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2‐14 時のすべてを我が手に

「このクソガキが、ワシをコケにしよって! 貴様も結局、人の力に頼っているではないか!」


「信頼ですよ。キョウヤだったらここにいる誰をも守るはず。そして、それを可能にできるだけの力だってある」


 背後に集まっている十の市民と、五十の兵士たちに振り返る。バルベスの洗脳を受けながら、誰一人として傷を負っている者はいない。


「対してあなたはどうです? 呪符の洗脳なしでは、部下を動かすことができない。いや、あなた自身が彼らを信頼していないんだ。だからわざわざこうして、あなた自らがここに姿を現している。そんなの危険を背負うだけだというのに、呪符の洗脳が届く範囲に限りがあったりとかで、そうしてるんじゃないんですか?」


 図星だったのか、バルベスが強い歯ぎしりをする。


「魔法も武器も持たない弱者が、いい気になるでないわあ!!」


 怒号を響かせるバルベス。明らかに怒りの感情を表にしてくると、バルベスは袖から呪符を五枚手に持ち、即座にそれを丸めて握りつぶした。裏にいる市民と兵士たちが悲鳴が不協和音となって響き、キョウヤはすぐに後ろに振り向いた。


「いくら洗脳しようとも、私がいる限りは!」


「弱者は所詮弱者! 今すぐに死ね!」


 またバルベスが叫んだかと思うと、その手から呪符を五枚投げ飛ばしてきた。背を向けたキョウヤがそれに気づくのが遅れると、俺は身を乗り出して彼女の前に立ちはだかった。


「ハヤマ!」


 腰から腹、広げた両腕に首に呪符が張り付き、白い紙に描かれている模様が紫に光ると、俺の体は一瞬にして動かなくなった。体中が麻痺してしまっているような感覚で、動こうとして力を込めると、その部分が焼けるように痛む。


「っく!? 構うな、早く、後ろの奴らを……」


「自ら犠牲になるか。弱者らしい醜い足掻きだなあ! 分かるかクソガキ? 人が信じるべきは信頼なんかではない。絶対なる力なのだよ! 貴様ら弱者は、ワシのような強者に跪くしかないのだよ!」


 バルベスが手を伸ばし、その指先を地面に向けると、俺の体は引っ張られるように膝をついた。


「これが真理! 貴様ら全員、ワシの力の前におとなしくしていればいいのだ!」


「っく! 俺は失うもんもねえからはっきり言わせてもらう! 人を貶めれば自分が成り上がれると思うなよ! お前のやり方じゃ人はついて来ない。偶然手にした力におぼれる爺さんなんかより、必死に努力してきたキョウヤのことを人は信じるんだよ!」


「世迷言を! せいぜい女王様の前で、恥を晒して死ぬがいい!」


 バルベスの右手が強く握られ、紫の光が指の隙間を縫って溢れる。それと反応するように俺の体についた呪符も光だすと、俺の視界は突然めまいをするようにぼやけだした。


「っう!? なんだ、いきなり……」


「ハヤマさん? 大丈夫ですか?」


 セレナの声がとても遠くから聞こえる。それに、脳内に何か別の誰かが住み着いたような、自我が蝕まれる感じがする。得体の知れないそれに必死に抵抗しようと意識を強く持とうとするが、そう思った時には既に体は呪符の拘束から解放されており、ぼやけた視界にセレナの顔が微かに映っていた。


「……さん! やめてください! ハヤマさん!」


 彼女の叫び声が聞こえ、若干視界のぼやけがはっきりとする。すると俺は、セレナの両肩を強く握ったまま、地面に押し倒していたことに気づいた。


 ハッとしてすぐに手を離そうとする。だが、体は俺の意志に反して勝手に力を入れ続ける。まるで知らない誰かに体を乗っ取られたように、その手がだんだん首に近づいていくのを眺めることしかできない。


「っう! ……が、がやま、ざん……」


 首を絞める感触が伝わらない。やめろと頭の中で叫んでも、それが口になることはない。本当に自分が自分でないようで、もう打つ手がないかと思った。


「やめろ……やめて、くれ……」


 苦し紛れにそう呟いた瞬間、何者かが俺を突き飛ばし、倒れた俺の上にのしかかってきた。そして次の瞬間、俺は頭に頭突きを食らったような衝撃を受け、しばらく意識が振動に揺らされていってすべてが真っ白になった。


「……ろ。しっかりしろ!」


 うっすらと男の声が聞こえる。ヤカトルやバルベスではない、多分別の人間の声。やがて、ぼやけた視界から回る世界が見えてくると、次第に揺れは収まっていき、俺の前にはほくろのついた市民がいた。


「あれ、お前は確か、最初にここにいた……」


 その人は、王都ラディンガルに向かおうと初めてここに来た時、打ちひしがれるようにうずくまっていた市民と同じ顔だった。彼が俺を洗脳から助けてくれたのかと気づくと、俺はホッとするよりも先に、焦るように体を起こして周りを見渡した。するとすぐ目に映ったのは、地面に倒れるセレナとヤカトルと、キョウヤの首に腕を回して拘束するフードの赤目。その前にバルベスが剣を持って立っていると、背後から迫ってきたアミナに、紫の魔法陣から真っ黒な棘を飛ばして、彼女の膝をかすめていた。


「っつ! キョウヤを、死なせるわけには……」


 膝から血を流しながら、アミナは地面に手をつけてしまう。


「弱者は所詮弱者。黙ってそこで見ているがいい」


 そう言ってバルベスはキョウヤに振り返り、持っていた剣の先端を首に突きつけた。


「さあ女王様。やっとこの瞬間が来たようですね。あなた様の最期の時ですよ。遺言をお聞きしましょう。今、どんなお気持ちですかな?」


 首の腕をほどこうとしたまま、何も答えようとしないキョウヤ。俺がまんまと洗脳されてる間に、ここまで状況が不利になってしまうとは。一歩前に出れば首を貫く剣。今この瞬間に動かなければ、今までの苦労がすべて無駄になってしまう。だが、一体どうすれば……。


 何も考えが浮かばない。これが力のない人間の末路なのか。信頼という力の限界なのか。とうとう考えに詰まってしまった時、バルベスがまた口を開いた。


「どうやら、言い残すことはないようですね。まあいいでしょう。こちらもどうせ、誰かに伝えるつもりは微塵もなかったわけですし」


「あなたに言いたいことなら、一つだけありますよ」


 キョウヤがそう言い返すと、バルベスは「ほう、どんなことでして?」と聞き返した。するとキョウヤは、その目を真っすぐ見据えたまま、自信に満ちた声でこう言った。


「もうすぐ運命が訪れる。アミナとヤカトルが赤目に対抗し、セレナが民たちを守り、ハヤマが時間を稼いでくれた。そのおかげで、私たちが必死に手にしようとした運命が、ようやく訪れるのです」


「運命? いきなり変なことを言いだす方だ。命乞いのおつもりですか?」


「いいえ。これは私の、私たちの、最後の足掻きです!」


 きっぱり言い放った瞬間、キョウヤの頭上の木々からヤカトルが姿を見せ、同時に撃剣をフードの赤目に向けて投げ飛ばした。その剣先を赤い目がしっかり捉えていると、フードの赤目はそれをはじこうと槍を構えた。そうしてすぐに振りかぶった刃が、向かってくる撃剣に触れようとした次の瞬間、撃剣は音もなく速さを失い、赤目の槍は見事に空振りした。


 急激に動きが遅くなった撃剣。その原因が、キョウヤの上げた片手に込められていると、その手がギュッと閉じられる。すると撃剣は、なんの前ぶれもなく急加速し、フードの赤目はキョウヤの首から腕を離して、慌てるように背後に飛び退いて下がっていった。


「んな! 盗人! 貴様が邪魔するか!」


「悪いな。いつもタイミングが悪くて」


 慣れたように着地し、地面に刺さった撃剣を抜き取りながらヤカトルはそう返す。その一言でバルベスの怒りが顔に現れると、握っていたおもむろに剣を振り上げた。


「やかましい者どもめ! 運命なんぞ訪れるものか!」


「ウインド!」


 とっさに放たれたセレナの風魔法が、バルベスの剣を直撃して手から離す。「ぐぬぬ!」とバルベスが顔を真っ赤にすると、今度は袖から呪符を取り出そうと手を入れた。それを見て慌てた俺は、なりふり構わず走り出し、バルベスの背後から腕を抑えようと羽交い絞めにした。


「させるかあ!」


「貴様!? 洗脳してたはずが、ちょこざいなあ!!」


 腕を振って暴れるバルベスを、俺は死に物狂いで抑え続ける。その間にキョウヤが目を瞑っていると、ゆっくりと両腕を前に伸ばし、強く念じるように何かを口にした。


「世界に生を与えし時よ。我は、その神秘に触れる者」


 呪文のような言葉にバルベスの目が見開く。


「んな!? その詠唱はまさか! 奴を殺せ! 赤目!」


 いつになく必死な声で命令するバルベス。詠唱を続けるキョウヤの背後から、フードの赤目をその目を光らせながら飛び出すと、横にいたヤカトルを蹴り一つで吹き飛ばし、立て続けに槍を両手に握った。その鋭利な刃が光の反射で光ると、俺は嫌な予感がして冷や汗を流した。そんな時、同時に背後から声が微かに聞こえた気がした。


春草しゅんそう、突撃……」


 次の瞬間、俺の横を怒濤の勢いで駆けていくアミナが目に映ると、赤目の振り下ろした槍と刀から耳をつんざくような轟音が響いた。


「させないんだから……絶対に、殺させないんだから!」


 力強くそう叫び、それに呼応するようにアミナの体も前へ進もうとする。その裏でキョウヤもずっと詠唱を続けていた。


「長き歴史より、紡ぎしその流れ。調和を越えた、絶対の力とならん」


 右の手の平を空に向け、左手でその手首より下を掴むキョウヤ。その時に俺はバルベスの後頭部で頭突きを食らってしまうと、折れ曲がりそうになった鼻を抑えてしまい、腕を離してしまう。


「させはしない! その魔法だけは!」


「時のすべてを我が手に!」


 目を大きく見開くキョウヤ。その瞬間、彼女の足元から、俺たち全員を包みこみそうなほど特大な水色魔法陣が広がった。そして、外周を囲む円から、内側に刻まれた謎めいた模様まで。魔法陣を描く線という線がすべて光だし、辺りを幻想的な光に包ませながら最後の詠唱が唱えられた。


「最上級時間魔法! 永久世界パーマネントワールド!!」


 そう聞こえた時、俺たちの視界は真っ白にまで輝いた光に包まれていった。






 ……静寂。とても穏やかで、何も動く気配すらない静寂。


 音もなく、気の流れも感じない。まるで空高き宇宙にいるかのような、描かれただけの絵の中に入ってしまったような。さっきまでの騒ぎは忽然として消えていて、ついさっきまで何かがあったことを忘れてしまえるほどの静けさ。


 私はゆっくりと目を開けてみる。そこに映った世界は、この世からすべての色を奪ったかのように白黒の世界。辺りにいるアミナやバルベス。ハヤマやセレナ、赤目に市民、兵士たちも当然ながら、辺りに生えた草木たちまで白黒に染まり、全員静止画のように動かない。


 よかった……。ようやく、成功できた……。


 途端に足から力が抜けてしまう。無理して発動した魔法に、もう体が限界だった。


 このまま気を失えば、この魔法も……。


 意識が朦朧とし始める中、それでも私は気を強く持とうとする。まだ予知で見た男は来ていない。このままでは、仲間や市民を守れない。仲間も民も、私も、ここで終わってしまう。


 諦めたくない。諦めたくない。


 なのに、体が言うことを利かない。


「終わらせ、たくは……」


 目に映る地面に色が戻ろうとする。迫ってくるそれをただ眺めることしかできないと、私はとうとう、その目を閉じてしまった。


「……終わりには、させません」


 最後に聞こえたのは、地平線よりもはるか先の向こうから聞こえたような、小さくて低い、そして、とても勇ましそうな男の声だった。

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