18‐6 これより! 我らの進軍を開始する!
「よく集まってくれた諸君!」
全員が集まった前で、ヴァルナ―さんが声を張り上げる。
「急なことで驚いているかもしれないが、すべては背中に広がっている光景を見ればわかる通り」
二十六人全員が背後に振り返り、千万を超える魔物の軍勢を目にする。
「このままではこの世界は魔物に制圧されてしまう。今、前線ではテオヤがただ一人で持ちこたえてくれているが、とてもあの数を押し切れるものではない。そこで、このログデリーズ帝国新皇帝の私から、君たちに頼みたい。このプルーグを救うために、共に戦ってくれないか?」
ヴァルナ―さんの大声が空に消えていく。彼の頼みに笑って前に出てきたのは、三英雄の赤狼、ラグルスさんだった。
「ッハ! お前が新しい皇帝とはな。面白い冗談だぜ」
狼の鋭い眼光が、一瞬アトロブの花畑を映す。
「見ろよ。あの時俺たちが争った跡が、今ではこんなにも咲き誇っていやがる。俺が切った人間と、お前が切った獣人の血が絡んでできたこのお花畑で、今度は協力しろってのか?」
一瞬にして、この場の空気がピリッとしたものに変わる。彼が言っていることは、ここにアトロブの花が咲く所以となるあの洗脳大戦。魔王の手によって戦場が荒れされた時のことを言っている。
「不躾だとは思っている。だが、お互いに手を取り合わないと、あの軍勢は押し返せない」
「手を取り合う、ねえ」
難しい話しだと言うように、ラグルスさんは苦笑いを浮かべる。「おいおい」と気まずい空気を破ったのは、アストラル旅団の黒きライオン、ベルガさんだった。
「それはねえんじゃねえか赤狼。協力っつったって、単に倒したいだけ倒せばいいじゃねえか」
「あんだよベルガ。こっちはお前の脳みそみたいに簡単な話しじゃねえってんだ」
二人の会話にグレンさんが「知り合いだったのか?」とベルガさんに聞き、「過去の決闘祭りで一回な」と明かされる。
「そりゃあ俺はバカかもしんねえけどよ、でも、難しく考えるだけ意味ねえだろ、この状況。俺たちがここで倒れれば、プルーグはなくなるかもしれないんだぞ」
ベルガさんがそう言うが、ラグルスさんは腑に落ちない様子を見せる。その中にミツバールさんが出てきた。無言のままラグルスさんの前に立って、彼と目を見合わせる。
「ミツバールか。ゼインの妹のお前が、どうしてここに来たんだ?」
「戦うためです。お兄様が守ろうとしたものを、私の手で守るために」
「ゼインが守ろうとしたもの? なんだってんだ、それは?」
ミツバールさんが私を一瞥する。
「……王国にいる私たちの命と、この世界の未来。そしてきっと、一番に願っていたのが、何よりの平和だった。お兄様が残してくれた手紙から、私はそう感じたんです。争いなんかするよりも、私には平和な世界で暮らしていてほしいんだなって」
眉間に皺を寄せ、ラグルスさんが彼女から目をそらしながら「平和、ねぇ」と呟いた。二人の間に再びヴァルナ―さんが入っていく。
「ラグルス。俺たちは互いに殺し合った仲かもしれない。そしてそれは、戦場で生き残った俺たちに、責任が出来たことだと思う。散っていった彼らの分も、この世界を守るべき責任が、俺たちにはある」
いつになく真剣な顔で、彼はもう一度お願いした。ラグルスさんはしばらく黙っていたが、ようやく答えが出たのか「はあ」と深いため息を吐いてから嫌々うなずいた。
「はいはい分かったよ。今回だけ協力すりゃいいんだろ」
承諾してくれた。私は嬉しくなってつい頬が緩み、ヴァルナ―さんも「ありがとう」と口にする。この場の雰囲気がふわっと回復したような感じがしたが、そんな中で、キョウヤさんが渋い顔をして軍勢を見ていた。
「ですが、果たしてあれだけの数を、私たちだけで押し切れるでしょうか? 向こうは目視で千万。対してこちらは二十六人。あまりに差が大きすぎます」
災厄の日よりも壮大な光景に対し、それは全うな意見だった。数だけを見れば圧倒的すぎる。とても勝ち目なんてない。
でも、ここにいる人たちは、特別だ。
「勝ち目なら、きっとあります」
私の声に皆さんの顔が向けられる。
「皆さんとなら、あの数を押し切れると思います。私は皆さんと出会ってきて、関わってみたから分かるんです。皆さんには、誰にも負けないくらい強い意志を持っています。このプルーグに生まれ育って、理不尽な環境や不運な過去に悩まされてもなお、それを克服し、真っすぐ前を向いてきた。そんな人たちが今日、こんなにも集まったんです」
みんなが真剣な目を私に向けてくれる。それはプレッシャーでもあったが、私はそれに負けじと声を張り上げる。
「ここにいるのは、ただの二十六人じゃありません。千人力の力を持つ皆さんが、二十六人も揃っているんです!」
私は、宣言するかのように力強くそう言い切った。自分は本当に勝てる見込みがあると信じきっていて、そしてそれはきっと、皆さんに伝わるはずだと。そう信じて疑わなかった。
「うーん……」と、ラフィット王子が冷めた声で唸る。
「二十六人で千人力だと、二万六千人分だから、やっぱり足りないかもね」
「ああっと、それは、その、気持ちの問題と言いますか……」
ペースを乱された私が、慌てて言葉を修正しようとする。その様子にラフィット王子は少し笑いながら、「ごめんごめん」と申し訳なさそうに口を開いた。
「別に困らせたくて言ったわけじゃないんだ。一人が千人力って言うのは、僕もそうかもなぁって思ってるよ。実際、ここにいるみんなは、僕と違って強い覚悟を宿した顔をしてる。英雄さんとか国の王、強い戦士に優秀な魔法使いだっている。これだけあれば、無理状況もひっくり返せるかもね」
ラフィット王子の言葉にみんなが耳を傾けている中、いきなりミリエルさんが金髪の縦ロールをいじったまま吹き出した。
「プッ。強い覚悟を持った人って、王子が一番強いんじゃないの?」
「僕が? もしそうだとしたら、君は人を見る目がないよ」
「なにそれカッコつけ?」
ラフィット王子が愛想笑いを浮かべながら「そんなつもりは」と言う。
彼の言葉の通り、ここにいる人たちはみんな、強い覚悟を持っている人だらけ。それを証明するかのように、今の皆さんの顔は、笑みを浮かべていたりしている中で、その目はいつでもやれるという意気込みを表している。
そこから、「あのう!」と勇気を振り絞って声を上げたのは、かつてコルタニスの神様だったサウレアさんだった。
「もしご迷惑でなければ、私の転移魔法で帝国の兵士さん方をお連れしますが、どうでしょうか、皇帝様?」
人見知りが激しい彼女は、顔がこわばりながらも、しっかり目を見開いてヴァルナ―さんを見つめていた。すぐにヴァルナ―さんがうなずきを返す。
「ぜひそうしてもらいたい。帝国の兵士たちには既に出撃命令を出していて、きっと途中まで来ているはずだ。サウレア女王も無理せず。きっと、大人数では使う魔力も多いでしょう」
「だ、大丈夫です。ここには魔力がたくさん溢れてますから、きっとすぐに全軍を転移できるはずです」
「心強い」
サウレアさんが緊張をほぐすように胸を撫でおろすと、目を瞑って集中し、自分の足元に灰色の魔法陣を浮かべた。友達であるリュリュさんが「いってらっしゃ~い」と声をかけると、転移の魔法が発動し、彼女が消えていくのを私たちは見送った。手を振っていたリュリュさんが「さてと」と魔物の軍勢に振り返る。
「私たちも、そろそろいかないとじゃない?」
そう言って、彼女は横に立てかけていた巨大なハンマーを軽々持ち上げ、肩にかついだ。いつの間にそんな武器を、と私は驚いてしまう。あのハンマーを振り下ろされたら、間違いなく人はペチャンコにされてしまう。そんな彼女の隣で、グラさんも、先端に刃がついた籠手を構える。あれから三年の間で、彼の背丈が私を越えるほど伸びている。
「俺の力、頼りになるかな?」
不安気な彼に、黒豹のネイブさんがハスキーボイスでこう言う。
「私が教えた戦い方を忘れなければ、きっと役に立つ。前線は私が行きますから、残ったものの対処をお願い」
その言葉にアストラル旅団のリーダーが声を挟む。
「前線に行く前に、こっちの魔法であらかた削ってみるよ。フォードの魔法なら結構な数を減らせるだろうし、もしも傷を受けたらツインテールのレイシーを頼ってくれ」
「あ、ウチも回復専門でーす」と、ミリエルさんも杖を持った腕で挙手する。「要はあれだろ」と、槍を片手に前に出ていくラシュウさん。
「戦闘に自信のある者は前に出て、自信のない者が余りものを倒す。そうして確実に数を減らしていって、増援がくるまで耐える」
フードで片側だけの赤目を見せつけるラシュウさん。その彼の隣に、長いポニーテールを揺らしながらアミナさんが近づいていく。
「あなたが前に出るなら、私も前に出るわ。あなたより、私のが強いものね」
コロシアムの決闘祭りの話しだ。嫌味っぽく言ったアミナさんは、そのまま得意げな顔してラシュウさんを見ていた。それを見て、ヤカトルさんが別の話題を口にする。
「戦闘にそもそもの自信がない人は、どうするべきですかねぇ?」
ふわりと浮かべられた質問に答えたのはエング先生だった。
「後方支援をする私たちを守ってもらいたい。私が使えるのは闇魔法だから、こんな大人数が相手ではあまり向いていないんだ」
「フフ」と、キャリアン先生が笑い出す。
「その見た目、エングだったのね」
「なんだよ」と気恥しそうにエング先生は返す。まるで面識があったかのような気安さを感じられる。それを確かめる間もなく、背中に弓を背負ったミツバールさんが口を開いた。
「空の敵は私が数を減らす。けど、大きなものはさすがに慣れてないから、そこだけ気をつけてもらえれば」
レッサーパンダのチャルスさんが両手のトンファーをトントンとぶつけ合う。
「さっさと行こうぜ。オイラ、突撃したくて仕方ねえや」
「でしゃばるなよチャルス」とカルーラさんが諭す。それを更にラグルスさんが「お前もでしゃばるなよな」と言って、カルーラさんがオラついた目で彼を見上げた。
「なんだよ師匠。アタイはもう師匠と肩を並べられる自信があるっての」
「んだとぉ! 俺がお前に後れを取るわけねえだろうが」
昔懐かしの喧嘩が始まったかと思ったが、大まかな作戦がこれで仕上がったのを示すように、ヴァルナ―さんが声を張り上げた。
「各自、準備はいいな? 増援はきっとすぐに訪れる。それまでどうか耐え抜いてほしい。やられそうになったら、すぐに撤退するんだ」
誰かは素直にうなずき、誰かは武器を構えてみせ、誰かは何も言わずに軍勢に目を向け直す。各々が個別の反応を返していき、それを見届けたヴァルナ―さんは、一声を空へ響かせる。
「これより! 我らの進軍を開始する!」
今もなお、雪崩のように迫り来る魔物の軍勢にも届きそうな声量が、響いていく。
「プルーグの平和のために、今、力を合わせる時!」
腰から剣が引き抜かれ、天に向かって高々と掲げられる。
「私からの命令はただ一つ! 死ぬな! 死にそうになっても、絶対にだ!」
そして、剣が下ろされる。
「突撃いぃ!」
その一声に、みんなが走り出していく。ある者は待ってましたと言わんばかりに喜々として駆け出し、ある者は不安をこらえ、勇気を出すようにしながら一歩を踏み出した。私と皇帝のヴァルナ―さんが、それを見届けていく。
そんな中、お父さんだけが立ち止まっていると、私のことを横目で見てきた。
「セレナ。あいつの姿はないが、きっと来るんだろうな?」
すぐに一人の人間が思い浮かぶ。今までの旅で出会ってきた仲間たち。その中で、いつだって隣にいた特別な人。
「来る。絶対に来るし、絶対に私が呼んでみせる」
「……なら、父ちゃんはそいつが来るまで、時間稼ぎをしてやる!」
それだけ言い残して、お父さんも遅れてみんなの背中を追いかけていった。
私は自分の胸に手を当てる。私を庇って、どこかに連れていかれたハヤマさん。すぐにでも彼を呼び戻してあげないと。
だけど……。
「セレナちゃん」
ヴァルナ―さんが顔を覗かせてきた。
「あいつは今、どこにいるんだ?」
「それが……私にも分からないんです。さっきの魔法で、確かにハヤマさんの霊気も辿ったんですけど、どこにもたどり着かなくて。もしかしたら、こことは違う別の世界へ行ってしまったのかもしれません」
「別の世界だって? なんて厄介なことに。セレナちゃんの魔法でも、どうにかできないのか?」
私は自分の手を見つめてみる。本当だったら、私も使えるはずの魔法。それなのに、ここまでの努力不足に私は悔しさを覚えてしまう。
「できるはずなんです。できるはずなんですが、いくら魔力を伸ばしても、霊気をたどろうとしても、煙のように実態がつかめなくて、どうやっても見つけ出せないんです。今まで、一番近くにいてくれた人なのに……」
転移魔法では届かない。転世魔法じゃないと、彼を見つけられない。
いくら魔力があっても、発動の仕方が分からないと何も意味がない。
一体どうすれば……。どうすれば、転世魔法は発動できるの?
誰か、教えて――
――――――
「……なんと、温かい魔法じゃろうか」
老いさばらえた顔が、青く淡い光を出している魔法陣に向けられている。
「救いを願う思い……永遠に比べたら儚く、じゃが、美しい……」
彼が握っていた、枯れたような色合いをした木杖が、その中に転がされる。
足のない彼の代わりに、木杖は魔法陣に吸い込まれるように消えていった。