18‐14 私たちが手を取り合い、奮起する時です!(モモタロウ戦)
一度の羽ばたきで十メートルを超えて飛び上がるモモタロウ。頭上に掲げた両手を握り合わせて落ちてくると、地面をえぐるように叩きつけ、辺りにいたチャルスとグラ、リュリュたちが吹き飛ばされる。遠目でそれを見ていたキョウヤが、パッとアミナに目配せする。
「短期決戦で行きましょう。いけるアミナ?」
「もちろん!」
颯爽と駆け出していったアミナ。モモタロウに向かっていくその背中を後押しするように、キョウヤの手から水色の魔法陣が浮かび上がる。
「時のすべてを我が手に。最上級時間魔法 時間停止!!」
キョウヤを中心に世界から色が消えていく。書きかけのデッサンのように白黒へ変わり果て、立て直そうとするチャルスやグラたち、モモタロウといった魔物も含め、すべての生物の動きがピタリと止まっていく。
そんな中、キョウヤが顔を上げると、その先に足下にただ一人走り続けているアミナがいた。二本の刀をバツ印にするように交差させ、一心に魔物に迫る。
「月花二輪双!!」
腕を振り切り、瞬きをする間もなく、アミナがモモタロウの体を突き抜ける。彼女が静止したのを見て、キョウヤも息を吐き出しながら魔法を解除する。
世界が色づき、時の流れが元に戻ったその瞬間、十字に切られた傷口から血が噴き出した。瞬間移動したようなアミナにチャルスが「すげえ、何も見えなかった!」と目を輝かせていたが、モモタロウは何も動じることなくアミナに振り向き、苛立ちの睨みを利かせるのだった。
「うそ!? 私の全力が、利いてない!」
モモタロウはのっしのしと助走を始め、そこから一気に走り出していく。慌てて二刀を構え直そうとするアミナだが、あっという間に目の前まで迫られてしまう。
「チッ!」とヤカトルが撃剣を投げる。が、モモタロウの拳で軽く振り払われる。そして、モモタロウが右手が上げられた時、アミナは足がもつれて尻もちをついてしまう。
誰もが殴られる、と思ったその時。
一本の槍が、モモタロウの腹部に深く突き刺さった。アミナの背後から伸ばした突槍。モモタロウが一瞬よろめくと、その隙に魔物の体で蹴り飛ばし、同時に武器を引き抜いた。血に濡れた槍を速やかに回して構えなおすと、彼はフードから見せた赤目でちらりとアミナを見た。
「早く立て。休んでる暇はないぞ」
それだけ言って、ラシュウはモモタロウに自分から攻め入っていく。仕掛けられたアッパーをとっさにかわしてみせると、モモタロウの目はアミナからラシュウにへと移り変わっていた。
「彼が私を守るなんて……」
呆然としながらアミナはそう呟く。すぐに誰かが走り寄ってくると、彼女の隣についたネアが、
「大丈夫?」と手を伸ばした。アミナは初対面の彼女に「あ、ありがとう」とお礼を言いながら起き上がらせてもらう。
「あ! その顔、コロシアムでラシュウと戦ってた人!」
ネアはいきなりそう言った。モモタロウとラシュウが戦う中に、チャルスとグラも混じっていく中、アミナも「え、ええ、そうだけど……」と返す。
「やっぱりそうだった! 二年前に見た人と、ここで出会えるなんて。セレナちゃんも顔が広いんだねぇ」
困惑するアミナに構わず、ネアはラシュウに目を向ける。
「あの時は負けちゃったけど、今だったらきっとラシュウが勝つよ。ラシュウはもう、昔のラシュウじゃない。ネアたちを縛っていたものがなくなった今、きっとあなたに負けないくらいの強さを手に入れてるんだから」
「縛っていたもの?」
「そう。ネアたちはもう迷わない。もう大事なものを失わないために、ネアたちは三人で支え合って、懸命に生きていくの」
「大事なものを……」
「そう。あの魔物だって、ネアたちがやっつけちゃうんだから!」
彼女の隣にまた新しい誰かが近づいてくると、フワフワとした口調で一言、リュリュが割って入った。
「いいねぇそれ。リュリュたちもそんな感じで、互いに支え合うって決めてるよぉ」
初対面であるにも関わらず、ネアは気安く「そうなんだ!」とリュリュに返した。
「意外なところで仲間発見だね!」
「えへへぇそうだねぇ。そしたら、気が合う者同士、一緒にやっつけちゃおうか」
「あれ? 二人は知り合いか何か?」
何の躊躇いもない会話にアミナが聞いたが、二人は声を合わせて「ううん」と首を横に振った。完璧に同じ受け答えをした二人に「なのに息ぴったし!?」と驚いていると、裏では地面を叩き割る音が鳴って三人の顔がそこに向けられた。
振り下ろされた右の拳に、大げさに飛び退いたあまり「おっとと!」と尻もちをつくチャルス。その前で、グラは手をつかない側転をして華麗に避けていて、チャルスの目が再び輝いた。
「おお、軽やかな身のこなし! やるなお前!」
「これも教えてもらったからな。っていうか、そんな呑気なこと言ってる場合かよ」
グラの言葉にチャルスが飛び上がるように立ち上がる。
「いや、オイラと似た武器を使うなって思ったら、ついライバルみたいに見えてさ」
「ライバルって。今は目の前の魔物に集中してくれよ。タイマンならいつかやってやるから」
チャルスの尻尾がピンと立つ。
「ホントか!」と口にしたのをグラが無視すると、モモタロウの背後から、ヤカトルが撃剣を投げ飛ばそうとしていた。その気配を感じ取り、反射的に魔物の頭が動く。それと同時に、犬の牙がついた恐ろしいくちばしを開き、撃剣の刃にがしっと噛みついた。
「さすがにこの程度の不意打ちはきついか! ――おわ!?」
とっさに紐を引いて戻そうとしたヤカトルだが、モモタロウが撃剣を咥えたまま顔を180度回して、そのまま撃剣を離しヤカトルを投げ飛ばした。
豪快に飛ばされていくヤカトル。その先で「ジミ!」と叫ぶ声が響くと、ラッツの指示に従ったジミがとっさに回り込んだ。体全体を使ってクッションとなり、ヤカトルの吹き飛ばしをがっちり受け止める。
「っと――はあ、助かった……ありがとな、化けネズミちゃん……って化けネズミ!?」
思わず二度見した彼にラッツは慌てて口を開く。
「ああっと、ば、化けネズミに見えるけど化けネズミじゃないんです。僕の大切な友達だから」
「と、友達、か……」
とりあえずの誤解を解き、ラッツは「よくやったよジミ。偉い偉い」と背中を撫でてあげた。どことなくジミがラッツを見る目が優しい気がして、ヤカトルはそれを異質に思った。
「世界って広いなあ。ネズミと仲良しな人がいるなんて」
ふと、モモタロウの拳を槍の上から受けたラシュウが、必死に足を踏ん張らせ、ヤカトルたちの傍まで吹き飛ばされてきた。「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げるラッツ。モモタロウを見つめながらラシュウが槍を構え直すと、ヤカトルが薄ら笑いを浮かべた。
「大丈夫かよ、赤目君」
「うるさい。今のは反応が遅れただけだ」
ラシュウの目の先で、首を左右に揺らしてポキッと骨を鳴らすモモタロウ。いくつかの傷を負いながらも依然戦えそうなその姿に、ラッツが怯んでしまう。
「うう……。ごめんねジミ。僕が魔法の中に入ろうって決めたせいで、ジミにもケガをさせちゃった」
謝罪の声に反応するように、ジミがラッツに目を向ける。今にも泣き出してしまいそうなラッツ。そんな彼にジミがじいっと見つめていると、ラシュウが口を挟んだ。
「お前がいるからこいつは戦うんだろ」
ラシュウの言葉にラッツが顔を上げる。
「お前を失えばこいつは悲しむ。だからお前のために戦うんだ。お前もこいつを失いたくないのなら、自分を信じてくれるこいつのために、今できることを考えろ」
何かを思い出したかのように、ラッツはハッと口が開いた。ヤカトルが頭の中で(へぇ)とラシュウに感心しつつ、こう口にする。
「まあ、赤目君の言ってる意味は分かるが、こんな小さな少女に対して酷い言い方ではあるな」
「僕、男ですけど……」
即答された言葉に、ヤカトルは少し間を置いてからやっと気づいた。
「……本当か、それ?」
コクリとうなずくラッツ。目を丸くしたヤカトルは、せいぜい「そっか」と返すのが精一杯だった。すぐにラシュウが「警戒しろ!」と注意を促す。
突然足下の地面に手を突っ込み、力ずくで地盤を引きずり出そうとするモモタロウ。地盤はヒビに沿って浮き上がっていって、モモタロウが思い切り腕を持ちあげると、地盤がちゃぶ台返しのようにラシュウたちに襲い掛かった。
「マズい!」
ラシュウはとっさに槍を構え、飛んでくる地盤を受ける体勢を取る。しかしその裏で、「時間停止!」と魔法を唱える声が響いた。同時に腕を伸ばしていたキョウヤが、地盤に魔法をかけて寸前で勢いを殺し切る。
「私たちには守りたいものがある。こんな魔物たちにそれを穢されるのは言語道断」
ジミが地盤に爪を差し込み、真ん中から固い門を開けるかのように力を入れて、地盤を真っ二つに割った。ネズミの甲高い雄たけびが上がって、モモタロウの周りにいる全員が、各々武器を構えた。
「今こそ、私たちが手を取り合い、奮起する時です!」
魂のこもった叫び声が後押しとなり、ラシュウとヤカトル、ジミが真っ先に走り出した。ラッツも勇気を振り絞るように遅れてジミの後ろへ駆け出していく。
ラシュウとヤカトルが同時に武器を突き出す。二つの刃をモモタロウはがっしり掴んで乱暴に振り払い、立て続けに来たジミの引っ掻きを堂々と体の筋肉で受ける。
何度目になるか数えきれない傷口。見慣れた色の液体がしたたかに噴き出る中、モモタロウは目の前にジミを睨んで左手の爪をとがらせていた。とっさにラッツが「右だよ!」と声を上げ、ジミの耳がぴくっと動くと、ジミが平手を突き出し、モモタロウの五本指の間に四本の指が挟まるように引っ掻きを止めた。
容赦をしない魔物が、おもむろに右の腕を上げる。振り下ろされそうになったその二の腕に、後ろから二本の刀が突き刺さると、振り向いたモモタロウの目にアミナが映り込んだ。その隙にラシュウが頭上に飛び上がる。
「てやっ!」
右肩に槍が貫通する。肩と腕を串刺しにされ、右腕の自由を完全に奪われたモモタロウ。左手もジミが握ったまま離さない。それでも攻撃手段がまだ残っていると、モモタロウは鋭いくちばしを使って、目の前のジミの目を突き刺そうとした。
「させるか!」
目とくちばしの間に紐のわっかが投げられ、一瞬で通り過ぎていた頭上を通り越したヤカトルが撃剣を引っ張った。紐はくちばしをしっかり捉え、モモタロウの首の自由すらも奪う。途中、モモタロウの力にヤカトルが引っ張られそうになったが、すかさず「危ない!」とネアが駆けつけ、一緒に紐を握った。
段々と上半身が雁字搦めになっていくモモタロウ。身動きの取れない状態にリュリュが近づくが、「うーん、今叩いたらみんなが……」と呑気に悩みを口にした。そんな時、とっさに魔物の背中の羽が動き出そうとするのを見ると、ハンマーからパッと手を離し、華奢な体系に似合わずがっちりと二つの羽を熊のように力強く握った。
「はい。今のうちに、誰か~」
緊張感のない声に反応するように、チャルスが走り迫っていく。
「今こそかます時だ! 食らえオイラの必殺!」
魔物の懐まで行き、自信に満ちた表情を浮かべて右腕を腰の後ろまで引く。右足で強く地面を蹴ったと同時に、右腕も天高く突き上げた。
「はっちゃけアッパー!!」
無邪気に振り上げられたトンファーが、モモタロウの顎に直撃する。モモタロウのがっしりとした首が揺れ動き、顔が空を向くほどの威力を発揮すると、すかさずグラが頭上から構えていた。
「た、ただ全力のフック!!」
付け焼き刃で思いついたように技名を叫び、全力でモモタロウの顔を殴りつけたグラ。籠手の先端の刃が頬を突き刺し、そのまま殴打した。
ここまで押され続けていたモモタロウが、底力を見せるように突然右足を上げた。掴まれていたジミの手首を蹴飛ばし、自由を取り戻した左手で、すかさずラシュウとアミナを殴ろうとする。
武器を引き抜いた二人が、まるでいつでもそうできるようにしていたかのようにすぐにその場を離れる。再びチャルスとグラが殴りかかろうとしてくるのを見て、モモタロウはリュリュをどかして空へ飛び上がる。チャルスとグラはすれ違うように拳を外し、一緒に空を見上げた。両腕を頭上で合わせようとしているのを見て、グラが叫ぶ。
「また地面を叩いて吹き飛ばす気だ!」
「何!? 離れないと!」
チャルスがそう返したのも束の間、タイミングを見計らっていたかのようにキョウヤの声が響いた。
「時間停止!」
腕を突き出し、モモタロウの時間の流れを奪う。全身の自由を奪われてもなお、それでも抗おうと体を震わせる中、一つの影が遥か空から槍を握って降ってくる。
「レイジストライク!!」
ラシュウの槍がモモタロウの首と胸の間を貫いた。勢いに押されて落下を始め、魔法の呪縛から解放され、もがく魔物。なんとか槍ごとラシュウを離すと、強引に体勢を変えて両足で着地した。
貫通した傷口からの血は止まっていない。しかし、モモタロウはだらだらと体の上を流れているにも関わらず顔を上げる。その先からチャルスとグラからの攻撃が見えると、それを両手でしっかりと掴んで受け止めた。その背後で、人知れずネアは走り出していた。
「大事なものは失わない。そう誓ったから!」
小柄ながらも必死に足を進め、握っていた剣を顔の横まで上げると、ネアはラシュウの開けた傷口を一点に狙いを定め、「ふん!」と威勢よく突き出した。剣は綺麗に真っすぐ突き刺さり、モモタロウが吐血しだす。
モモタロウは両腕を振ってチャルスとグラを突き放すが、ネアが剣を引き抜いた拍子に体がよろめき、とうとう片膝を地面につけた。
「倒れ込んだ! 今だ!」
とっさにラシュウがそう叫んだ。首元を流血を抑えようとするモモタロウ。それでもなお、鬼のような狂気な目を動かしていると、前に立っていたリュリュを見つけた。
「悪いけど魔物さん――」
よっと口にしそうな勢いでハンマーが持ち上げられる。そして、彼女にゆるふわな笑みを浮かべられる。
「ペッシャンコだよ」
それを最後に、リュリュは立ち上がれないモモタロウに容赦なくハンマーを振り下ろした。一瞬、モモタロウがなんとかハンマーを抑えようと腕を伸ばしたように見えたが、リュリュに手加減の文字を知らないでいると、地軸もろとも引き裂くような音を立てながら、彼女は魔物の全身が見えなくなるほど押し潰していたのだった。
「……やった、のか?」
ラシュウがそう呟き、リュリュがゆっくりとハンマーを持ち上げる。その下に下半身が地面に埋まり、上半身は見るも無残な姿になったモモタロウが映ると、その場の全員がホッと胸を撫でおろした。
その圧倒的な馬鹿力に感激するチャルス。隣でネアも「スッゴーイ!」と彼女に近寄っていく。
「とっても力があるんだね!」
「とてもだなんて。リュリュにはこれくらいしかないからね~」
「……恐ろしい奴だな」とラシュウが呟く。それを聞いた知り合いのグラが、呆れ顔を浮かべながらもこう言う。
「いつ見ても慣れないよ、あいつの馬鹿力は」
ラッツはジミの体を撫でまわしている。「よくやった! とっても偉い!」と褒めちぎる中、アミナとヤカトルが二人いたところに、キョウヤが近づいていった。
「やっと片付きましたね。二人とも、無事ですか?」
「うん。私は平気。ヤカトルは?」
聞かれたヤカトルはなぜか黙ったままいると、ラッツとジミ、そしてハンマーを肩に担ぐリュリュを見返していた。「ヤカトル?」とまたアミナに聞かれて、ヤカトルはすうっと息を吸い込みながら空を見上げた。
「いやあ……世界ってのは、めっぽう広いんだなぁ……」