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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
三章 それくらいの絆はあるよね
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3‐1 さすがにいきなり襲われたりは

「……マさん。起きてください、ハヤマさーん」


 セレナの声に目が開き、太陽の光がうっすらと入ってくる。知らないうちについ昼寝をしてしまったのだと気づくと、馬車に揺らされながら俺は目をこすった。


「おう……おはよう、セレナ……」


「おはようって、もうお昼ですよ……」


 セレナが呆れるような目でそう言ってくる。それを無視して俺は外の風景に目を向けると。馬車から見える街道は、また林の木々が道の片側に広がっており、ジバに向かうまでもこうだったなと懐かしく思えた。


「ラディンガルまであとどれくらいなんだ?」


「きっともうすぐでしょうね。そろそろ城壁も見える頃だと……ん?」


 四つん這いになって前に身を乗り出すと、セレナは何かに気づいたような反応をした。俺も気になってその横に歩いていくと、馬車の進んでいる道の先に、別の一台の馬車が歩いていた。後ろにある荷台に白い布がかけられており、それが荷物の箱を覆っているのが見るだけで分かると、その周りを十人ほどの人間が、荷物を守るように囲って歩いていた。


「別の馬車か」


「荷物の運搬みたいですね。それも、これだけ護衛をつけているなら、結構な貴重品かもしれませんね」


「貴重品ね。まあ、さすがにいきなり襲われたりはしないだろう……って、んん?!」


 俺は周りを囲う護衛の中に、見逃すはずのないフードを見つけた。後ろ姿しか見えないが、それはかつて、バルベスの横で傭兵として働いていたものと全く同じデザインのものだった。


「あ! あのフードは!?」


 セレナもそれを見つけたのか声を上げる。フードの男もその声を聞くと、不意に足を止めて振り返ろうとした。その時だった。


「おらあ! 荷物をよこせえ!」


 男の荒っぽい脅迫が馬車の奥から聞こえてくると、道沿いの片側に生えていた林の木々から、次々と斧を持った柄の悪い男たちが飛び出してきた。気が付くとその数は十人に増え、彼らは荷物を運ぶ馬車を取り囲んでいた。


「その荷物を置いていけ! さもなくば、ここで死ね!」


 腕にバンダナを巻いた団体のかしららしき男が、馬車を守る彼らに脅しをかける。どうやら飛び出してきたのは、馬車の物資を狙う賊たちのようで、それに馬車の馬に乗っている隊長らしき男が答えた。


「我々はこの荷物を安全に運ぶ命を受けている。貴様らが本気なら、こちらも容赦はしないぞ!」


「そうか……ならば仕方ない」


 隊長の否定により、賊の頭は当然の命令を下そうと斧を向ける。


「お前らあ! 力ずくで奪え!」


「荷物を守れ! 一つたりとも盗られるな!」


 隊長もすぐに命令すると、目の前でまさに荷物の争奪戦が始まろうとした。突然のことに、俺は血相を変えて騎手に叫び出す。


「お、おい騎手さん! 今すぐこの場を離れないと!」


「は、はいぃ!」


 身を硬直していた騎手が慌てて馬に鞭を打つ。ヒヒーンと馬がそれに応え、すぐにUターンしようとするが、ふとその頭上に一つの影が映り込み、間もなく新手が落ちてきて馬車と馬を繋ぐ紐を断ち切ってしまった。


「なんだ!?」


 俺たちの乗っている車を置いて、そそくさと走り去ってしまう馬と騎手。その前に誰か一人が立ちあがると、その人はとても奇妙な存在感を放っていた。頭は黒毛の猫の被り物で隠しているのがまず目につく。両手にはクナイを握っていて、身にまとっているのは忍びらしき灰色の装束。細い腕と人間の白い肌が見え隠れしていると、中身は女性のように思えた。


「だ、誰だ、お前は?」


 俺がそう聞いたが、猫頭からの返事は返ってこない。それどころか、車の前で佇んだままずっと俺たちに目(見えているのか?)を向けていて、手に持つクナイで襲おうとする気配をビンビンに出していた。


「ま!? 待て待て! べ、別に俺たちは荷物じゃないぞ! 守り人たちの仲間でもないし、当然賊たちの仲間でもない! ただ旅の途中でこの騒動に巻き込まれた、全く無関係の人間だからな!」


 慌てて自分たちの正体を告白するが、猫頭は何も言わず、ずっと立ち尽くしたまま俺たちを見てきた。そんな時、奥で争っていた賊の頭が大声を上げた。


「おい新入り! そっちは関係ねえ! 俺たちの狙いはこっちの荷物だ! あくしろ!」


 猫頭は黙ってその声に振り返ると、しばらくじいっとその争いの様子を、ただぼうっと眺めていた。一体何を考えているのか。被り物のせいで表情が分からず、俺はそれを不気味に思っていた。だが次の瞬間、猫頭が一瞬だけ腰を落とすと、瞬きしている間にその場から姿を消した。セレナも「あれ?」と声を出していると、俺は急いで車から身を乗り出して抗争の現場に目を向けた。するとそこで、猫頭は一人の守り人にクナイを突き刺していたのだった。


「ぐわっ!?」


 腕から血を流し、断末魔と共に守り人の手から剣が落ちる。それを目にした他の守り人が二人「この!」と猫頭に剣を振り被ろうとする。それに対して猫頭は振り下ろされる限界までそこにいると、残像を残すほどの速さでその場から消え、襲ってきた二人の腕からまた血を流させた。


「ぐお!? こいつ!」


「速すぎる!」


 二本の剣が地面にカタンと落ちる。その音を聞いて、まだ馬に乗っていた隊長も猫頭の存在に気づいた。


「おのれ賊ども! 裏に隠してやがったか……」


「今ので分かったろ? 俺たちに歯向かうなんて無駄なんだよ、雑魚ども」


「くそ! お前たちに渡すものなど――」


 隊長が強く言い切ろうとした瞬間、次の言葉を止めるように守り人の悲鳴が上がった。その場の全員がそこに目を向けると、いつの間にか十人いた守り人は、フードの赤目を残して全員猫頭に倒されていたのだった。


「んな!? そんな馬鹿な!?」


 動揺を隠せない隊長に、賊たちは高らかに笑いだす。


「ブアッハッハ! もう荷物を守る奴は、あんたとそこのフード野郎だけだな。状況ちゃんと理解できてるか? 隊長さんよぉ」


 賊の頭の煽りに隊長は悔しそうに唇を噛む。


「ま、ままま、まだ、負けたわけでは!」


「アッハッハ! 大丈夫かよ頭? 申し訳ねえが、俺たちは医者じゃねえから、あんたの頭を直してやれねえ。俺たちには、潰すことしかできねえんだよ!」


 頭の舌を出しながら下品に笑うと、賊たちも一層大げさに笑いあった。それに涙目になりながらも、隊長は声を張り上げてこう叫んだ。


「な、舐めるなよお! こ、こっちには、あか、赤目がいるんだからなあ!」


「んだとお?」


 頭の顔が一気に曇った時、今度は賊の一人が「ぎゃああ!?」と悲鳴を上げた。全員の目がまた一点に集まると、そこで槍を振り被った男が顔を上げ、破れたフードの間から赤く光る右目を見せつけた。


 賊たちが恐れを知らずに襲い掛かっていく。フードの赤目はその場で槍を構えなおすと、一人ずつ振ってくる斧を冷静にかわし、とっさの反撃に腕や脚を突き刺していく。その槍は演舞をするように華麗で、時には賊の体を蹴り飛ばして数を減らすと、最後に三人同時に襲い掛かってくる賊に対しては、自分の体ごと回し、一閃に振り抜いては三本の斧を宙に飛ばした。


「本物、じゃねえか!?」


 一人残った頭が呆然と呟く。それに反して隊長は一気にご機嫌を取り戻した。


「アハ、アハハハ! さっきまで何を見ていたんだ? 最初からいる強敵を見逃すなんてな! 君こそその節穴の目を、お医者様に治してもらった方がいいんじゃないのかなあ?」


 騎士とは思えないはしたない煽り。その横にフードの赤目が歩いてくると、槍の刃を頭に向けた。


「引け。さもなくば……」


「ん、んだとお!? ここまでやって引くわけがないだろうがあ!」


 そう言って頭は斧を振り上げて走り出した。フードの赤目はそれをじっと眺めていると、槍を両手に握り、迫ってくるタイミングに合わせて押し出すように伸ばした。刃先が完全に頭の鼻を捉えている。そのまま突き刺さってしまうのだと誰もが思うと、頭の頭上から猫頭が落ち、交差させたクナイでその刃と火花を散らした。


 金槌が鉄を打つような高音が空まで響く。しばらく二人はじりじりと押し合っていると、フードの赤目が槍を振り上げ、飛ばされた猫頭は空中で身を捻り、片膝をつけて見事な着地を見せた。その前に頭が呆然としてしまっていると、へなっとその体が揺れた。


「こいつぁ、無理だ……」


 地面に倒れる頭。残っていた賊たちが「「「お頭あ!?」」」と叫ぶと、一斉にその周りに集まっていく。


「お頭が意気消沈しちまった!?」


「なんてこった!? 強奪どころじゃなくなったぞ!」


「まだ無事でさあ! いったん引き上げねえと!」


「運ぶぞお! お前ら早くしろお!」


 賊たちは協力して頭の体を担ぎ、余った賊たちでついでに倒れた仲間も全員担ぐと、彼らは顔に似合わず意外な連携を取って、えっさえっさと木々の中へと逃げていった。ただ一人、猫頭だけはそこに残っていると、さっきからずっとフードの赤目と睨み合っていた。


 ただならぬ雰囲気が漂う。敵を圧倒した者同士の威圧感。お互いにいつ動いてもおかしくない空気に包まれると、残っていた隊長は思わず身震いをしていた。


「こ、これはマズイ!?」


 すぐに馬から下り、飛ぶように倒れた守り人たちを荷台に乗せていくと、全員を乗せてすぐに馬を走らせる。当然、フードの赤目はその場に置いといたままでいると、とうとうその場に二人だけが残ってしまった。


 護衛隊の荷物は遠くまで走り去り、賊たちも既に撤退済み。二人が争う理由はもうなくなっている。それでも彼らは睨み合いを続けていると、俺とセレナは迂闊に動こうという考えが湧かなかった。


「ヤベえ……どうするよセレナ。逃げ遅れたんじゃないのか、俺たち」


「そ、そんなことはまさか……」


 二人から目を離せないまま、俺は息を飲む。彼らがいつ動くのか。まるで永遠の時間が流れているような錯覚まで感じると、二人は突然、同時に武器を回して強く掴んだ。そのままぶつかり合ってしまうのかと俺は身構えてしまう。しかし、俺のその予想は大きく外れ、フードの赤目が槍を背中に背負うと、猫頭も両手のクナイを胸元の装束の中に収めた。そして、二人はすれ違うように歩き出すと、結局一言も交わすことなくその場を離れていった。


 拍子抜けした俺は、胸に詰まっていた息を吐き出す。


「はあ……なんだったんだよ、今の」


「スゴイ緊張感でした。強い人同士が睨み合ってると、とっても怖いですね」


 セレナも呪縛から解放されるようにそう話してると、俺は先に馬車から地面に足をつけた。セレナもそれに続いてくると、猫頭は林の中へ消え、フードの赤目も道なりに沿って歩き続けながら、途中で林の中へ入っていった。途中、道の先に大きな壁が見えたかと思うと、俺はそれが立派な城壁なのだとすぐに気づいた。


「あれがラディンガルの城壁か」


 今一度馬がいなくなった馬車を見てみる。騎手も帰ってくる様子がない以上、俺たちの選択肢は一つだった。


「はあ、飛んだ災難だ。あと少しだけだったっていうのに」


「変なことに巻き込まれちゃいましたね。まあでも、本来なら歩いて三日はかかるところを、半日でここまで来たんですし、後はゆっくり歩いていきましょう」


挿絵(By みてみん)

挿絵:ラシュウのドット絵

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