表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/200

2‐12 到底敵わない相手ということだ!

 主人公苦戦描写あり。苦手な方はスルー推奨です。

「お久しぶりですねぇ女王様。やはり、生きてておいででしたか」


「よくもこの場に姿を現しましたね。あなたが都で悪政を敷いていることは分かっています。今すぐに都から出ていきなさい!」


「そうはいきません。折角手にした王の座。それをみすみす手放すわけにはいきませんよ、()、女王様」


 わざわざ憎たらしく言葉を強調すると、バルベスは自分の袖から一枚の呪符を取り出した。


「あなた様に見せてあげましょう。果たして今、どちらが王にふさわしいのかを!」


 そう言ってバルベスは、呪符をくしゃくしゃに丸めるように握り潰した。その指の間から一瞬、紫の光があふれ出たかと思うと、周りで剣を持っていた市民たちが頭を抱えてうめくように叫びだした。


「「「うあああぁぁぁ!!」」」


 突然の出来事に俺は体がビクッとする。


「な、なんだ!?」


「目が変わった! くるぞ!」


 そうヤカトルが大声を出すと、確かに市民たちは目つきを鋭くしていた。そして、まるで操り人形のように手足を動かすと、俺たちに向かって一歩ずつ早足に近づき始めた。少しずつ詰め寄られる恐怖に、俺の身は更に凍っていくのを感じる。


「ヤベえ迫ってくる! どうすんだキョウヤ!」


「キョウヤ! もうこれ以上は!」


 アミナもそう言ってキョウヤに振り返る。だがキョウヤは、俺たちの言葉に何も返してこないと、何か別のことに集中するように目を瞑っていた。


「「キョウヤ?!」」


 思わずアミナと声が被る。剣の届く間合いまでもうすぐだというのに、一体何を考えているんだ。俺の焦りが有頂天に達する寸前、キョウヤの口が微かに動いた。


「誰一人として、犠牲にはしない……」


 そう聞こえた瞬間、キョウヤはパッと目を開いて右腕をグッと前に伸ばした。


「時間魔法! エリアスロウ!」


 同時に水色の魔法陣がそこに浮かび上がる。それがパッと光って消えた時、市民たちの動きに変化が起きた。地に倒れそうになる体を、無理やり支えて進むゾンビのような足取りをしていた彼らが、途端にスローモーション映像に切り替えたかのように動きがゆっくりになっていたのだ。


「動きが! もしかして、これがキョウヤの言ってた時間魔法!」


 今一度振り返ってみると、キョウヤは腕を下ろしながら覚悟を決めた顔を見せていた。


「私の魔法で彼らの動きを遅くしました。アミナ、ヤカトル。彼らから武器を取り上げるのです!」


「了解!」


「ッフ、そういうやり方か!」


 即座に二人が動き出し、武器を振って市民たちの持つ剣を薙ぎ払っていく。それを見てセレナも「私も!」と言って風魔法を使って一つ落とすと、俺もハッとして目の前にいる市民に向かって走り、剣を持つ手を無理やり広げようとした。


「っく! 早く離せって!」


 時間魔法で遅くなっているからか、意外に指を外すのに手間取る。それでも力を込めて剣に手をかけると、三人のようにスムーズにいかずとも剣を取り上げることに成功した。そうして振り返った時には、既に十人の市民全員の手から剣はなくなっていた。俺はひとまず一安心だと思うと、キョウヤは時間魔法の効果を解いて市民を元に戻し、険しい顔のままバルベスを見た。


「今のはあなたの仕業ですね。一体その呪符で、彼らに何をしたのですか!」


「フフフ。そんな怖い顔で聞かなくても。こいつらは王に従うというのが苦手なようなのでね。それを矯正してあげようと、ちょっとだけ洗脳してあげただけですよ」


「洗脳!? あなたと言う人は!」


 一瞬目を見開き、キョウヤの顔が更に険しくなる。


「皆さん! 今のうちにここを離れるのです!」


 すぐに市民たちのその命令を下し、市民たちもそれに従って慌てて走り去ろうとする。だが、それをバルベスが笑みを浮かべながら眺めていると、市民たちの行先に鎧と刀を武装したジバの兵士たちが立ちはだかった。


「そんな!? 城の兵たちまで!」


「アッハッハ! 気づきませんでしたか女王様? あなた方は囲まれているのですよ。それも、五十人の兵士たちに!」


 バルベスの言葉に俺たちの目が辺りを見渡す。逃げようとした市民たちが後ずさりをしていると、林の木々から次々と兵士たちが姿を現していき、本当に俺たちは逃げられないよう周りを囲まれていた。


「そんな! 兵士の人たちも洗脳されるなんて!」


 セレナのその言葉に、バルベスの頭が横に振られる。


「まさか。彼らに洗脳は不要だ。出来の悪い奴らと違って、ちゃんと従順に従ってくれるのだから」


「嘘でしょ?」とアミナが呟いて、兵士たちの顔を見回していく。だがその目線を、兵士たち全員が申し訳なさそうに目をそらしていく。そんな光景に俺は察しがつくと、ヤカトルが半笑いになりながら口を開いた。


「ハッ。ただ裏で脅してるだけで、別に従順って感じじゃなさそうだ。人望が知れてるぜ」


 その煽りにバルベスの目がヤカトルの顔を睨む。


「口を慎め盗人。決して人の役に立たない貴様ごときが、知ったような口を利くべきではないぞ。私のことを裏切らなければ、命だけは助かったものを」


「何をどうしようと俺の勝手だ。胸糞悪い仕事に大した額を積まないあんたじゃ、依頼をこなす気にはならないね」


「フン。悪人がとんだ戯言を。ワシに味方しなかったことを、死んで後悔しても遅いというのに」


「死んだ後に後悔なんて残るかよ。生きてる間しかそんなもんは残らねえっての」


 バルベスの言葉にヤカトルは淡々とそう返し続けていると、バルベスの声が一段と重くなった。


「いちいち気に食わない奴だ。貴様に興味はなかったが、見せしめに殺すのも悪くはないか。……赤目!」


 ぼそぼそと呟いた後、最後に何かを叫んだ瞬間、バルベスの背後から一人の影が飛びだした。切れたフードの合間から赤い目がはっきり見えると、その男はヤカトルに向けて槍を突き出そうとした。その刃が今にも届くかと思った時、すかさず動いていたアミナがヤカトルの体に飛びつき、一緒に倒れてそれを避けた。


「っく! あんた、何ぼさっと立ってるのよ!」


「相変わらず反応が早いな! っておい後ろ!」


 ヤカトルの声にアミナが振り返ると、フードの赤目が頭上いっぱいに掲げた槍を振り下ろそうとしていた。その振りを見てアミナも手に持っていた刀を振り上げると、槍の柄と刀の刃から金属音が鳴り響いた。


「っく! 赤目だからって、負けるわけには!」


 なんとか押し返そうとするアミナ。だが、フードの赤目が前のめりになって体重をかけてくると、その刃がだんだんと押されていく。


「アミナ!」

「アミナさん!」


 キョウヤとセレナの二人が叫び、とっさに魔法を放とうと腕を上げる。それぞれの魔法陣が浮かび上がり、今にも魔法が発動しようとするその瞬間、バルベスは随分と余裕そうな声でこう言った。


「さて、あなた方の魔法が、果たして赤目を捉えられますかな?」


 セレナの風魔法が飛び出す。それにフードの赤目の顔が一瞬だけ動くと、すぐに槍を刀から離し、そのまま流れるようなバク転をして衝撃波を避けた。セレナが驚いてるのも束の間、その動きをキョウヤが魔法陣越しに追っていると、それを光らせようとするが、すぐにフードの赤目が横に転がって市民を壁にすると、光って消えた魔法陣の効果はその市民にかかってしまった。


「んな! 私の魔法が?!」


 悠々と立ちあがり、市民の裏から顔を見せるフードの赤目。ゆったりとした動きは、余裕をひけらかしているつもりなのだろうか。その足が前に動こうとすると、アミナの足も同時に地面を強く蹴った。


春草しゅんそう突撃!!」


 威圧するように必殺技を叫び、飛び込むように突っ込みながら構えた刀を振りかぶろうとする。それにフードの赤目は黙って槍を両手に持ち直すと、向かってくるアミナに堂々と一歩を踏み出して槍を振り上げた。途端に高鳴る金属音。宙に一本の刀が飛んでいると、アミナの手から刀が離れていた。


「そんな!?」


 俺の頭上に降ってくる刀。驚いた俺は急いで身を引いてそれを避けると、その間にフードの赤目はアミナの首元に槍の刃を突き付けていた。


「……お前の首に興味はない。女王の首を差し出せ」


 低く脅すように呟かれた言葉。裏でキョウヤが彼女の名前を叫び、セレナも声にならない叫びを上げていると、バルベスだけはそれをあざ笑っていた。


「フッハッハッハ! これが赤目の戦士の力。凡人の貴様では、到底敵わない相手ということだ!」


 不快な笑いだ。自分の力ではないというのに。そんな時、横目を向いたフードの赤目がすぐにその場から飛び退くと、ヤカトルの撃剣がそこに飛んできていた。そのまま勢いよく木に刺さると、ヤカトルは「外れか」と言って紐を引っ張って剣を回収する。


「フン。また貴様か。気持ちの悪いところで邪魔しよって」


「盗みはタイミングが命だからな。間を縫うような感覚には、つい手が動いちまうのさ」


 俺は落ちた刀を拾い上げ、すぐアミナの元に駆け寄ってそれを手渡そうとする。


「大丈夫かアミナ?」


「ええ、ちょっとヘマしちゃっただけ。今度はきっと押し切るわ……」


 刀を受け取りながらアミナはそう言ったが、その手は痙攣するように震えていて、顔にも戦意をそがれたように不安な様子が映っていた。


「あいつは、それだけ強いってことか」


 フードから見える赤目を見つめながらそう呟くと、急に背後からセレナの「キョウヤさん!?」という声が聞こえ、俺たち三人はすぐに振り返った。見ると、キョウヤは一瞬気でも失ったのか、セレナにもたれるようにしながら、意識をしっかり持とうと額に手を当てていた。その様子を見てアミナが真っ先に動く。


「キョウヤ! ――大丈夫なの?」


 俺とヤカトルもキョウヤの前まで走ると、キョウヤは額から手を離して目を開き、重くなっていた頭をゆっくりと上げた。


「ええ、大丈夫です。少し気づかれしてしまっただけ」


「本当にそう? 無理してない?」


「安心してアミナ。もう大丈夫だから、それに……」


 一度言葉を区切るキョウヤ。若干顎を引かせてからまた口が開いたかと、彼女は声をすぼめながら俺たちにこう言った。


「未来が見えました。これから起こりえる未来。先日話した予知の、その続きを」


「本当に?」


 そう聞き返したアミナに、キョウヤは確かにうなずいてみせる。俺はその内容を詳しく聞こうとしたが、それより先にバルベスの声が邪魔をするように入ってきた。


「御身を護る臣下は赤目に敵わず、女王様も緊張のあまりお疲れのご様子。それでも都を取り戻せるおつもりですか?」


 キョウヤは俺とアミナの間から体を出す。


「取り戻してみせます。それが私の使命なのですから」


「使命、ですか。現実を見ても気づきませんか? 周りを取り囲む五十の兵と、十万の兵をもしのげる赤目の戦士。たった五人の人間がこれに勝つなど、天地がひっくり返りでもしない限りあり得ませんよ」


「いいえ、何も彼ら全員を倒す必要はない。バルベス。あなた一人の首を取るだけで、私たちは勝てるのです」


「ハッハッ、面白いことを。それこそ無理な話しだというのに」


 バルベスの前にフードの赤目が立ってみせる。たった一人なのに、厚く隙の見えない壁。彼に手間取っていれば、いずれ呪符の洗脳で五十人に潰されるのがオチ。そのことを俺たち全員が理解していると、アミナが悩むように呟いた。


「あの赤目をどうにかしない限り、私たちに勝ち目はない。一体どうすれば……」


 それにキョウヤが答える。


「アミナ。何も彼に勝つ必要はない。私たちの勝利は、ここを生き抜くことなのだから」


「それはそうだけど、でも、それじゃ結局バルベスは倒せないわ」


「耐え抜くのです。耐えて耐えて、耐え続ければ、いずれ勝機が見いだせるはず」


 キョウヤはそう言い切ると、アミナは「耐え続ける……」と力なく呟き、自分の震えていた手を見つめた。既に痙攣はしていないというのに、顔にはいつもの気迫がない。さっきの一撃を防がれたのが相当応えているようだ。だが、今はそれどころではない。それにヤカトルも気づいていると、握っていた撃剣を逆手に持ち代えて構えた。


「俺がだまし討ちで援護してやる。真正面の戦闘は、お前に任せるからな」


 それに反応するアミナが、意外そうな目をヤカトルに向ける。


「あなたが? 本気なの?」


「本気もなにも、あの赤目をどうにかしないといけねえだろ? それともなんだ? 死んで後悔、でもするつもりだったか?」


 挑発的な言葉にアミナは怒りに目つきをきつくする。


「言ってくれるじゃない。盗賊のくせに生意気なんじゃない?」


「そんなこと、俺が一番よく知ってるさ」


 笑ってそう返すヤカトル。それにアミナの表情も一瞬緩むと、すぐにバルベスとフードの赤目を睨みつけた。


「いいわよやってみせるわよ。あなたもちゃんと合わせなさいよね!」


 アミナが刀を構える。それに対し、フードの赤目も同じように槍を両手に構えると、バルベスは袖から取り出した呪符を五枚、それを扇のように広げてみせた。


「女王様。せいぜいあなた様の正義を貫き通してください。その命が尽きるまで!」


 五枚の呪符を丸め込め、バルベスはそれを強く握り潰した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ