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2‐17 努力と、経験……

 バルベスの支配から解放された日の夜。城のすぐ近くの城下町では、太鼓が鳴り響き、人が民謡舞踊を踊って賑わっていた。そんなお祭り騒ぎを横目に俺はジバの城内を歩いていく。さっきアミナに誘われたセレナはきっと、今頃あの中に入って楽しんでいるだろう。人が大勢いるところが苦手な俺は、当然彼女らの誘いを抜け出していたのだった。


 ――五日後にジバを出ましょう。


 城内で豪華な夕食を食べている時に、セレナが言った言葉だ。俺たちは五日後、このジバを出て再びラディンガルを目指すことになる。


 ハクヤの言ってた災厄の日も気になるところではあるが、俺たちにも本来の目的がある。セレナもできることなら、ここに残って助けてあげたかったのだろうが、いつ来るか分からないものを待っていては、自分の目的が遠のいてしまう。それを理解しての決断だった。


 五日間という期間はセレナ曰く、城で戦闘の疲れを癒し、余裕をもって旅に戻るために必要な日数らしい。それを説明する彼女の目に、抹茶団子が映っているように見えたのは恐らく気のせいだろう。


 不意におでこのたんこぶに意識がいく。これはあの時、バルベスの呪符にまんまと洗脳された時に、ほくろの市民にやられたものだったが、彼が動いていなかったらどうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしい。


 そこから連想して、バルベスとの戦いを振り返ってみる。俺が出来たことは、せいぜいバルベスを挑発して多少の時間を稼いだだけだったか。なんとも回りくどいやり方をしたもんだ。もしも俺に戦う力があれば、もっと話しは早かったような気がしてならない。


 思わずため息が出てしまう。どうせ考えたところで、何か変わるわけでもないだろう。そう思い込みながら城の廊下を歩き続けていると、廊下の奥から風切り音が聞こえてきた。聞き覚えのあるような、規則的になり続けるそれは、いつかのアミナの素振りのようだった。しかし、アミナはセレナと一緒に城下町にいるはず。一体誰がやっているのか気になった俺は、月の光が照らしている方向に足を進めていった。一つの曲がり角から顔を出してみると、吹き抜けの庭のような場所に、一人の大男がいるのを見つけた。


「ミスラさん?」


 ビュンッと鳴った音が途端に消え、木刀を止めたミスラさんが、敷き詰められた白い石をジャリジャリ鳴らしながら振り向いてくる。鎧を着てないことで太い腕が露わになっており、相変わらず真っ赤な目がこちらに向いているのに気づくと、俺は彼の手を止めてしまったと慌てて後悔する。


「あっ、邪魔するつもりじゃなかったんです。すみません……」


 ミスラさんが黙ったままじっと俺のことを見つめてくる。とても気まずい空気だ。寡黙な彼に見つめられても、一体俺は何をすればいいのか全く分からない。


「え、えと……なんか意外ですね。ミスラさんは赤目で強い人なのに、地道に素振りをしてるなんて……」


 ミスラさんからの返答はない。表情すら変わってない。それなのに俺から目を離さないでいると、いよいよ俺は冷や汗が流れ始めた。


「す、すすすいません。俺みたいな雑魚と話しても、何も面白くないですよね。早くこの場から消えますので、どうか機嫌を直して――」


 ひたすらに弁明の言葉を並べていると、ミスラさんはそれに構わず、自分の手に持っていた木刀を俺に投げ渡してきた。それが廊下と庭を繋ぐ段差に転がるのを見て、俺は「え?」と声をこぼす。


「構えろ」


「……へ? 僕が、ですか?」


 たどたどしい口調で聞き返すと、ミスラさんは段差に立てかけてあった予備の木刀を手に取り、再びさっきいた場所まで戻っていった。そこから顔を向けてただ俺を見続けてくると、無言の圧力を感じた俺は「あ、ああ、はい!」と急いでミスラさんの前まで走った。


「構えろ」


「は、はい!」


 脅されるように聞こえ、俺は見様見真似で木刀を両手に持って真っすぐ構える。その剣先に赤い目が光っていると、なんだかそれが鬼を前にしているような気分になり、俺の体は一瞬でがちがちに緊張していった。


 もしかして俺は、彼を怒らせてしまったのだろうか。それでもし、ミスラさんがとっても不機嫌だとしたら? 相手は地面をえぐり、呪符の拘束に自力で抗う怪力。そんなの、殺されるに決まってる!


 体を震わせ、被害妄想だけが膨らんでいくと、とうとうミスラさんが一歩踏み込んできた。


「ひいっ!?」


 とてつもない速さで迫る木刀に情けない声を上げると、それは音もなく俺の目の前で止まった。


「か……かか、勘弁を……」


「恐怖からか」


「へ? ……恐怖?」


 力なくへなへなな声でそう返すと、ミスラさんは俺の前から木刀を下ろして説明を始めた。


「恐怖は身を凍らせる。恐怖に打ち勝て。お前ならできる」


「できるって……あの、ミスラさん。俺、今日という今日まで、ろくに戦ったことない人間なんですよ。どこをどう見ればそう思えたんですか……」


「行くぞ」


「ええ!? ちょっちょっと待ってください!」


 ミスラさんが構えようとするのを、俺は両手を振って必死に止める。


「恐怖に打ち勝つって、突然そんなことを言われても、俺にできるわけがないですよ! 俺はミスラさんと違って、戦う才能なんてないんですから!」


「……ハヤマ、だったか」


「あ、はい。ハヤマアキトですけど……」


 いきなり名前を呼ばれると、何故だか俺は、ミスラさんの言葉に意識を向けられる。


「ハヤマアキト。戦いは、才能がある者だけがするものではない。お前にもきっと、戦わなければならない時が必ず訪れる。その時頼りになるのは才能ではない。積み重ねた努力と、その経験だ」


「努力と、経験……」


 少しだけ意外だった。あんなに強いミスラさんでも、才能なんかより努力のが大事だと口にするのが、俺にとっては結構驚きだった。


 戦わなければならない時。ふと俺は、村を出た後に出会った蜘蛛の魔物、リトルスパイダーのことを思い出した。足を縛られ、セレナの前で大恥をかいたあの経験。もしもあれが、もっと強大な魔物だったとしたら? 死ぬのは勘弁だとセレナに口にしながら、俺は俺自身の身すら守れていない。それはなんだか、口だけの人間に見えて恥ずかしく思えてしまう。


「いつまでも魔物にビビってたら、世話ないか……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いてみる。旅が始まるまで、俺は適当にやっていけば、いつかセレナが勝手に目的を果たしてくれるだろうと思っていた。だが、旅というのはそんなに甘くはない。世界から魔王が消えたからと言って、危険がなくなったわけではないのだ。


 だとしたらどうするか。これはチャンスなのかもしれない。圧倒的強者から直々に戦い方を学べるのだから。俺は顔を上げ、鬼の存在感を放つミスラさんに体をすくませながらも、再び木刀を両手に持って構えた。


「お、お手柔らかに、お願いします!」


 ミスラさんうなずくことなく木刀を構えると、そのまま足を踏み出してきた。頭上から迫ってくる木刀。それに目が釘付けにされると、俺は体を動かそうと必死になった。けれど、つい木刀の奥に真っ赤な目といかつい顔が見えてしまうと、俺の思いはスッと消えてなくなり、またさっきと同じように目の前で止まるのを眺めるしかなかった。


「――お、おっかないんですね、ミスラさん……」


「叩き込む方が効果的か」


「え? 叩き込む?」


 不穏な呟きが聞こえると、ミスラさんは黙って元の構えに戻った。意味が分からないまま俺も構えなおすと、ミスラさんは何も言わないまま、また同じように木刀を振り下ろしてきた。しかし今度の勢いは、さっきまでとは明らかに違った。


「ふん!」


「いっ!!?」


 強い衝撃が額に伝わる。頭に雷でも降ったのだろうか。あまりの衝撃に一瞬、何が起こったのか分からなかった。次第に木刀が目の前にあったのに気づくと、俺はミスラさんに思い切り叩かれたのだと遅れて気づいた。


「っくうう! い、痛い、です、ミスラさん……」


「次だ」


「んな!? ちょ、ちょっとだけ力を抜いてもらっても、いいんですよ?」


「そうか」


 そう言ってミスラさんがまた木刀を振ってくると、さっきと変わらない痛みが襲ってきた。


「いって!? 全然弱くなってないんですけど!」


「すまない。だが、同じ速さで振らなければ、練習にならない」


「あ、はい。そうっすよね……」


「木刀で受けるか、体を避けるか、どちらかだけでも意識しろ」


 また木刀を構えるミスラさん。それに俺は慌てて「は、はいぃ!」と答えて構えると、その後も拷問まがいの稽古は続いていった。



――――――



 太陽の日がジバの城を照らしていると、その王室のふすまの前にヤカトルが立っていた。外から軽く「俺でーす」と言うと、中から「入りなさい」とキョウヤの声が返ってきた。それにヤカトルは従い、扉を開けて中へ入っていく。


「俺をお呼びだそうですね、女王さん」


 ヤカトルは床の畳を踏みながらそう口にすると、奥で座布団に座るキョウヤの前まで迫り、そこで適当にあぐらをかいて座った。その態度にキョウヤは少しの間目を瞑ると、ため息を吐くのをこらえて口を利いた。


「ヤカトル。実は、盗賊として活動してきたあなたに、聞きたいことがあるのです」


「なんでしょうか?」


 キョウヤは手に持っていたものをヤカトルに見せる。それはバルベスが使っていた呪符だった。


「これが一体何なのか。ご存じないでしょうか?」


「ご存じって。そいつはあの爺さんが持ってた呪符だろ?」


「バルベスは元々、この呪符を使っていたわけではありません。歴史を記した書物も拝見した限り、恐らくジバのものでもない。一体どこからこんなものを手に入れたのか、私は気になるのです」


「そういうことか。うーんとそうだな……」


 腕組みをしながらうなると、ヤカトルは何か怪しむように口を開いた。


「確かかどうかは分からないが、一つだけ思いつくものがある。魔王がこの世界に現れた頃、世界中で突然生まれたダンジョンから、奇妙な武器がいくつか見つかってるんだ。人々はそれを、魔界武器って呼んでる」


「魔界武器? この呪符もそうだと言うのですか?」


「さあな。数も少ないし、ほとんどの魔界武器はギルドが保管して研究してるから、俺も詳しいことまでは分かってない。けどまあ、人を拘束するならまだしも、一時的に洗脳までできるものだったら、可能性は十分にあると思うな」


「そうですか。となると、バルベスはダンジョンに赴いてこれを手に入れたのでしょうか?」


「うーん、そこまでは分からないな。……いや待てよ。確かあいつ、ハヤマに対してこう言ってなかったか? 誰かから手にした力って?」


「言われてみれば、確かにそう言ってた気が」


「きっと、闇商売か何かで手に入れたんだろう。俺みたいにろくでもない人間は、色んなところにありふれてるからな」


「そうですか。ですが、どちらにしろ、残しておいていいものでもなさそうですね。ギルド本部が対処してくれてるのなら、そこに預けた方がよいのでしょう。ヤカトル。あなたにお願いしてもよろしいでしょうか? 時間が空いている時でよろしいので」


 キョウヤのお願いにヤカトルは驚く表情を見せる。


「え? 盗賊だった俺に任せるのか? あんたの俺に対する信頼、さすがに厚すぎないか?」


 それにキョウヤは首を横に振った。


「何をいまさら。あなたが信頼できる人間であるのは、既に分かっていますよ」


 そう言って微笑むキョウヤに、ヤカトルは何かを考えるように腕を組み、しばらくその顔を見つめていた。


「女王さん。ちょっとだけ聞いていいか?」


「なんでしょう?」


「あんたが俺を雇った理由。それって実は、未来予知で俺を見たからじゃないのか?」


 その質問にキョウヤは少し口をつぐむ。しかし、口角の上がった表情が一切崩れずにいると、キョウヤはこう答えた。


「……さあ、どうでしょうね?」


 はっきりしない答え。それにヤカトルは顔だけ笑いながら両肩を上げると、「そうですか」と言って立ち上がった。そのまま手を伸ばしてキョウヤの持つ呪符を受け取ると、その場で振り返って王室から出ていこうとする。


「これから期待してますんで、どうか報酬だけは忘れないでくださいよぉ」


 呪符を片手でひらひらとさせながらそう言うと、ヤカトルは振り返ることなくふすまを開けた。

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