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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
三章 それくらいの絆はあるよね
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3‐4 俺のこの目は

 ネアに俺たちの分の食費を払ってもらった翌日。俺たちは移動に馬車を使っていると、ラディンガルから離れた、とある村にたどり着いていた。灰色の土が広がり、石造りの民家がいくつか建てられた小さな村。そこで馬車から俺とセレナ、ネアとラシュウとユリアの全員が降りると、ネアが口を開いた。


「ここが、今回依頼があったダゴ村だよ。受けた依頼はダンジョンの調査。場所を調べて地図に場所を書いて、その他もろもろの事をまとめたらお仕事終了だよ」


 依頼の内容をおおまかに教えてもらうと、俺は一つの疑問を投げかけた。


「ダンジョンってのは、新しく作られてるみたいだな」


「魔物たちはみんな、魔王が住んでいた魔界ってところからやって来たの」


「へえ魔界か。こことは別の世界がまだあるんだな」


「でも魔物たちはみんな、魔王がやられてからはそこに帰れなくなったんだよね。だから、大抵の魔物はダンジョンを住処にしてるんだよ。魔物の巣って言えば、想像しやすいかな?」


 それに納得するようにうなずくと、今度はセレナが質問した。


「調査って、具体的にどうやるんですか?」


「とりあえずは村の人から聞き込みかな。どこから魔物が現れてるのか聞いて、大体の見当をつけるの。そこからあとは、自分たちの足でくまなく探すって感じかな」


「思ったより人力なんだな。魔法とかで探せたりしないのか?」


 俺がそう聞く。


「魔物を探知する魔法とかはあるけど、ネアたちはみんな魔法が使えないからね。仕方なく、自分たちの足で探すしかないの」


「そういうことか。そしたら、俺たちのすることは、ダンジョンを見つけることだけなんだな」


「そうだね。ダンジョンの場所を地図に記して、どんな魔物がいたのかとか、数はどれくらいいるのかとか、その他もろもろを報告書にまとめるの。その報告書をギルド本部に渡せば仕事は終わり。報告書はネアが書くから、ハヤピーたちは気にしなくていいよ」


「分かった」


 すべてを納得したとうなずいて示すと、ネアは早速振り返って動き出した。


「それじゃ早速、村の人に聞き込みをしに行こう!」


 先陣を切るネアに俺たちがついて行く。ここまでずっと黙っているが、後ろにはちゃんとラシュウとユリアもついてきている。フードから見える表情は相変わらず不愛想だし、猫の被り物はいつも通り不気味だ。そんな彼らと一緒に歩いていると、不意に横から小さい女の子が俺にぶつかってきた。


「っと。すまん、大丈夫か?」


 すぐに俺は声をかけると、少女はそばかすのついた顔で俺を見上げながら、おどおどとしながら、意外に男の子っぽい声で話してきた。


「あ、は、はい……あ、あの……足……」


「足?」


 俺は足元を見てみると、右足に一匹のネズミの尻尾を踏んでいたのに気づいた。


「おっと!」


 すぐに足をどけてやると、ネズミはさっさとそこからすぐ走り去っていく。


「ま、待って」


 すかさず少女はネズミの後を追いかけ、俺の前からいなくなっていく。子供がネズミを追うのは、なんとも奇妙な光景だったが、先に行っていたネアが、誰かと話している声が聞こえてくると、俺はすぐに切り替えて足を進めた。




 ――この森から、魔物がよく現れるんです。


 聞き込み調査から引き出した村長の言葉をたよりに、俺たちは村外れの森を調べることになった。足で探し続けるかこの調査はしばらく続いたが、辺りをくまなく探し回ってもダンジョンは見つからず、進展がないまま時間だけが過ぎていった。


「意外と見つからないもんだな」


 それにネアが冗談混じりにこう返す。


「魔物も、きっと生きるために必死なんだよ。ネアたちに見つからないように、どこかに隠れてるのかも」


「必死ねえ……というか、なんで魔物って人を襲うんだろうな? 魔王がいなくなったのなら、大人しくしてればいいのに」


 ふと思い浮かんだ疑問に、まさかのラシュウが口を挟んできた。


「魔物には理性が備わっていない。俺たち人間を食料か何かだと思い、ただ無感情に襲ってくるんだ」


「なんというか、本能ってものに、そう刻まれてるみたいな感じか。厄介な生き物だな」


 俺の知っている通りのイメージだと再認識した時、ずっと黙ってついてきていたユリアが、いきない前を歩くネアの肩を叩いて、俺たちにも見えるようにある方向を指差した。その方向に全員が目を向けると、そこには、周りよりも一回り大きい木の根元に、人が入れそうなくらいぽっかりと空いた洞窟があった。


「あ! ダンジョンの入り口!」


 ネアがそう叫び、駆け足でその入り口まで迫っていく。他のみんなもそれについていくと、俺も歩いてそこに近づいていった。


「やっと見つけた! ええと場所は、ええと、ええと。ここら辺かな」


 ネアが適当に地図に記しをつけていると、ラシュウとユリアが先にダンジョンの中に入っていこうとした。それにセレナが理由を聞く。


「入るんですか?」


「そうだよ」と答えるのは当然ネアだ。


「場所の他に、魔物の種類と大体の数を調べるの。でも、一階層までしかネアたちは行かないし、たとえ魔物に襲われそうになっても、二人がいるから安心だよ」


 ラシュウとユリアを見ながらそう言うと、二人は最初の坂をさっさと降りていく最中だった。ネアとセレナも中へ入っていき、ひとまず俺もその後をつけていった。


 洞窟だと思っていたそのダンジョンは、なんだか生暖かく、田畑で嗅げるような虫の臭いをすぐに感じた。岩が突き出たゴツゴツな床や、天井が頭すれすれなのを気にしながら進んでいくと、前を行くネアが俺とセレナに「あの先が第一階層だよ」と説明してきた。それを聞いて真っすぐ歩いていくと、地元の公園とかと変わらないほど大きい空間に出た。するとその真ん中に、大きなカマキリのような魔物がいると、そいつはかなり不愉快なことをしているのだった。


「っげ!? なんだあいつ。同じ魔物を食ってるじゃねえか……」


 目に映ってる状況は、間違いなくカマキリが同じカマキリを食っている様子だった。セレナも少し顔を引きつらせ、なんだか俺も、自分の頭が首を離れてしまいそうな感覚すら感じてしまったが、ネアたちは大した反応を見せないまま説明してくれた。


「ビッグマンティスだね。魔物によっては、共食いする魔物も少なくないんだ。魔物は食べた分だけ、自分が強くなるからね」


「そうなのか。でも気味が悪い。あまり見ていたいものじゃないな」


「まあ、ちょっと気持ち悪いのは確かだよね。とりあえず……」


 ネアがポケットに丸めていた報告書を取り出そうとすると、リトルマンティスと呼ばれたその魔物は、突然俺たちに血まみれの顔を向けてきた。俺とセレナはそれにギョッとしてしまったが、ラシュウとユリアの二人が前へ歩いていくと、ネアは至って平然と報告書に羽ペンを進めるのだった。


「種類はマンティス系。ダンジョンの一階層に一匹だけで、リトル級より一つ上の、ビッグ級の魔物だから、全体の数は大体これだけかな。……うん、これでよし」


 耳からネアの声がそう聞こえながらも、俺の目はずっと前を向き続けていた。不気味な眼光を向けられた時は、襲われてしまわないかと焦ってはいたが、今は違う。間抜けなほどに口を開けてしまっていると、ラシュウとユリアの二人がリトルマンティスに武器を向けていると、二人は目にも止まらぬ速さで、魔物の至る部分を何度も切り裂き、完膚なきまでに叩きのめしていたのだった。


「つ、つええ。あの恐ろしい魔物が、赤子同然じゃねえか」


 その感想にネアが笑い出す。


「フフ。あの二人がビッグ級に負けるはずないよ」


「ビッグ級? 魔物の強さの指標か?」


「そう。リトル、ビッグ、キング、エンペラー級ってあって、二人が一緒だったら、キング級も敵じゃないよ」


「そんなに強いのか。まあ一人は赤目だし、ユリアもだいぶ戦闘に慣れてそうだもんな」


 そう言ってる間にも、その二人がビッグマンティスをあられもない姿にして戻ってきた。


「二人ともご苦労様。それじゃ、報告書も書けたし、今日は戻ろっか」


 そう言って背を向けるネアに、セレナが驚く。


「ええ!? いつの間に報告書を書いてたんですか!」


「二人が魔物を倒してる間にね。あとはこれをギルド本部に提出して終わり。制圧とかはまた別の依頼になるけど、このダンジョンはそんなに大きくないから、多分ギルドに入って間もない、戦闘経験が浅い人たちに依頼されるかな」


「はあ、私たち、何もしてませんけど……」


 セレナはそう言いつつ、先に歩き出した俺たちについてくる。俺も薄々そう感じてはいたが、まあもともと誘ったのは向こうなのだからと、ちょっと強引に納得しておく。


 来た道を引き返しておよそ十分。外に出てみると、空は丁度夕暮れの色に染まっていて、もうじき夜を迎えるところだった。


「もう夕暮れ時か。探してただけなのに、あっという間だな」


 ネアも後から出てくると、同じように空を見上げた。


「見つけるのに時間かかっちゃったからね。とりあえずネアは、情報をくれた村長さんに軽く説明してくるから、みんなは先に馬車の方で待ってて」


 みんながそれにうなずき、セレナが「分かりました」と答えると、俺たちはそこから離れようと歩き出した。魔物だとか、ダンジョンとかで少し身構えていたが、終わってみれば大したことは起こらず、なんとも平穏な一日だった気がする。緊張を解きながらそんなことを思っていると、ふと後ろで、ユリアが立ち止まってダンジョンの方向をじっと見つめているのに気づいた。


 先には何もないのに、とても集中しているように見えると、俺はそれをネアに知らせた。


「なあネア? ユリアが立ち止まってるんだが……」


「ん? ユリア? どうしたの?」


 ネアが声を張ってそう聞くと、ユリアは普通に反応するように振り返り、俺たちに頭を振って何もないことを示してきた。ネアも「そっか。早く行こ」と言うと、俺は木々の枝がそよ風に揺れるそこを離れていった。




 時は流れ、もう空が橙色から青く黒い色に変わり出した頃。俺たちは馬車に到着していると、村に報告に行ったネアを待っていた。


 俺とセレナ、ラシュウとユリアの四人全員、馬車には乗らずにその前でずうっと待っていると、ネアがいないことで、少し気まずい空気が流れていたのだったが、セレナが勇気を振り絞ってユリアに話しかけていると、「女性、ですよね?」「その猫可愛いですね。お好きなんですか?」などと質問していた。ユリアはそれにただコクンとうなずくだけだが、セレナはそれでも距離を詰めているつもりなのか、今度は「おいくつなんですか?」と聞いた。うなずくだけでは答えられないその質問に、ユリアは膝を折って地面に指をつける。そこに線を適当に引いた異世界の文字が書かれると、セレナは「十八なんですね。私は十四なんですよ」と会話を膨らませていった。


 思えば昨日の今日で、俺はまだユリアの声を聞いたことがなかった。顔を隠しているのも謎ではあるが、わざわざ隠している相手にずかずかと聞く度胸は俺にはない。その疑問をただ胸の中にそっとしまっておくと、馬車に寄りかかっていたラシュウが、右手首を左手で抑えて、右手を前後に動かしているのに気づいた。それを見た時、なぜかジバで起こったことが思い返される。最初は赤目だと危険に思っていた彼が、ミスラさんの大剣にいともたやすく押し負けていた。確かにミスラさんは圧倒的に強かったが、同じ赤目でそれだけ実力差が出るだろうか。


「なあラシュウ。ちょっと聞いてもいいか?」


 俺がそう話しかけると、ラシュウは何も言わず、破けたフードから赤い右目だけを向けてくる。


「あ、その。勘違いしてたことを、ちゃんと正しておきたくてな。バルベスに従っていた時は、本当に厄介な敵だったなって思ってたけど、お前はお前なりに、色々事情があったんだなって、今日一緒にいて分かった気がする」


 最初に言いたかったことと論点がずれてることに気づく。なんだか赤目に見られてしまうと、触れて来るなと言われているようで委縮してしまった。


「俺が戦うのは、ネアとユリアのためだ。二人のためなら、俺はまたお前たちと敵になっても構わない」


「怖い事言うな……。でも意外だ。お前はお前で、ネアたちのことを大事に思ってるんだな。やっぱり、互いに記憶喪失だから、色々と分かり合えたりしてるのか?」


「……そうだな」


 俺の質問に、ラシュウは明らかに間を空けてからそう答えてきた。とても不自然に感じられたそれに、俺はついラシュウの目を凝視してしまう。こういう時に相手の嘘を疑ってしまうのは、俺の悪い癖である。だがしかし、記憶喪失について触れた時、やはり彼の顔は曇り、ほのかに悲しんでるように見えてしまう。


「俺の目が気になるのか?」


「へ? ああすまん。不愉快だったか」


 じっと見ていたのに気づき、慌てて彼から目を離す。


「別にいいさ。俺のこの目は、どうせ本物じゃないんだから」


「本物?」


 そう聞こえた時、ラシュウは一瞬ハッとした表情を浮かべていた。何か失言だったのだろうか。つい気になって聞いてしまおうとした時、俺の口を遮るように誰かの走ってくる足音が聞こえてきた。音の早さに俺も急いで振り返ってみる。慌てるように走ってきていたのは、最初に村に来た時にぶつかった、あのそばかすを付けた女の子だった。手にはあのネズミも握っていると、その子はやはり男に聞こえなくもない声を張り上げてきた。


「あの! 大変です!」


 セレナが立ちあがってその子に近付く。


「どうしたの?」


「あの、はあ……みんなの、仲間の、紫髪の、お姉ちゃんが」


「ネアさんのことですか?」


「その人が、変な人に、連れ去られたの!」


「本当なんですか!?」


 セレナがそう聞き返す中、俺も思わず目を見開いた。うなずいた女の子にセレナが「どこに連れられたか分かる?」と立て続けに聞くと、俺とラシュウ、ユリアもその子の前に駆け寄った。


「うん。大体なら分かる。あっちの方」


 そう言って奥の林を指差されると、俺たち四人は一斉に走り出していた。後から女の子が「あ、待って!」と言って追いかけてきていると、ユリアがとっさに身を翻し、その子の手を引っ張って無理やりお姫様抱っこをして林に走り込んでいった。

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