3‐2 ハヤピーとかどう?
何もない平原を歩き続けて一時間。ようやく俺たちは、空高く築かれた石の城壁の真下までたどり着いていた。どんな人や魔物でも到底上ることができないその高さに、俺は王都ラディンガルが大都市なのに納得できた。
「もう目の前ですね。ログデリーズ帝国の王都、ラディンガル」
王都という響きに俺は大衆を連想して肩を落とす。
「王都か。多分、ジバよりも人多いよな……」
「最初に思うことがそれですか……ハヤマさんの人嫌いは、いつになったら治るんでしょうね」
「治せるんだったら、ぜひとも治してもらいたいよ」
「人に任せてどうするんですか。ちゃんと自分で克服しないと」
「そう言われてもだな……」
「私がずっと手でも握っていましょうか?」
「それは断る」
「だったら一生懸命慣れるしかないですね。さあ、城門を潜りましょう」
セレナはわざとらしく笑いながらそう言うと、先に王都と平原を仕切る大門に歩いていった。俺は密かに可愛くないやつだと心の中で思うと、彼女の後を追って隣に並び、ラディンガルの中へと足を踏み入れていった。
最初の村を出てから、二週間以上も経った今日。俺たちは、最初に決めていた目的地、王都ラディンガルの、その城門をとうとう潜り抜けていく。平原の草木とは違う、果物や鉄、木材や獣なんかも入り混じった空気が鼻に感じると、俺の前にラディンガルの街並みが映っていった。
「うわあ! ここが、ラディンガル!」
セレナが感動するように声を上げる。その理由はきっと、街並みの配色が今までにない赤色に染まっていたのと、多くの人々がいたからだろう。店の屋根や家の壁、立ち並ぶ建物が華々しい赤を目立たせていて、その間に挟まれるように、通りの道を大勢の人々が行きかっている。
ジバにはなかった高い建物なんかもあり、奥を見れば坂になっているのか、立体感のある街の風景が俺の目を飽きさせなかった。中でも一番目立った建物があると、それは横に広く広がった三階建ての城で、階層の途中途中に瓦の屋根が突き出ていた。この豪勢で見栄えのいい感じは、俺の元いた世界で言うところの中華の雰囲気にそっくりに感じる。
「広いですよ! 大きいですよ! 人がいっぱいですよ! ハヤマさん!」
「着いた瞬間から大はしゃぎだな。まあでも、こんなに大きいとは、さすがに想像以上だ」
さすがは王都。その名にふさわしい雰囲気を肌に強く感じていると、街を行きかう人々に紛れて、白毛の虎と黒毛のライオンが二足方向で歩いているのを見つけた。
「なんだあれ!? 動物が二本足で歩いてるぞ!」
人間とそっくりに歩くその姿に驚くと、セレナは冷静に言葉を返してきた。
「あれは獣人ですよ。王都だと普通にいるみたいですね」
獣人と呼ばれる彼らはどう見ても本物の動物だ。、顔や体のすべてに毛が生えていて、尻尾もちゃんとついている。それなのに、人間のように歩いていては、人間と同じように服も着ているし、人間と普通に会話ができているようだった。
「そうか。あれが獣人なのか。初めて見た」
「そう言えば、今まで見てなかったですもんね。この王都は二つの国とも近いので、色んな人がいるはずですよ」
「世界中から集まってる感じか。道理で人も多いわけだ」
「大丈夫そうですか?」
人混みが苦手な俺にセレナが心配してくる。
「だ、大丈夫だ。ジバではなんとかこらえきれたんだ。ここでもなんとか行けるはずだ」
人混みを見るだけで鳥肌が立つのを感じるが、それでもきっぱりそう言い切る。
「そうですか。そしたら、まずはゆっくりできるところでも探しましょうか。歩き疲れましたし」
「時間も時間だし、飯にしてもいいかもな。折角王都についたんだし、どこか旨いところを見つけたいな」
「あ、それいいですね。さっそく探しましょう!」
そう言ってセレナが張り切ると、そのまま走り出そうとする。
「あ、おい!? 走るのはナシだろ!」
慌ててそう呼び止めながら、俺は急いでセレナの隣についていった。
すれ違う人の顔に、反射的に顔をしかめていく。背中がずっとむずむずする感覚に耐え続ける中、俺はセレナと一緒にラディンガルの街を歩き続けていった。
「あ! 見てくださいハヤマさん。スイーツ店がありますよ!」
突然足を止めてセレナがそう言うと、横の店に指差しながらその目をきらめかせていた。
「スイーツなら後ででいいだろ。先に飯だ」
「わ、分かってますよ。でも、後で絶対に行きましょうね」
相変わらずの甘党だ。そう呆れながら適当に返事をしようとする。
「はいはい。分かってます――」
その後に「よ」と言うつもりが、前に向き直った時にあれが映ってしまい、俺は思わず言葉を止めてしまった。
「セレナ。あれ」
セレナも知るそれを伝えようと、俺は奥にいる二人を指差す。
「ん? ……ああ!? フードと人! しかもその隣に……猫の人も!?」
間違いのないようにもう一度目を凝らす。二人並んで歩いていた彼らは、やはりどう見ても見覚えのある後ろ姿で、その正体はフードの赤目と猫頭だった。
「やっぱりそう見えるよな? 俺の見間違いじゃないよな?」
「ど、どういうことですか? あの二人、さっきまで敵同士じゃなかったんですか?」
「さっぱり訳がわからん。知り合いだったのか、あの二人は?」
正真正銘、街に来る前、荷物の奪い合いで争っていた二人。あんなに睨み合っていた彼らが今、この街の中を二人並んで平然と歩いている。特に戦う意志は見られず、そのまま二人がスッと曲がり角に消えていってしまうと、それを見てしまった俺は事実を確かめずにはいられなかった。
「セレナ。あの二人、気になるよな?」
「奇遇ですね。私も気になりすぎて夜も眠れないと思ってました」
「そうか。なら決まりだ」
俺たちの意見が一致する。そうしてすぐに駆け足になると、俺とセレナは二人の後をつけていった。
二人と同じ曲がり角を曲がり、人混みに紛れながらしっかり追っていく。時に店前に置かれていた荷物の木箱に身を潜めたりもすると、数分後、二人はとある店へ入っていった。
「入りましたね」
店に飾られていた、ステーキを模した看板。そこに書かれていた異世界の文字を俺は指差す。
「なんの店なんだ、ここ?」
「ドッグフードって書いてあります。多分、料理店でしょうか」
「一緒にご飯を食べる仲だったのかよ」
「まさかそんな……とにかく、私たちも入りましょう」
セレナが先に動き出すと、俺たちもそのドッグフードの店に近づいていく。そして、セレナが満を持してウエスタンドアを開けると、すぐさま元気のいい女の声がお出迎えしてくれた。
「いらっしゃいませにゃ!」
紫色の毛色をした猫の獣人が前に出る。この店の意向なのか、なぜかチャイナドレスを身に着ていると、その獣人は店の奥に腕を伸ばした。
「空いてる席、ご自由にどうぞにゃ~」
「あ、はい……」
陽気な雰囲気に温度差を感じながら、セレナが曖昧な返事をする。なんだかイメージと違うのを横目に、俺は店内に歩いていって辺りを見渡してみた。入り口の横に作られたカウンター席。そのすぐ隣で吹き抜けになって見える厨房に、灰色の毛をした猫の獣人が、コック帽を被ってフライパンを手に料理をしていた。
今度は反対側に目を移す。そこにはテーブル席が合計六つ並んでおり、それなりに客が埋まっていた。しかし、どの客も獣人で、俺たちが追っていた二人の姿はどこにもなかった。
「いないな」
「おかしいですね……たしかにここに入ったのを見たのに」
「後をつけてたのがバレたのかもな。……ん?」
背後の扉から何かが聞こえた気がして振り向く。外から女性の声がしていると、すぐに扉が開かれた。そして、三人の人間が目に映ると、一人が後ろから二人を押すような形で店に入ってきた。
「どうも~。ネアたちがまた来ましたよ~」
自分をネアと言う女性。彼女が前二人を押してきていると、俺とセレナは前にいた二人とばったり目が合った。そして見覚えのあるフードと猫の被り物に、俺とセレナは同時に「あっ」という言葉をこぼすのだった。
「……」
「……」
「あれ? 二人とも、どうかしたの?」
後ろにいた女性が、二人の間から顔を出してそれぞれの顔を見ていく。薄紫色でショートの髪に、子供のように幼く見える丸顔。背丈もセレナよりちょっと小さめで、腰には刀身がやや短い剣がつけられていて、ショートソードと言えば分かりやすいだろうか。右手首に何か光ってるものが見えると、銀色の宝石がついた綺麗な金属ブレスレットをつけていた。
その彼女が俺たちと目を合わせる。もう一度フードと猫頭を交互に見直すと、その子はセレナに向けてこう聞いた。
「もしかして、二人の知り合い?」
「う。その……知り合いというか、なんというか……」
曖昧な答え方をすると、その子は突然目を輝かせた。
「知り合いなんだね! この二人にも知り合いがいたなんて、ネアは感動だよ!」
そう言って彼女がまたフードと猫頭に振り返ると、フードだけは不服そうに目をそらした。
「知り合いじゃない。勝手に勘違いするな」
ふてぶてしくフードがそう言うが、ネアという女の子は満面の笑みのまま口を開いた。
「またまたそう言って。ここに二人を呼んだのも、ラシュウなんじゃないの?」
「んな! 呼んでなんかいない。ただ背後をつけられてきただけだ」
その証言に俺とセレナが体をびくつかせたが、ネアはお構いなしに話す。
「アッハハ! なにその言い訳。ラシュウは相変わらず素直じゃないね」
「本当のことだ!」
「分かった分かった。とりあえずお腹が空いたから、ご飯にしよう。二人もそれでいいよね?」
ネアは突然俺たちにそう聞いてきて、すぐに返答できずにセレナと「え?」とだけ言うと、ネアはそのまま勝手に「決まり!」と手を打った。そのまま二人を連れて奥のテーブル席へと向かってしまうと、俺はセレナと目を合わせた。
「……どうする?」
「どうするって言われても……」
「そうだよな……」
「……」
「……」
「……」
「……話しだけでも聞いとくか」
俺がそう言うと、結局彼女の誘いに俺たちは乗っかった。
店で一番奥のテーブル席にネアたちが移動していくと、俺とセレナは三人と向かい合うように座った。
「ご注文は何になさいますかにゃ?」
お出迎えをしてくれた猫の獣人がオーダーを聞いてくる。ネアが三人分を答える中、俺は机に貼られているメニューを眺めた。案の定、文字が読めない。
そうやって無駄に目を細めていると、セレナが一言呟いた。
「なんだかお肉料理ばかりですね」
「そうなのにゃ。ここはスレビストの獣人さん向けの料理を奮ってるから、豪快な肉料理が定番なのにゃ」
店員の猫獣人がそう答えると、セレナは納得しながら注文を決めた。
「そしたら、私はこの、ダゴ豚肉の火山焼きで」
「あ、そしたら俺もそれで」
「かしこまりましたにゃ」
俺がセレナと同じものを頼んで注文すると、店員の猫獣人がすべてのオーダーを確認し、その場を離れていった。そうして俺たち五人が改めて向かい合うと、先に声を出したのはやはりネアだった。
「それじゃまずはご挨拶を。私はネアって言います。初めまして!」
店中に響きそうな声でそう言われたのに対し、セレナが気圧されるように「初めまして……」と答えた。ネアはそのまま両隣に座っている二人を紹介する。
「こっちのフードを被ってるのはラシュウで、可愛い猫さんを被ってるのがユリア。私たちは、三人一緒にいるんだ」
ネアがまた得意げな笑みを浮かべる。猫のユリアはともかく、フードのラシュウは不愛想な表情だ。
「私はセレナって言います」
「俺はハヤマアキト。ハヤマって呼んでほしい」
「セレナちゃんとハヤマ君か。へえ……」
名前を確認したネアが、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「な、なんだ? そんなにじっと見つめて……」
「うーん、ハヤマ君はなんだか暗い雰囲気だね。顔もちょっと怖い感じだから、明るい名前を付けようよ。ハヤピーとかどう?」
「ハヤピー?!」
横でセレナが思わず吹き出す。まさかあだ名をつけられるとは思っておらず、しかも適当な名づけ方に俺はすぐに聞き返した。
「なんだその適当なあだ名は!?」
「ダメかな? 元気がありそうでいいと思うんだけど。ほら、ハッピー! みたいな感じじゃない?」
「この顔と合わなすぎるだろ……名前を変えても、中身は変わらないぞ」
「でもでも、見た目とか印象ってやっぱり大事でしょ。名前を変えれば、きっと印象もよくなるはずだよ」
「別に望んでないんだが……」
それを聞かずにいると、ネアはたちまち喜怒哀楽な感じで「ハヤピー。ハヤピー? ハヤピー!」と名前を連呼し、最後に納得するようにうんうんとうなずいた。
「やっぱりハヤピーがいいよ。今度からネアはハヤピーのこと、ハヤピーって呼ぶね」
「ああうん。もう好きにしてくれ……」
自由勝手な彼女に手のつけようもなく、俺は諦めるようにそう言った。これはまた一癖強い人間と出会ったと後悔してくると、ネアは立て続けに話しを続けてきた。
「セレナちゃんとハヤピーって、いつも一緒にいるの?」
笑い声を抑えきったセレナが答える。
「その、とある事情で旅をすることにしまして、ここから東にある、カカ村って所から二人で来たんです」
「村から来たんだ。二人はいくつ?」
「私は十四です」
「俺は十七」
「あ、私も十四だよ。セレナちゃんと同い年だ! イエーイ!」
「い、イエーイ」
ハイタッチを求めるネアに、セレナが若干遅れて手を伸ばす。二人の手から小さく控えめな音が鳴ると、まだネアの話しは続いた。
「でも十四と十七か……やっぱり、それくらいがお似合いなんだろうなぁ」
ネアが何かを勘違いしているようで、誤解を生まないようすぐに俺は口を開く。
「一応言っとくが、俺たち別にそういうんじゃないからな」
「違うの?」
信じられないような目を向けられ、俺は「違うよな?」とセレナに目配せする。当然セレナはうなずい「違いますね」と断言した。
「なぁんだ。てっきりそういう関係なのかと思っちゃったよ。それで、二人はどこでラシュウとユリアと知り合ったの?」
ネアが続けてそう聞いてくると、俺たちは少し困りながらも、セレナが話しを切り出していった。
「その、ラシュウさんとユリアさんとは、ここに来る前に色々あって……」
挿絵:ネアのドット絵