18‐15 風よ応えて!(ロック鳥戦)
魔界に包まれた空を、巨大な鷹のような怪鳥ロック鳥は、自分が支配してるかのように飛び回っている。大きな腹の中からモゾモゾと動き出し、喉を通って何かが吐き出されそうになると、地上にいるアルトとソルスに向けて岩が落ちた。
二人はとっさに手を伸ばし、魔法陣を展開する。氷と水が柱のように噴き出して、一緒になってその岩を押し返し始める。だが、すぐにロック鳥が近づいてくると、大きなかぎ爪ぶつけて岩にのしかかってきた。
「ぐっ! マズいか!」「くうぅ!」
二人の魔法が次第に押し返されていく。そんな中、二人の足下に灰色の魔法陣が光り出すと、二人は光に包まれて姿を消し、岩は何も潰すことなく地に落ちた。
「どうなった?」と駆けつけていたエングが足を止める。キャリアンも追いついてくると、二人の背後が光り出し、アルトとソルスが魔法陣から姿を見せた。
その二人の後ろから、更にもう二人の人影が近づく。それに気づいたアルトが歓喜の声を上げた。
「セレナさん! ハヤマさん!」
「アルト君! 無事でしたか。ソルスさんも」
「助かりました~」とソルスが軽く返し、キャリアンはハヤマの顔を見て驚いた。
「まあ。その目は……」
赤い瞳を宿したハヤマが彼女を見る。
「もう一人の俺の知り合いか。詳しい説明は省くが、俺は俺で見た通りだ。さっさとあの化け物を落としてやろう」
「あらあら。言葉遣いまで変わっちゃって。でも、頼りになりそうね」
(もう一人はちゃんと目上の言葉遣いをしてるってか。俺の口から敬語……。あんま想像つかねえ)
赤目はそう思いながらも、迫ってこようとする怪鳥に気づいて一人走り出した。ロック鳥はそこにいたグルマンに、象のように大きいかぎ爪を向ける。グルマンは斧を全力で振りかぶり、その足をはじき返そうとするが、あまりの大きさに斧はと下りきらず、逆に押し切られてしまう。
「ぬお――!?」
「おいおい」
体勢を崩したグルマンの前に、ハヤマはとっさに飛び出る。そして、重たそうに風を切るかぎ爪を、彼はサーベルの刃で受け流し、懐に潜り込んで腹部に一本の切り傷をつけた。
ロック鳥が嫌がるように羽ばたきをしだし、暴れる。一時撤退するように慌てて飛び上がっていくと、その大きな翼で体を浮かせようと起こった風に、二人は体が飛んでしまいそうになるのを耐えた。ようやくロック鳥が離れて、ハヤマはグルマンに振り返る。
「正面から力勝負は、さすがに無理だろ」
「んな!? 小僧お前! このワシに無理だと言ったか!」
ハヤマは心の中で、騒がしい奴に話しかけてしまったと後悔する。
「ワシに無理なことはない! お前みたいにリンゴを目の中に入れるような奴に言われたくないわ!」
「リンゴ? ……って、リンゴ入れても赤目にはなんねえよ!」
遅れて気づいてそう言い返し、二人はいがみ合う。
その一方で、空では傷を負ったロック鳥に、一人の獣人が矢を向けていた。鶏のように長い両脚を使い、彼女は握っていた矢をパッと放つ。
「消えなさい! このブタ鳥!」
矢は見事に太い首筋に命中した。だが、ロック鳥に比べてその矢はあまりに小さく、まるで爪楊枝でつつかれた程度でしかなかった。ロック鳥の首が動き、ミツバールに向かって巨大な翼で悠々と飛んでいく。
ミツバールはすかさず急降下をし、ロック鳥から逃れようと縦横無尽に空を飛び回る。しかし、大きすぎるロック鳥は彼女に追いつき、丸のみできてしまいそうな大口を開いた。
その時、地上ではセレナがデリンの木杖を掲げていた。
「我焦がれ、求めるは疾風の使い魔、其に捧げるは凪の祈りなり」
緑色の円陣に、複雑な模様が次々に浮かび上がる。その一点に、風が集まるように吹き荒れながら。
「お願い。風よ応えて! 最上級風魔法、ストームブロウ!!」
気迫に満ちた声と共に、魔法陣が光り輝く。そして、突然にして何かが突き出てくると、気体が集まってできたハヤブサの鳥が、音速の如く空を駆け抜けた。
ロック鳥が風のハヤブサに気づいた時には、既に魔法が片翼を突き抜けていった。強烈な勢いに怪鳥は一回転するようにバランスを崩すも、落下しながらかろうじてバサバサと羽ばたいて高度を保とうとする。しかしそこに、すかさず風のハヤブサが帰ってきては、今度はもう片方の翼を突き抜けて更に地上へ落とし込もうとする。
「世界を包む大海原――」
とっさにそう口に出して青色の魔法陣を広げるのはソルスだ。
「深淵に潜みし、噴火をも飲み込む巨人よ。かの深海に光はなし。暗黒の牢獄を食い破り、今こそ大地を食らう時! タイダルウェイブ!!」
魔法陣から怒濤に水が噴き出ていき、彼らの前に一瞬で小さな湖が生まれる。その中央から一筋の水が立ち上っていき、次第に水量が増して太く長くなっていく。やがて、十分に水が溜まると、真っ赤な目がどこからか光り、生み出された海蛇が大口を開いた。
「捕まえちゃえ!」
海蛇の首が伸び、ロック鳥の片脚が大量の水の中に呑まれた。海蛇が自分よりデカい鳥を湖の中へ引っ張っていく。
「でかした若いの!」とグルマンが駆け出す。ハヤマも遅れて飛び出し、二人して水音鳴らしながら迫っていくその裏で、もう一人の魔法使い、アルトが腕を伸ばす。
「氷霧に包まれし雪原の主よ。かの地を氷塊と変える冷気。闇すらも凍てつかせる細氷。氷姿雪魄の姿をこの目に見せよ! ダイヤモンドダスト!!」
魔方陣から溢れ出す冷気。一つの雪の結晶が風に乗って飛んでいくと、それを氷の狐が軽やかに通り過ぎていった。一切の物音を立てず、四つの足で俊足にハヤマとグルマンを追い越し、必死にもがいているロック鳥の頭上を高々と飛び越えていく。
狐の通った後は氷漬けにされ、湖のすべてがスケートリンクに変わろうとする。ロック鳥のかぎ爪から霜が募っていき、じわじわとそれが全身に張り巡らされていくと、あっという間にロック鳥の首から下までが氷に覆われた。
「いける!」
無防備を晒した空前のチャンスに、ハヤマはそう呟いてサーベルを持ち上げた。身を屈めて一層加速していき、ロック鳥の首元に跳び上がろうとした、その瞬間。
「とお!」
彼の頭をグルマンが踏み台にしていく。
「っつ!? てめえ――!」
「うおらああ!」
渾身の振り下ろしの斧が、ロック鳥のおでこに食い込んでいく。銀の刃がすべて見えなくなりそうなほど突き刺さり、そこから色黒い血も溢れ出てくると、痛みに悶えたロック鳥が、全身に張られていた氷を打ち砕くほどに暴れ出した。首をブンブン振ってグルマンを斧ごと振り落とし、そのまままた空へ逃げていく。
「ぐあ!」
尻から着地するグルマン。ハヤマはもう届かないくらいに飛んだロック鳥を見上げ、唇を噛む。
「おい! 一発で仕留めねえから、逃げられたじゃねえかよ」
「んだと! ワシに口答えする気か小僧!」
喧嘩を始めてしまう二人に、セレナが呆れてしまう。
「ちょっと。二人とも、今はそれどころじゃ……はっ! また来る!」
最後の大声で二人が顔を見上げると、ロック鳥はまた腹の中をモゾモゾとさせ、今にも口から岩を吐き出そうとしていた。
「チッ!」と舌打ちするハヤマ。いよいよ岩が来ると構えた時、ロック鳥の左目に一本の矢が突き刺さった。ロック鳥は慌てて岩を呑み込み、痛みにまた悶えだすと、魔物の頭上にミツバールが飛んでいた。
「この下衆が! さっさとくたばりなさいよ!」
更に一本、ミツバールは矢を放つ。ロック鳥は翼でそれを払いのけ、ミツバールを始末しようと浮かんでいく。
「やるな、あの鳥人間」とグルマン。
「ハヤマさんお父さん! そこに立ってて!」
セレナがそう叫び、二人の足元に緑の魔法陣を描き出す。その傍ら、エングとキャリアンも動き出す。
「闇魔法、いけたよなキャリアン?」
「ええ。誰かさんのおかげでね」
「ならいくぞ。合わせろ!」
「言われなくても!」
二人は同時に空へ手を突き出す。二人して一点に魔力を集めていき、紫色の光が左右対称に伸びて円を描いていく。そして、二人の目の前に闇の魔法陣が完成される。
「合同闇魔法!」
「パラライズベノム!」
毒と麻痺が入り交ざった赤黒い電撃が、ロック鳥に向かってビリビリと飛んでいく。それは見事、ミツバールを丁度逃したロック鳥の背中に直撃した。
当たった部分の羽毛が一瞬で剥げ、明らかに痺れているように全身が痙攣しだす。そのタイミングを見て、セレナが魔力を解放する。
「はあ!」
台風のように風が噴き出し、魔法陣に立っていた二人が足を上げて宙へ飛んでいく。痺れたまま動けず、羽ばたきもできずに高度を落とし迫って来るのを見て、ハヤマは先にサーベルを構えた。
「俺なら一撃でやれる! 邪魔するなよな!」
「なあにい! ワシが貴様のような小僧に劣ってるわけなかろうが!」
「うるせえ! とにかく手出すな!」
すぐに届きそうな距離を見計らい、ハヤマはサーベルを頭上まで運んで構えを取る。グルマンも斧を腰の裏から振れるよう構えると、何がなんでも自分が止めを刺そうと、ハヤマの体に覆いかぶさろうと体を前に出した。それにイラついたハヤマも、負けじと体を前のめりにする。
「邪念流撃――」
「墓送りだ――!」
デカい怪物の前で、二人は、
「天邪鬼!!」
「パワフルアーックス!!」
同時に腕を振った。
ハヤマの手に、肉と骨を切った感触が確かに残る。おまけに、どす黒い緑の血が出てきた瞬間も、彼らの目にはっきりと映っていると、彼らが通り過ぎた後、ロック鳥の胴体から首がすっぱり離れていた――
「――やったか……っと」
落ちる頭を見てハヤマは呟き、一緒に落ちようとする二人をミツバールが、かぎ爪でそれぞれの肩を掴んでいた。尖った爪で傷つけないよう、脇に挟まるように丁寧に扱っている。
「たとえ目の色が変わっても、やるときはやるのね」
そう言って、ミツバールは何度か羽ばたきを繰り返して降りていき、ハヤマたちを無事地上に戻した。
「悪いな」とハヤマは素直に礼を口にし、「礼ならいいわよ」と素っ気なくミツバールは返す。グルマンは不服そうに腕をくんでふんぞり返る。
「まったく。ワシ一人でもできたはずなんだがな」
「まだ言うかよ」
そういう愚痴はもう一人にしてくれ、とハヤマは思って、途端に全身の倦怠感を感じて、意識が遠のきそうになった。
「うわっ……思えば、一日中暴れてたもんな……。暴れるのは気晴らしになるが、さすがにキツイ……」
眩暈を感じる中、かろうじて近づいてきたセレナに彼は気づく。
「やりましたね、ハヤマさん。お父さんもかっこよかったですよ」
「おおそうか! セレナにそう言ってもらえるなら、父さんはどんな魔物でも倒してやるぞ!」
急に声色を変えた父親に、一瞬で親バカを察するハヤマ。冷めた目をちらりと向けてから、セレナに振り返る。
「いい魔法だった。ちょっと、休ませてくれ……」
「あ……」
――痛い!
「いったあ!」
骨が軋んでる。腕が重い。頭はグラグラ。足もがくがく。全身がもう限界を超えていて疲れ切っていて、だけど、出血とかしてるわけじゃないから気絶とかもせず、ぐっすりできる感じでもない。
「大丈夫ですか?」
彼女に声をかけられて、そこでやっと俺は、セレナに体を支えられているのだと気づいた。
「セレナか。大丈夫……じゃないわな」
苦笑いを浮かべられる。もう一人のガス欠なのは明白だ。そりゃ、今日だけで三回も暴れてもらっているんだ。さすがにこれ以上は頼りにしたくない。じゃないと俺の体がもたない。
ふと、どでかい鳥の、生首と体が離れた死体が目に映った。
「セレナ。今の状況は――」
それ以上を口にしようとした時、遠くから豪勢な雄たけびが轟いた。地を引き裂き、空をも貫いていきそうな咆哮。
セレナの向いていた目線を追うと、そこにあのドラゴンが残っていた。
「あとは、あれだけです」
残すはエンヴリムイフリート。あれと戦っていたのはアストラル旅団。
最後の大ボスを託すには、十分な人が揃ってるはずだ。
――頼むぞ。英雄。