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2‐18 またいつか来るか

「はあ……とうとう明日出発ですね」


 城の入り口の門を通りながら、セレナがため息混じりにそう呟いた。


「名残惜しいのか?」


「それは惜しいですよ。もう抹茶団子を堪能できないんですから……」


「そういうことかよ……もう必要なもんも今さっき買い揃えたんだ。さっさと諦めろよ」


「むう……薄情です、ハヤマさん」


「日数はお前が決めたんだろうが……」


 ジバの城に泊まってから四日目。俺とセレナは明日から戻る旅に向けて、水や食料などの必要なものを城下町で買い揃えると、夕暮れを迎える前に城まで戻ってきていた。今夜眠れば明日はまた旅に出る。それまでそんなに時間が残ってないと思うと、部屋に向かいながらセレナが聞いてきた。


「そう言えばハヤマさん。前々から気になってたんですが……」


「ん? どうした?」


 セレナがじいっと俺の顔を凝視してくる。


「なんだか、頭のたんこぶが増えてませんか?」


 ビクッと肩を震わせてしまうと、俺はぶっきらぼうに「……気のせいだろ」と答えた。


「いや、どう見ても気のせいじゃないですよね? 腫れてる部分が日に日に増えてますって」


「これはあれだ。その、ストレスによるニキビだ」


「そんなニキビ聞いたことないですよ!」


「いいやニキビだ。世の中にはこういうのもあるの。というか俺の顔の形なんて、お前には関係ないだろ?」


「まあそうですけど、でも、なんか怪しいような……」


「何もないって。変な詮索しないでくれ、気味が悪くなるから」


 俺はそう言い退けると、セレナは最後に「ふーん」とだけ残すと、細めていた目を前に向け直した。それでなんとか難をしのいだかと思うと、俺は心の中でホッとする。


 セレナの言っていることは別に間違ってはいない。俺にたんこぶが増えているのは確かで、その原因も大方、というより確実にあれなのである。それを彼女に口にしても別に何かを失うわけではないのだが、正直に夜中に稽古をしていると言えないのは、また別の理由があった。


「稽古してるっつっても、まだ木刀を一回も触れてないからなぁ……」




 それから時間は過ぎ去り、夕食を終えた真夜中。その日も俺は中庭へ向かって歩いていたが、あまり気が乗らないでいた。それもそのはず、これからまたあの赤目の大男を前にしなければいけないのだ。お化け屋敷が怖いと分かっていても入る人はいるだろうが、彼が恐ろしいと分かっていて前に立つ人間など一人もいないだろう。それだけ怖いのだ、ミスラという男は。


 しょぼくれるように肩を落とす。余計な想像をしてしまったと後悔までしていると、次第に月の光が見えてきた中庭から、アミナの気迫に満ちた声が聞こえてきた。


「はあ!」


 カタンと木刀のこすれる音が聞こえた時、俺は中庭を覗いてみた。そこでは既に、ミスラさんとアミナが手合わせをしていた。どっしりと構えるミスラさんに対し、アミナは足を止めることなく果敢に攻めていったが、丁度振りかぶった攻撃がミスラさんの木刀に押し負けてしまうと、よろよろとバランスを失い、最後は耐えきれずに尻もちをついた。


「ああもう、まただわ……」


 自分に嫌になるようにアミナがそう呟くと、俺はその隣に立って腕を伸ばした。


「また負けたな」


「ハヤマ? 何こっそり見てるのよ」


「今来たばかりだよ」


 アミナが俺の手を掴み、俺は腕を引いて彼女を立ちあがらせる。


「今日も早いな。そんなにキョウヤのことが大事なのか?」


「当り前よ。ミスラさんが来る前だって、毎日ここで素振りを欠かさなかったんだから」


「そうだったのか。そういや俺が初めてここに来た時は、ミスラさんが素振りをしてたような」


「あら? そうなんですか?」


 アミナが振り返ってそう聞くと、ミスラさんはうなずいてから答えた。


「私もここで、いつも素振りをしていた。ここは人も寄らず、とても静かだ」


「あ、分かります。集中できますよね」


「ああ。一人で鍛錬するにはいい場所だ。それに……」


 ミスラさんが言葉を止めると、顔を上げて上にある王室の窓を見ながら「ここからなら、いつでも助けに行ける」と呟いた。その一言で彼の騎士道精神が垣間見えたかと思うと、高い志に俺は感服する思いだった。


「常に女王の傍についているってことですか。さすがですね、ミスラさんは」


「キョウヤ様を守る。その使命を果たすのは、当然のことだ」


「守る、か。男なら一度は言ってみたいセリフだな」


 そんなことを呟いてみると、アミナが口を挟んで聞いてきた。


「あれ? セレナちゃんは違うの?」


「セレナか? まあ、一応守るためについているのはそうだけど、正直言うと、成り行きで一緒にいるってだけだからな」


「ふーんそうなんだ。でも、大事な旅仲間なんだから、ちゃんと守らないといけないわね」


 アミナはそう言うと、次に「はい」と言って俺に木刀を渡してきた。「私は少し休んでるから」とも言い残すと、彼女は俺に木刀を渡し、そのまま廊下と庭をつなぐ段差に腰かけた。


 木刀を手にはまるように軽く持ち直すと、俺はミスラさんの前に立ってその顔を見上げた。圧倒的な体格差にまず身を縮めてしまうが、それでも構えだけはしっかりとして深呼吸をしてみる。


「すぅー……はぁー……」


 そのまま「よし」と言って目を開き、「よろし――」まで言葉が出た時、俺の目には木刀が振り下ろされる光景が映っていた。


「――く!?」


 勝手に動き出す体。少しして避けられたことを頭が認識すると、俺の左足は右足を軸に跳ねるように下がっていた。


「今日はいきなりなんすね!?」


「戦いに合図はない」


 ミスラさんはすぐにそう返してくると、振った木刀をそのままの位置で横向きにし、俺に刃を向けて振ってきた。俺は必死の思いで自分の木刀を上から縦に構えると、間もなくして木刀から石の塊のような衝撃を受け、手首がかなりの角度まで曲がって骨が悲鳴を上げた。


「いってえ!?」


 強い威力に耐えきれず、後ろに一歩、二歩とよろけてしまう。相変わらずの馬鹿力だ。そう感心している間にも、ミスラさんの木刀は俺の横腹を狙ってきた。


 迫り来るそれを見た瞬間、俺の横腹が過去に受けた痛みを思い出した。鈍く叩きこまれた、まるで金属バットで殴られたかのような痛み。身をもってそれを体験していた体は、また俺が考えるよりも先に背中を限界まで反っていた。


 自然とイナバウアーの体勢になり、勢いのまま手を石の地面につけて体を支えたが、あまりに避ける意識が強すぎたせいか、後頭部が地面に着きそうになるくらいになっているのに気づく。そうして木刀が風を切る音が聞こえると、今度は早く立ち上がろうと急いだ。


 しかし、可能な限り最速で起き上がったというのに、目の前には既に木刀の刃が迫って来ていた。俺がそれに気づいた時、それが額のこぶを殴るのを容易に想像できてしまった。


「いっ!? ……今日も、容赦ないですね」


 一瞬ふらついた体を両足でしっかり支え、当てられた額の痛みを和らげようと手を当てる。ミスラさんは相変わらず赤い目に恐怖を宿していると、そのままそこを離れ、そしてまた俺に対して木刀を構えるのだった。




「はあ……はあ……もう駄目、限界だ……」


 俺は地面に両手両膝をついて倒れ込み、荒れる息を必死に整えようとする。今日もいつも通りミスラさんにボコボコにされると、結局俺は一度も木刀を振ることなく終わってしまった。


「お疲れ様。今日も散々やられたわね」


 ずっと見ていたアミナが俺の傍まで近づいてくると、わざわざ皮肉を聞かせてくれた。


「ああ、全くだ。強すぎるよ、ミスラさん」


「フフ、そうね。相変わらず容赦ない人だわ。でも、ハヤマも結構強くなったと思うわよ」


 俺は両手だけを離して上半身を起こし、アミナの顔を見上げた。


「そうか? 実は俺、ミスラさんさんに対して、一度も木刀を振れてないんだが……」


「でも今日は、一回一回の手合わせの時間が長かった気がするわ。それだけ、ミスラさんの攻撃が見えるようになったんじゃないかしら?」


「見えてるっていうより、勝手に体が動いてるって感じだけどな。それも、痛いのは嫌だっていう反射でだ」


「それができるようになっただけでもましじゃない。敵と戦う時だって、自分の命を守るのが大事なんだから」


「それはごもっともだが……俺、これからも大丈夫かな?」


 やはり不安を感じてしまうと、そこにミスラさんが口を挟んできた。


「反応速度は誰が相手でも必要だ。ハヤマアキト。今のお前なら充分だ」


 そう言って、ミスラさん俺に手を伸ばしてきてくれた。俺はそのあざだらけの手を掴むと、彼に引っ張られるままその場に立ちあがった。


「ありがとうございます。俺、ミスラさんにはずっとやられっぱなしでしたけど、少しは強くなれましたかね?」


「自信を持て、ハヤマアキト。その自信が、己を更に強くしてくれる」


 俺に向けられたミスラさんの言葉。それは当然、嘘偽りのない本心の言葉だった。本当にそうなのだと頭で認識すると、なんだか胸が詰まる感じがした。今までの苦労が報われる瞬間というのは、こんな感じなのだろうか。


「ありがとうございます! ミスラさんにそう言ってもらえると、結構嬉しいですね」


 子供のように素直にそう言うと、隣でアミナが「フフ」と笑っていた。


「そんなに辛かったの?」


「辛かったさ。毎日たんこぶが増えるわ、寝て起きたら体の節々が痛くなるわで。もう最悪な五日間だったよ」


「アッハハ! そうだったんだ!」


「笑いすぎだろ……」


「ごめんなさい、想像したらつい。けど、私としても自信を持っていいと思うわ。今のハヤマは、もう前とは別人のように強くなってるはずよ」


「そ、そうか。まあありがとう」


「どういたしまして」


 感情に正直で自由に話すアミナに、俺は少々調子を崩されながらもお礼をした。そこでもう夜が遅いことを思い出すと、明日に備えるためにそろそろ抜けようとする。


「そしたら、俺は一足先にあがるよ。寝坊でもしたらセレナに怒られるだそうしな」


「分かったわ。ゆっくり休んでね」


「ああ、ありがとう。ミスラさんも、今までありがとうございました」


 ちゃんと体を真っすぐに向けて、俺は丁寧にお辞儀をする。ミスラさんは特に何か礼を返してくれることはないが、それがいつも通りの反応であると、俺は振り返って部屋へ戻っていった。




「……不思議な男だ」


「ミスラさん?」


「彼からは、ある気配を感じていた。身に覚えのあるような、それでも、私が見たことないような、そんな独特な気配」


「はあ……そうだったんですか」


「ハヤマアキト。彼は只者ではない」


「へえ。ミスラさんも認めるほどの、ですか。もしかしたら、特訓を重ねれば、結構な大物になるのかもしれませんね」


「……私の、思い過ごしだろうか?」


「え? 今、何て?」


「……いや、何でもない。始めよう」


「ああはい。分かりました。よろしくお願いします!」




 一夜をまたぎ、次の日の朝。


「今日までお世話になりました」


 セレナがキョウヤたちにそうお礼を口にする。久しぶりにバックパックを背負い、俺に関してはサーベルもしっかり腰につけていると、キョウヤやアミナ、ヤカトルもいれば、ミスラさんまでもが、俺たちを見送ろうと城の出入り口に集まってくれていた。


「いよいよですね。お二人には、本当に助けられました。そのお礼と言いますか、ぜひともラディンガルに向かうまで使っていただきたいものが……」


 キョウヤがそう言ってくると、俺は背後から動物の足音が聞こえた気がして振り返った。すると目の前には、一頭の馬が車を引いた馬車があった。しかも馬に乗っている騎手は、見覚えのあるあのほくろの市民だった。


「うお! 馬車じゃねえか。これ、使っていいのか?」


 俺は振り返ってそう聞くと、キョウヤは「はい」と快く答えてくれた。それにセレナがすぐに「ありがとうございます!」とお礼を口にし、俺も合わせるように軽く頭を下げる。そうして顔を上げると、アミナが別れを口にした。


「いつかまた会いましょ。私たちはいつでも歓迎するわ」


「はい。またいつか来ます。アミナさんもお元気で」


「次に二人が来た時、俺はまだここに残っているかね?」


 ヤカトルがイタズラっぽくそう言うと、すぐに反応したのはアミナだった。


「あんたは別にいなくなっても大丈夫よ。このジバにはもうミスラさんがいるんだし」


「おおっと。仕事がなくなるのも、時間の問題だったか」


 いつもと変わらず軽いノリでそう言うと、俺もそれに乗っかった。


「そしたら、ヤカトルが職を失う前に、急いで訪れないとな」


「お。ハヤマだけは俺の味方か。こんな俺でも見捨てない奴は、ちゃんといるんだなぁ」


「あんたは相変わらずね。こんな奴、いつでも捨ててもいいからねキョウヤ」


「アミナも相変わらずじゃない。フフ」


 キョウヤが笑い出すと、俺とセレナも思わず吹き出した。ヤカトルとアミナも柔らかい表情を浮かべていると、変わらずにいるミスラさんに俺は目を合わせた。


「ミスラさんにも、個人的には結構お世話になりました。これからもどうかお元気で」


 俺の言葉に、ミスラさんは何も言わないまま、首を縦に振ってくれた。俺はそれだけで充分であると、セレナに目を向けた。


「それじゃ行くか、セレナ」


 俺たちは馬車の後方に回り込むと、セレナが先に馬車に乗り込み、その後に俺も続いて乗り上げた。騎手が馬を少しだけ場所を動かしてくれると、俺とセレナはキョウヤたちと向かい合い、互いに最後の別れを告げようとした。


「さようなら、皆さん! またいつか、絶対に会いましょうねえ!」


「お二人とも、本当にありがとうございました! またいつか、必ず会える日を待っております!」


 キョウヤの言葉をしっかりと受け取ると、俺とセレナは手を振ってそれに答えた。それに、キョウヤたちも全員手を振り返してくれると、走り出した馬車は次第に彼らから離れていった。


 最初に盗人を助けた瞬間に始まった物語。それは俺たちにとって余計で、でも、それ以上に手にしたものは多かった。こうしてキョウヤたちが笑顔で手を振ってくれるのも、その内の一つだ。こうして別れることになっても、何一つ後悔などなかった。


「またいつか来るか。転世魔法を手にした後にでも」


「はい! もちろんです!」


 俺の提案にセレナが元気よく答えると、馬車は都の出入り口をくぐり抜け、王都ラディンガルに向けてずっと走り続けていった。



 二章 ようこそ、時の都へ

                                  ―完―




 ジバから離れたとある雑木林。そこに一人の男が歩いてると、不意に手に持っていた槍を落とした。右手首を左手で抑え、軽く手の平を前後に動かす。彼は自分の手を破けたフードの右目からだけで確かめていると、その手をゆっくり握りこぶしに変えた。


「……本物には、勝てないか」

 二章完結まで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

 今回までのお話で、主人公ハヤマアキトの特徴や、異世界プルーグに存在するものが大方見せられたかなと思います。次章からはその世界観を元に、どんどん面白い話しが展開される予定ですので、お時間の許す限り、どうぞお好きなだけ読み進めてください。

 また、評価やブックマークを押していただくと、活動の励みになりますので、本作品が気に入った方はぜひそちらもよろしくお願いします。

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