表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/200

18‐13 ごり押しあるのみ!(エーテルフェンリル戦)

 狼の遠吠えが響く。騒がしい戦場でも、気高く芯の通った一声。その魔物は、頭上に赤い魔方陣を生み出し、火山の噴火の如く炎を降り注がせた。


 襲い掛かる数多の火球を、ラグルスとネイブは切り裂き続ける。カルーラも螺旋槍で振り払おうように必死に防いでいると、鎖の首輪を赤く光らせたエーテルフェンリルは、一層遠くまで響くように遠吠えをし直した。


「アオーーン!」


 口元から出ていた魔法陣から、真っ赤に染まった大粒のひょうのように降り続ける。ラグルスはその勢いに負けじと武器を振っていっては、やっとの思いでその距離を詰めていこうとする。


「魔物がいっちょ前に魔法を撃ちやがって! その鎖のせいだかなんだか知らねえが、調子乗ってんじゃねえぞ!」


 一瞬にして飛び出したラグルス。同時に突き出した大太刀が、エーテルフェンリルの真っ白な毛をかすめた。とっさにエーテルフェンリルが高く飛んでいると、首輪は青色に光り出し、着地と同時に浮かべた魔法陣から水を噴き出させた。


 柱状に溢れ出た水魔法。それを避けようとラグルスは飛び退くが、水は地面に当たると光の屈折のように折れ曲がり、ラグルスの体を追っていった。


「――んな!?」


 とっさの判断が間に合わず、ラグルスの全身が泡のように呑まれてしまう。背後にいたネイブとカルーラが魔法の水を切って彼を助けるが、それで二人にも大量の水がかかったのを見て、エーテルフェンリルの首輪の色が黄色に変わった。雷を表す魔法陣から、放電が走る。


「っぐ!? 水に雷が!」


 ラグルスのしおれていた毛が一瞬で逆立った。ネイブとカルーラもまんまと感電し、全身が自分の意志で動かせなくなってしまう。


「ぐっ! 不覚!」


 ただ四足で立ち続け、魔法陣を光らせ続けるだけのエーテルフェンリル。ふと、何か気配を感じるように振り返ると、空から向かってきた三尖刀の刃を横跳びでかわした。


「――外したか」と、彼は三尖刀を持ち直す。同時に雷魔法が解除されていると、ラグルスが苦しそうに呼吸を取り戻しながら口を開いた。


「こいつは……見たくねえ顔が来やがったな」


 黙ってそれを聞き流すテオヤ。ネイブが猫のようにブルブルと体を震わせて水を払い、代わりに口を挟む。


「私たちに言葉は要らない。そうよね、ラグルス?」


「ッヘ。いがみ合ったお前らと共闘しろってか? 冗談きついぜ」


 そこでやっとテオヤが一言、


「せいぜい足を引っ張るなよ」と高圧的に口を挟んだ。一瞬でラグルスの目つきが変わる。


「ああん! てめえ誰に向かって口利いてんだ! 決闘祭りで勝ったからって調子に乗ってんのか!」


「勝ったのは事実だ」


「んだとお!」


 声を荒げたラグルス。彼らを前に、カルーラが気まずそうに頭をかく。


「三英雄の二人と赤目の戦士。なんだか、アタイの入る隙間がねえな」


 それを耳にしたラグルスが振り返る。


「運命がちょっとずれれば、お前だって戦場で活躍できた実力者だ。尻込みすんじゃねえ」


「アタイが尻込み? まさか」


 螺旋槍を手の平で回し、両手で腰の位置に構えるカルーラ。刃先を離れたエーテルフェンリルに真っすぐ向け、今にも走り出しそうな気迫を顔に表す。


「入る隙間がなけりゃ、いっそ追い抜けばいいだけだ!」


 声を張り上げ、彼女は地面を強く蹴り出した。動く足がはっきり見えないほどの猪突猛進に、エーテルフェンリルはとっさに背後に飛びながら、鎖の首輪を緑色に光らせる。そして、顔の前に魔法陣を浮かべると、そこから腕のように太い風の衝撃波がいくつも放たれ、カルーラを襲っていく。


「くっ!」


 肩に当たったのを皮切りに、カルーラの節々に風魔法が当たり続ける。それでもカルーラの足は止まらない。


「んなもんで、アタイが止まるかあ!」


 考えもなくごり押しで突っ込むカルーラが、跳んで逃げ続けるエーテルフェンリルを着実に近づき、追いつこうとする。エーテルフェンリルは威嚇するように歯ぎしりをし出すと、同時に魔法陣から人なみに大きい風の衝撃波を飛ばした。


 透明でありながら、うねっている動きが目視できる衝撃波。それが螺旋槍の頂点とぶつかり合う。強烈な勢いにカルーラの足がとうとう止められ、繰り出されたパンチのように衝撃波の勢いが押し続けていると「くあっ!?」と螺旋槍をもはじかれた。


 吹っ飛んだ螺旋槍に重心が奪われ、彼女がよろける。その背後から、ラグルスたち三人が飛び出してくると、エーテルフェンリルはすかさず遠吠えを上げ、首を上げた動きと繋がっているように地面から炎の壁を噴き上げた。


「しゃらくせぇ!」


 先頭へ飛び出し、大太刀を投げ飛ばしてしまいそうな勢いで振り切るラグルス。炎の壁は横一閃に薙ぎ払われ、一瞬だけ生まれた隙間にネイブとテオヤが飛び込む。


 侵入してくる二人を見て、エーテルフェンリルは首輪を茶色に変える。すると今度は、地面の土を直接動かして炎より分厚い壁を作り上げた。


 三尖刀を突き立て、真正面から崩そうとするテオヤ。


「――チッ! 土の中までちゃんと魔力が通ってる」


 三又の矛が貫通しきれないのを見て、ネイブは横から回り込もうとする。が、すぐに新しい壁を築かれてしまう。


「賢い魔物だ。攻め入る隙がない」


 つい足を止めてしまうネイブ。そんな中、土の壁に螺旋槍の刃が突き刺さった。


「ごり押しあるのみ!」


 武器を投げたカルーラが駆けこんできて、武器を高速回転させる。土の中からゴリゴリと音が鳴り響くと、すかさず持ち手に回し蹴りを叩きこむ。


「ぶっぱなしドリル!!」


 強烈な打撃が直撃した瞬間、土の壁に一点の穴が生まれた。そのまま貫通したいった螺旋槍に、エーテルフェンリルも反応できず頬に小さく傷をつけられる。そのまま螺旋槍は通り過ぎ、土の壁がすべて砂のように崩壊する。


 すかさず中へ飛び込んだのはネイブだった。エーテルフェンリルの前に佇み、首元まで持ち上げた細剣を傾け、刃先を眼前の敵に向ける。


「――覚悟」


 刃先が光ったのを見て、エーテルフェンリルはとっさに風の魔方陣を浮かべる。顔の周りに小さく五つ並んだ魔法陣。それを、ネイブは一瞬にしてすべて突き刺し、最後にエーテルフェンリルの体を貫くように走り抜けた。


 全身の右側に、一本の傷跡をつけられた魔物。すかさず足下に風魔法を起こして、過剰なまでにその場から飛び退いた。そうして静かに着地した時、足下に緑の血がこぼれた。


 地面に落ちた一滴が土に染みていく。それをしっかりと目にしていたエーテルフェンリルは、唐突に目を瞑った。そして、何かを念じているかのような間が生まれると、エーテルフェンリルは目を瞑ったまま、天に向かって高らかな遠吠えを上げた。


 さっきまでとは違う、澄んだ美しい遠吠え。神の使いでも現れたのかと思えるその声に、追い打ちを仕掛けようとしていたラグルスたちも思わず足を止める。また何をしてくるんだ、と言わんばかりに武器を構えた瞬間、エーテルフェンリルの足下の土が動き、そのまま背後へ魔物を誘うようにラグルスたちから離れていった。


「野郎!」


 土が流動的に動いては、坂道のように伸びあがっていくその道を、ラグルスたちは追いかけていく。狼、豹、サーバルキャットは武器をしまい、四足になって全速力で。赤目のテオヤも、二足ながらも彼らの後をすぐに追いかけていく。


 茶色だった首輪の光に、緑色が糸のように混ざり込む。エーテルフェンリルは地面を動かしながら、風の衝撃波をもいくつか放った。横に並んで走る三人を同時に吹き飛ばせるほどの大きさ。すかさず大太刀を構えたラグルスが、「ふん!」とその衝撃波を切り捨て、左右から二匹と一人が走り抜けていく。


 続けざまにエーテルフェンリルが首輪の緑色が変わると、黄色い魔法陣から一線の雷が飛んだ。それにネイブが一歩前に飛び出した。伸ばした細剣で雷に触れた瞬間、くるくると高速で回転させ、最後に刃を地面に突き刺し、雷を消し去る。


 残ったカルーラとテオヤ。エーテルフェンリルまでの距離が目と鼻の先になってきた時、突然地面の動きは直角に変わった。白き獣が赤黒い空へと逃げていく。すかさずカルーラは「おいアンタ」とテオヤを呼び、お得意の右足を上げてアピールした。テオヤはすぐに意図を理解し、その場に飛び上がる。すると、彼の着地しようとした足元に、カルーラは自分の脚を入れるように振り切った。


「飛んでけっ――!」


 もはや塔となったその頂上へ、テオヤは人間魚雷のようになって飛んでいく。途中で、頭上から炎、水、岩の玉が放たれてくるのを見て、彼は落ち着いて三尖刀を構えた。


「三尖刀流儀――」


 炎を斬り捨て、水を刈り取り、最後の岩を柄の末端で完璧に砕く。


 そして、頂上にいた主とばっちり目が合う。


斬刈欧突ざんがおうとつ!!」


 エーテルフェンリルの足場に無理やり足をつけ、重心も無理に前のめりにして、魔物の体を突き抜けるように突っ込んだ。新たに刻まれた横腹の傷跡から、緑の液体が必殺技の風圧に流されて空に消えていく。同時に、塔状に伸びていた地面が崩壊を始めると、弱ったエーテルフェンリルは地面に向かって落ちていった。


 わずかに開かれた目が、ギョロギョロと地面を探す。そうして、再び首輪を光らせようとする中、魔物の落下地点を焦点に、ラグルスとネイブは向き合っていた。


 互いに目を閉じていて、姿勢を屈めたまま、あるタイミングを計ろうとしている。大太刀の鍔に爪を当て、首元で細剣を構えながら。それはまるで。決闘祭りで見せたような、あの時の静けさだった。


 そして、がれきと破片の中から、降ってくる。


 置物のようだった二人が、パッと目を見開いた。


心技一閃しんぎいっせん!!」「紫電豹破しでんびょうは!!」


 真空を突き抜けた勢いで、二人は交わって突き抜けた。カルーラの目に、二人が入れ替わるように瞬間移動したように見えた時、地面に落ちかけていたエーテルフェンリルの体も、重力を忘れたかのように静止しているように映っていた。ただ、魔物の体から血が空へ噴き出していて、そして、止まった時が動き出すように、エーテルフェンリルは力なく地面に落ちた。


「……見えなかった。やっぱり、この二人は速ぇ」


 ラグルスは大太刀をゆっくりと鞘に収めていき、ネイブは軽く血振りをする。その二人の背後にテオヤが降ってきて、彼は倒れたエーテルフェンリルに目を落とし、大量の血が流れているのを確認した。


 体の真ん中に、下の地面が見えるほど深く空いた傷穴。そして首元についた鎖の首輪は、真っ二つ切られて地面に転がっている。


 この魔物は死んだ。テオヤは、ただそれだけの言葉を自分の中で呟くと、誰に振り返ることもないまま、その場から離れていった。


「私の意志は、彼に示せただろうか?」


 ネイブが囁いた。遠くにいるはずのラグルスが、口を開く。


「あいつも見てるんだったら、怠け者って言って殴ってやりたい気分だ」


 ラグルスは足を動かし、さっさと歩き出していく。ネイブもしばらくしてから、彼とは反対方向の軍勢へと進んでいく。


 その様子をはたから見ていたカルーラ。螺旋槍を掴んだまま両手を頭の後ろで合わせ、彼女は薄ら笑いを浮かべる。


「さっぱりしてるねぇ、師匠たち。ま、今は過去を思うより、現在いまやるべきことをやらないとか。そうしないと、後で目一杯騒ぐこともできねえしな」


 そう呟いて、カルーラもその場からどこかへと走り去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ