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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
最終章 たとえ、星々より遠のいたって
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19‐3 同じ感情を持ち寄って傍にいる

「まさかの再会があったけど、微妙な料理でなんだか損した気分だな」


「まあまあ、まだ楽しみはありますから、気を取り直して次に行きましょう」


 苦笑いを浮かべながらセレナが歩き出していくと、まるで次の目的地を決めているかのように進みだした。


「次はどこに行くんだ?」


 後ろをついて行きながらそう聞いてみると、セレナは期待にこもった笑みを向けてくる。


「えへへ、今日のメインイベントですよ~」




 たどり着いたのは、スイーツの甘い匂いが漂う、とあるケーキ屋。セレナの目が異様に輝いていた理由を完全に把握すると、俺はセレナと共に店内のテーブル席に座った。そこで俺は、今さっきセレナがテーブルに置いた三角形のケーキを数え、肩ひじついて呆れるため息をはいた。


「お前……これ全部食べるつもりか?」


「もちろん、全部食べますよ」


 今一度テーブルに目を落としてみる。一、二、三、四……四かける五でニ十個。数え間違いではない。ショートケーキからチョコ、フルーツ、全体の色合いがバナナのような黄色や、一体なにを原料にしているのか分からない青色や緑色のものもある。


「店のやつ全種類じゃないのか、これ?」


「どれもおいしそうだったので、つい」


「さすがにこの量は胃がもたれるぞ……」


 物凄く上機嫌な顔をするセレナ。既にその手にフォークが握られていると、早速手元にあったイチゴのショートケーキに四本刃をつけ、先端の一部を切り抜いて口に運んだ。反射的にほっぺたに両手がいくと、これまたセレナは幸せそうな顔をした。


「んん~おいしい~」


 顔を揺らし、今にも天に昇っていきそうな声で呟かれる感想。彼女にとって今のこの状況は、まさに楽園にでも見えているのだろう。肩ひじをつきながらそう思っていると、セレナが俺の手元にあったフォークを手に取った。何をするのかと見守っていると、セレナは自分の分のショートケーキを切り取り、それを刺しては俺の前まで運んできた。


「ハヤマさん、あーん」


「ええ?!」


 まさかの行動にとっさに身を引いてしまう。慌てて辺りを見回し、羞恥を憶える。


「――お前、人前でそれやるか?」


「恥ずかしいんですか、ハヤマさん?」


「恥ずかしいに決まってるだろ」


「そうやって躊躇ってたら、余計注目を浴びちゃうと思いますけどね」


「そ、そうは言ってもだな……」


 セレナの一言に、もう一度辺りをキョロキョロと見てしまう。ふと壁際の席にいた中年女性の人間二人と目が合ってしまうと、途端に目をそらされてしまった。


 気まずい……。とてつもなく気まずい。今もなお、セレナは俺に向かって腕を伸ばし、いつでもどうぞと言わんばかりの笑顔を向けてきている。


「……本当に食べないと駄目か?」


「私は、ハヤマさんに食べてほしいですよ」


 断れない……。俺は意を決するように目を瞑り、そのまま口を大きく開いてケーキに食いついた。


 一瞬で頭から蒸気が出ていくのを感じる。やけになった俺は、口の中に広がる甘いスポンジに気にも留めず、十分に味わいもせずさっさと飲み込んだ。


「どうですか? おいしいですか?」


 目を開けると一本のフォークを両手に握り、何かを期待している顔が映った。


「……おいしかった、です」


「ですって何ですか、アハハ。照れてるハヤマさん可愛い~」


 その言葉をかけられて、素直に喜べる男は果たしているのだろうか。いたとしたら俺はそいつと一生友達になれない自信がある。


 見えない机の下で密かに握りこぶしを作っていると、その後も俺はケーキを口にして幸せをかみしめるセレナを見守っていた。




「……本当に全部食いやがった」


 気が付いた時には、ニ十個あったはずのケーキが跡形もなく消えていた。俺もいくつか手をつけてはいたが、ほぼすべてを平らげていたセレナは、フォークを皿の上に置き、「はあ~」と幸せそうな吐息をついている。


「満足できたか?」


「それはもちろん。三日間は食べなくても大丈夫そうです」


「これで三日分だけかよ……」


 本当にニ十個のケーキが、彼女の胃袋に収まっているのだろうか。そんな疑いを抱いていると、窓から差し込んでくる光が、既に夕日がかっているのに気がついた。


「長居しすぎたか。そろそろ出よう、セレ――」


 名前を呼ぼうとした時、机の上でセレナがうつ伏せになって眠っていた。


「こいつ、眠りやがった」


 大好きなスイーツで満たされたせいで、睡魔が襲ってきたのだろう。起こそうとして腕を伸ばしたが、つい幸せそうな寝顔と、親のすぐ傍でうずくまった子犬がしてそうな寝息に、ふいに手が止まってしまう。


「これは……起こしづらい……」


 店側に色々言われるよりかは、早く起こした方がいいのだろう。そう分かっていながらも、中々手を動かせない。


 店の受付で見ていたウサギの獣人が近づいてきて、反射的に「ああ、すいません」と口にして謝ったが、その獣人は手に毛布を持ってきていると、それをセレナにかけてあげた。俺にもにっこり笑顔を見せてくれると、俺は「あ、ありがとうございます」とお礼を言い、手早くテーブルの皿を片付けていった獣人をただ眺めていた。


 再びセレナの顔に目を移す。頭を横にして眠る彼女は、家で飼っている小動物の愛くるしさがあるようだった。頭をなでてあげれば、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らし、甘えてくれそうなほどだ。


 ふと俺の口からあくびがこぼれ出てくる。思えば腹は一杯で、朝からここで遊びっぱなしだ。二人して眠るのはどうかとも思ったが、それよりも先に瞼に限界を感じていると、深い眠りに誘われていった。




「……マさん。ハヤマさん」


 セレナの声が聞こえ、ゆっくりと目を開けていく。俺の肩にセレナの手が触れていると、俺は背もたれにピッタリくっついたまま、腕組みをしたまま眠っていたのだと気づいた。親切なことに、冷えないように毛布をかけられている。


「やべ、眠ってたか……」


 外の景色を見てみると、もう日は完全にくれてしまい、夜を迎えていた。店にも俺たち以外に客はおらず、ウサギの獣人が横に立っていると「閉店のお時間です。またいつでも、お越しくださいね」と物腰柔らかに言ってくれた。


「すみませんでした。急いで出ましょう、ハヤマさん」


 セレナにそう急かされると、俺は毛布をウサギの獣人に返し、セレナと一緒に早足でそのケーキ屋を後にした。


 繁華街の通りに出てみると、様々な店の明かりが道を照らしていた。そのほとんどが飲食店なのだと気づくと、行きかっている人たちがほとんど大人ばかりだった。


「だいぶ時間が過ぎたみたいだな」


 そう呟いてみると、セレナはなんだか不服そうな顔をしていた。


「うう……折角の一日が、睡眠で削られてしまうだなんて……」


「そんなに気にすることか?」


 俺は何気なくそう聞いたが、セレナはパッと俺の顔を見てきた。


「なんだか損した気分じゃないですか。もっとハヤマさんと色んな場所に行きたいなって思ってたのに……ああ、どうして寝ちゃったんだろう」


「損した気分、ね。別にいいんじゃねえか。時間ならまた作れる。楽しみは取っておいても損はないだろ? それに、セレナの幸せそうな寝顔が見れて、密かに俺は満足したしな」


 しばらくセレナは喋る俺を黙って見ていると、途端に驚く素振りを見せた。


「え!? 私の寝顔を盗み見したんですか!」


「人聞きが悪いって。盗み見もなにも、見えるように寝てたんだから、見えるのはしょうがないだろ」


「お、乙女の寝顔を見るだなんて……ハヤマさんの変態」


「乙女って……なんだかテンション高いな、お前」


 目に映ったことをそのまま言葉にすると、たちまちセレナは笑い出した。


「フフフ。なんだか幸せだなあって思って、つい」


「急に改まってどうした?」


「だって、本当だったら予定通りにいかなかったら、それを後悔しちゃう私がいたんだろうなって思うんですけど、ハヤマさんがそう言ってくれるなら、本当に満足したんだなあって安心感を感じちゃって」


 予定通り? 今日一日、どこで何をするんか考えていた、ということだろうか。まあでも、満足してくれたのなら、俺としても何よりだ。


「まあ、今更俺たち、互いに気遣う必要なんてないしな。自分の本音を伝え合った仲だし、一つの目標に向かって、お互い遠慮せずに突き進んできたんだ。その間に、どっちも大変な迷惑をかけたわけだし、遠慮のしようもない」


 俺の話しを聞きながら、セレナはこれまでを振り返っているのか、少し間を開けて言葉を返した。


「そうですよね。ここまでの道のりは、決して楽ではなかったです。お互いを気遣う余裕なんて、どこにもなかった。不思議ですよね。まさか私たちが、心の底から本心を話し合える仲になってるだなんて」


「言われてみれば確かに。性格も真逆で、思考も全然違う俺たちが、今では……」


 それ以上話そうとすることに、俺は恥ずかしさを覚えてためらってしまい、つい目線を地面に落とした。その横から手が伸びてくると、俺の手をとりながら、セレナが代わりに言葉にしてくれた。


「今では、同じ感情を持ち寄って傍にいる。何気なく一緒にいるだけで、幸せを感じられる」


 生暖かい彼女の手を、俺はそっと握り返してみる。初めてこの手に触れたのは、俺がまだ人に近寄れなかった時。ジバの街で、大量の人が行きかう光景に怯えてしまった時。あの頃から、この温もりは何も変わっていない。彼女は何も変わらないまま、立派に強くなろうとして、俺もそれに影響されて、いつしか自分のできることを見つけていって、そうして最後は、かけがえのないものを二人で手に入れた。


「今日は、最高の一日だったな」


 これほど最高な人生があるだろうか。今まで暗い底にいた俺が、こんな心地よい陽だまりにいて許されるのだろうか。


「気が早いですよ。一日はまだ終わってません」


 そう言ってセレナは笑みを浮かべる。


 そうだ。俺の手を握ってくれるのがその証だ。彼女以外の誰に、許しを貰う必要があるのか。


「……夕食がまだだったな。おいしいところを探すか」


「はい!」


 終わりを迎えようとする夜。俺たちは、少し遅れた夕食を済ませようと、再び繁華街の道を二人で進んでいく。絶対の信頼をおける彼女の隣を、俺は一緒に歩いていく。


 胸の中に、密かなわだかまりを抱きながら。


 ――今日という日が、永遠に続けばいいのに。



 ――――――



 一夜が明けたプルーグの朝。天に昇る太陽が、このアトロブの地も照らしてくれると、俺はセレナが両手に持った杖に念じ、転世魔法を発動する様子を後ろから見ていた。


「転世魔法。ワールドゲート」


 声に従うように現れた銀色の線。次第に地面に魔法陣を作り上げていくと、そこから光の柱が伸びていき、やがて中が見えるように薄れていく。


 反射的に細めていた目を大きくしていく。魔法陣の上に何かがあるのが見えてくると、それは俺が書いて送った手紙だった。


 折り目もなく、広げられたままの白い手紙。杖を下ろしたセレナが、膝を曲げてそれを拾い上げ、後ろに振り向いて俺に「どうぞ」と手渡してくる。


 胸の辺りに差し出された手紙が目に入り、少なくとも何かが書かれているのだと知る。自分の手にとってそれをちゃんと確かめようとすると、俺が半分以上残していた余白が、黒のペンで、書いた文字を上からかき消したような跡で埋め尽くされていた。


「書き直ししすぎだろ。肝心の返事がどこにもねえし」


 端から端まで見ても、俺が書いた文字以外はすべて、壁についた染みのように、雑多に塗りつぶされた跡だけしか見つからない。果たして父親がこれを書いたのかどうか。誰かのイタズラではないかと疑い始めた時、真正面に立っていたセレナが手紙を裏から指差した。


「裏に何か書いてありますよ」


「裏?」


 クルッと手をひねった。そこに書かれていたのはたった一言で、俺はそれを見た瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。


「なんて書いてあるんですか?」


 セレナに聞かれても、俺はしばらく口を開くのを躊躇った。本当にこの字を父親が書いたのか。誰かが嘘で書いた文字なのではないか。つい癖で、どうしても信じきれない自分が現れている。


 そんな半信半疑の心に揺らされながら、俺は目に映っている文字を口にし、セレナに伝えた。


「……早く、帰ってきてくれ」

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