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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
最終章 たとえ、星々より遠のいたって
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19‐1 転世魔法。ワールドゲート

 白い花びらが風に舞って、遠いどこかへと飛んでいく。あてもなく、ただ頭上を踊るように流れていくそれを俺は眺めていながら、前にいたセレナが杖を両手に握り、願うように目を瞑っていく。


転世てんせい魔法。ワールドゲート」


 手から浮かび上がる一本の線。銀色に光るそれが、円を描くように少しずつ伸びていく。線と線が円で結ばれると、今度は内側にも、読めない文字や三角の模様を作り出していく。そうして、もう見慣れてしまった魔法陣が浮かび上がっていると、セレナはデリンから預かった木杖を降ろし、呆然と一言呟いた。


「できた……できちゃいましたよ、ハヤマさん」


 自分でもあり得ない、というような顔をしている。俺は素っ気なく「そうみたいだな」と答える。


「え、なんだか淡泊すぎません? 三年かけた集大成ですよ」


 目を点にして、拍子抜けするように聞いてくるが、俺は彼女が手に持っているものと、先日もここで起こった出来事を思い出してこう言う。


「それはそうなんだが、ここのアトロブの花の魔力と、デリンさんが残した杖の効果は、昨日の戦いでも実際に見たしな。禁忌級まで発動しようとしてたから、今更普通の発動じゃ、そこまで驚かないって言うか」


「うう……それは確かに。結局私自身の力じゃないわけですし……」


 木杖に目を落とし、しょんぼりと肩を落としてしまうセレナ。その表情に失言だったと俺は焦ってしまう。


「ああっとその。お前だって頑張ってきただろうが。魔力があったって、魔法を発動するには鮮明なイメージとかが必要なんだろ? それで成功できたんなら、あとは道具なしでもできるように練習するだけだ。昔に比べて、立派に成長できてるって」


 必死な弁明を彼女にかける。すると、セレナはまるで、俺を誰か他人を見るかのような目で見てきた。


「……なんだよ」


「いえ、ハヤマさんがそんな必死に励ましてくれる人だったかなぁと思いまして」


「変……でもないだろ。どっかの誰かさんが、一人勝手に負い目を感じて、焦りすぎていた時に慰めたこともあったしな」


「そ、その時は……」


 言葉を詰まらせるセレナ。いつ続きの言葉が出てくるかと待っていたが、咳払いをしたかと思うと

「それはそうとして――」と話題を変えられる。


「ハヤマさん。どうします?」


 正面に向き直ったセレナから、俺は一瞬で雰囲気が変わったのを肌で感じる。


「転世魔法は発動できました。私の力ってわけではないんですけど、でも、後は魔力さえどうにかして身に着ければいいだけですから、もう旅をする理由もなくなりましたよ」


「魔力ってのは、どうすればつくんだ?」


「体力と同じです。何度も繰り返し使って、体が慣れていくまで発動し続ける。言ってしまえば、後は地味な作業しか残ってないわけです」


「……そっか」


 セレナが俺の答えを待つかのように、じっと目を見つめ続けてくる。俺は、決断しなければならない。もう、来るところまで来てしまった。


 覚悟なら、とっくに決めていたはずだ。あの時。虹色の湖を眺めながら、彼女にはっきり伝えたはずだ。


 けれど……


「……発動はできたって言ってるが、その魔法陣はちゃんと俺のいた世界に繋がってるのか? 異世界って、多分他にも色々あったりするだろ? 魔界とかもあったわけだし」


「それは……どうなんでしょうね?」


「おい……」


「でも、なんていうんでしょうか。この世界を超えた時空間の中で、こう、蜘蛛の糸みたいに魔力を張り巡らせていったんですけど、ハヤマさんと似たような雰囲気というか、空気というか。馴染みのあるものを見つけたんです。それで、ここだ、と思って魔法を発動したって感じです」


「そうか」と呟き、俺はまた悩んでしまう。セレナの転世魔法がしっかり俺のいた世界に繋がっているのかどうか。その保証がない以上、帰るかどうかを考えるのは先走った話しだろう。


「実際に転世してみるのも手ではあるが、転世した先で何か問題があったら面倒だしな。俺が行かずに、向こうの世界が元いた世界って分かる方法。なんかないかな……あ」


 閃いた瞬間に声が出てきて、「なんですか?」とセレナが覗き込んでくる。


「一つ方法を思いついたんだ。これならなんとか分かるかも……だけど……」


 余計なことを思いついてしまったと、すぐに後悔した。喋っていくうちに声が小さくなっていき、最後まで言葉が続かなかった。自信を失った俺に、セレナは不思議そうに首を傾げたが、今言いかけた方法以外に何も思い浮かびそうにない。


 ちょっとだけ、憂鬱な気分になる。この方法は、俺が遠ざけてきた存在と向き合う必要があるから。俺は大きなため息を吐いて、セレナにこう伝えた。


「一旦宿に戻っていいか? 準備がいるんだ」



 ――――――



 ログデリーズ帝国王都ラディンガル。相変わらず人がごった返している街道を、俺とセレナは宿を目指して歩いていた。


「ハヤマさん」


 隣からセレナが何かを聞いてくる。


「思いついた方法って、なんなんですか?」


 知りたくなるよな、と、前を向いたまま、俺は話しづらそうに口を開く。


「俺ではない、別のものを送ってみるって方法だ」


「別のもの?」


「そう。一度別のものを送って、それを日を改めた時に回収するんだ。そこに印があったりしたら、お前の魔法は正確に発動できてるって分かるはずだ」


「つまり、向こうの世界からの反応で確かめるってことですか。うーん、それって上手くいくんですか?」


「それはまあ……」と、言葉を濁しながら、口ごもりながらこう続ける。


「俺を知ってる人間に、分かるようなものをな……」


 そこまで言い切った時、俺の視界に、一人の子を両親が挟むように手を繋いでいた家族が映った。


 子供の無邪気な笑み。それにつられるようににっこり微笑む母と父。俺はついそれを、通り過ぎた後も立ち止まって目で追ってしまうと、「ハヤマさん」と声をかけられた。


「ああ、すまん」


 簡単に謝りながら、少し速足で進んでセレナに追いつく。


「あの家族がどうかしました?」


「あの家族が気になったわけじゃない。なんだか、ああいうのが家族の幸せなのかなって、ついそう思ってしまっただけだ」


「ハヤマさん……」


 セレナが申し訳なさそうに声を縮める。別に気を遣ってほしくはなかったのだが。そう思いながら、俺たちは黙ったまま宿まで歩いていった。


 三分もしないうちに、俺たちは寝泊まりしていた宿についた。部屋に向かう前に、カウンターにいる宿主に話しかけ、余っている羽ペンと一枚の紙をくれるよう頼んだ。細目の宿主は「少々お待ちを」と言って、すぐに必要なものを揃えて渡し、代金も不要だと快く言ってくれた。


 それらを持って自分の個室を開ける。後をついてくるセレナも一緒に中に上がらせ、「ちょっとだけ時間をくれ」と言って俺は机に向かった。セレナはベッドに腰かけ、俺が終わるのを待った。


 宿主から頂いた紙を机の上に置き、羽ペンのスタンド部分を外し、自分の手につけてインクを確かめる。黒い線がそこにしっかり引けると、俺は改めて紙と向かい合う。


 ペンの先を、紙の上部につけようとする。一瞬、金縛りにでも会ってしまったかのように止まってしまう右手。一度深呼吸をして落ち着くと、俺は勢いのままペンを走らせていった。


 久しぶりに書こうとしたのは、元いた世界の文字。つまりは日本語だった。三年ぶりにそれと再会する気分は、昔住んでいた実家の周りにあった木々を思い出すような感覚と似ていた。


 そして、俺が最初に書いたのは、この言葉だった。


「――父へ?」


 書き終えた手紙を手に、セレナがそう聞いてくる。


「そうだよ。俺の父親への手紙だ」


 少しやけくそぎみに、俺はそう答える。セレナは「へえ」と興味深々に手紙に目を通す中、俺は気恥しいせいでそこから目をそらした。


 既に宿から出てきていて、辺りに生えているアトロブの花が風に揺らされている。再び静かで穏やかなこの地に戻ってきたわけだが、その空気の中、セレナは「うーん」とうなる声を出した。


「全く読めません」


「そりゃそうだろ。俺が元いた世界の言語なんだからな。あんま見られると恥ずかしいから、もう返してくれ」


「ああちょっと」


 彼女の言葉を無視して、俺はセレナの手から父親への手紙を奪い取る。書いた文章を目にすると、今すぐにでも丸めて捨てたくなる衝動にかられるため、なるべく俺は手紙から目を離そうとしたが、それを共感できないセレナは不用意にこう聞いてきた。


「でも、どうしてお父さんへ手紙を書いたんですか?」


「言う必要があるか?」


 嫌そうにそう言ったが、セレナは真面目な顔で「ありますよ」と言い返してくる。


「私の魔法でそれを送るわけですから、どんな内容なのか、簡単には知っておく必要があるはずです」


「別に変な内容じゃないって」


「だったら、説明できますよね?」


 身を乗り出す勢いでそう聞かれ、小さな声で「こいつ……」と俺は呟く。けれどもまあ、教えないわけにもいかないかと渋々納得して、俺は内容を軽く説明していく。


「俺は母親と決別して以来、父親と一緒に住んでたんだ。会話とかは全くしてなかったから、あまり意識はしてなかったけどな。でも、一応俺の帰る場所には父親がいる。だから、この手紙を送れば、父親の元に届くはずだ。手紙の最後の文にはちゃんと、これを目にしたらこの紙に返事をしてくれ。また後日こっちの都合で回収するからって書いといた」


「なるほど」


 セレナは手を打って納得する。


「つまり、この手紙を一度送って、また別の日に転世魔法を発動させて手紙を回収する。それで、手紙にハヤマさんのお父さんの返事が書いてあったら、私の魔法はちゃんとハヤマさんのいる世界と繋がっているって分かるわけですね」


「そう言うことだ。まあ、あり得ないかもしれんが、もしも父親が俺の帰りを待っているんだとしたら、この手紙に何かしら反応を返してくれるだろうよ」


「あり得なくないですよ。子供の無事を願わない親なんていませんって」


 そう言い切ったセレナに、俺は疑い深い目を向けながら「どうだか」と鼻で笑う。セレナは「そうなんですからね」と念を押すように繰り返すと、握っていた杖を両手に持ち直し、目を瞑って意識を集中させた。


「転世魔法。ワールドゲート」


 銀色の一本線が、彼女の前の地面に浮かび上がる。丁度アトロブの花もないそこに、きっちり円の形をした魔法陣が完成していくと、セレナは一度目を開けて俺に話しかけた。


「魔法陣を繋げました。手紙をそこに置いてください」


 上半身を前のめりに倒し、膝を曲げないまま腕を伸ばして、まるで川の魚に餌でもやるような体勢で魔法陣の上に手紙を投げ入れた。手紙が魔法陣の真ん中に入ったのをセレナは確認し、再び目を閉じ、強く念じるように眉を寄せた。


「この手紙を、ハヤマさんのいる世界に――」


 それが詠唱だったのだろうか、突然魔法陣から光の柱が天に昇ると、強い光を発しながら魔法を発動させた。転移魔法でも目にする光景に、俺は瞼を閉じかける。しばらくその輝きを細めで見ていると、やがて魔法陣の光は薄れて消え、そこに俺の書いた手紙はなくなっていた。


「成功したみたいだな」


 セレナは木杖を横にし、腕を下ろす。


「あとは返事が来るのを待つだけです」


「ひとまず一日待つか。また明日、ここに来て確認だな」


「いえ、明後日にしましょう、ハヤマさん」


 セレナからいきなりそう提案されて、俺は不意をつかれたように「え?」と声が出てきた。


「どうしてだ? 明日、何かするのか?」


 別にいつでもいいのではあるが、一応聞いておこうとしてそう聞いてみた。するとセレナは、「そのう……」と若干頬を赤らめ始めた。


「明日は王都でも回って、ゆっくりしましょう。ほら、最近は何かと物騒なことに巻き込まれてばっかじゃなかったですか」


 言われた瞬間に、パッと物騒な出来事がいくつも思い浮かぶ。牢屋に入れられたあの日から、ジバの災厄の日。赤目と魔物化の実験。果ては魔界との大戦争もあったりと、ここ最近まで死ぬようなイベントが盛りだくさんだった。


「ふむ。確かに、ここ最近は嫌なことだらけだったな」


「ですよね。だから、折角今、こうしてゆっくりとした時間が作れているわけですし、たまには一日中遊び続ける日があってもいいと思うんです」


 やけにニコニコとしながらセレナがそう言うのに、俺も特別断る理由はなかった。


「そうだな。ゆっくり遊ぶ日があってもいいかもな。一応セレナだって、こうして念願の転世魔法を発動できたわけだし、なんかしらケーキでも食べてお祝いした方がいいだろう」


「ケーキ! いいですね! それ!」


 魔法にかけられたように目を輝かせたセレナ。髪が伸びたり、転世魔法を発動できたりと成長しているが、この部分だけは永遠に変わらなそうだ。嬉しそうに「ケーキ~ケーキ~」と賑わっているのを、俺は微笑みながら見つめる。

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