4‐2 魔法そのものに親しみがない私めのためにも
校舎に入り廊下を進んでいくと、一階にある適当な教室の中にキャリアンは入っていった。俺もセレナとアルトとに続いて中へ入っていく。教室の中には、五人は入れそうなほど長いテーブルが、一列に三つずつかつ六列に並んでおり、その間に一人用のイスが何個も置かれていた。そして、イスが向いている方向の先には、俺も何度も見たことがある教卓と緑色の黒板があった。
キャリアンは一番近くのテーブルへ近づくと、隣のテーブルからイスを二つ、そのテーブルを挟むようにして運んだ。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
セレナがお礼を言いながら、新たに用意されたイスに腰かける。俺もその隣に座るとキャリアンとアルトは、本来あったイスにそれぞれ座った。
テーブルを挟んで俺たちが向かい合うと、さっそくキャリアンがセレナに本題を切り出していった。
「それで、ある魔法について伺いたいと、おっしゃってたわよね」
「はい。転世魔法っていう魔法なんですけど、私はその魔法を習得しないといけないんです。でも、肝心の発動の仕方が曖昧で、正確に、かつ確実に発動できる方法を知りたいんです」
「転世魔法、ねぇ。うーん……初めて聞く魔法ね」
「そうなんですか?」
「ごめんなさい。まだ私は、無属性のすべての魔法を覚えているわけではないの」
無属性? 魔法の属性のことだろうか。
「そうですか。結構特徴的な魔法なんですよ。この世界と別の世界を繋いで、人を召喚できたりする魔法なんですけど……」
「別の世界から召喚、ですか……普通のサモンとは、また違うのでしょうか?」
サモン? 魔法の名前か何かか?
「違いますね。転世魔法は、人間も呼び出せますから」
「そうですか、無機物召喚とも違うとなると、本当にそう言った魔法があるみたいですね。ちなみに、基本発動はどれくらいの階級に当たるのか、分かりますか?」
階級ならどこかで聞いたような……。
「どれくらいかは私も分かりません。予想だと、上級くらいだと思います」
「そうですか。世界と世界を繋ぐ魔法ですし、それくらいはするでしょうね」
キャリアンがそうまとめたところで、話しに置いてかれていた俺は一つ「コホン」と咳払いをし、やっと口を挟んでいった。
「あのう、魔法使いじゃなく、魔法そのものに親しみがない私めのためにも、ここは少し、魔法について教えていただいてもよろしいでしょうか?」
自虐混じりに改まった言い方をすると、キャリアンが対応してきた。
「あらごめんなさい。魔法が分からないんじゃ、なんの話しをしてるのか分からないわよね。そしたら……」
イスから立ち上がると、キャリアンは黒板の前に立った。そして、これまた見慣れた白いチョークを手に取ると、黒板に異世界の文字を書きながら説明を始めた。
「私たちの復習もかねて、一から説明していきましょうか。まず、魔法というのは、妖精との契約で貰った属性の力を体内の魔力を使って、自然の力として具現化させることを言うわ。具体的に言えば、何もないところに火をおこしたり、風を吹かせたりできるということね」
黒板に縦線や横線、丸のような変な模様が書かれていく。俺には全く読めなかったが、キャリアンの説明は続いていく。
「契約自体は、単に妖精と触れることでできるわ。その契約によってもらえる属性の力だけど、これには種類が存在して、今のプルーグで区分されてる種類は基本属性の九種類と、無属性と呼ばれるそれを合わせて、全部で十種類よ」
「十種類……多いな」
「属性によって特徴は全く異なるから、ハヤマ君でもすぐに覚えられるわよ。まず、基本属性の九種類。これは、炎、水、氷、雷、風、土、聖、闇、死属性のことを示しているの」
口頭の説明と共に、黒板に炎のマークから土のマーク、十字の回復に、頭痛の顔、死を表す骨のマークまで描かれていった。異様に絵が可愛らしくて上手い。
「まずは炎から土属性まで、ハヤマ君は分かるかしら?」
「火をおこしたり、水を噴射したり、地面を動かしたりって、名前通りの効果ですよね?」
「正解です。そしたら問題は、残りの三つでしょうね」
そう言うと、キャリアンは聖属性を示す十字のマークを最初に示した。
「これは折角なので、アルト君に聞きましょうか。聖属性はどんな効果を持つ魔法でしょうか?」
アルトは、はきはきとした口調でそれに答える。
「体の傷を癒す回復の魔法です。極めていけば、複数人同時回復や、傷を受けた瞬間の即時回復もできます」
「あらあら、なんだか人が変わったみたいね。はい、大正解です。そしたら、闇属性もいってみましょうか?」
「状態異常をかけられる魔法です。状態異常には毒や混乱、麻痺や石化なんかがあります」
「はい、大正解です。そしたら、残りは死属性だけね。これは九種類の中でも希少な魔法と言われていて、死者の霊や魂を使った魔法が使えるわ。ただ、そのほとんどは敵に対して攻撃するようなものがほとんどで、その威力も他の属性よりも高いの。だからこの属性を扱える魔法使いは、魔物を倒すのが仕事のギルドとかで重宝されてるわ。これで、九種類の基本属性は理解できましたね?」
俺たちを見てくるキャリアンに、それぞれがうなずいてみせる。聖は回復、闇は状態異常、死は攻撃特化と覚えると俺も顔をうなずかせた。
「そしたら次は無属性魔法についてお話しましょうか。一言で無属性と言っても、その中にはたくさんの種類の魔法があるの。物を浮かせる飛翔魔法や、見えない壁を張れる障壁魔法。妖精と話せる翻訳魔法に、魔物やダンジョン探しに使える探知魔法など。あまりにその数が多いことから、一言で無属性とまとめているということよ。ちなみに、さっき言ったサモンというのは、無機物の生物を生み出す召喚魔法の一つよ」
「それじゃ、セレナの言ってる転世魔法も、その無属性魔法の一つってことなんだな」
「そういうことになるわね」
要は基本属性以外の魔法は、全部無属性ということだろう。ジバにいたキョウヤのあの時間魔法も、無属性魔法だったということだ。
「魔法の種類については以上よ。階級の話しも必要かしら?」
キャリアンにそう聞かれ、俺はうろ覚えの知識を掘り起こす。
「えっと、階級は確か魔法の強さを示す名前ですよね。下級から中級、上級ときて最後に最上級。あっと、例外で禁忌級もあったか」
「あら、禁忌級を知っているだなんて素晴らしいですね。その通りです。魔法の強さは階級で表され、高い階級になるほど必要な魔力も変わっていくのよ。ちなみに、同じ階級の同じ魔法でも、そこに更なる魔力を込めることで、更なる効果を発揮することができるわ」
「一つ質問です、キャリアン先生」
「はい。なんでしょう、ハヤマ君」
「魔法を発動させる時に、呪文とか技名っぽいのを叫んだり叫ばなかったりするのを見てきたんですけど、それって何か意味があるんですか?」
「いい質問ですね。魔法を発動する際は、頭の中にイメージを描いてそれを魔力で具現化する、というのが基本になります。なので、わざわざ声に出す必要はないんですよ。でも、イメージを強くさせるためについ声に出てくることは、魔法使いならよくあることなんです」
「なるほど。要は気持ちの問題ってことですか」
俺が納得すると、キャリアンが白いチョークを黒板に置いて、座っていたイスに戻ってきた。
「それで、転世魔法の話しに戻りたいのだけれど、存在を知らない以上、私からは何も教えられないわ。アルト君も何も知らないわよね?」
「はい。存在すら知りませんでした」
「そうよね。結構希少な魔法なのかも。セレナちゃん。少し、時間を貰ってもいいかしら? 明日になれば、他の教師や教授たちに話しを聞けるわ。それで情報を集められると思うだけど、どうかしら?」
「私は構いませんけど、でもいいんですか? キャリアン先生も入りたてで、色々と忙しいんじゃ」
「構わないわよ。魔法について調べるっていうのは、教師にとってはとっても嬉しいことなのよ」
キャリアンが満面の笑みを浮かべる。その顔を見ていると、逆に調べさせてほしいと言っているようだった。
「だったらお言葉に甘えて。キャリアン先生、お願いします」
「はい。先生にお任せあれ」
キャリアンが優しく自分の胸を叩く。やる気満々の様子に、セレナが立て続けに聞いた。
「そしたらまた一週間後、ここに来ればいいですか?」
「そうね。その日までに調べられるだけ調べてみるわ」
俺たちがうなずいて了解すると、アルトが口を挟んできた。
「キャリアン先生。僕もお手伝いしますよ」
「あらあら、いいの、アルト君?」
「もちろんです。セレナ様が困っているのなら、お助けしなければ」
「様!?」とセレナは驚いていたが、変わり果てたアルトはもうぶれないようだ。キャリアンがアルトの言葉にくすっと笑うと「お願いね」と一言言った。アルトがそれに自信たっぷりの顔でうなずくと、イスから立ち上がって俺たちの前に来た。
「それじゃ、僕はお二人様をお見送りしてきます」
「ふふ。よろしく頼むわ、アルト君」
「お任せください! さあ行きましょう。セレナ様。ハヤマ様」
俺まで様付けで呼んできた。一体この数十分で彼は何を感じたというのか。厚かましい言動に少し癪だと感じながらも、俺とセレナはイスから立ち上がった。
「そ、それじゃキャリアン先生、お願いしますね」
セレナがそう言うとキャリアンは笑って返してくれた。
俺たちはそこでキャリアンと別れると、アルトに続いて教室を後にし、校舎の外まで出てきた。銀柵の出入り口に向かっていると、アルトは俺たちに話しかけてきた。
「セレナ様。セレナ様は一体どこで、転世魔法を知ったのですか?」
様付けの呼び方に、セレナがあからさまに疲れた様子を見せながら答えた。
「う、うーん。元々、お母さんが使えてた魔法なんです。でも、少し前に亡くなってしまって」
「そ、そうだったんですか。これは余計なことを。失礼しました!」
「だ、大丈夫だよアルト君。そんなにはっきり謝らなくても」
セレナがそう言うと、目の前まで近付いた銀柵を見ながら俺が口を開いた。
「なあアルト」
「なんですか、ハヤマ様?」
様付けが脳内に響く。なんともむずがゆい気分だ。
「ええっと、そうだな。何から言うべきかというか、何を言うべきかというか……なんでお前、そんなに急に変わったんだ? 俺たちのどこにそんな感銘を受けたんだ?」
「そんなの決まってますよ。ハヤマ様の一人で生きてきたのを語る背中と、セレナ様の実力を認めない謙遜の姿。とても憧れちゃいますよ!」
「俺の背中はそんなにたくましかったか……」
「当然です! 僕の憧れだったんですよ。誰とも群れずに、ただ孤高に一人だけで生きていく。僕の追い求めていたのが、丁度ハヤマ様の生き様だったんです。ですが今日、セレナ様の言動を見て新しく変わりました。孤高に生きていきながら、自分の傍を通っていく人間。その彼らに自分の実力を隠しておき、いざという時に発揮してみせる。これはもう最高にかっこいい一匹狼ですよ!」
どんな映画を見ればそこまで拗らせられるのだろうか。どうやら俺たちは、アルトの思い描く憧れの人物像に似ていたせいで、ここまで持ち上げられているようだ。
「まあなんでもいいけど、とりあえずだ。とりあえず、俺を様付けで呼ぶのはやめてくれ。普通にハヤマか、せめてさん付けにしてくれ」
「私もお願いします、アルト君!」
セレナも必死にそう言ってきた。アルトは「そうですか」と少し残念そうな顔をしたが、またすぐに戻った。
「それがお二人のお願いなら、聞かないわけにはいきません。ハヤマさんにセレナさん。これでよろしいですよね?」
「できれば、その堅苦しいのもなんだが……まあ、それはいっか」
素直に聞いてくれたことに免じて、そこまでは要求しないことにした。そうして、出入り口までたどり着いていると、俺たちは一度足を止めた。
「それじゃお二人とも、また一週間後にお待ちしてます。またお会いできる日を、楽しみにしてますね!」
「分かった分かった。それじゃあな、アルト」
「アルト君、元気でね」
そう言って歩き出すと、俺とセレナはやっとアルトの傍を離れられた。手を振り続ける彼から目を離すと、俺たちは同時にため息を吐きながら街中に出ていった。