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18‐12 今こそ! 虎嘯風生の時!(ゲンブ戦)

 大亀に大蛇が寄生した魔物ゲンブ。その蛇が首を反対に回し、地上を走るユリアに向かって口から毒液を吐いていると、大亀は首を真っすぐ伸ばしていき、そこにいたラフィットに噛みつこうとした。


 丸のみされそうなほどある大口から逃れようと、ラフィットは走り出す。噛みつきをかわし、大亀も懲りずに何度もラフィットに噛みつこうと体を回す。ふと、ラフィットが攻撃をかわしたタイミングで身を翻す。逆手に持っていた物の剣先を一度地面につけ、バチンと音を鳴らして剣に雷を帯びさせる。


 緑色の逆光で、ラフィットの真剣な表情を照らされる。彼は意を決するように顎を引き、大亀の首に駆け込んでは深々とその剣を刺した。


 それでも、大きすぎる魔物ゲンブは微動だにしない。すかさず持ち手に左手を押し当て、こう叫ぶ。


「雷魔法。魔力のありったけを!」


 走り出した電流が、大亀の首を通って甲羅の中の体内へ。そして、大蛇の尻尾を経由して頭の頂点まで一気に届く。


「もっと!」


 腹の底から出てきた声に、電流の勢いが加速し、ゲンブの全身が緑の雷撃に光りながら小刻みに痙攣していく。


「――っくうら!」


 最後に首の中で剣を振りぬくラフィット。その剣にびっしりと緑色の血が纏わりついていると、大亀の大きな頭がズシンと地面に落ちた。


 気を失うように閉じられた目。大亀の様子を確認するラフィット。もう息をしていないかのような状態に、彼は「ふう……」と一息ついてから大蛇を見上げた。


 口から毒液を吐き続ける大蛇。それを地上で走って避け続けるユリアに対し、いよいよ大蛇の動きに変化が起きると、首を伸ばして口を開き、鋭利な牙で噛みつこうとした。


 ユリアは急停止し、かろうじて大蛇の牙を避けると、連続で噛みつこうとしてくる攻撃に、俊敏に飛び退いて避けていく。そうしてとうとう首の届かない場所まで下がり切ると、すかさずラフィットが走り出した。


 伸びきった首に狙いを定め、持っていた剣を強く握りしめる。すぐ手前までやって来た時、さっきと同じように剣を突き刺そうと腕を上げた。


 その瞬間、大亀の足が突然動き出した。


 大蛇の前にぶつぶつとしたその足伸び、不意をつかれたラフィットは抵抗する間もなく強く蹴り飛ばされてしまう。


「んぐ!?」


 自分がサッカーボールにされたかのように宙を吹き飛んでいくラフィット。死んだと思っていた大亀は死んだフリをしていただけで、その頭を上げていた。


 背中から地面について転がっていき、最後は爪で土を引っ掻くようにしてなんとか勢いを殺し切る。すぐに立ち上がろうとするも、胸の中から激しく叩かれるように咳込んだ。


「ッカハ! ッケホッケホ!」


 震える腕で上半身を支え、わずかな力でも立ち上がろうとする。ふと地面に何かが垂れたかと思うと、ラフィットの頭から血が流れていた。


「これは……ちょっと、ヤバいかも……」


 腕が崩れて肘がついてしまうと、もう片方の腕も完全に地面に崩れてしまう。それでも彼は立ち上がろうと、プルプルと震えながらも地面に平手をつける。


 流れる血が頬を伝って顎まで届いていっても、顔を上げ、ゲンブを見つめ続ける。遠く離れてしまった先で、亀と蛇は一心同体になってユリアを追い詰めている。


「申し訳……ないな……僕から、彼女を誘ったのに……」


 そんな彼の元に、誰かが駆けつける。金髪の髪を揺らした、一人のシスター。


「ちょ、やっぱり王子じゃん! アンタがこんなところで倒れてないでよ」


 ミリエルは手に持っていた杖を掲げ、緑の魔力石が光らせて魔法を発動する。タメ口を利きながら回復させてくる彼女に、ラフィットは顔が地面に向いたまま言葉を返した。


「王子だからって、そんな期待されても困るよ。特に、僕みたいなめんどくさがりの王子にはね」


「なにそれ? 言い訳のつもり?」


 頭からの流血が止まり、ラフィットはやっとの思いで腕を伸ばした。背後の彼女に振り返る。そこで金髪の縦ロールを指でいじりながら魔法を発動していたミリエルを目にして、ラフィットは意外そうに口を開いた。


「驚いた。シスターというのは、てっきり誰でも優しい人なんだと思ってたよ」


「シスターって言っても人間なんだし、色々いるでしょ」


 そう言って杖を両手に握りなおしたミリエル。ラフィットの破れた服から見えていた傷が完全に治っていくと、ミリエルは集中を解き、ラフィットの体から溢れていた緑の輝きが消えていった。


 ラフィットが膝をついて両足で立ち上がる。体中についていた土や埃を手で払っていると、ミリエルが一言話しかけた。


「ウチは期待してるからね」


 肩の土を払いながらラフィットは答える。


「期待か。僕以外の人にした方がいいよ、きっと」


 そう言ってミリエルの目を見返した時、ラフィットはそこに、慈愛とはまた別の、信頼を持った眼差しを向けられていることに気づく。


「ウチらは見てたよ。フェリオンの街にはびこっていた魔物を、王子が果敢に倒していった姿を。いつもそんな態度とってても、アンタが頑張ってきた姿は、みんなの目にしっかり映ってたよ」


 ふと、ラフィットの目線が申し訳なさそうにそれる。


「……頑張ったところで、僕が魔王を倒したわけじゃない。それに、フェリオン連合王国での被害は、至るところで起こり続けた。僕には国は守り切れなかったんだ。それが現実だよ」


「みんなが王子を頼りにしていたのも現実だって。むしろみんな頼り過ぎてた。自分のことは自分で守るべきなのに、つい王子とかに任せっきりになってたって感じ」


「でも、民を守るのが王族の務めだ。君たちは何も悪くないよ」


「務めねぇ……」


 ミリエルが縦ロールを指でいじり始める。


「それ言ったら、ぶっちゃけウチも、務めを果たせてないんだよねぇ」


「そうなの? 君は僕の体を癒してくれた。多分、君のおかげで助かってる兵もいるだろうし、シスターとして素晴らしい務めを果たしていると思うけど」


「全然。シスターが癒すのは体の傷だけじゃないの。その人の心を癒してまでが、本物の務めっていうか、ウチはそれくらいできるようになりたいっていうか。なんかそんな感じ」


 そこまで話し、ミリエルは髪をいじっていた手を下ろす。そして、「だからさ……」と言葉を繋げる。後ろめたい感情を振り切るように、今一度顔を上げ直しながら。


「お互いに果たそうよ。かつて魔王に奪われた分。それを取り戻せるくらいにさ! ウチの魔法なら王子を支えられる。いくらケガしたって、すぐに治してあげられるからさ。それに、今頑張らないと、絶対に後悔するって分かってるから」


 ラフィットは、彼女の言葉を真っすぐ見つめて受け止めていた。いつも見せているような、気力のこもっていないような顔で。


 ふいに、彼は顔をそらした。背後に振り返って、今もなお耐え忍んでいる赤目の彼女を見て、剣を仕舞い、もう片方の手で背中の弓を掴む。


「こんな僕でも、期待してくれる人がいるんだね。それでも、あんなデカいの相手にするのは、やっぱりめんどくさいってのが本音だよ。戦うのは嫌だって思う」


 矢を持たない手でつるをゆっくりと、力強く引っ張っていく。


「でも、それで大事な人たちを守れないっていうのは……」


 弦を握る手から、電撃が弓にかかる。


「――もっと嫌なんだよね!」


 次の瞬間、彼は弦から手を離し、二本の雷の矢が打ち放たれた。目にも止まらない速さですっ飛んでいく雷鳴の矢。あっという間にゲンブの元までたどり着くと、ユリアを追い詰めた大亀の首筋に爆発するようにはじけた。


 大亀の頭が悠然と動く。痛くもかゆくもないと言わんばかりにゆっくりと動かしていると、ラフィットは既にミリエルの傍から走り出していた。


 俊足に走りながら、雷の矢を引き絞ってはそれを何度も放っていく。大亀が悠々とそれを受け続けている裏で、ユリアも毒液を避け続け、防ごうとして使ったクナイを何本も溶かしながら捨てては、すぐに新しい分を取り出して切り込もうとする。地上から甲羅へ移り飛び、持ち前の身体能力で更に高く飛び上がっていって高所を取った時、大蛇が大口開いて体内へ招待しようと待ち構えていた。今にも食われてしまいそうな光景が、ラフィットの目に映る。


「マズい!」


 彼とゲンブまではまだ距離がある。すぐに大蛇に弓矢を放とうと彼は構えた。しかし、それよりも先にゲンブの足元の土が動き出したかと思うと、すぐに一本の土の腕が出来上がった。


「――土拳どっけん!」


 拳を作った土塊が、大蛇の首元に強烈なパンチをかます。大蛇は大きく揺れ動き、地面に頭がつきそうなほどよろめいた。突然湧き出たその攻撃に、ラフィットの目が声のした方向へと向く。そこに、土の拳と同じように腕を振っていたヴァルナ―の姿があった。


「ここから反撃だ!」


 再び土の拳を握りなおすヴァルナ―。ゲンブの大亀が体の向きを変えると、突き出てくる拳に向かって頭突きで対抗する。


 巨大な塊同士のぶつかり合いは、迫力に満ちた衝撃音を鳴らした。大亀は平気そうな顔をしていると、土の拳に一筋のヒビが入った。そのままヒビは木の根のように広がっていき、一気に拳が破壊されてしまう。しかし、すかさずヴァルナ―の背後から入れ替わるように、ガネルが巨斧を口に咥えたまま四足で飛び出ていく。


 最後の一蹴りで空高く飛び上がり、くわえていた巨斧を口から取り外して両手に握る。そして、天高き場所から高々と巨斧を頭上に持ち上げ、落下の勢いそのままに振り下ろそうとうする。


「ふうん!」


 それを見上げていた大亀が、慌てて首を甲羅の中に引っ込め、かろうじて攻撃を避けた。むなしくも巨斧の刃が地面に亀裂を入れ込むが、顔を引っ込めたゲンブの真正面にラフィットが駆けていく。


「雷鳴の矢 四連! ゼロ距離発射!」


 至近距離で放たれた四つの矢が、一瞬で甲羅の中へと吸い込まれる。その瞬間、甲羅の中で飛び上がるような衝撃が伝わると、大亀はたまらず奇妙な声を上げながら顔を外に出した。


 ゲンブが痛がってるその間に、ヴァルナ―が土魔法を発動し、「ガネル国王!」と叫んだ。すると、巨斧を引き抜いたガネルのいた場所から土が盛り上がり、彼を乗せた土台が一本の柱となって突き上がっていった。


 勢いのある速度に、重たい重圧がのしかかってガネルが地面に手をつく。それでも、ガネルは獣の雄たけび上げる。


「今こそ! 虎嘯風生こしょうふうしょうの時!」


 ガネルは体を起こし上げてみせると、さっき飛び上がった場所よりもっと高い場所まで行った時、彼は巨斧を掲げて飛び出した。


「王式! 虎王瀝血こおうれっけつ!!」


 口から心臓が飛び出そうなほどの怒号を上げ、自分の背丈ほどある巨斧を、力強く荒々しく振った。その刃が大亀の首を直撃すると、太い首元の半分まで刃が通った。大量の血が噴き出すと共に、大亀から甲高い悲鳴が飛び出す。


「地面よりも固い首とは……面白い!」


 ガネルは深く突き刺した巨斧を持ち上げ、その場で全力で振り下ろそうとする。その姿を大蛇がしっかり見ていて、すかさず毒液を吐き飛ばす。だが、その液体は空中でぷっつりと消えてしまう。大蛇が驚いていると、溶けたクナイの残骸が二つ、甲羅の上に落ちた。


「――舞うは鮮血。咲き誇るは、復讐の花」


 装束の中に両手を入れ、パッとその腕を広げる。それぞれの手に三本ずつクナイを構え、地表にいた銀髪の赤目は残像を残す。


「奥義 薊乱舞あざみらんぶ!!」


 彼女が動き出した瞬間、大蛇を囲むような竜巻が巻き起こった。ユリアは音速の速さで走り続け、クナイを振り回し続ける。血でできた新緑の風吹かぜふきが形作られていく。大蛇は目で追いきれず、なす術なく体に傷を増やされていくと、いきなり片目を潰されたのを最後に、竜巻は膨らみ過ぎた風船が破裂するかのようにはじけてなくなった。


 竜巻が晴れて映ったのは、全身傷だらけで緑の血まみれになっていた大蛇。そんな弱り切った大蛇の前を、ユリアは何事もなかったかのように空から降って甲羅に着地する。


 ユリアを見つけ、傷ついた大蛇がガクガクとした動きで口を開こうとする。その隣、ゲンブのすぐ背後に土の柱が伸びきっていると、大蛇の真上に一つの影が迫っていた。


「王式! 雷鳴の斬撃!!」


 雷を纏った剣を手に落下していくラフィット。その刃が大蛇の頭を深く突き刺した時、目を覆ってしまいそうなほど眩い電流がゲンブの全身を巡った。


 強烈な痺れに体を痙攣させる大蛇。甲羅の中から大亀にも電流が流れている。ユリアは予め優雅に飛んでは地上に降り立っていて、巨斧を通じて電流が流れ込んだガネルは、喜ぶような笑みを浮かべながら巨斧を持ち上げた。


「この痛み! これ刺激こそが、我が求める最高の戦闘だ!」


 再び巨斧を振り下ろした時、ラフィットの魔法が切れ、大蛇の首が甲羅の上に倒れた。気絶するように口を開けたまま、ラフィットが剣を抜き取った部分が黒く焦げている姿に、ガネルは気にすることなく巨斧を振り続ける。


 首をひっこめることもままならず、手足も上手く伸ばせないまま抵抗できない大亀。ガネルは餅つきをするように巨斧を何度も叩きつけては、喜々とした顔でゲンブの首元の傷をより深くしていく。


「ガネル国王!」と、再びヴァルナ―が叫ぶ。ガネルは振り下ろした巨斧をそのままに背後に振り返る。すると、大亀に負けないくらい特大な、土の拳が頭上に出来上がっていた。


「脳天潰しか! 悪くないやり方だ!」


 そう呟きながら急いでその場からガネルは離れる。


「消え失せろ。この世界を脅かす者よ!」


 ヴァルナ―は自分の右腕を重りを乗っけているかのようにゆっくり上げていき、握りこぶしの土塊を振り下ろそうと構えた。


「王式! グラウンドハンマー!!」


 土の塊が、痺れ続けるゲンブに一瞬で迫る。そして、拳によって巨斧ごと大亀の首が叩きつけられた。どデカい地響きと共にヴァルナ―たちに聞こえたのは、途中で途切れた断末魔だった。


 息切れに肩を震わせるヴァルナ―。ゆっくりと握りこぶしを開いていくと、土の拳が砂に変わるように崩れていった。その下に残っていたのは、首から頭が切断され、ペシャンコに潰れた残骸。大蛇も白目を剥いて地面にぐったり倒れ込むと、すぐにラフィットが降ってきた。


「っふう……」と安堵の息をつくヴァルナ―。ユリアはクナイを一本ずつ回して血振りをし、ガネルはそのままの形で残っていた巨斧を拾い上げると、ラフィットが三人並んでいたところに歩いていった。


「いやあ、さすがガネル国王と皇帝ヴァルナ―様だ。僕なんかよりよっぽど強い。赤目の君もさすがだった」


 ガネルが両手に握っていた巨斧をしばらくにぎにぎしていて、すぐに杖をつくようにそれを立てる。


「王子の雷魔法。あれほど強力な痺れは初めて体感した。あれから腕を上げたようだ」


 よく見ると、彼のたくましい腕が微かに震えていた。それを見てラフィットは顔をひきつらせる。


「いや。あれだけ全力でやって、ガネル国王が無事なのもおかしいですよ。てっきり赤目の女性のように、離れてくれると思ってたんですけど……」


「おかげでいい体験ができた。礼を言うぞ、王子」


「はあ……」


 巨斧を引き抜いたガネルに、ラフィットが真顔になってしまう。そんな彼の背後から「礼を言われるのはウチなんだけど」とミリエルが歩いてきた。さっさと杖を使ってガネルの体を癒していく。


「国の王様だとしても、無茶したらその分、ウチの仕事が増えるだけなんで、勘弁してくださいよね」


「見守ってくれてたんだね」とラフィットは言う。ミリエルは「まあね」と答え、傷の回復を最後まで済ませる。


 次第に腕の震えがなくなると、ガネルはただ一言「これでもっと戦える。もっと味わえる!」と呟き、すぐにその場から駆け出していった。「はあ……」とミリエルがため息を吐き、その光景にヴァルナ―が苦笑する。


「ッハハ。ガネル国王様は走り出したら止まらないからな。高揚感が抑えられないんだろう」


「ああいう危なっかしい人が、ウチにとっては一番心臓に悪いんですけど」


「簡単に倒れるような人じゃないさ」


 今もなお戦場の中にいる中、他愛ない会話をしていた三人。そんな彼らを、ユリアは何も言わぬまま、血振りを済ましたクナイを装束の中に入れ直していたのだった。

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