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4‐3 転世魔法を知らないって

 あれから一週間。ジバで手に入れたお金で宿泊費に困らなかった俺たちは、約束の今日まで適当に時間を潰して過ごしていた。なにかあったかと聞かれれば、セレナに無理やり外に連れてかれ、ラディンガルの街で食べ歩きをしたくらいだ。


 そして今、学校に向かう前にとある店に寄っていくと、セレナが気に入ったというスイーツ店に来ていたのだった。喫茶店のように落ち着いた店内に、甘い香りが鼻をついてくる。たった今、俺たちのテーブルに店員がやってくると、お盆に乗せていた二つのスイーツ。この街一番のものを置いていった。


「これが、お前のお気に入りね」


「もしかして、ハヤマさんはあまり好きじゃなかったですか?」


「いや、別にそういうことじゃないんだが……その……これとそっくりなのを、知ってるなあって思って」


 テーブルに置かれたスイーツをまじまじと見てみる。透明な器の中に、ゼラチンで作られたような真っ白のプリンもどき。その中にひと手間、白桃のようなフルーツも入っているそれは、どう見ても俺の世界にあった、杏仁豆腐と瓜二つだ。


「なあセレナ。これ、なんて名前だったっけ?」


「杏仁豆腐ですよ。昨日も聞いてましたけど、ぼけてるんですか?」


 何度聞いても俺の知ってる名前だ。魔法があるこのファンタジーな異世界にも、どうやら杏仁豆腐が売られているらしい。それを知った時の俺は、急に現実に戻ってきたような気がして、それなりの衝撃を受けていたのだった。


「そうか、杏仁豆腐は杏仁豆腐なんだな」


「何言ってるんですか、ハヤマさん……」


 セレナがもう手をつけてたのを見て、俺も鉄のスプーンでそれをすくってみる。この杏仁豆腐は、見た目だけでなく味までそっくりだった。口の中に入ると、ひんやりとした温度が最初に伝わり、その独特の柔らかさを舌で転がすと、白桃が混ざってできた優しい甘さが、とても心地よい時間を与えてくれた。


 セレナはそのふわふわ感がたまらないのだろう。幸せな顔をしつつも、次に次にとどんどん口に運んでしまうのは、杏仁豆腐の魅力に舌が取り憑かれている証拠だ。あっという間に食べ終えそうなセレナに対し、俺も自分のペースで、ゆっくりと杏仁豆腐を食していく。その途中にセレナが話しかけてきた。


「キャリアン先生とアルト君。調べられたでしょうか?」


「転世魔法についてか。というか、一番大きい魔法学校の教師でも、名前を知らなかったとはな」


「そうですよね。私もそれには驚きました。意外と知られていない魔法だったなんて」


「まあ、こんなに大きい街に、俺みたいに召喚された人間がいないってことは、本当にマイナーな魔法なのかもな。それこそ、お前とお前のお母さんしか使えないような」


「まさかそんなことが……でも、本当にそうなんでしょうか」


「考えてみればそうなんじゃないのか? だって、もしも使える魔法使いが他にいれば、もっと早く魔王を倒せたとも考えられるだろ」


「確かに。異世界の人には無限の可能性があるって、お母さんも言ってました。それじゃやっぱり、転世魔法は希少な魔法なのかも?」


 薄々思っていたことだったが、今こうして考えてみるとそうとしか思えなかった。実際はどうなのか。それも含めて、キャリアンたちに聞く必要があるだろう。


「まあとりあえず、キャリアン先生に期待しよう。あと、一応アルトにも」




 大通りをある程度進み、適当な角を右に曲がる。その先に純白の校舎が見えてくると、俺たちはその前を仕切っている、柵の扉を開けて中へ入っていった。


 土の道から校内の芝を踏むと、もしやと思った俺は首を振って敷地の角を見る。そこにはやはり、あの赤髪の少年アルトが、イスに座って本を読んでいた。


「またあそこにいるのか。本当に孤高っていうのが好きらしいな」


「でも、あんな所にいたら誰も近寄らないですよね。友達とかは、いないんでしょうか?」


「いやいないだろ。というかあいつにとって、友達は欲しいものじゃないんだろうな」


「本当なんですか? そんなの寂しいだけじゃ」


「あいつの場合は、かっこいい自分に酔いしれたいだけだよ、多分」


 そんな会話をしていると、アルトが勘付いたのか顔をあげてきた。すぐに俺たちの顔を見つけると、一気に顔をほころばせ、本を閉じながら急いで走ってきた。


「こんにちは! ハヤマさん。セレナさん。今日も元気そうですね」


「お前もな」


「ありがとうございます!」


「なんのお礼だよ……」


「あ、ここで話すのも野暮ですよね。早く中へ入りましょう」


 アルトは片腕を伸ばすと、まるで俺たちをエスコートするかのように斜め前に歩いてきた。セレナがそれに苦笑いしながらも、俺たちは校舎の中へ入っていった。


 アルトに続いていき、一週間前と同じ教室の前に止まる。そして、アルトが扉を開いて俺たちを中へ入れてくれると、キャリアンがイスに座ったまま、机の上で突っ伏しているのが真っ先に見えた。


「キャリアン先生!?」


 セレナが驚きの声を上げた。無理もないだろう。一週間前とイメージが違うのもそうだが、まるで死体のように倒れているのがとても衝撃的だったのだ。


「だ、大丈夫なのか、先生?」


 俺も声をかけると、キャリアンはやつれた顔を見せてきた。


「ああ、セレナちゃんにハヤマ君。来たのね……」


「な、なにがあったんですか? キャリアン先生」


「いえ。思ったよりも、転世魔法の研究が難航してたものだから。今日やっと一つの結論をまとめ終わったって思ったら、急に疲れがきちゃって」


 キャリアンはそう言いながらゆっくりと体を起こす。そして、両手でパンッと頬を叩くと、心配そうな目をする俺たちにいつも通りの姿を見せてきた。


「よし。気合が入ったわ」


「え!? そんな一瞬で!?」


 思わずセレナがそうツッコむが、キャリアンは構わず「早速話しましょうか。どうぞ座って」と俺たちをイスに座らせた。アルトもキャリアンの隣に座ると、すぐにキャリアンも腰かけてからまとめた結論とやらの話しが始められた。


「セレナちゃんが言ってた転世魔法だけど、私はこの一週間、ほぼ全員の教授に聞いてみたわ。それで分かったことが一つあるの。まずはそれを伝えるわね」


 キャリアンは丁寧にそう切り出すと、よく聞くようにと俺たちの目を見てくる。


「驚いたことに、どの教授たちもみんな全く同じ答えを言ってたわ。その答えは、転世魔法を知らないって」


 それは意外な答えで、俺とセレナは驚きを隠せなかった。


「本当なんですか! どの先生に聞いても分からないなんて」


「残念ながら本当よ。ここはラディンガル魔法学校。プルーグでも随一の魔法学校だというのに、どの教授たちもまるで転世魔法を知らないって言ってたの。無属性魔法に詳しい教授でさえもよ」


「そんな……」


 微かに予想していたことだったが、実際に耳にすると中々の絶望感があった。まだにわかに信じきれなかった俺はキャリアンに聞いてみる。


「ちゃんと実在する魔法なのは確かなのに、だれ一人知らないなんてことあるんですか?」


「私も信じられなかったわ。でも本当にそうみたいなのよね。図書館の書物も色々読んでみたんだけど、それらしい記述のものは一つも見つからなかったの」


「そうですか」


「書物なら僕もたくさん読み漁りましたけど、本当に一つもなかったんですよね」


「アルトもか。一体なんなんだ、転世魔法って」


 折角ここまで来たというのに、まさかの情報なしというのか。俺はそれにショックを受けそうになると、キャリアンがまた口を開いた。


「でも情報は見つけられなかったけど、代わりに、仮説が出来たの」


 最後の言葉にセレナが反応を返す。


「仮説? なんですか、それは?」


「アルト君から聞いたのだけど、セレナちゃんの転世魔法は、元はお母様が使っていたそうですね」


「そうですけど」


 キャリアンがそう前置きをすると、その口から意外な一言が飛び出してきた。


「ならやはり、転世魔法はきっと、そのお母様が生み出した、全く新しい魔法だわ」


「ええ!?」


 セレナの声に隠れながら、俺も目が点になりそうだった。まさか、作られたばかりの新しい魔法。まだ、この世で使われてこなかったような、そんなものだったとは。


「凄いなお前のお母さん。転世魔法を使った、一番最初の魔法使いだってよ」


「そう、みたいですね。私もビックリです。まさか、お母さんがそんなにスゴイ人だったなんて……」


 仰天の意を通り越したのか、放心してしまうようにセレナはそう呟いていた。

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