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2‐13 こんな時に泣けば、すべてが許されると思うか?

序盤のみ苦戦描写あり。苦手な方はご注意ください。

 バルベスの握りこぶしから、強烈な紫の光が溢れる。その怪しい輝きが市民たちの頭を狂わせ、更には五十の兵士をも悶えさせた。


「バ、バルベス様、万歳!」


 そう叫んだ顔は涙と笑みが入り混じっていて、もはや原型をとどめていない狂気に満ちている。それぞれが落ちた剣を拾っていくと、バルベスは両腕を広げてたからかに叫んだ。


「さあ! 我が従順な兵士諸君よ! 女王の首を我が手に!」


 バルベスのあざ笑う声が響く。それを合図に、十の市民と五十の兵士がそれぞれ一歩を踏み出してくると、キョウヤは俺たちに叫んだ。


「アミナ! ヤカトル! お二人は赤目の戦士を! ハヤマとセレナは、私と一緒に彼ら全員を!」


「全員!? さすがに無茶だろ!」


 突飛な指示に俺はそう返したが、キョウヤはそれを無視して集中するように目を瞑った。


「私は守ります。仲間も、彼らも。私は、必ず!」


 最後の決意と共に目を見開く。両腕も空を切る勢いで広がると、同時に彼女の足下には水色の魔法陣が広がっていた。


「時はわが手に。時間停止タイムストップ!」


 包まれた空気を内側から割るような声。それと共鳴するように魔法陣が光り輝いていくと、俺はあまりの眩しさに腕を覆って目を瞑っていた。その光も、ものの数秒で収まっていくと、次に目を開いた時、そこにいた市民と兵士たちは全員、銅像のように固まって動きが止まっていたのだった。


「これは!? 止まった!?」


「……なんとか、できましたね」


 キョウヤが腕を下ろして顔を上げると、セレナも驚いた表情のまま口を開く。


「これって、キョウヤさんがやったんですか?!」


 キョウヤがうなずく。


「上級時間魔法、時間停止タイムストップ。時を操る時間魔法を極めれば、対象の時間そのものを止められるのです」


 キョウヤの話しは本当のようで、未だ彼らはビクとも動いていない。瞬きもせず、呼吸している様子すらない。まさに無防備な状態だ。


「でかしたキョウヤ! これなら俺でも武器を奪える!」


 そう言って俺は目の先にいた市民に近付こうとしたが、すぐにキョウヤが胸を抑え、苦しそうに息切れをしているのに気づき、慌ててそっちに足を向けた。


「っておい、大丈夫か?」


「ハア……ハア……ちょっと、人数が多すぎたでしょうか……」


 彼女の背後からセレナも心配して寄ってくる。


「多分、体内の魔力を一気に解放したせいで、全身から力が抜けたのかも」


「そんなのがあるのか?」


「体力と同じです。いきなり大量の魔力を使えば、体にかかる負荷が大きいんです」


 キョウヤの背中を優しくさすりながら、セレナはそう説明する。


「私は、大丈夫です。それよりも気を付けるべきは……」


 息切れをするままキョウヤが顔を上げる。その目を追うと、アミナとヤカトルの前に、頭上の木から降ってくるフードの赤目と、浮かべていた紫の魔法陣を消すバルベスが残っていた。


「まさか六十人を同時に止めるとは。そこまで成長されていたのは、少し誤算でしたね。まあそれでも、肝心の赤目を逃してしまったようで」


 途端にフードの赤目が槍を構えなおすと、そのままキョウヤに向かって突っ込もうと走り出した。アミナがすぐに刀を持って真正面からぶつかると、二つの武器から一回、二回と火花が舞う。三回目にしてアミナの体勢が崩されると、彼女の背後からヤカトルが飛び上がり、撃剣を投げてはフードの赤目をそこから引かせる。逃げた先にすかさずアミナが駆けこんでいくと、その押し問答の裏でキョウヤは俺たちに指示を出してきた。


「お二人も、魔法の効果が切れる前に早く!」


「あ、そうか」と急いでセレナと一緒に振り返る。「私は兵士のを落とします!」とセレナが言って走り出すと、俺はそれ以外の市民一人一人に近付き、片っ端から固い手をこじ開け、握っていた剣を地面に放り投げていった。


「無様な抗いだ」


 途中、バルベスが呪符を投げては俺とセレナを止めようとしたが、それをキョウヤの時間魔法が速度を低下させた。


「無様だろうと、その先に守るべきものがあるのです!」


 やっと六人目の剣を地面に捨てた頃、ちらっと見えたセレナは、武器を落とすことに慣れたのか、持ち前の風魔法を使って、一つの衝撃波で五人の手から剣を弾き飛ばしていた。魔法を撃つまでの時間も短く、俺とは落とすまでのスピードがまるで違う。


「こっち手伝いますね!」


「お、おう、頼む」


 五十の兵士全員分の剣を処理しきったセレナが、俺にそう言って残りの市民の分にも魔法を向ける。なんと手際のいいことか。俺がいてもいなくても変わらないようなほど容量がいい。


 ふと、金属音が耳に入って振り返ってみる。背後で戦ってるアミナとヤカトルも、なんとかフードの赤目の攻撃を受け流しているかと思いきや、撃剣の紐をフードの赤目の両足に上手く絡ませ、すかさずアミナが突っ込んでは、逆に追い詰め始めているようだった。


「これで!」


 刀を頭上から降り下ろすアミナ。フードの赤目は槍を横に持って柄で受け止めると、それを力で押し返し、すぐに紐を切ってそこから飛び退く。


「紐が切られちったか。新しいのに代えねえと」


「急いで! 今は追い詰めてるけど、油断はできないわ!」


「わーってるって」


 フードの赤目が足に絡みつく紐を振り払っている中、ヤカトルが手際よく紐を剣の持ち手に巻いていく。そこで少し休戦になった様子を眺めている間にも、隣でセレナの「終わりました」という声が聞こえると、確かに剣を握っている者は誰一人としていなくなっていた。それを確認して、キョウヤも魔法を解除して彼らを解放する。もう呪符の効果は切れたのか、彼らは正気なまま、何が起こったのか確かめるようだった。


 劣勢かと思われていた状況が、これでひっくり返った。だが、俺だけはまだ何もできていない。特別、俺ができる役割が見つからない。敵の武器はセレナがすべてやってくれたし、赤目の相手などできるはずもなく、ましてやバルベスと魔法で相手することもできない。


 なんとかしのぎ切った状況なのだ。この時間を無駄にするわけにはいかない。いかないのだが、一体どうすれば。


 自分の無力感が湧いたせいか、少し焦りながら思考を巡らせる。武術も魔力もない俺がすべきことが、何かしらあるはずだと。そんな時、バルベスがいきなり大きなため息を吐いた。


「っはあ……いくら足掻こうが無意味だというのに。考え直したらどうです女王様。あなたが民や兵士を倒さない限り、この呪符で永遠と彼らは苦しむことになるのですよ?」


「彼らは解放します。あなたを倒すことで」


 きっぱりそう言い切るキョウヤに、バルベスは鼻で笑ってみせる。


「フン。きれいごとを。そんな抵抗、ただ時間が過ぎていくだけですよ。無駄ってものです」


 それを聞いた時、俺はあることに気づいてハッとする。


 ――ただ時間が過ぎていく。


 時間。さっき言ったキョウヤの予知に可能性があるのなら、俺に出来ることはこれだ。そう直感が告げた時、バルベスは今までじっと動かさなかった足を前に進ませた。


「止まりなさい!」


 キョウヤに向かっていくバルベスにアミナが刀を向けるが、バルベスは忠告に従わず歩き続ける。アミナはしびれを切らしたように飛び出していくと、突き出した刀は横から飛び出したフードの赤目の槍に防がれてしまう。


「っく! 邪魔しないで!」


 アミナが叫ぶ裏で、バルベスが小声で「仕事を果たせ」と呟いて歩き去る。フードの赤目は無言のままいると、アミナの背後からさっきと同じようにヤカトルが飛び上がる。そうして撃剣を勢いよく投げ飛ばしてみせるが、フードの赤目にそれを見切られると、撃剣を掴まれてそのまま背後に流された。


「おわ!?」


 つながった紐に引っ張られていくヤカトル。バルベスが通った後の地面に転がって倒れると、アミナも刀をはじかれ、槍の柄を腹に当てられて背中を地に叩きつけられてしまった。


「うくっ!」


「アミナ!」


 キョウヤが心配の目を二人に向けるが、すぐにバルベスの声が間に入ってくる。


「覚えておいでですか女王様? 魔王に襲われたあの日のこと」


 話しながらバルベスはキョウヤに近づいていくと、すかさずセレナがその間に入り込み、俺も市民から落とした剣を拾い上げてその隣に立った。バルベスが剣の間合いに入らない距離で止まる。だが、その口はまた開かれると、蔑むような声でこう言ってきた。


「一番守りたかったご両親を守れなかったあなたが、一体何を守るというのです?」


「っ!? それは!」


 後ろを振り向かずとも、キョウヤの顔が真っ青になっていくのが目に浮かぶ。


「ふがいない女王様ですよ。お城が魔王に襲われた時、あなたはそこにいなかった。我々や兵たちが賢明に戦い、あなたのご両親だって市民のためにと戦っていた。それなのに、あなた様は一体、どこで何をしておいでだったのでしょうか、ねえ?」


「私は、そんなつもりでは――」


「それも愚か、今度は私の謀反を許してしまう。詰めが甘いのですよ。予知が見えた時、あなたはさっさと対策を打つべきだった。危機感が全くなかったせいで、常日頃大切だと口にする市民たちを、こうして危険にさらしている。まさに愚の骨頂ですよ」


 悪趣味なにやけ顔が俺たちの怒りを刺激してくる。奥でアミナとヤカトルが立ちあがっていたが、フードの赤目がそれを見逃すはずはなく、二人は彼の槍を越えられずにいた。そして、肝心のキョウヤはバルベスに対して、何も言い返せない様子だった。


「ジバの王制度はやはり駄目ですね。ふさわしい人間がいようと、生まれが違うだけで決められてしまう。それがたとえ、未熟な若者であってもだ。市民たちも思っているはずですよ。時間魔法なんて不完全。都も民も守れないあなたなんかに、王たる資格などないのだと」


 言われたい放題の状態に、俺は顔だけ動かしてキョウヤの様子を見てみる。見るとその顔には、悔しさのあまり、今にも目に涙が浮かび上がりそうな表情があった。


 バルベスの放つ言葉の棘。それが彼女には、想像以上に突き刺さっているようだ。そう理解しながらも、俺は何も言い返そうとしない様子に少し腹が立った。


「こんな時に泣けば、すべてが許されると思うか?」


 キョウヤから返事はない。代わりに聞こえてきたのは、俺が喋ったことを不意に思ったセレナの「ハヤマさん?」という声だった。俺はキョウヤから目を離す。


「キョウヤ。あいつの言っていることは、本当に都を変えたいわけでも、自分が王になりたいわけでもない。ただキョウヤを貶めるためのデタラメだ」


 そう言ってキョウヤの分もバルベスを睨みつけてやると、バルベスは相変わらず馬鹿を見るような目で笑ってきた。


「フフッ、よそ者が何を言うかと思えば、ワシがデタラメを言うわけがないだろう」


「いいや、デタラメにもほどがあります。今の王はふがいないだの、都の王制度を変えたいだの言っといて、あなたのやっていることはなんですか? 謀反に留まらず、都の人を勝手にこき使って、女王を殺そうと追い詰めている。発言と行動の矛盾が過ぎてますよ」


「だが、キョウヤ女王がふがいないのに変わりはない。王たるもの、市民を守れなければならないだろう?」


「キョウヤに関しては、彼女なりにジバの復興に尽力していた。その証拠に、彼女を支持する市民の顔はとても明るく、街は希望に満ちていましたよ」


「くだらん答えだ。力なき者に、王など務まるはずがない」


「それはあなたもそうなんじゃないんですか?」


 バルベスは呆れ顔を見せる。


「何を寝ぼけたことを。ワシは今、こうしてお前たちを追い詰めている。このままもう一度呪符を握り潰せば、女王の首を取れるところまで来ているのだ」


「その呪符がなければ、あなたは何もできないじゃないですか」


 バルベスの眉が一瞬動き、少し不機嫌な表情を見せる。


「……舐めたことを。この呪符はワシのものだ。ワシのものを使って何が悪い?」


「呪符で人を縛り、洗脳して意のままに操る。呪符の力を使っているより、依存しているんじゃないんですかね? そのせいで、玉座に座っているのはあなたではなく、呪符が居座っているようにすら見えますよ」


「依存だとして何が悪い? ふと手にした力でも、使わなければ宝の持ち腐れというもの」


「ふと手にした……ですか。やっぱり、どこかで手に入れたものなんですね、その呪符。いや、もしかしたら誰かから譲り受けたのか」


 最後の言葉に、バルベスの目が一瞬左に動く。恐らくそれは動揺の目、真実に近づき、焦っている時に出る自然の動きだ。


「変な探りを入れるのはやめろ。気持ちが悪い。ワシは今ここで、貴様を縛り上げて殺すことができるのだぞ」


「それは当然、あなたの力ではなく、貰い物の力で、ですよね?」


「ッフ。断言して脅すつもりだろうが、そんなこと言っても、力なき弱者の遠吠えでしかないぞ」


「いいえ、私は少なくとも、あなたより確かな力を持っている」


「何?」


「そしてそれは、あなたには絶対に得られないもの。上っ面の力に頼り、自分が強くなったと勘違いしている間抜けには、理解もできない力だ」


 つい出てきた罵倒の言葉に、バルベスの目がカッと見開かれる。


「間抜けだと!? ワシを間抜け呼ばわりするか、このクソガキが!」


「そりゃそんな歳でこんな私欲にまみれたことしてたら、誰もが間抜けだと思いますよ。それとも、あなたは違うとでも?」


 最後の挑発にバルベスが怒り狂ったように顔を赤くする。そして、腕を勢いよく下ろして呪符を一枚手に取ると、そのまま俺に向かって投げ飛ばしてきた。


 矢のように真っすぐ飛んでくるそれを、俺は身動き一つせず堂々と待ち受ける。すると、呪符が目の前まで迫った瞬間、それは時が止まったかのようにピタッと動きを止めたのだった。


「んな!? 女王貴様!」


 バルベスが声を荒げる。


「……やっぱり、貰い物の力なんかより、地道に積み上げた力のが信頼できるな」


 そう言いながら俺は振り返ると、キョウヤは涙を振り払い、目一杯腕を伸ばして魔法を発動していた。


「ハヤマ。民は私を。父上と母上より力不足な私を、まだ王として認めてくれるでしょうか?」


 その質問に、俺は少し考えてから口を開く。


「――過去をグチグチ言う人間と、今を懸命に頑張っている人間。セレナだったら、どっちの人間の方が信頼できると思う?」


「そんなの、今頑張っている人に決まってます!」


 急なフリでもセレナはそう即答してくれると、俺はキョウヤに振り返りながら「だってさ」と答えを伝えた。そんな呑気に見える雰囲気がおかしかったからか、キョウヤは少し笑みを浮かべながらもそれに納得してくれた。


「そうですか。なら、やはり私は、戻らなければなりませんね。民たちが待つ、ジバの都へ!」


 その目がまた覚悟を宿したように真っすぐになる。またいつものキョウヤに戻ったのを確信すると、俺はバルベスに振り返り、殺意を抱く目を見つめ返した。

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