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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
三章 それくらいの絆はあるよね
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3‐5 お前! その顔、ってか目!

 ネアが誰かに連れ去られるとは。どうしてこのタイミングなのだ。焦燥感に襲われながら、俺たち四人は真っ暗な木々の中を駆け抜けていく。どこまで走ればいいのか聞こうとした時、それは先頭を行くラシュウの口から出ていた。


「おい! こっちで合ってるのか?」


「ええっと、こっから先は僕にも……」


「なに! なら早く言え!」


「ヒッ!?」


 ラシュウの大声に女の子が怯えてしまう。だが、今は誰かを怒っている場合ではない。


「お、おいラシュウ落ち着け! こっから手分けして探せば見つかるはずだ!」


 俺はそう言い聞かせると、ラシュウは舌打ちを返してきた。すかさず俺はどこを探すか提案しようとしたが、そんな時にネズミの「チュウチュウ」という鳴き声が聞こえると、女の子の手に握られていたネズミがそこから飛び出した。


「ジミ!」


 女の子がその子の名前らしき言葉を叫ぶが、ネズミは地面に下りるや否や、ある方向に向かって俊敏に走り出してしまった。


「おいおい、追いかけるものが増えてる場合じゃないんだが……」


 そう言った俺に、女の子の「いや」という声が食い気味にかぶさる。


「もしかしたら、ジミは臭いを辿ってるのかも」


「臭い? それは本当か?!」


 俺はそう女の子に詰め寄ったが、すぐにその姿が横にすっ飛んでいったかと思うと、既にユリアがネズミを追って走り出していた。ラシュウもすぐ後ろについていくと、俺とセレナもそれを追うしかなかった。


 ネズミは小柄な体で、ひたすらに真っすぐ突っ走っていく。俺たち人間はそれを、随所に立ちはだかる木を避け、草木を飛び越え、枝を手でどかしてなんとか追いかけていった。そうしてずっと走り続けていたが、俺は今走っているこの場所にどこか既視感を感じていた。それがどこだったかと思い出そうとすると、それは木の根元に出来たダンジョンを前にしてやっと気づいた。


「ここは、俺たちが調査したダンジョン!?」


 またあの場所に戻ってきていると、そこでネズミは足を止め、辺りをキョロキョロとし始めた。もしやここら辺にネアがいるのだろうか。俺の頭にその可能性がよぎった時、突然空から男の声がした。


「ここまで追い詰めてきたか」


 糸に引っ張られるように顔が上に向く。ダンジョンを地下に埋めるその木のてっぺん。そこにカラスを模した仮面、ペストマスクをつけた男がいると、小脇にはぐったりとしたネアが抱えられていた。


「ネアさん!? あなたが連れ去ったんですね!」


 セレナが大声でそう叫ぶと、男は「フン、邪魔されるわけにはいかない」と言って地面に飛び降りてきた。すぐにラシュウが槍を構え、ユリアも女の子を下ろしてすぐにクナイを取り出す。俺も遅れてサーベルを抜き取る準備をすると、男はダンジョンに向かって腕を突き出し、青い魔法陣を作ってはそこから大量の水を噴射した。


 水がダンジョンに吸い込まれるように流れていく。それが数秒続いたかと思うと、男はいきなりその場から木の裏へ身を隠した。その間もなくして、ダンジョンから例のカマキリの魔物が一匹顔を出したかと思うと、後から後へそれはわんさかとあふれ出てきてしまった。


「リトルマンティスの大群! ッチ! 水で刺激させたのか!」


 ラシュウが少しずつ後ろに下がり、魔物から距離を取っていく。あまりの数に俺たちもつい下がってしまうと、リトルマンティスの数は確実に三十は超えていた。


「こんなにいたのかよ!」


 思わず俺はそう叫んだが、ダンジョンからの波はそれだけでは終わらなかった。辺り一面が魔物で埋め尽くされていながら、まだダンジョンから魔物が出て来ようとしていると、その魔物は明らかにサイズの合わない穴から顔を出し、無理やり体を外に引きずり出してくると、俺たちよりも一回り大きいカマキリが出てきたのだった。


「なんだこいつ!? 明らかにデカすぎるだろ!」


「この大きさ! キング級ですよ! キングマンティスです!」


 リトル級、ビッグ級ときて、その次のキング級。まさかそんな大物とこんな時に出会ってしまうとは。俺たちを見下ろす両目は赤黒く不気味で、月の光に反射する両手の鎌が殺意を伝えてくる。これがキング級。この威圧感、今までの魔物には一切感じられなかったものだ。


「小っちゃいやつらの大群に、でっかい親玉一匹。この最悪な状況、どうするか、ラシュウ?」


「すべてなぎ倒す。やれるな、ユリア?」


 ラシュウがそう言って彼女に目を向ける。ユリアは返事をする代わりに突然飛び上がると、俺たちの頭上を悠々と飛び越えていって魔物の前に立ち、三十以上いそうなリトルマンティスたちの注意を引いた。たちまち魔物たちが「キシャアァ!」と気味悪い奇声を上げていくと、そのままユリアに向かって襲い掛かってきた。まさになだれ込むような勢い。それにユリアはただ冷静に、まず両手のクナイを逆手に持ち直す。


「必殺奥義……苦無くない乱舞」


 微かにそう聞こえた瞬間、ユリアは一瞬にして姿を消した。あまりに突然なことに俺は目を疑い、襲おうとした魔物たちも辺りを見回していた。すると、どこからともなく風が吹く完食が伝わり、気が付くと、彼女が消えた辺り一帯に空気が渦巻いていた。それは徐々に勢いを増し、一匹のリトルマンティスの足が宙浮かび上がっていく。やがてそれは十、二十と数が増えていき、気が付いた時には、そこにはっきりと目に見えるほどの竜巻が起こっていたのだった。


「うお!? なんて勢いだ!?」


 気を抜けば自分の足も浮き上がりそうで、俺はなんとか耐えようと踏ん張り続ける。その間にもリトルマンティスたちが空で踊っていると、とうとう一匹の体が耐えきれず、頭と胴体から血を流して千切れた。それが次々に連鎖するように千切れると、瞬く間にすべての魔物が粉々になっていくのだった。


 次第に勢いを失っていく竜巻。その中央に人影がうっすら見えてくると、ユリアの姿がやっと目に映った。両腕を振り切った体勢でじっとしていると、その彼女の周りにリトルマンティスの残骸が降り注いでいく。そうしてすべての不純物が地面に転がると、ユリアはびっしりと液体が付いたクナイを両手に、ネアを攫ったペストマスクに顔を向けるのだった。


「んな!? これはさすがにマズい!」


 声が裏返った男は身を翻し、すぐさま暗闇の中へと逃げようと走り出す。それをラシュウが「逃がすか!」と言って追いかけようとすると、ただ一匹残ったキングマンティスが、その行く手を阻んできた。


「くっ! 邪魔だ!」


 声を荒げるが、キングマンティスには当然伝わらない。このままでは男を見失ってしまう。そう思った時、魔物の鎌にクナイが投げられた。カキンと見事な金属音が鳴ると、キングマンティスはもちろん、俺たちもユリアに注目した。ユリアはそんな俺たちに振り向いていると、空いた左手を前に振って先に行けと合図してきた。


「分かった。ここは任せたぞ」


 そう言ってすぐに駆け出そうとするラシュウ。逆にセレナは心配の意を示す。


「え、ええ! ユリアさんを一人にするんですか?」


「心配ならそこに残ればいい! 今は時間がない!」


 ラシュウはそれだけ言うと、キングマンティスの横を素早く駆け抜け、その背中が木の裏に消えていった。俺もネアを逃がすわけにはと心を決め、その後を追いかけようと走り出す。


「俺も行く!」


「じゃ私、ユリアさんと一緒にいますから!」


 そうセレナが言ってきたのを背中から聞きながら、俺はラシュウの背中を追っていった。天井の葉が夜空の輝きを防ぐ中、木々の間をずっと真っすぐに走り抜けていく。


 俺はラシュウの後ろで懸命に足を動かし続けていると、ネアを連れた男は川の前で足を止めた。底が深く、到底向こう側まで届きもせず、橋になりそうなものも辺りにないと、ラシュウと俺はそれに追いつきとうとう男を追い詰めた。


「逃げ場はない。ネアを返してもらうぞ」


 ラシュウが槍を構え、男に脅しをかける。


「それはできない相談だ。こいつは貴重なサンプルだからな」


 この大自然の中に出てきた、とても不釣り合いなその言葉を俺は繰り返す。


「貴重なサンプル? どういうことだ?」


「こいつにはまだ可能性があるんだよ。新しい力を手にできる可能性が」


「可能性?」


 うやむやな答えに俺は全く何を言ってるか分からなかったが、それ以上の話しをラシュウが槍の刃を向けて止めに入った。


「与太話はそこまでにしろ。さっさとネアを返せ」


「ッハ。せっかちだね。内の組織には絶対入れない人間だよ、君」


 そう言って男は手を突き出し、青色の魔法陣を前に浮かばせる。それにラシュウが「入るつもりは毛頭ない」と返すと、男は呪文を唱えた。


「アクアランス!」


 光出した魔法陣から、槍の刃先のように形作られた水が飛び出してくる。鋭利に先が尖ったその魔法。ラシュウはすかさず槍を頭上に持ち上げ、その刃を地面に向けて下げるように構えると、まるで漁業で網を引き揚げるように力強く振り上げた。バシャンとバケツをひっくり返したような音で地面に還る水魔法。だが男の魔法陣は未だそこに浮かび上がっていると、今度は立て続けに何発も水の槍を飛ばしてきたのだった。


「地面に這いつくばれ!」


 機関銃のように発射される水魔法に、ラシュウは横跳びをしていく。その後ろに俺がいると、俺は「マジか!?」と慌てて横に向いて走り出した。足を動かしながら背後に首を向けると、男は俺から始末するつもりなのか、ずっと水魔法が追いかけてきていた。


「なんで俺狙いなんだよお!? おかしいだろお!」


「まずは数を減らすのが、私の主義でね」


「聞いてねえよ!!」


 立ち止まればもれなく串刺しの刑。ただ生に執着するように走り続ける。誰かどうにかしてくれ! と心の中で叫んだ時、忽然と水魔法の気配が消え、俺は足を止めて男に振り返った。すると男の横からラシュウが走り込み、今にも槍を振り下ろそうとしているところだったのだ。


 よし、行け! とまた心の中で叫ぶ。それに応えるように槍は振り下ろされるが、とっさに男が小脇に抱えたネアを持ち上げると、それを盾にしてラシュウの攻撃を止めてしまった。


「ふん。こいつの命は取れないってか」


「貴様!」


「それより足下に気をつけな。罠があるかもしれないからな」


「なに!?」


 ラシュウが急いで足下を見た時には、既に青色の魔法陣が光っていた。ラシュウは慌ててそこから飛び退こうとするが、先に魔法が発動してしまうと、水の槍が飛び出し、ラシュウの紺色の髪をかすめていった。


 一つ下がり、更にもう一回飛んで距離を取るラシュウ。水魔法の衝撃でフードが頭から外れていると、その顔を上げた時、俺は彼よりもっと衝撃的なものを目にした。


「うえ!? お前! その顔、ってか目! マジか!?」


 数回瞬きをして、今一度フードで隠されていた左目を凝視してみる。当然見えているものは変わらず、色だって見間違えてはいない。顔を上げたラシュウの目は、右は赤いのに対し、左は俺と同じ、真っ黒だったのだ。

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