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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
最終章 たとえ、星々より遠のいたって
199/200

19‐5 イジワルなこと

 ……。


「……」


 ……そこにいるんだな。もう一人の俺。


「ここで出会うのは、随分と久しぶりだな」


 多分、それだけ熟睡してるんだと思う。


「声が聞こえるのに熟睡って、どんな矛盾だよ」


 そこは、あまりよく分からないけど……まあ、夢の中でも自分の意志が存在するのが実感できるから、そんな感じなんじゃないのかな。


「適当だな」


 まあな。でも、理屈を追ったところで、そもそも感情で人格が入れ替わるって時点で、よく分からない状態なんだし、適当な解釈で納得しといた方がいいだろ。


「都合のいい考え方だな。ま、大雑把のが俺は好きだから、別にいいけど」


 そうだ。この前の時は苦労かけたな。一日に三回くらい、お前を呼び出してしまった。


「あの魔物だらけの時か。別に俺はなんとも思ってねえよ。むしろ、殺意をぶつける相手を寄こしてくれて最高の気分だった」


 その割には、度々疲れ果てて人格を戻してきたけどな。


「……」


 ……。


「……」


 ……なあ。元いた世界に戻ったら、お前はどうなるんだ?


「さあな。俺自身、元いた世界でも自分が生まれたことに気づいていなかった。この世界に来た瞬間に自我が生まれて、表に現れるようになったんだ。詳しい理由がなんなのかは分からないが、多分あの世界に戻れば、また俺はこの体の奥で、意識があるんだかないんだかの存在に戻るんだと思う」


 そうか。実際に戻ってみないと、さすがに分からないか。


「戻るのか?」


 ……悩んでる。母親と話し合うべきだと思ってるけど、そうしたところで無駄なんじゃないのかって、さっきからずっとそれを繰り返してる。


「ふーん。あの母親とか」


 お前は見たくないか。


「そうだな。まあでも、お前が決めたことなら、何か言うつもりはねえってことだけ伝えておく」


 それでいいのか?


「仮に人格が消えたとしても、こんなのが表にいるべきじゃないのは俺が一番よく分かってるし、あくまでお前のおまけで生まれたのが俺なんだ。そんな俺が自分自身と、そしてお前と向き合えただけでも、十分すぎるものを貰ったってもんだろ」


 そうか。結局俺次第なんだな。


「別れの言葉はいらないからな。どうせこの人格自体はこの体のどっかに残るだろうし。もし必要とされたら、その時はただ暴れるだけ。永遠に眠ることになっても、俺はそっちのが楽でいいんだ」


 眠ってる方が楽、か……。


「がっかりしてんのか? そんなに選ぶのが大変か?」


 まあ、簡単ではないな。


「あっそ。ま、せいぜい悩めばいいさ。お前であり俺のことだ。とことん悩み切れば、なにか納得のいく理由を見つけられるだろ」


 他人任せに自分を信じるなよ……。


「というか、そもそ――」


 ……どうした? 急に喋らなくなったけど、何を言おうとしたんだ――?




「……さん。起きてください、ハヤマさん」


 セレナの声と共に、体を揺らされてるのを感じて目が覚めた。


「んん……セレナか……」


「もう夜になりますよ。寒くなったら風邪を引いちゃいます。家に戻りましょう」


 夕暮れのオレンジに染まった空が目に入ると、俺は両手で地面を押して上半身を上げ、両足つけて立ち上がる。もう一人の人格が何かを言おうとしてたけど、その瞬間に起こされてしまったようだ。セレナと共に家に戻ろうとする時、セレナにこう聞かれた。


「答えは出せそうですか?」


「まだ分からない。もうちょっとだけ時間をくれ」


 顔を向けないまま素直にそう答えると、セレナも了解するようにうなずき「いつまでも待ちますから、ゆっくり考えてくださいね」と言ってくれた。


 そうして俺たちは家に戻ると、やがて夜を迎えて夕食時となった頃、カボチャが入ったシチューを頂いた俺たちに、帰宅祝いだと言ってグルマンが顔に似合わずカップケーキを用意してくれた。


 鮮やかに黄色くふんわりとしていて、ところどころにチョコチップが埋められたものが、机の上に十個並んでいく。うち八個はすべてセレナの前に置かれ、一つだけ置かれた俺のに関しては、なぜかチョコチップがどこにも見当たらなかった。


 外見こそ至ってシンプルではあったが、あまりに意外に思った俺はついこの目を疑ってしまった。


「まさか、グルマン村長がケーキを作れるとは」


「フフン。セレナの好きなものならなんでも作ってみせるとも」


 自慢げに鼻をこするグルマン。しっかりとした見た目に当然セレナは目を輝かせており、おやつを前にした犬のようにカップケーキを見つめている。


「いいだよね? 本当にこれ、食べていいんだよね?」


「ああいいとも。お前のために作ったんだからな。なんなら小僧の分も持ってっていいぞ」


 軽い冗談に一応「おいおい」と突っ込むと、セレナはまるで聞いていなかったかのようにフォークを手に取った。そして、切り取った一口分を口に運ぶと、その顔が極上の幸せを感じるようにとろけていった。


「うーん美味しい! ありがとうお父さん!」


「がは! まるで天使の微笑みを見ているかのようだ!」


 胸でも打たれたかのように心臓を抑え、グルマンも娘の笑顔を見れた喜びを噛みしめる。そんな幸せ親子を横目にしながら、俺も自分の分のカップケーキを口にしていった。しっかりと甘い味がして、触感もパンのように柔らかい。ちゃんとしたカップケーキだ。


「味もちゃんと美味しい。凄いですね、グルマン村長」


 そう口にして振り向くと、グルマンはじっとセレナの前で尽きることない笑顔を見つめていた。まるで俺の言葉が聞こえてなかったと知ると、俺は淡々とカップケーキを口にしていった。


 ふと、セレナが一つのカップケーキを食べ終えた時に、ちらりと俺を見てきた気がした。何か用でもあるのかと俺は目を向けたが、セレナの隣でグルマンが番犬のような目を向けていると、俺は渋々目をそらして自分の分を食べ続けていく。


 あくまで淡々と、冷や水を頭にのせるように冷静に口に運んでいく。こんな時でも密かに悩んでいた、選ぶべき選択肢を間違えないようにと。




 夜が深まった頃、帰宅祝いの片づけを済ました俺たちは、それぞれの部屋で床に就いていた。


 グルマンはセレナと一緒に寝たいとうるさかったが、さすがにセレナはそれを断っていた。それも既に二時間くらい前の出来事だろうか。二人はそれぞれのベッドで寝静まっている頃になっていると、俺はリビングの机をどかし、床に布団を敷いてそこに横になっていたが、未だに目が開いたままでいた。


 昼寝を少し長くしたせいだろうか。全く眠気がやってこない。ただ木造の壁を眺めていては、頭の中で適当に選択肢を考え続け、疲れてはまたぼうっとして壁を見つめるという作業を繰り返していた。


 ――帰るべきか、残るべきか。


 他に選択肢がないかとも思ったが、あいにく新しい糸口を見つけられないと、その考察を覆うように二つの選択肢が頭の中を埋め尽くしてくる。


 答えを出すのは、一瞬。その一瞬のために、一体どれだけ悩めばいいのだろう。どれだけ悩めば俺は、納得のいく答えを出せるのだろう。


 ――分からない。本当に、どっちを選ぶべきなのか。


 ふと、背を向けてた方から足音が聞こえた気がした。俺は顔だけを動かして見てみると、そこには部屋から出てきたセレナが立っていた。


「眠れないのか?」


「ハヤマさんもですか」


「なんだかな。全然眠気がこなくて」


「えへへ。私と同じですね」


 セレナの笑った顔に、俺もつられる。セレナはなんの前触れもなく歩き出してくると、そのまま俺の入ってる布団に手をかけ、無造作に体を入れてきた。さも当然のように隣に這い寄られ、俺は思考がストップしてしまう。


「……セレナ? 何やってんだ?」


「む、向こう向いてください! 恥ずかしいじゃないですか!」


「え? あ、ああ! そうだな!」


 急いで顔をそらし、さっきまでにらめっこしていた壁に向かい合う。その壁に問いかけるように、俺は頭の中で呟く。


 一体、この状況はなんなのだ、と。


 どうしていきなり布団の中に入ってきた? 恥ずかしいとはどういう意味だ?


 真夜中。布団の中に男女二人。そして両想い。


 ……いやまさか。いやいやまさか。セレナがそんな積極的なわけがあるか。


 環境とか雰囲気とかは確かにそうだが、いやいやそんな訳がない。男の下心を的確に掴むようなことを、彼女に限ってしてくるはずがない。


 こんなことで動揺するなんてらしくない。俺は一応確かめるために聞くことにした。あくまで確かめるために。


「……なあセレナ。まさかとは思うが、恥ずかしいってその、そういう意味じゃないよな?」


 当然否定してくるだろうと思っていた。


 いや、否定こそはしてくれた。


「変なこと、考えないでください……」


 俺の背中の服を、セレナは震えた手で掴んできた。


 今にも泣きそうで、弱々しく呟かれた一言。


「ハヤマさん」


 名前を呼ばれる。背中を握っている手が、立ち上がろうとする小鹿のように一層震えている。


「私、今からイジワルなこと、言うかもです。ハヤマさん次第って言ったのとは真逆の、私の本心。私が、ハヤマさんにとってほしい選択」


 澄み切った夜の空気のせいか、彼女の言葉がいつもより明確に聞こえる気がする。セレナがそう話しているからか、それとも俺が強く意識しているからか。


 多分、その両方なのかもしれない。


「私は……ハヤマさんとずっと一緒にいたいです。折角出会えたあなたと、ここまでずっと一緒にいてくれたあなたと、別れたくない……」


 最後までそう言い切った時、セレナは明らかに泣いていた。夜の世界に消え入りそうなか細い声。それでも、今まで秘めてきた思いを、すべて吐き出すかのような勢い。


 顔を見ないまま、それでもセレナは、泣きじゃくりながら言葉を続ける。


「ずっと考えてた。二年前、あなたが私を遠ざけようとしたあの時から、なんで私の心はとても痛いんだろうって。どうしてあなたのことを諦められないんだろうって」


 鼻水をすする音が間に混ざる。


「答えはとっても単純だった。あなたから好きだって言われた時、私はかけがえのない人と出会っていたんだって、そう思った……。あなたほど好きになれる人は、多分きっといないんだろうって。そう……思った……」


 嗚咽する声でしっかりとそう言い切ったセレナ。顔を見なくとも、止まらない涙をひたすら拭っているのが脳裏に浮かぶ。


「これを、正直に言ったら、私はハヤマさんを引き留めてしまう。折角踏み出そうとしたハヤマさんの足を、私が止めてしまうことになっちゃう。だから、我慢してたんです。我慢してた、はずなのに……なのに、今になって一人で思い悩んでたら、もう限界で、泣きたくなって……」


 背中を掴むセレナの手が、いきなり固く、ギュッと強くなる。


「行かないでください、ハヤマさん。どこにも、行かないで……」


 悲壮の感慨が胸の中に、雫が落ちた波紋のようにじんわり広がっていく。我慢の限界を迎えている彼女の声が、とても痛々しくて、彼女の手を通じて、俺の涙腺が揺れ動いてしまう。


「まだ、あなたと一緒にいたい。ううん。ずっとあなたと一緒にいたい。ずっと、あなたの隣にいたい……」


 俺だけじゃなかった。悩んでいたのは、俺一人だけじゃなかった。それなのに、俺は答えを出せずにぐだぐだと、大事な人が隣で思い詰めていたのにも気づかずに……。


 情けない。俺が曖昧に聞いたり、勝手に悩んだりしていた間に、どれだけ彼女が一人で悩んでいたのか。俺の答えを待ってると。どんな答えでも構わないと。不安を悟られないように笑顔でそう言ったのに、どうして俺は気づかなかったんだ。


 ――ハヤマさんがそう言ってくれるなら、本当に満足したんだなあって安心感を感じちゃって。


 ――お父さんもこう言ってるわけですから、最後の選択はやっぱり、自分で決めるべきですよ。


 ――私はどっちでもいいと思います。ハヤマさん次第だと思いますよ。


 嘘に気づけず純粋だった彼女が、俺のためにそんな無理をしてくれた。気づかない方がおかしいだろ。少し冷静になって彼女を見てあげてれば、分かってあげられたことだろ。


「ずっとずっと……。これから、どんなことがあっても、二人で一緒に……」


 どうしてセレナが泣かなければならないんだ。どうしてセレナが、俺のために涙を流さなきゃならないんだ。


 自己嫌悪が怒りに変わってくる。だが、今怒りを感じたところで、もう彼女の涙は取り消せない。俺がするべきことは、もう分かり切っている。すべきことは、とっくに明るみに出ている。俺は泣きそうになるのをぐっとこらえながら、声を押し殺しながら泣くセレナに、体ごと振り返る。


「……悩ませて、ごめん」


 その一言を呟いた瞬間、緩んだ涙腺から涙が一粒流れてしまった。彼女の泣き顔につい油断して、筋肉が緩んでしまった。それでも、俺はけじめをつけなければならない。


「本当にごめん、セレナ。お前が、そんなに悩んでること、全然気づけなかった。本当に、ごめん……」


「あ……謝らないで、ください。別に、ハヤマさんは何も……」


 庇おうとしてくれる優しさに、更に涙腺が震えてしまうと、俺は必死に首を横に振った。


「俺のせいだ。俺が答えを出さず、お前に聞いたりして甘えようとしたから、だから、お前をこんなに苦しめたんだよ」


 ふと震えていた手が目に入り、俺はその手を握ってあげた。命があると感じられるほんわかとした温もりが、俺の手に伝わってくる。


「辛かったよな。俺がいなくなったらって、そう考えたら、とっても寂しかったんだよな……」


 震える手を強く握りしめながら、空いた片手でセレナの頭を胸に抱き寄せる。セレナは両肩を上下に激しく震わせていると、俺の胸に自分から顔をうずめ、叫ぶように泣き続けた。


 すべてをさらけ出すようにずっと。襲われる罪悪感に「ごめんなさい……ごめんなさい……」と繰り返しながら、ずっと……。

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