18‐後の祭り
「おいテオヤ! ガネル国王はどこ行ったんだ?」
酒瓶片手に質問したヴァルナ―に、テオヤはため息をつく。
「さっきも言っただろ。もう国に帰ったぞ」
「そうだったか? 国王様も、今日くらいパァーッと盛り上がっていけばよかったのに」
「皇帝のお前がここにいるのがおかしいんだよ」
「なんでだよ。今日は国を、いや世界を守り切ったんだ。そんなおめでたい日だってのに、皇帝には息抜きの機会もくれないってのか?」
「はしゃぎ過ぎなんだよ。城を出てこんな店に来るなんて、普通はあり得ない」
「それだったらハヤマに文句を言えって」
隣の席で話しを聞いていたハヤマは「え!」と驚く。ヴァルナ―は酔っ払いの顔を彼に向ける。
「セレナちゃんが寂しがってる原因作ったの、お前なんだからな」
「まさか、それを解決するためにわざわざここに?」
「そうだ。なぜか他のみんなもお前に会いたいって言って、気がつけばこんな大所帯になったんだ。全部お前の責任だからな」
「こ、皇帝様から押し付けられる責任は、ちょっと重すぎるって……」
「けど見ろ。あのテオヤだってお前に会いに来たんだぞ」
「俺はお前が心配で来ただけだ」
そう即答したテオヤに、ヴァルナ―は「ほら!」とハヤマに圧をかけた。ハヤマは「……そうか」と困った顔で答える。それを見て、隣で見ていたセレナが大いに笑い出した。
「オッス拳の兄弟!」と、チャルスがグラの首に腕を回す。
「兄弟?」
「そうだ。お前、いい拳してたぞー」
「勝手に兄弟にするなよ。でも、お前の必殺技も凄かった」
「だろだろ? オイラの技は、これからもまだまだ強くなるぞ!」
自信満々に拳を作ったチャルスに、グラも眼下で軽く握りこぶしを作る。
「……俺も考えた方がいいのかな、必殺技」
「ねえ、あなた」
一人で壁にもたれかかっていたユリアに、アミナが声をかける。
「あなた、決闘祭りにいた、あの猫の被り物の人よね?」
コクリとユリアはうなずく。
「やっぱりそうだった。赤目の戦士だったのね。それを隠すために、あの被り物を被ってたの?」
「……昔、鏡に映った自分を見た時、この目がとても怖かった」
「へえ、そうだったんだ。でも、確かに小さい頃とかに見たら、ちょっと怖いかもしれないわね」
「けれど、今は違う」
ユリアの目線が、前で賑わっている彼らに向けられる。その中に笑顔で溶け込んでいるネアと、無理やり酒を進められるラシュウも入っていて、ついユリアの頬が微かに上がってしまっているのを、アミナは目にした。
「ウフフ、そっか。よかったわね」
ユリアがアミナに振り向き、そして微笑を浮かべたまま、コクリとうなずいた。
楽しそうに笑っているセレナを見ていたミリエル。その隣にいるハヤマもつられているのを見て、彼女はテーブルに向き直る。
「ネアとリュリュは恋人とかいないわけ?」
席を一緒にしていたその二人にいきなり聞いた。二人して「ないよ~」「ないない」と答え、ミリエルは二人に怪しい目を向ける。
「ホントに? 二人して男と絡みあるじゃん」
「ラシュウのこと? ラシュウは大切な仲間ってだけで、そういう風に見たことはないかな」
「リュリュもそうかな。グラ君とは仲良くしてるだけで、キザっぽい貴族の人よりかは付き合いやすいってだけ」
「ふうん、そうなの。でも貴族の人と結婚できるんだったら、色々心配しなさそうでいいかもね」
「でも、リュリュの好みに合う人はいないかな」
ネアが身を乗り出す。
「そしたら、リュリュさんの好みの男性ってどんな人なんですか?」
「うーん……リュリュより力が強い人、かな」
聞いた瞬間、ミリエルは吹き出した。
「アッハハハ! リュリュより力が強い人なんて、そうそういないでしょ。誰がいるの? ガネル様とか?」
「もうミリエルちゃんったら。リュリュ、そこまで怪力じゃないよ~」
トンッとミリエルの背中を叩いたリュリュ。その瞬間、「ぐえっ!?」という悲鳴が聞こえて、よろめいて咳込み始めたミリエルをネアが「だ、大丈夫!?」と心配した。
そんな彼女らのテーブルの一つ奥で、アルトとソルスが一緒に座っていた。
「魔法使いの獣人がいたんだな」
「実は、僕以外にも結構いるよ。エング先生と一緒に、未来の獣人魔法使いに魔法を教えてあげてるんだ~」
「そうなのか。これから常識が覆るわけか」
「うんうん。いつかスレビスト王国に魔法学校ができたら、新しい時代を作っちゃうかもね」
「新しい時代……ちょっと興味があるか」
「おお! もしかして、僕らに協力してくれたりとかしてくれる? 只今絶賛、教師を探し中だよ!」
「教師……」
肘を立てながら、アルトはしばらく考え込む。
「お母さんも、こんな思いで教師をやってたのかな……」
消え入るようなほど小さな発現に、ソルスが「ん? 何か言った?」と聞き返すが、アルトは「いや、なんでも」と言う。
「教師の話し。僕が卒業した後に、考えてみないこともないよ」
「本当! いやー君が来てくれたら大盛況間違いなしだよ!」
アルトの手を取ろうとしたソルスだが、それをスッとかわされる。
別の席では、カルーラがある男の変化に気づいていた。
「お? お前、フード外してんのか」
そう言って、カルーラはラシュウの隣に腰掛ける。
「酒が入ると暑くてな」
「そういうことか。オッドアイなんて珍しいねぇ」
「訳アリだ。話すと長くなる」
「へえ。ま、別に聞かねえよ。アタイは長い話を聞くのが苦手なんだ」
「そうか」
「そしたら……」
そう口を挟み、ラシュウの隣の席に、ヤカトルが座った。手に持っていたグラスをテーブルに置き、置いてあった酒瓶を掴んでラシュウのグラスに注ぐ。
「俺から一つ聞いていいか? どうしてお前は俺たちの敵に回ってたんだ?」
つぎ終わった瓶を、カルーラの方に置いて渡す。カルーラは「なんだ? 敵同士だったのか?」と、酒を注ぎながら呟き、元あったところに瓶が置かれる。
「俺は傭兵だ。依頼がきたらそれをこなす。それだけだ」
「ふうん。そんな奴が、よくセレナたちと仲良くなれたもんだ」
「その時のことは悪かった。ここに謝罪する」
「え?」
ふいに、ヤカトルは言葉をこぼしていた。そのやり取りを見ていたカルーラが笑い出す。
「ッへ。案外素直なんだな、お前」
「そういうわけでは……。けど、前に比べたら、仕事は選ぶようになったかもしれない」
ラシュウが瓶を持ち、ヤカトルの分を注いでいく。
「……そっか。変わったってわけか、お前も。あいつらと出会って」
ヤカトルは素っ気なくそう言って、注がれたグラスを持ちあげた。それを見てラシュウも自分の分を持った。そして、二つのグラスはチン、と音を鳴らした。
互いを認め合う彼らを見ていたカルーラ。彼女の元に、ベルガが真反対の席に座ってくる。
「あんただろ。最近力を上げてるギルド、超ちょっともしんってギルドのリーダーは」
「猪突猛進な。英雄ギルドの人にも知ってもらえてるなんて、ありがたいねぇ」
「ガンガン攻めるスタイルって噂、本当なのか?」
「ああそうだ。アタイらは走り出したら止まることを知らない」
「いいなそれ。俺とあんたは気が合いそうだ」
「おおそうか。そしたら裏道の酒場にある、賭場のできる喧嘩会場とか興味ないか?」
「知ってるぜ。俺も昔通ってたからな」
「いいねぇ。いつもの相手じゃ退屈してたところだ。アタイの全力をぶつけられる相手がほしかったんだ」
「このベルガが相手してやるさ。最高の喧嘩を味合わせてやるよ」
血の気たっぷりの会話。その裏で、おしとやかな雰囲気が溢れてくる。
「女王というのは、やっぱりどこも大変なんですね」
サウレアがそう呟き、キョウヤが「そうですね」と返す。
「人の上に立ち、民を守るためにたくさんのことを為さねばならない。大変ではありますが、その分、返ってくるものも、きっとかけがえのないものだと私は思いますよ」
「そう、ですよね……。でも私の場合、みんなの意見を聞き入れることもできなくて、そういう時にちょっと、息苦しくなってしまいます」
「すべてを自分一人で背負おうとしていませんか? 時には、人を頼る必要もあると思いますよ」
「人を頼る、ですか」
「結局、私たちも同じ人であって、一人の人間ができることは限られていますから」
サウレアは、キョウヤのことを羨望の眼差しで見つめる。
「かっこいいですね、キョウヤ様って」
「そ、そうでしょうか」
「自分の意見をきっぱり言い切ってる姿が、まるで自分に確固たる自信を持っているように見えます。私も、そんな風になれたらいいな……」
「フフ。そんな大げさな。でも、素直に嬉しいですね」
そんな二人の中にロナが入り込んでくる。
「ミリエル王女も、私から見たらかっこいい方よ」
「え? ロ、ロナ殿? と、とんだ御冗談を」
「冗談なんかじゃないわ。私もスレビスト王国の王女ではあるけど、どうしても堅苦しいふるまいとかが苦手なの」
「はあ。もしかして、それでギルド活動を?」
「そう。どの道、私たちの国の王様って、強い人じゃないと務まらない風習があるから、そのための修行みたいなものでもあるんだけどね」
「国によって、王の姿というのも変わるものなんですね。でも、やはり私にも、何かしら力がないと」
「力ならちゃんとあるじゃない」
すぐにそう言ったロナの言葉に、ミリエルは「え?」と拍子抜けする様子を見せる。キョウヤが口を開く。
「ミリエル殿が連れてきた兵士たち。彼らがいなければ、先の戦いに勝利はありませんでしたよ」
「あ。……そ、そうですか。よかった。私でも、お役に立てていたんですね」
安堵の表情を浮かべるミリエルに、キョウヤとロナも微笑を浮かべた。
一方で、グレンは外の空気を吸いに店を出た。そこで、眠そうにあくびをしていたラフィット王子を見つける。
「お疲れのようですね」
「んあ? ああ、かの有名人だ。お会いできて光栄だね」
「こちらこそですよ。ラフィット王子の噂、僕も知ってましたから」
「噂か。でも、本物の英雄様の前では、さすがに見劣りしちゃうって」
「まさか。むしろ尊敬してますよ。一人で魔王に立ち向かおうとした勇気。とても僕でもできることじゃありませんから」
「またまた。どうせ君が同じ立場だったら、きっと同じことをやってたはずだよ」
ラフィットはまたあくびをして、会話が途切れた。ふと、彼らの前をラッツが通りかかると、ジミの前に運んできた七面鳥を与えていた。地面に置かれた餌にジミは頭を下ろし、大きな口を開けて一呑みしようとする。
「……これから、魔物は消えてなくなるんでしょうかね」
「さすがにもう消えてほしいよね」
会話を耳に挟んだラッツが、二人に振り返る。
「僕もそう思います。魔物は、僕らに痛みと悲しみしか与えてくれないですから」
七面鳥を頬張るジミ。グレンとラフィットは彼女を見つめ、決意するようにうなずくのだった。
店から離れた、明かりが届かないようなところでは、レイシーが低木に隠れるように身を潜めていて、それに気づいたフォードが彼女に近づいた。
「何やってるんだ、お前?」
「シ―ッ!」
レイシーに腕を掴まれ、フォードは強引にしゃがませられる。「なんだ」と苛立つのも束の間、レイシーはじっとある一方を見つめていた。その先にフォードも目を向けてみると、そこでエングとキャリアンが、たった二人で向かい合っていた。月明かりだけが差し込んでいるのが、とてもいい雰囲気を出している。
「キャリアン。今になってなんだが、話しを聞いてくれるか?」
「どうしたの、エング?」
「その……」
エングはもじもじとしながらも、意を決するようにキャリアンを見つめて、口を開いた。
「俺は、お前のことが好きだった。お前から告白されたあの日から、実はずっと」
キャリアンは意外そうな顔をする。レイシーも思わずきゃーと悲鳴を上げてしまいそうに興奮していて、フォードも小声で「マジか!」と眼鏡を上げた。
「一度フッておいて、今更何言ってるんだって思ってるかもしれない。だけど、あの時はどうしても、自分の見つけた可能性を形にしたくて必死で、きっとお前への想いも中途半端になって迷惑だろうなって思って、それで断ったんだ」
「それで、数年経った今になって、自分から私に告白したってこと?」
「そういうことだ。……随分、勝手な男だよな、俺」
「本当よ。普通あり得ないわ。私、都合のいい女じゃないんだから」
「そう、だよな……」
フラれたと確信して、エングは俯いてしまう。
「……ねえエング。もしかしてだけどさ」
「ああ。なんだキャリアン?」
「あなたが痩せたのって、いつか私に告白するためだったりする?」
「そ、それは……。まあ、その通りだが。弟子に想い人に告白するんだったら、やっぱりカッコいい姿でビシッと決めないとって言われて」
キャリアンは思わず吹き出す。エングは恥ずかしそうに顔を赤らめ、「結局、無駄だったんだけどな……」と自虐する。
「ねえエング。私から一つ教えてあげる」
名前を呼ばれ、エングは顔を上げる。彼女の目線は真っすぐで、再び二人の視線がばっちり合った。
「私ね。あることに真っすぐ見ているあなたのことが好きだったの。他のことを忘れてしまうくらい没頭するあなたが」
キャリアンは右腕を伸ばし、手を開く。
「私の告白をフッた分。その数年分も、幸せにしてくれる?」
ハッとするエング。そしてすぐに、彼は彼女の手を掴んだ。
「もちろん! 絶対に幸せにする」
二人の告白現場を見ていたレイシーが、フォードの腕を引っ張りその場を離れる。そして、二人から充分に離れてから、胸の内に込み上げていた感情を露わにした。
「見ちゃった見ちゃった! 見ちゃったよフォード!」
「見ちゃったな。まさかあいつが告白するなんて」
「いいなぁ。私も誰かと恋したーい」
「お前みたいなガサツな女は、誰も欲しがらないだろうな」
「ガサツって何よ! アンタみたいな傲慢バカに言われたくないわ!」
「傲慢バカだと!? ポンコツに言われる筋合いはない!」
「誰がポンコツよ! このバカ! アホ! 眼鏡!」
「眼鏡は関係ないだろ!」
そうして二人が言い争いを始まった中、店裏では三人の獣人が揃っていた。
「久しぶりね、ミツバール。浮かない顔だけど、どうかしたの?」
ネイブの語り掛けにミツバールは空を見上げる。
「ちょっとだけ、お兄様のことを思い出していました」
一緒にいたラグルスも顔を上げ「ゼインのことか」と呟く。
「あいつもここにいたら、楽しかったろうな」
「はい。……だけど、いつまでもメソメソしているわけにもいきませんよね」
「……そうだな。死んじまったものは、どうしようもねえ。俺たちはただ、あいつの分も精一杯に生きる。そうすれば、あいつだって報われるはずだ」
ネイブもラグルスの言葉にうなずく。
「彼らは死んでも、彼の思いは私たちの中に残ってる。これからは、ちゃんと平和なプルーグを守り切らないと」
――世界に魔物の海が現れた時、ある一人の少女が魔法を発動した。その魔法の名前は『ウィンクルムゲート』と呼び、彼女が回ったプルーグの全土から、絆を結んだ仲間たちが一斉に集った。
招集された仲間の詳細は、文献によって語られる量が異なる。それでも、どれも共通して書かれているのは以下の通り。
ある者は品位ある王であり、ある者は戦闘の達人。またある者は偉大なる魔法使いで、ある者は呪われた目を扱う戦士。中には、非凡な才である者もいた。そんな玉石混交で種種雑多な彼らは、共に互いを信じあい、協力し合って強大な敵を打ち滅ぼしたということ。
中でも、魔界の竜を討ち取った英雄の伝説は、子ども向け文書でもしっかり描かれている。竜に止めを刺した瞬間こそ、戦争の終わりであったと。
こうして、プルーグの未来をかけた長い一日は、大団円となって終わりを迎えた。誰もが決死の覚悟をかけ、強い野心を持って戦ったこの日は、後に『アトロブの長い一日』という逸話となって語り継がれることになる。
だが、文献に記された者の中で、魔界でたった一人生きて帰ってきた英雄の存在を、知る者は少ない。赤目の人格を持ち、数千もの魔物を相手に生き延びた、彼の存在を。
少なくとも、私以外で知ってる者を見たことはない。
「……今日も、一日が終わる。今日も、私の前に来る者はおらんかったか」
私は、地面と繋がった足に手を置き、眠りにつこうと目を瞑っていく。
「今日も、この世界が平和で何より……」
十八章 転世魔法
―完―