそこまで頑張れるんですか?」
顔を見せてこないまま、突然意味深なことを聞いてくるアルト。セレナは不思議そうな顔をしながらも、とりあえずアルトに答えようとした。
「ええっとそれは……一言で言えば、お母さんが大好きだったからですよ」
「大好き、ですか」
「はい。アルト君もお母さんのこと、好きじゃないんですか?」
その言葉に、アルトは答えるまでに時間をかけた。
「……そうですね。僕も大好きです。お母さんに産んでもらえて、よかったなって思ってます」
そこまで言うとアルトは俺たちに振り返ってきた。そして、いつもの子供らしい甲高い声で話しを続けた。
「セレナさん。セレナさんは自分のお母さんへ、贈り物を上げようとしてるんですね。転世魔法を習得した、成長という贈り物を」
「私はそんなつもりじゃないですけど、でも、そう見えるかもしれませんね」
「贈り物をあげたら、きっと両親は喜びますよね?」
「そうだと思いますよ。もしかして、アルト君はお母さんたちに何かをあげたいんですか?」
「実は……僕はお母さんに、一番の贈り物をあげようとしているんです」
「へえ! とっても素敵じゃないですか! 何をあげるつもりなんですか?」
「それは……お二人にも秘密です。バレたくないので」
「え? そうですか……でもいつか、あげた後にでも教えてくださいね、アルト君」
セレナの言葉を聞きながら柵の扉を開けると、最後にアルトは笑みを浮かべた。
「はい。ちゃんと上げた後に、お二人にはしっかり教えるって約束しますよ」
それを聞いてセレナは満足そうにすると、先に扉をくぐっていった。俺はその場から動かないでいると、アルトの顔をずっと見ていた。
純粋無垢な子供っぽい笑顔。口角から目、まつげなど、顔のすべてのパーツで笑顔という表情を作っている。何か怪しく感じたのは俺の気のせいだろうか。
「ハヤマさん? 僕の顔に何かついてますか?」
「ああすまん。夕飯何にしようか考えてただけだ」
「おお! ハヤマさんの普段の食事。一人で生きていくのに持ってこいの食事について、ぜひいつかお話ししてくださいね!」
「そんなもん、好きなもん食えばいい。これで終わりだ」
「そうですか! お話しいただきありがとうございます! あ、明日は夕方に来てください。その時には授業が終わってるはずなので」
「おう、分かったよ」
「ではお二人とも、どうかお元気で!」
「じゃあな」
「さようなら、アルト君」
最後にセレナが手を振ると、俺たちは学校から離れていった。背中からアルトが扉を閉めた音が聞こえると、セレナが俺に話しかけてきた。
「ハヤマさん。どうしてさっき夕飯について考えてたんですか? まだそれまで時間がありますよ?」
セレナの言う通り、外はまだ青い空のままだった。
「いや、正直に言えば、何か不穏な空気を感じたっていうか」
「どういうことですか?」
「アルトの贈り物が、変なもんじゃないかなって思ったんだが……」
「変なものって。まさか、アルト君が両親に、変なものを渡すわけがないじゃないですか。私たちにも急ではありましたけど、自分の本性を素直に見せるような子ですよ」
頭の中で今までのアルトを思い返し、それをさっきのアルトと照らし合わせてみる。俺たちに尊敬の眼差しを向け、まるで子分のように慕ってくれるアルト。さっき学校から出る時も、彼の笑顔は全くもってそれと一緒だった。
一体何に引っかかったのだろう。急にお母さんの話しが出てきたからか? お母さんに贈り物をするという、俺にはなじみのない話しをしたからか?
「……考え過ぎ、なのか?」
「ん? さてはハヤマさん。お母さんに贈り物をするのが、おかしいって思ってませんか?」
「んな!? どうしてそれがバレた!」
「やっぱりそうですか。いくら人間嫌いでも、親のことは大事に思うべきですよ」
「う、うるせえな! それができない人間だって、この世にはいるってことだ」
「はあ、そうですか。まあ事情は知りませんけど、いつかは大事に思ってくださいよね。じゃないと可哀そうですよ」
「そんな日が来るかね」
「もう、ハヤマさんったら」
セレナが頬を膨らませる。勝手に怒られてもこっちが困る。家族に対してはいい思い出がないからだ。これ以上、話しを深堀されてはたまらない。そんなことを思っていると、俺はついアルトを疑っていた理由を、全く思い出せなくなっていた。