18‐9 その力。ここで存分に奮うがいい!
三人称視点になってます。
「さあエンヴリムイフリートよ。私やかつての魔王に匹敵するその力。ここで存分に奮うがいい!」
アマラユの叫びに呼応するように、エンヴリムイフリートの長く太い首が上がる。そして、口から火の粉が見え隠れしている、そこから猛烈な炎のブレスがハリケーンの渦のように飛び出した。
獄炎の炎が足下のすべてを焼き払う。巻き込まれた数十人の兵士たちと、雑兵も同義の魔物たち。彼らの影が一瞬で炎に消されてしまうと、そこにはただ焼き焦げた跡だけが残っていた。
「たった一息で、百の兵が……」と、力なく呟くヴァルナ―。燃えた跡には、骨すら残っていない。惨劇を目にした兵たちが、次から次へとその場を離れていく。理性を持たない魔物たちでさえも、本能的に逃げ出しているように見える。
そんな中、エンヴリムイフリートに最も近くにいたテオヤは、逃げていく兵士たちを見て不適な笑みを浮かべてそうなそいつに足を向けた。いつもは兜に隠している瞳を、しっかり敵に向けている。
「たとえ体が大きかろうが、損傷を与え続ければ……」
向かっていくのを目にしたラシュウが、フードを揺らしながら慌てて彼の元へ駆け寄る。
「お前、まさか一人でいくつもりか!?」
「当然だ。俺は誰かと協力するより、一人で戦うのに慣れてる」
「正気か? たとえ赤目のお前でも、あれに一人で挑むのは無謀だろ?」
「やってみなければ分からない!」
途端に腰を低くしたテオヤが、ラシュウの話しを聞かずいきなり走り出した。弾丸のような速さで一気にその距離を縮めていき、ラシュウも「あいつ……」と呟いてから後を追って走り出す。
テオヤが三尖刀を構え、切りかかろうとした瞬間、エンヴリムイフリートは一本の手足を持ち上げ、その青白く鋭利な爪をまるで魔法でも使ったかのように光らせた。そして、地団駄を踏むかのような速度で手を振り下ろすと、テオヤも三尖刀を力強く突き出した。
「――ふんあ!」
鋼のナイフが真っ二つになったような金属音と、絶え間なく散っていく火花。三つに割れた刃の頂点が、青白い爪に押されそうになると、その後ろからラシュウの槍も加勢する。
二人と一匹のつばぜりあい。しばらく拮抗した押し合いにも見えていたが、エンヴリムイフリートが咽喉を鳴らし、いきなり吠えだすと、次第に三尖刀と槍が押されていき、二人の足が地面を引きずっていった。そしてとうとう、二人の武器は完全にはじかれ、立て続けにエンヴリムイフリートの大きな額が、テオヤとラシュウの体をダンプカーの如く押し飛ばした。
「「っぐ!?」」
ジェット機のような速さで、半円を描くように吹き飛ばされる二人。エンヴリムイフリートから逃げる兵士たちの頭上を次々に飛び越え、地面の上を水きりする小石のように跳ねていき、やがては魔物の主戦場から離れていた、ミリエルとネアの傍まで転がっていった。
「うわ! ってラシュウと兜の人!?」
「ちょマジビビったんだけど! 大丈夫アンタら?」
心配して声をかけるミリエル。テオヤがそれを聞いていると、なんとか立ち上がろうと腕に力を入れると、ラシュウも遅れて立ち上がろうとする。
「うーわ生きてる。超ウケるんですけど」
無感情に言った言葉に「ウケるの!?」と驚愕するネア。ミリエルは手に持っていた木杖を掲げ、先端についた黄緑色の魔力石を光らせて二人の体を癒していく。
そんな二人が吹き飛んでいく様を、下で見上げていたラグルス。
「こいつはやべえな」
エンヴリムイフリートを見ながらそう呟き、背後から忍び寄っていたビッグスパイダーを一太刀で倒す。すると、立て続けに横から火炎放射が襲ってきて、すかさずそれを跳び退いて避けた。
「っと。んだよ急に」
顔を上げて、襲ってきた正体を確かめる。そこにいたのは白い毛をし、鎖の首輪をつけたウルフ。エーテルフェンリルが、鎖の首輪を赤く光らせ、口元から残り火を溢れさせていた。
「チッ。厄介な奴に目ぇつけられたか」
真っ黒な鎖の首輪が、再び赤く光り出す。また口から炎が吐き出されるかと思った時、空から一つの影が迫り、細剣を突き立てるように彼女は降ってきた。
即座に反応していたエーテルフェンリルが、それをひらりとかわしてみせる。降り立ったネイブが地面に刺さった細剣を抜きながら立ち上がる。その横に歩きながら、ラグルスが話しかける。
「今度は逃げないんだな」
振り返らないまま、ネイブは細剣を構えなおす。
「私はすべてを守りたい。恩人の命も、国の平和も、すべて」
「言葉は結構。問題は、その剣で示せるかどうかだ」
そう口にしている間に、エーテルフェンリルの背後から、螺旋槍を突き出してカルーラが突進してくる。
「おらあ!」
一瞬で首輪が緑に光り、足下から風が起き上がって魔物の体が勢いよく跳び上がった。突然の風圧にカルーラは突撃の足を止め、螺旋槍で受け止めようとする。「ぬあ!?」と押されながらも、両足で踏ん張ってなんとか耐え抜く。
その場に音もなく着地するエーテルフェンリル。とっさにラグルスが詰め寄ろうとするが、首輪が茶色に光り出し、目前まで迫ったラグルスとの間に地面が壁のようにせり上がった。
「チッ!」と舌打ちしながらラグルスは飛び退く。その横をネイブが走り抜けていくと、土の壁を颯爽と走り切り、天井のない頭上から、エーテルフェンリルに迫ろうとする。
その影に気づいたエーテルフェンリルが、首輪を青色に光らせる。そして次の瞬間、炎を吐いていたはずの口から、今度は激流の水が放射された。強力な水鉄砲はネイブの体に直撃し、そのまま後ろに吹き飛ばしていく。
「っぬあ!?」
一度背中から落ち、跳ねた勢いで体勢を立て直して片手片膝をついて着地する。「ボサッとすんじゃねえ!」とラグルスが叱るも、その間に崩れた土の壁から、首輪を黄色に光らせたエーテルフェンリルから三つの魔法陣が浮かび上がり、そこからナイフほどの小さい雷が走った。一瞬でネイブの前に割って入ったラグルスが、目にも止まらぬ太刀捌きで、三つの雷魔法を同時に切り捨てる。
「動きが鈍ったんじゃねえか? それでも三英雄と讃えられた騎士かよ」
ネイブは立ちあがり、細剣を構えなおす。
「今のはたまたまだ。もうヘマはしない」
ネイブの体勢が整うと、既に攻め立てていたカルーラが、風魔法の反撃を受けた。螺旋槍で受け止めながら両足で踏ん張り、丁度二人の隣でその勢いを殺し切る。必死に歯を食いしばっていたその様子に、ラグルスが冗談まがいに口を開く。
「おいカルーラ。弟子を卒業した姿がそれか?」
「うるせえな師匠。今のはちょっとヘマしただけだ。アタイの強さはこんなもんじゃねえって」
「ッヘ。似た者同士が」
首輪を赤色に光らせて歩いてくるエーテルフェンリル。横に並んだ三人がそれを睨み返す中、遠くからは、バイクの排気音を濁らせたような、うるさいくらいに低く大きな鳴き声が響いた。
大蛇を甲羅に寄生された巨大亀。四天王の内の一匹のゲンブが、上げていた前足を同時に下ろす。ズシン! と地面は揺れ動き、ゲンブの真下にいた兵士と魔物が容赦なく下敷きにされる。
同時に立ち上っていた土煙に、ラフィットは腕で顔を覆っていた。しばらくして土煙が消えると、今一度、高さ二十メートルを優に超えた巨大な姿を見上げる。
「こんなデカいので手一杯なのに、もっとデカいドラゴンも出てくるなんて。ほんと、今日は厄日だなぁ」
そう呟いてる間に、甲羅の上にいる大蛇の口が開き、黄色い液体が唾のように吐き出された。人一人を完全に覆ってしまいそうなその液体を、ラフィットは冷静に横跳びで確実にかわす。ふと、液体が付着した地面が熱で焼けるような音を出しながら、灰色に変色し溶けていた。
「毒液だ。連発されたら嫌だなぁ。かといってあれだけデカいと、僕の魔法じゃ微妙そうだし……」
もう一度ゲンブを見上げ、その目を蛇に向けるラフィット。
「……まずはやっぱり、上からかな」
言い切った瞬間、途端に姿勢を低くして走り出した。低姿勢のまま加速し、また吐き出された毒液を瞬間移動のように左右に避けながら迫っていく。
そしてゲンブの足元まで迫ると、大亀の足に浮かんだブツブツな肉を使って、器用につたって跳ぶように登っていった。身軽な動きであっという間に甲羅の上に立ち、大蛇と繋がっている付け根に目を凝らす。
「あそこが切れれば――」
逆手に持っていた剣をしっかりと握りなおし、また走り出そうとしたラフィット。その上から毒液が一滴目の前に垂れたかと思い、彼の足がピタッと止まる。深緑の甲羅が溶けないのを見てから、顔を上げる。大蛇が口に溢れんばかりの毒液を溜めていて、いきなり全身を振りながら口を開くと、甲羅の上に毒液が雨のように降り出した。
「うわ、ヤバッ!」
慌てて飛び退き、甲羅から地面に降りるラフィット。しかし、横から大亀の長い首を伸ばして頭を振っていると、豪快な首の薙ぎ払いでラフィットが「ぐあ!?」と大きく吹き飛ばされた。
無抵抗のまま空中を飛び、地面を転がっては、最後に仰向けになって勢いが止まる。ラフィットはしばらく、痛がる様子もなく天を眺めた。
「あー。結構痛かったなぁ。あんなデカいの、さすがに一人じゃ無理か……」
両ひざを曲げながら上げ、手を使わずに跳ねて立ち上がると、ラフィットはゲンブと離れているのを確認してから辺りを見回した。そこで一つの竜巻を起こし、エンペラースケルトンの四肢を刈り取っていたユリアを見つける。
「お、強い人」と呟き、ラフィットはおもむろに叫んだ。
「おーい。そこの君。ちょっと手伝ってくれないかな?」
その声にユリアが振り返り、長い銀髪を揺らした。そのまま黙ってラフィットのことを見つめていると、ラフィットがゲンブを指差した。
「あいつが厄介だからさ、協力して倒そう。僕と君なら多分勝てるからさ。ほら、髪の色とかも似てるし、戦う中で意思疎通ができるかも」
最後の言葉に、何も言わず首を傾げるユリア。少しの沈黙が流れてから、ラフィットも頬をかいた。
「さすがに変な理屈だったね」
次の瞬間、二人は大蛇の毒液に気づき、お互いすぐにその場から跳んで避けた。
「こんなところにも届くなんて。ほんと、どこまで厄介なんだか」
ラフィットがそう言ってる間にも、ユリアがクナイ両手に走り出す。風のように駆ける彼女を見て、「おお、速い」と感心しながら、ラフィットも後に続いて走り出した。
その二人の上を大きな影が通り過ぎる。はるか上空に巨大な怪鳥、ロック鳥が飛んでいた。
鷹のような目がギョロギョロと動き、地上で戦っていた赤髪の魔法使い、アルトを見つける。それに狙いを定めると、全身を傾けて一直線に急降下していった。
一方、地面で複数のリトルワームを氷魔法で凍らせたアルト。影で頭上からの気配に気づき、急いで振り返ると、ロック鳥は真正面から来る機関車のような迫力で迫っていた。
「うわ――!?」
すぐさま突き付けられたかぎ爪に血相を変え、とっさに頭を守るようにうずくまってしまったアルト。
「バカもん!」
ある男の叫ぶ声がした瞬間、アルトの体をグルマンが思い切り突き飛ばした。突き飛ばしたと同時に、とっさに斧を振りかぶる。
顔を潰せそうなほど大きいかぎ爪に、グルマンの斧が一度火花を散らす。すぐに二つの武器は離れると、立て続けにロック鳥が足を突き出し、グルマンも負けじと斧を力一杯振り続け、攻撃と防御の乱打が始まった。
「ぐっ! こんな奴に、ワシのセレナが傷つけられてたまるかあ!」
渾身の一振りが足首を捉えると、ロック鳥の右足から緑の血が噴き出た。ロック鳥が痛みに悶えると、飛び上がろうとした拍子に、乱暴に動いていたかぎ爪がグルマンの右腕を切り裂いてしまった。
「っんぐ!」
すぐに飛び上がっていったロック鳥。巨大な翼から出た風圧にしばらくグルマンは耐えるが、少し体がよろけた拍子にふわっと浮き上がり、そのまま背中から倒れ込んだ。握っていた斧を落としながら、血が流れる傷を抑える。
「ぐ! 結構、深いなぁ……」
アルトが駆け寄り「別に庇う必要なんて……」と不愛想に言いながら近づく。それが聞こえていなかったかのように、グルマンは独り言を口にする。
「くそ! 父親のワシが倒れたら、誰がセレナを守るってんだ!」
「父親!?」
驚愕を示すアルト。
(この人が、あのセレナさんの父親さん。――死なせるわけには!)
すぐに辺りを見回し、その先で闇魔法の毒でビッグワスプを倒していたキャリアンに向けて大声を出す。
「キャリアン先生! ここにけが人が!」
その声にキャリアンが反応すると、倒れていたグルマンを見てすぐに駆けつけていく。
「酷いケガ。すぐに治してあげますね」
聖属性の魔法が発動され、大きな傷口が少しずつ塞がっていく。
「おお、回復の魔法とは」
そうグルマンが感心していると、三人の頭上に一つの影が現れていた。それに三人は同時に反応して頭を上げる。空からは、ロック鳥の吐き出した岩が迫ってきていた。
三人全員を潰せてしまえるその岩に、アルトが氷の魔法陣を浮かばせ、そこから太い氷柱を伸ばしていく。落下してくる岩と氷柱がぶつかると、岩の勢いが勝り、ガリガリと氷柱を割って落ち続けてきた。
「これはマズイか!」
顔を曇らせるアルト。もう岩が手前まで迫ってきたと思った時、突然足下に青い魔法陣が浮かんだかと思うと、そこから水の柱が滝の如く伸び出てきた。
氷柱がすべて砕け散ったと同時に、水の柱が氷柱に代わって岩とぶつかり合う。人の手では到底持ち上げられそうにない岩に、どんな魚でも流れに負けそうな激流の水。一瞬岩が水に沈んだように見えたが、すぐに水はの勢いが増すと、徐々に岩を押し返しては、最終的にはるか彼方に飛ばしていった。
その光景にアルトは驚く。背後に近づいてくる気配を感じて振り向くと、慌てて駆けつけたエングと、その彼に手を引っ張られながら疲弊していたソルスが傍にきた。
「なんとか間に合ったか。でかしたぞソルス」
「はあ……はあ……エング先生、いつの間にそんなスタミナを、はあ……」
「痩せるために走り込んだからな」
そうエングが呟く傍ら、キャリアンが目を丸めていた。
「まあ。エングったら、学校を卒業してからいなくなっちゃったけど、そんなことしてたの?」
「キャリアンか。一応他にも色々やってたが、詳しい話しは後だ。今は警戒しろ」
エングの言葉に、その場の五人全員がロック鳥に目を移す。そこで再びロック鳥が岩を吐き出そうとしていると、その膨らんだ喉に向かって一直線に矢が突き刺さった。
慌てて岩を飲み込むロック鳥。突然のことに不思議に思った五人が反対の空を見上げると、足に弓を掴んでいるミツバールが飛んでいた。
「この地はお兄様の眠る場所。そこを汚そうとする下衆は、絶対に許さない!」
背中に背負っていた矢筒に一瞬羽を伸ばし、同時に上に放り投げた矢を右足で掴む。そして、長い脚を利用して弓矢を十分に引き絞ると、最後にかぎ爪を離して矢を放った。
その矢をロック鳥がつつくようにくちばしで割ると、ミツバールに向かって風を切る勢いで飛んでいく。ミツバールも急いで逃げようと羽ばたくと、その下でエングが紫色の魔法陣を展開した。
「最上級闇魔法。イリュージョン!」
魔法陣が光り輝くと、ロック鳥がその場で急停止する。辺りをキョロキョロと見回し、見えない何かを避けようとしたり、浮かんでいる敵をつつこうとしたりと独りでに暴れだした。その様子に魔法が成功したことを悟り、エングはすぐさま声を張る。
「今だ! 奴にありったけの魔法を撃ち込め!」
それにソルスとアルトがすぐに反応すると、二人同時に腕を上げて水と氷の魔法陣を展開した。
「ウォーターランス!」「アイスジャベリン!」
二人の掛け声と共に、ひと際大きい水と氷の槍が飛び出していく。空からミツバールも矢を撃ち込むと、それを目で捉えたロック鳥は、大きな翼を大きく一振りして、地表にまで強く届いたその風圧ですべてをかき消した。
「防がれた!? 実物がちゃんと見えてるのか!」
驚くように呟くエング。手に浮かぶ魔法陣を更に光らせようとすると、ソルスとアルトも次々に魔法を放っていった。
その裏でキャリアンの回復を受けていたグルマンが、傷が治って力が戻った時、斧を持ち直し、ただ何もできず悔しそうに空を見上げる。
「頼むぞ若いの。あいつを落としさえすれば、あとはこのグルマンが首を落としてやる!」