3‐3 それくらいの絆はあるよね
セレナがラディンガルに来る前に起きた、荷物争奪戦の内容を一通りすべて説明していく。それを最後まで聞いたネアは、いきなり「ええぇ!?」と大きな声を上げて立ち上がった。
「二人が対立してたってこと! どうしてそんなことになったの?!」
ラシュウとユリアにそう聞くと、渋々ラシュウがそれに答えた。
「たまたま依頼内容がすれ違ったんだ」
「すれ違った? ラシュウはなんの依頼だったの?」
「馬車の護衛」
「ユリアは?」
ネアが体ごと動かして聞くと、ユリアは懐から一枚の古紙をネアの前に出した。それがどうやら依頼書だったようで、ネアは文字を読んでいった。
「――荷物の強奪。それも王都のお城までの物。もう……二人とも、融通が利かないんだから」
ため息混じりにネアがそう言うと、ラシュウがそれを弁明するようにこう言った。
「融通なら利いてる。俺が先に武器を下した」
「下ろす依然に睨むのがおかしいの!」
大声で怒るネアにラシュウが生意気な目を向けると、もはや親に叱られる子供を見ているような気分だった。そんなラシュウに関してセレナは「それと、ジバでもそうだったんですけど……」と話しを付け足した。
ジバでバルベスの元で俺たちに刃を向けたこと。女王様を殺しかけていた事実をセレナが明かしていく。するとネアは、その目をみるみる丸くしていき、最後はまた大声を上げた。
「何やってるのラシュウ! そんな悪い人の言うこと聞くなんて、見損なったよ!」
他の客の目線が集まる。だが、ネアはお構いなしな様子でラシュウを見ていると、ラシュウも「仕方ないだろ」と切り出して子供のような反論をする。
「結構な額の貰える依頼だったんだ。実際に成功できていたら、ここ十年は困らないくらいの金額だったんだよ。こいつらにだって被害を出さないようには気を付けていた」
「でも一歩間違ってたら、ハヤピーたちは死んでたかもしれないだよ!」
「傭兵として働くのに、そんなの気にしてられるか」
「気にするよ! ラシュウのバカ! どうしてそんなことも分からないの! ちゃんと二人に謝って!」
「べ、別に謝る必要は――」
「あやまって! いますぐ!」
韻を踏むようにネアが強く言うと、ラシュウも「はあ……」とため息をついて頭をかいた。結局ネアには敵わないと思ったのか、その顔を真っすぐ俺たちに向けてくると、赤い目をキョロキョロさせながら言いづらそうに口を開いた。
「そ、その……ジバでは、すまなかった。傷つけようとしたのは、悪かったと思ってる。許してほしい」
謝罪の言葉を言いよどむように並べつつ、それでも最後はしっかりと頭を下げてくる。まさか俺たちを追い詰めた敵から、直接その言葉を聞けるとは。想像もしていなかった展開に俺とセレナは思わず目を合わせる。そこにネアが口を挟むと「許してあげて? お願い」と自分も頭を下げてきた。そこまでされると、俺たちもあまり強く言う気にはなれなかった。
「まあ、そっちにもそっちの事情があったんだろうし、最終的に都は取り戻せたんだ。今回だけは許すよ。セレナもいいよな?」
「はい。でもその代わり、いつかジバの皆さんにも謝ってくださいね。一番辛かったのは、そこにいる皆さんでしたから」
ネアに続いてラシュウが頭を上げると、俺たちを見ないままセレナの言葉に小さく「約束する」とだけ答えた。とりあえずはよしとすると、丁度テーブルの横に料理を載せた押し車式の荷台と、店員である猫の獣人がついた。
「お待たせしましたにゃ。ご注文の料理なのにゃ~」
テーブルの上に肉料理が置かれていく。最後に俺の前に大きい皿が置かれると、猫の獣人は「ごゆっくり、どうぞだにゃ」と言ってそこを去っていった。
分厚く、皿一杯に盛られた肉のロース。セレナが言っていた言葉を思い返すに、恐らくは豚肉のはず。普通ならもっと切るであろうほどの肉が一枚。厚さが指の第一関節ほどありそうで、焼き目もくっきり残っている豪快な肉料理だった。
「なんか、分厚いな……」
「そう、ですね……」
俺とセレナが料理のインパクトに押されると、ネアが説明してきた。
「ドッグフードは獣人向けの料理店なんだよ」
「獣人はこんなのを食べてるってことか? かなり豪快だな」
「これでもまだ、人が食べれるように調整されてるよ」
「マジかよ! これでも充分大きいんだが」
「ドッグさんがそう言ってたから、獣人はもっと豪快なんだろうね」
「ドッグさん?」
初めて聞く名前に俺は聞き返す。
「ここの店長さんのこと。ほら、あのカウンターの奥で料理してる猫の獣人さん」
ネアはそう言って、カウンター席の奥でせっせと料理を作っている猫の獣人を指差した。灰色の毛にコック帽を被ったその獣人は、右目に切られたような傷跡を残していて、背が俺より低くとも、料理人とは不釣り合いな雰囲気を持っていた。
「見た目は猫なのに、名前はドッグなのか……」
一番引っかかる部分を呟く。きっと深く考えてはいけないのだろうと思うと、セレナが何かを思い出した。
「あ、そしたら、ドッグフードっていうこのお店の名前も、店長さんの名前から来てるんですね」
そう言われて納得すると同時に、俺の頭は混乱を起こした。ドッグフードという店の店長は猫で、名前はドッグだから店もドッグフード。考えれば考えるほど、哲学みたいな感じで迷宮入りしそうだ。
そうこうしながら俺たちは料理を口にしていく。豚肉のロースは厚さこそ不安ではあったが、食べてみれば程よく調整された酸味と甘みが染み渡っていき、中々美味しかった。
「これ、スゴく美味しい! 肉汁が口中にたくさん広がるし、弾力のある噛み応えもクセになりそうです!」
料理を絶賛するセレナ。それを大げさに思った俺は「そんなにか?」と聞くと、セレナはうなずき「これなら私でも全部食べられそうです」と言った。
食べてる途中、俺はちょっと気になって猫頭のユリアを見てみた。当然口元も塞がっている被り物だったが、ユリアは料理を前にしてもそれを外そうとしない。果たしてどうやって食べるのか気になって見つめていると、そのまま皿にある鶏肉らしき料理にフォークを付けようとする。それを躊躇なく口元に運んでいくと、なんと被り物の口が彼女の口と一緒に開いたのだった。
驚くあまり口をつい開けっ放しにしてしまう。実は体が人間で顔だけ猫という、そういう希有な種族なんじゃないかとさえ思えてしまうが、それはそれで瞼などが動いていない。考えれば考えるほど謎は深まりそうで、俺はいっそ、三人の中のリーダー的存在のネアにこう聞いた。
「なあネア。お前たち三人はその、一体どういう関係なんだ? 友達とか、家族なのか? それとも何かの仕事仲間とか?」
俺の質問にネアは「うーん……」と少し考え込んでから答えてきた。
「とりあえず、ネアたちは傭兵で、家族ってわけじゃないよ。誰かから依頼を貰って、それをこなした報酬を山分けにして生きてるの。依頼も好きな時に貰えるわけでもないから、結構別々になることも多いんだけど、基本的には三人一緒にいることが多いかな」
「仲間ってことか。その割には、結構性格が違うし、気が合ってるようにも見えないが……」
「そんなことないよ。ネアたち三人仲良しだし、今までもずっと一緒だったんだから」
そうネアは言い切るが、ラシュウはテーブルに肘をついて顔をそらし、ユリアも全くの無反応だった。その様子に俺は肘を立てる。
「仲良し、ね……二人はあまり反応してないように見えるが……」
正直にそう言ってみると、ネアはむうっと頬を膨らませて「そんなことないもん」と返してから、唐突に衝撃的な話しを飛ばしてきた。
「ネアたちは仲間だし、家族みたいなもんだよ。三年前に記憶を失くなってから、ずっと一緒だったんだもん」
聞いた途端にセレナは食べものを喉に詰まらせ、驚きすぎた俺も、肘がテーブルから落ちるように外れた。
「っつ!? 記憶がない!? 本当なのかそれ!?」
「本当だよ。ネアたち三人、みんな仲良く記憶喪失なんだよ」
更なる追い打ちに、せわしなく胸を叩いて飲み込んだセレナが口を開く。
「待ってください!? お二人もないんですか!?」
「そうだよ。三人一緒で、多分同時に記憶喪失。それでも今日まで三人で生きてきたから、それくらいの絆はあるよね」
随分能天気な言いようだ。うろたえて思わず次に発する言葉を見失うと、セレナが「どうしてそんなことに?」と深堀した。
「それはネアたちも分からないんだ。なんか気が付いた時に、ネアとラシュウとユリアと、後一人誰かいたんだよね。丁度セレナちゃんみたいな髪色をしてて、優しい雰囲気の人。名前は確か……アンヌ、だっけ?」
「ええ!?」
「アンヌさん!?」
もっと衝撃的な事実を知らされる。アンヌという名前はセレナの母親の名前で、髪色も親子そろって桃色だ。俺とセレナはもう目玉が真っすぐに飛び出してしまいそうなほど見開いていると、セレナがその事実を確認しようと顔をグッと近づけた。
「本当なんですか?! 本当にネアさんたちが会ったのって、アンヌって名前の人だったんですか?!」
「うわあ!? スゴイ迫力! たしかに本当だよ。ラシュウも覚えてるよね? 記憶喪失になった三年前、その人に連れられて、このラディンガルまで来たこと」
「そうだな」
素っ気なくラシュウがそう答えると、それを聞いてセレナは「嘘……」と呟いて座りなおった。俺もネアが喋ってる様子をちゃんと見ていたが、とても冗談を言ってるように見えなかった。
ものの十秒でとんでもない情報がいくつも入ってきた。ネアたちはみんな記憶喪失だそうで、過去にはまさかのアンヌさんと会っていた。それは本当なのだろうか。真相を確かめるために、まずセレナに聞いてみる。
「どうなんだセレナ? アンヌさんについて、何か心当たりはないのか?」
「全くありませんよ。そもそもお母さんが村を出たことなんて、今まで一度も……あ!」
「何か思い出したか?」
「そう言えば、お母さんが村を出たことが一回だけありました。それも、丁度三年前だったような」
「マジかよ。そしたら村を出た先で、本当にネアたちと会ってたってことか」
いよいよアンヌさんがネアたちと会ったという話しが、信憑性を増して本当なものに聞こえてきた時、話しを聞いていたネアが口を挟んだ。
「アンヌさんって、セレナちゃんのお母さんだったんだね。奇遇だなぁ、お母さんの娘さんに会えるなんて」
「私も不思議な気分です。ネアさんたちは、お母さんと会ってどうしたんですか?」
「えっとね。ネアたちがどこかで目覚めた時に、近くにアンヌさんがいてくれたんだよね。それで、ネアたち三人をこの街まで連れてきて、ご飯とかお洋服とかも買ってくれたの。その後に傭兵の話しもしてくれて、気がついたらいなくなってたって感じかな」
事細かく説明してくれた内容から、俺の頭にある可能性がよぎった。
「怖いほどに介護が手厚いな。もしかしたら、アンヌさんはネアたちの記憶喪失について、何か知ってたんじゃないか?」
そう言ってみると、ネアは首を横に振った。
「ううん。それがね、ネアが何か知らないかって聞いてみたら、何も知らないって言われたの」
「そう、なのか……」
期待外れの返しに、俺は頬に手をつけて考え込む。アンヌさんは本当に知らないのか。だとしたらどうして彼らを助けたのか。本当は知っていて、彼らに知らせてはいけない内容だったのではないのか。色んな考察が頭の中に浮き上がるが、当の本人がいなければ確かめようがなかった。
「どちらにしろ、アンヌさんがネアたちを助けたのに変わりはないか。昔から優しい人だったんだな」
その呟きにセレナが「さすがお母さんです」と自分が得意げになったが、すぐに別の話題を口にした。
「ところで、ネアさんたちの記憶って、どうにかして戻せないんでしょうかね?」
「戻せてたら、とっくに戻してるだろ」
「それはそうですけど、そうじゃなくて……」
セレナのはっきりとしない物言いに、ネアが気前よく笑ってきた。
「アハハ! 別に気を遣わなくてもいいよ。ネアたちは単に記憶がないってだけで、それを取り戻したいって思ってないんだ」
「そうなんですか? 私だったら、ちょっと不安になりそうですけど」
「そう思うかもだけど、ネアたちの場合はなんだろう。三人揃って記憶喪失になってたから、逆にみんなそうなんだって安心するって言うか、そんなに怖くない感じなの」
「と、とても軽いですね……」
セレナは肩透かしを食らった様子を見せる。俺としては、三人同時に記憶喪失という時点で、色々複雑な事情が絡んでそうに思えるが、まあ本人たちが気にしていないと言うのなら、変な詮索はしない方がいいのだろう。
ふと、隣のラシュウの顔が目についた。何かが変わったような気がしていると、顔色がやけに暗くなっている気がした。フードを深く被っているせいだろうか。それにしても、いつもに比べて、なんだか浮かない顔をしているように見える。だが、ラシュウは皿にあった最後の鶏肉を口にすると、その顔もすぐに戻ったように見えた。
気のせいだったのだろう。気のせいじゃなかったとしても、首を突っ込むだけ損するだけだ。そう俺は思い込むと、自分の料理を口にしていき、残りをすべて平らげていった。セレナもその後に食器を置くと、俺たちは五人全員料理を完食させた。
「はあ、美味しかったです」
セレナが満足そうにお腹をさすると、ネアが何かを思い出すように手を叩いた。
「そうだ! ネアさっき、ギルドから依頼を貰ってきたんだ。もしよかったら二人も一緒に来てみない? もちろん、報酬は山分けにするよ」
これまら唐突にそう提案されたが、俺はまず聞きなれない言葉をセレナに聞いた。
「なあ? ギルドってなんだったっけ?」
「ギルドというのは、いわゆる魔物討伐専門の役所です。魔物が潜むダンジョンに行って、そこを制圧したりするんですよ」
「魔物討伐か。俺たちに務まるのか?」
魔物に対してあまり実戦経験のない俺は不安になるが、すぐにネアが詳しい説明を入れた。
「問題ないよ。ネアが今回持ってきたのは、討伐じゃなくてダンジョン調査だから」
そう言ってネアは一枚の依頼書をテーブルに出してくる。それをセレナが手に取って受け取ると、羅列された文字を読んで内容を確認していく。
「指定された場所でダンジョン調査。ダンジョンの場所を地図に記し、潜んでいる魔物の種類を確認してください……。これ、魔物を倒す必要はないんですか?」
「そうだよ。ダンジョンの場所を見つけて、どんな魔物がいるのか、その数はどれくらいかって調べるだけなの。だから、襲われたりする心配は全くいらないんだ。二人と出会えたのも何かの縁だし、どうかな?」
そう言い切ると、ネアは期待の眼差しを俺たちに向けてきた。何かの縁を感じるのは俺も一緒ではあったが、別の目的があるセレナは、既に首を振ってそれを拒否していた。
「ごめんなさい。私たちには他に、やるべきことがあるので……」
「そっか。残念……でも、もし気が変わったらいつでも言ってね。ネアは大歓迎だから」
しょんぼりとした表情を一瞬で変え、ネアは嫌味を言わずにそう言ってくれた。それにセレナが「ありがとうございます」とお礼を伝えると、俺はイスから立ち上がった。
「そしたら、俺たちはそろそろ行こうか。三人も、またどこかで会おう」
「うん。話しが出来て楽しかったよ。またいつか会おうね。ハヤピー、セレナちゃん」
「はい。三人ともお元気で」
セレナが立ちあがりながら別れを告げると、会計を済ませようと俺の前を通り過ぎていった。俺は予めイスの横に立てかけてあったサーベルに手をかける。ベルトを腰に回してそれをつけると、セレナも終わっただろうと顔を上げた。だがセレナは、未だにバックパックから金貨の袋を探していると、何やら不穏な一言が聞こえてきた。
「おかしい。見つからない……」
「どうしたセレナ?」
隣まで近づき、そう聞いてみる。するとセレナは、ものすごく不安そうな顔を俺に見せてきた。
「一大事、かもしれません……」
会計を待つ猫の獣人を見て、俺は嫌な予感がする。
「お前……まさか」
「金貨が、見つからないんです……」
予想通りの返答に、しばらく言葉の意味を考えてしまう。金貨がなく、俺たちは既に料理を食べてしまった。それはつまり、俺たちは一文無しで飯を食ってしまったということだ。
「よ、よく見てみろよ! 本当にないのか?」
当然のことを整理しているほど、自分が焦っていることに気づくと、俺はセレナと一緒にバックパックを覗いた。だが、寝袋やカンテラ、水が中でグルグル回っているだけで、肝心の袋はどこにも見えない。
「どこを見ても本当にないです。――あ!?」
「何か思い出したのか?」
スッと頭を上げたセレナにそう聞くと、彼女の口から最悪の一言が出てきた。
「ジバに、忘れてきたかもしれません……」
「……それ、マジか?」
「キョウヤさんから貰った後、忘れないように部屋の机の上に置いといたんです。でも私……」
「……その机に置いといたことを忘れたんだな」
「……はい」
呆れた俺は頭を抱え、しばらく何も言葉が出なかった。このままでは無銭飲食となってしまう。なんとしてもそれは避けなければならないが、一体どうするべきか。そう考えを詰まらせた時、ふと俺は、ついさっきまで上手い話しがあったことを思い出した。
「こうなったら、奥の手を使うしかないな」
「奥の手? そんなのあるんですか?」
「ああ。それも、ついさっき見つけたやつだ」
そう言って俺は振り返ると、席に残っていたネアたちに向かって歩いていった。そして、テーブルの前に立ってネアたちにの正面に向くと、体を直角に曲げてこうお願いした。
「依頼のお手伝いをさせてください!」
心からの必死な懇願だった。それにネアは笑いながらも「もちろん!」と答えてくれたのだった。
挿絵:ユリアのドット絵