表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
最終章 たとえ、星々より遠のいたって
200/200

19‐6 たとえ、星々より遠のいたって

「……落ち着いたか?」


 俺の胸からそっと頭を離したセレナに、俺はそう聞いた。頬に強い涙跡が残っていて、セレナは一度、鼻をすすってから答える。


「……はい、ちょっと、楽になりました」


 頭は離しつつも、片手はまだ俺の胸の服を掴んでいる。


「……そうか。それはよかった」


 俺は彼女の頭に回していた手で、胸を掴んでいたセレナの手を握った。もう震えは止まっている。本当に落ち着いてくれたんだと知って、意を決するようにセレナの目を見つめる。


「セレナ。明日、というか今日になるのか。どちらにしろ、夜が明けたらさ、もう一度アトロブに行こう。そこで、しっかり答えを伝えるよ。約束する」


 俺の体がとても緊張しているのが、心臓の鼓動から感じ取れる。


「本当、ですか?」


「ああ」頭をうなずける。


「絶対にその時までに決断する。絶対に決めるから、だから、セレナはもう、一人で勝手に悩まないでくれ」


 そう確かに伝えると、セレナは不安に顔を曇らせたまま、それでもなんとか納得しようとうなずいてくれると、少しだけ笑みを浮かべてくれた。


「分かりました。その時まで、私も準備しておきます。ハヤマさんがどんな選択を選んでも、ちゃんと向き合えるように」


「そっか。ありがとな、セレナ」


 俺の感謝にセレナが微笑みで返してくる。そうして握っていた手を離すと、セレナは物惜しそうに服から手を離し、そのまま体を起こして立ち上がった。俺も上半身だけ起こし、しばらく黙って立っている彼女を見上げる。


「……私は、そろそろ寝ますね」


 それだけ言って、彼女は部屋に戻ろうと振り返った。俺はたった一言「おやすみ」と告げる。それにセレナも「おやすみなさい」と返し、手にかけていた扉をゆっくり閉めていった。


 扉は音もなく閉まり、それを見送った俺はまた寝転がって、天井を眺めた。夜の暗さに慣れた目が、木板を敷いた隙間まで細かく映す。


 じっとそれを見つめたまま、答えを出す。


 心の中に、たった一つの答えを、今から留めておく。




 どうして、俺はこうも不器用な男なんだろう。


 目の前の幸せに手を伸ばす。ただそれだけで、俺の人生は楽しいものになるはずなのに。それなのに、本当に自分の納得いく答えを求めてしまう。


 自分で問題を深堀しておいて、自分で自分を苦しめて、結局最後も、自分の都合で結果を出そうとする。


 本当にどうして、こうも俺は不器用なんだろう。


 彼女と出会うまでは、そんな不器用な自分に気づくことだってなかった。


 そうだ。彼女と出会うまでは、俺は俺を知らなかった。何も知らなかったんだ。


 そんな大事なことを教えてくれた彼女に、悲しい思いなんてさせられない。あの涙を見てしまったら、到底無理な話しだ。


 俺に足りないものは、けじめなんだ。今も、昔も、それだけが足りなかった。


 ……だからもう、迷わない。




 風が、頬を優しく撫でていく。天然パーマに微かな涼しさを感じられて、アトロブの花畑も、白い絨毯が揺れているかのようになびいている。


 その真ん中に立っていた彼女は、風に流される長い髪を軽く抑えていた。片手にはデリンの木杖を持っている。それを使うかどうかは、これから伝える選択次第で決まる。


 花畑の中に、足を踏み入れていく。赤い茎と白い花。どちらも傷つけないよう、ゆっくり、着実に地面の土を踏みしめる。


「決まったんですね、ハヤマさんの答え」


 そう口にする彼女の前で立ち止まり、顔を合わせるや否や体を抱きしめる。何も言わないまま、赤子を抱き上げるように優しく、心臓の鼓動が伝わってきそうなほどぎゅっと。


 俺の背中にも、両手の温もりが触れてくる。セレナも黙ったままいてくれると、そよ風で揺れる花の音を聞きながら、俺たちはしばらく抱き合っていた。


 心の中に決断は下っている。後はそれを伝えるだけ。俺ができることは、もうそれだけなんだ。


 俺はセレナから体を離し、一度背を向けて四歩ほど距離を取った。そこで顔を上げて振り返ると、その場にとどまっていたセレナに向けて、俺は重たかった口をとうとう開いた。


「セレナ。……転世魔法を、頼む」


 胸が裂かれるような思いで、それでも彼女から目を離さないよう、はっきりとその言葉を口にした。


 再び風の音が俺の耳に入ってくると、セレナはしばらく顔を下げたまま、黙って俺の足下の花を見つめているようだった。その顔は、決して悲しそうだとか、泣きそうだとか、そんな顔ではなかった。ただ無言で口角だけが上がっていると、優しい笑みを浮かべたまま、俺の目を見つめ返してきた。


「そうですよね。ハヤマさんは、元々この世界の人じゃない。最初から帰すと約束してた以上、帰さないといけないですよね」


 嘘の臭いを感じさせない、真っすぐに呟かれた言葉。それに俺は何も返せずにいると、セレナが木杖を縦に持ち替え、集中するように目を閉じた。


「転世魔法。ワールドゲート」


 俺の足下に出来上がっていく魔法陣。銀色の線が円を描き、内側にも模様の羅列と三角形を作っていく。俺はただ出来上がっていくのを見ていると、やがてそこに転世魔法のための魔法陣が完成する。


「最後に、いいですか?」


 セレナの声に、俺は顔を上げる。杖を下ろしていたセレナは、依然笑みを浮かべたまま、その口を開いていく。


「今までありがとうございました。私の勝手で呼び出したのに、ハヤマさんは私のわがままに付き合ってくれました。それにはすごく感謝してます。すっごくすっごく、感謝してもしきれないほど、ありがとうの気持ちでいっぱいです……」


 名残惜しそうに言葉を区切ると、セレナは右手を胸に当て、こみ上げる何かを抑えるようにしながら続ける。


「……お別れ――」


 突然涙ぐむ声が入り混じって、でもセレナは急いで首を振って、表情一つ変えずに再度続ける。


「お別れですね、私たち。これから、お互い別々の道を歩んでいく。告白されてから短い間でしたけど、私はすごく楽しかったです。ハヤマさんとはもう会えないですけど、私の思い出に、ハヤマさんは残っていますよ。ですから、ハヤマさんもいつかは、私のこと、思い出してくださいね。……やくそく、ですからね……」


 最後の一言を言った時には、抑えていた涙が溜まらず流れていた。必死に笑おうとしながらも、止まらない涙のせいで、その顔は悲喜交々(ひきこもごも)とぐしゃぐしゃになっていた。だが、もう俺にその涙を止める権利はない。お別れを切り出された以上、もう彼女の傍に戻ることは許されない。


 決して、許されない。


 この手を伸ばし、涙を止める権利は、俺に。


 今は……。


 今()()は――


「セレナ。俺からも約束だ」


 涙を拭うセレナに向かって、俺は右手を真っすぐに伸ばしていき、指を立てて数字の二を表す。


「二年だ。二年だけ、お互いに時間を作ろう。その間、俺は向こうでやるべきことを終わらせる。話すべきことを話し、すべての未練を終わらせる」


 ハッと、セレナが驚く。


「だからお前も……お前も、もう一度俺を村に召喚してみせてくれ。今度は、お前自身の魔法で、アトロブの花も、デリンの木杖も使わない、お前自身の実力で」


 これが、俺の下した決断だ。セレナは、嗚咽を殺そうと口元に手を押し当てた。


「俺は、元いた世界に残した因果と向き合い、すべてをさらけ出して、そして受け止めくる。その上で俺は、またセレナの元に帰ってくる。絶対に」


「本当、ですか?」


「俺のことを二年待ってくれたお前だ。きっとこの間に、俺はやるべきことを済ませるからさ。お前も、この二年で転世魔法を完成させて、俺を連れ戻してきてくれ。そうすれば、お前の母親にも、成長した姿を見せることができるだろ?」


 魔法陣の光が、視界に入ってくる。


「いいんですか? また、ハヤマさんを呼んでも」


「お前が呼んでくれるなら、当然」


 そう言った瞬間、また彼女が泣きじゃくりそうになった。慌ててそれを手で拭い取り、期待のこもった笑顔を見せながら木杖をギュッと握りしめる。


「絶対に呼びます! ハヤマさんのこと、二年後に絶対に呼びますから!」


「俺も絶対に戻ってくる! もしもその時に、お前に新しい出会いがなかったのなら、またこの想いを伝えてやる!」


 そう伝えて、セレナは泣きつつも嬉しそうに「フフ」と微笑んだ。


「変わりません。絶対に変わりませんよ。私が、あなたのことを好きでいるこの気持ちは、たとえ時空を超えたって、絶対に変わりませんから」


「俺だって変わらない。たとえ、星々より遠のいたって、俺はお前を忘れたりなんかしない」


 嘘偽りなく吐いたその言葉に、俺は笑みと同時に涙が流れてしまう。泣かないと決めたはずなのに、それでもつい、彼女の前ではこらえきれなくなってしまう。それでも、最後に情けない姿は見せたくなかった。


「そしたら、二年後に答え合わせだ。それまで頑張れよセレナ。お前ならできるはずだから」


「ハヤマさんも、頑張ってくださいね。離れていても私は、いつまでも応援してますから」


「ああ、分かってる……」


 何度も言葉を交わしてる間にも、魔法陣の光は強まっていて、いよいよセレナの顔を覆っていく。


 別れの時が、近づいてる。


「じゃあなセレナ! また会える日まで、元気で!」


 声が、自然と大きくなって。


「絶対会いましょう! 二年でも、十年でも、何年でも! 私、来てくれるまで呼びますから!」


 セレナも、大声で返してきて。


 そして、最後の瞬間に、互いに笑顔を浮かべて、別れの時は、光のように一瞬にして過ぎ去った。


 ――さようなら。




 ……。


 グルグルと、物凄く回転していた気がする。気配がして目を開けてみる。


 足下に咲いていたアトロブの花は消えてなくなり、久しく見ていなかったフローリングの床が映っていた。くらっとする頭を抑えて、しっかりと辺りを見てみる。


 今立っているのは、自分の自室。隅に置いたベッドと、滅多に起動しないパソコン。それだけでこの小さな部屋が埋め尽くされており、異世界の面影はどこにも見当たらない。


 あまりに呆気ない帰還だ。一瞬、今まで自分は夢でも見ていたのではないだろうかと思ってしまう。セレナとの出会いが、すべて作り話だったのではないかと。


 部屋を出てすぐのリビングに出てみる。カーテンから入ってきている太陽の陽ざし。壁にたてかけた時計を見てみると、残り十分で十二時を迎える頃だった。この時間だったら、父親は仕事かパチンコに行っている頃だ。


 テーブルの上には、飲んだまま置かれた缶ビールが四本。いつもより一本多い。カレンダーは二〇二一年の三月。ここにいなかった分の三年間が、ちゃんと進んでいる。奥に見えるキッチンには、当分使っていなかったことを示すように、綺麗さっぱり何もない状態。料理をしない父親では当たり前の風景だ。


「本当に、戻ってきたのか……」


 そう呟いた時、がちゃりと扉の鍵が開く音がした。ここからでも見える金属の古びたドアが、誰かの手によって開かれる。そこから、白髪まみれになった頭が見えると、俺は父親と目が合った。


 その瞬間、俺たちは互いにその身を硬直させた。金縛りにでもあったかのように、じっと互いを見つめたまま突っ立っている。


 そんな中、父親が俺に向かって声をかけた。


「明人……」


 聞こえた瞬間、なぜか目頭が熱くなっていった。懐かしいものに触れたから、というより、ずっと追い求めていたものだったものを、俺自身が思い出していた。


 思わず、二足の足が進んでいく。のらり、くらりと、自分が触れていいものなのかと、疑うようにゆっくりと。狭いリビングを出て、キッチンの横も通り過ぎ、そして、


 そのまま、父親に腕を回して、俺たちは抱き合っていた。



 最終章 星々より遠のいたって

                                ―完―






 リビングから、時計の針が動く音が聞こえる。


 ベッドに腰かけたまま、ふと、俺はため息を吐いてみる。「はあ……」と、胸の中から重たいものを吐き出すように。


 もう、随分と時間が経ってしまった。二年というのはとても長く、それなのにあっという間に過ぎ去ってしまう。毎年同じ時間が流れているはずなのに、その実感が毎年湧かない。


 ――だけど。


 大事な約束だけは、一時も忘れることなく記憶に刻まれていた。あの約束だけは、しっかり俺の中に残り続けていた。


 もしも、この約束が、果たされるのなら……。


「……まさか」


 俺の人生に、そんな綺麗ごとはあり得ない。


 そう、あり得ないんだ。俺に限って、そんな都合のいい話し。


 ――あるわけがない。


 ……。


 顔を、上げる。


 俺の前に、光が浮かんでいるのを見つける。銀色の、円の中に模様が描かれた魔法陣。


 ふいに、不適な笑みを浮かべる。そして、重たい腰を上げ、ゆっくりとその一歩を踏み出す。

 最後までご愛読いただいた、名も知らぬあなたに最大の感謝を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ