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18‐3 俺はお前と同じじゃない

 ショッキングな内容が含まれています。苦手な方は十分ご注意ください。

 どうしてそんなことを、と思い、俺は目を点にするくらいに驚愕していた。自分のいた世界に復讐だなんて……。俺が驚くのがおかしかったのか、アマラユが大声で笑いだす。


「クッハハ。別に驚くことではないだろう。君も同じなはずだ。あの世界を憎んでいるんだろう?」


 そう言ったアマラユは、まるで俺の目を見透かすかのように睨んできた。それに怖気づいた俺は「そ、そんなことは……」と言葉を濁らせる。


「隠さなくてもいい。君の目は私と似ている。世界に絶望した人間独特の目だ。光もなければ闇も映らない。色鮮やかなはずの世界を、モノクロでしか見れない死人の目だ」


 的を得た発言だ。確かに俺はあの世界のことが嫌いだ。あの世界で俺は母親に自分の存在を認識されず、父親にも相手にされなかった。知人にだって嘘をつかれて拒絶され、世界のすべてが自分を否定してきてるようで、最後には引きこもりにだってなった。


「私はね。君と同じであの世界が大嫌いなのさ。脳科学の研究に勤しんでいた時、私はある研究論文を他人に奪われた。私がそれに気づいたのは、ニュースで取り上げられたのを見た時だ。盗作したのは私のよく知る年寄りのジジイで、その成功に私がいくら不正だと主張しても、周りの人々は全く耳を貸してくれなかった」


 暴虐だった彼の口から、悲しき過去が語られる。瞳に写っているのは嘘の欠片もない、歳をとった老人が哀愁を漂わせているかのような目をしている。


「抗議を続けていたら、次第に彼らは私を攻撃するようになっていた。盗作を主張するペテン師研究者。今までろくな成果もない若者が、調子に乗るなよと世間が敵に回った。なんとも不条理な世界だ。私は何も悪くないのに、彼らは平気で私を否定してくる。こんな世界はおかしいと、君もそう思うだろう?」


 同意を求められたが、俺は俯いたまま黙り続ける。


「……だんまりか。まあ、何かを言って慰めてほしいわけではない。私はもう前とは違い、十分な力を持っている。復讐の時は近いというわけだ」


「本当に侵略するつもりなんだろうけど、そんなに甘いものじゃないだろ。いくらお前の魔法が強いからって、それだけで侵略できるはずがない」


 その言葉に、アマラユはさもそう言われるのを予想してたかのように口を開いた。


「もちろん。いくら私の魔法が堪能でも、あの世界の兵器を合計すればさすがに勝ち目がない。それに、頭の利く人間だって多数いるだろう。だから私は整えたいのだ。無作為に人を襲い、従順に私にだけ従う魔物の軍隊を。だがそれは、この魔界エンヴリムでは狭すぎる。そのためにも私には、プルーグの制圧が必要だったのだよ」


「たったそれだけの理由でプルーグを!?」


 思わず体が前のめりになっていた。


「それだけとは侵害な。私は本気なんだ。本気で元いた世界を侵略しようとしている。だからこそ赤目の戦士を一人討ち取ったし、魔物化の限界にも挑戦した。自分の持ちえる力がどれほど通用するのか、こまめに確認し続けてここまで来たんだ」


「そのための犠牲は、お前には関係ないと?」


「ああそうだとも。そして、もうじき行われるプルーグの制圧というのは、とても有意義なデモンストレーションになり得る」


「制圧のデモンストレーションって、お前……狂ってるのか?」


 信じられないと言わんばかりに俺は睨みつけたが、彼は鼻で笑ってきた。


「ッフ。狂ってるのは私ではない。あの世界だよ」


 その言葉に、俺は「そんなことは」などと反論がでなかった。


 人々に否定された孤独感を、俺は知っていて、世界から拒絶されたような絶望感を、身をもって知ってしまっている。


 この世界は嫌いだ、と、何度も思ったことがある。


 もしも、世界に報復できるのなら――と、考えなかったことがないわけではない。


「君は失望の目をしている。世界に失望して、いつしかその世界をはっきりと見なくなった。君も同じなのだろう? 周りから存在を否定され、孤立するしか道を選べなかった。哀れな人生を送っていたんじゃないのか?」


 あまりの図星に、俺は顔を足下に向けてしまう。そこに映る左手に、ただ意味もなく握りこぶしを作ってしまう。


「ハヤマよ。私から君に一つ提案がある。私と一緒に、あの世界を壊してみないか?」


 壊す?


「お前と、一緒に?」


 うっすら頭が上がる。


「私は君を救いたい。同じ絶望を味わった者同士、あの世界に復讐してやるのさ。私たちを認めてくれなかった世界に、今の力を見せつけるんだ。私の魔法と君の赤目の力。これがあれば、私たちはきっと無敵だ。あの世界を、私たちの世界に変えられる。理想の世界を生み出せるんだ」


 再び視点が地面に下がっていく。今の俺たちには壊せる力があると?


 俺の迷いにつけ込むよう、アマラユは更に続ける。


「私と共に世界を破壊しつくしてやろう。そして、復讐を果たすんだ。不条理な世界に、終止符を打つことで――」


「アマラユ」


 彼よりも声を張り、黙らせる。


「さっきから色々と喋ってくれてるが、お前、一つ勘違いしてるぞ」


「勘違い?」


 顔を上げて、彼の瞳を真正面から見定める。


「俺はお前と同じじゃない」


 いつもは人を疑うために向けていた視線を、今回は、自分の主張を真向に突きつけるために。


「今の俺には、俺のことを認めてくれる奴が隣にいる。いや、隣じゃなくても、あのプルーグにはいたるところにいる。たとえ元いた世界で認められなくとも、俺にはちゃんと信頼できる人がいるんだ」


 きっぱりそう言い切ると、アマラユは一度天を仰ぐように顔を上げた。検討違いな回答は不要だと伝えるかのように、横に首を振りながら頭の位置を戻してくる。


「一体何を言っているのやら。君が認められているのは、あくまで異世界プルーグでの話しだろ? そこでいくら人に認められようと、元いた世界の人間たちには関係ない話しだ。君の過去の傷は癒えないまま。遺恨はいつだって、君に付きまとってくるはずだ」


「そんなもん、もうとっくに塞がってる」


 今度もきっぱり言い切った。アマラユはとうとう言葉を失ったまま、いきなり苦笑してみせる。


「クッフフ。そうか。君はもう、――救われてるということか」


 諦めるように吐き捨てたセリフ。同じ世界にいたよしみとして、俺は問いただすようにこう言う。


「アマラユ。ミスラさんとイデアを殺したお前を、俺は絶対に許すつもりはない。でも一つだけ忠告してやるなら、世界を侵略するために、プルーグを利用するのだけはやめた方がいい」


 アマラユの眉がわずかに揺れ動く。溜めを作ってから、


「……それは、どうしてかな?」と聞いてくる。


「プルーグには、強い意志を持った人たちがたくさんいる。魔王の被害で滅茶苦茶にされても、折れずに立ち上がろうとする人や、今にも立ちあがれそうな人がたくさんいるんだ。意志を持った彼らと戦えば、きっとお前に勝ち目はない」


 俺の言葉に、アマラユは予想通り鼻で嘲笑ってきた。


「ッフ。そんな理由で私に世界侵略を諦めろと? 無理な相談だ」


 両肩をクッと上げ、威圧的に否定してくる。


「勧誘は失敗した――」


 突然、彼の右手が突き出され、自分の足元に銀色の魔法陣を広げた。


「もう君に用はない。私は今からプルーグの制圧を開始する。君はせいぜい、ここにいる魔物たちの遊び相手にでもなっていてくれ」


「んな!? 待て――!」


 即座に手を伸ばしたが、俺が掴んだのは空気のみだった。「クソ!」と伸ばしていた腕を乱暴に振っていると、俺は忽然と周りから近づき始めた不気味な気配を感じた。


 一体のうなり声が聞こえてくると、全方位から数えきれないほどの魔物がにじり寄ってくる。いつの間にか俺は囲まれていて、リトル級からキング級、果てはエンペラー級まで。狼のウルフだの蜂のワスプだの、より取り見取りの種類が揃っている。


 アマラユが消えたのが合図だったかのように、魔物たちがじりじりと近づいてきて、逃げ場もないように数十体に囲まれていた俺は、冷や汗を浮かべてしまう。


「こいつは、マズイかもな……」


 サーベルに手を伸ばし、その刃をゆっくりと引き抜く。膨大な魔物の数を前に、これから起こる熾烈な戦いに覚悟を決める。


 ここで死ぬことは許されない。アマラユがプルーグに戻った今、なんとしてでもこの場をしのぎ、魔界エンヴリムから抜け出す方法を見つけなければ。


 なぜなら、俺は――


 目を瞑りながら集中し、うずき出す左目を覆うように手を置く。


 この殺意を爆発させるのは、今も待ってくれてる彼女のために――


「殺意よ。俺に、護る力を!」


 燃えるような魂が、俺の意識を奪っていく。


 俺は、ほとばしる熱を感じて目を見開いた。


 この殺意は、彼女のために――


「全員、まとめてぶっ殺してやる!」



 ――――――



「ハヤマさーん! ハヤマさーん!」


 何度彼の名前を呼んでも、どこからも返事は返ってこない。


 アマラユさんの魔法でハヤマさんが消えてから、もう五分くらい経ってしまった。近くに気配は感じられず、全く別の世界に行ってしまったのだと思ってしまうと、私は失ってしまった恐怖と、一人になってしまった孤独感に挟まれて息苦しい気分だった。


「私、一体どうすれば……」


 そう呟いた時、私の前に再び銀色の魔法陣が浮かび上がった。それが転世魔法だと気づくと、飛び出した光の柱の中から、アマラユさんだけが現れた。


「アマラユさん! ハヤマさんはどこにやったんですか!」


 見えない面影を探すように、私はそう聞いていた。


「彼なら魔界へ招待してあげたよ。今頃は魔物たちと楽しんでるだろうね」


「そんな!? それじゃアマラユさんが新しい魔王だって話しは、本当だったんですか?!」


「その通り、私が新しい魔王だ。すべての魔物を服従させて、今からこの世界を制圧する存在だ」


 アマラユさんがやけに嬉しそうにそう話すのを見て、私は嫌気が差してしまう。


「どうして魔王なんかに。この世界にはたくさんに人たちがいるんですよ。もう災厄の日のようなことはやめてください」


「私に説教するつもりかな? 申し訳ないけど、もうやめるという選択肢は私にはないんだ。それに、君という存在を知ってしまった以上、先延ばしにもできないからね」


 アマラユさんは私に向かって一歩近づいてきて、反射的に一歩後ずさりする。彼はにやりと笑ってから、「私から一つ提案がある」と話してくる。


「君は転世魔法を習得したいのだろう? 私ならその方法を教えることができる。完璧に習得できることを約束しよう。その代わり、君は私の野望のために少しだけ協力してくれないかな?」


 差し出してきた手が、握手を求めているのだと気づく。アマラユさんの野望がなんなのか私は知らなかったけど、どうあがいても私は協力したい気分にはならない。


「嫌です。転世魔法なら時間をかけて習得します。だから、アマラユさんには協力できません」


 目を見てきっぱり断った。


「ふむ。残念だ」


 そう言ってアマラユさんが手をひっこめていく。と思ったその時、いきなりその手の平を私に向け、そこに黒い魔法陣を作り出した。


 攻撃される! と気づいて、私はとっさに両手を突き出して緑色の魔法陣を浮かばせた。頭の中で瞬時に風の荒れ吹くイメージを働かせ、体内の魔力に乗せて念じるように手に集めていく。


「マッハブラスト!」


 風魔法上級の大きい衝撃波が飛び出すと、黒い魔法陣から出た煙で作られた剣とぶつかり合い、すぐに威力を相殺し合って音もなく二つの魔法が弾けて消えた。


「上級風魔法とは、少々厄介なものだな」


「いきなりなにするんですか!」


 平然と彼はこう言う。


「何って、それは君の殺害だとも」


「殺害!? どうして私を!?」


「転世魔法は脅威的な魔法だ。残しておけば、何をしでかすか分からない。たとえ君がまだ未熟なものだとしても、早めに芽を潰しておくことに損はない」


 淡々と説明されていく姿に、私は全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。


 この人、本気だ。本気で私を殺すつもりなんだ。


 自分の命が狙われている。皇帝のカナタさんとも引けを取らないアマラユさんが、私の命を。


 強い絶望感を感じた時、私はとっさに転移魔法を発動しようとした。


「逃げられるとでも?」


 アマラユさんがすぐに反応してくると、私よりも先に死属性魔法を発動させ、作り出した黒い棘を飛ばしてきた! 右肩にグサリとした刺激が走りだす。


「――くっ!」


 思わず魔法への集中が解けてしまい、本物の刃物で切られたかのような痛みに肩を抑える。血がじわじわと流れ出して、そこだけやけに熱くなっていく。


「痛い……けど、ここで死ぬわけには……」


 自分を奮い立たせようとそう呟くが、アマラユさんの足が一歩近づいてきた。


「弱いものいじめは趣味じゃなくてね。せめてもの情けだ。一瞬で楽にしてあげると約束しよう」


「やられる、わけには!」


 なんとか両手を突き出すと、私はまた風のイメージを浮かび上がらせた。


 死ぬわけにはいかない。私には、成し遂げたいことがあるから!


「マッハブラスト!」


 思いを乗せた風の衝撃波が飛び出す。アマラユさんもさっきと同じように魔法陣を作っていると、また煙の剣で私の魔法が撃ち消されてしまう。


「全く。あまり手間を取らせないで頂きたい。これからの大勝負のために、ここで魔力を消費するわけにはいかないんだよ」


 やれやれと言うように首を振るアマラユさん。こっちは必死だというのに、まるで余裕そうなその態度に、悔しさと怒りが込み上げてくる。


「ふざけないでください! 私はここで死ぬわけにはいかないんです! 転世魔法を習得するまでは!」


「ふむ。大した決意だ。だが人の意志の強さなど、大きな才能の前では無意味だ」


 アマラユさんがまた黒い魔法陣を作り出してくる。私も肩の痛みに耐えながら、懸命に両腕を突き出して魔法を準備する。


 ――上級風魔法、お願い。早くこの場をしのいで、ハヤマさんを迎えに行かなきゃ!


 イメージを具現化させ、今度こそ想いを乗せた魔法を放とうとする。それに対し、アマラユさんもより魔力を込めるように魔法陣を強く光らせていた。


「死属性上級、レイスソード。……彼女に永遠の眠りを」


 二つ魔法陣が極限まで光り輝いていく。もう魔力の限界まで達していると、私は全力を込めて魔法を放った。


「マッハブラスト!!」


 今までで一番低く、重い風音が鳴り出し、狩りをする時のハヤブサのように真っすぐ衝撃波が飛んでいく。最高の威力の魔法が出たと私は実感した。


 煙の剣とぶつかる。実体のない煙の刃が、衝撃波と火花を散らすようなつばぜり合いを始める。


 私は無理をさせた肩をいたわって抑えながら、放った魔法に念を送り続ける。ここで死ぬわけにはいかないと。足掻き通してみせると。


 けれど、風の衝撃波は無情に切り捨てられた。


 そして、残っていた煙の魔法が、私の胸に飛んでくる――


「……っう!」


 煙は、私の体を通り抜けていた。私が目線を落とした時には、胸の真ん中にできた傷跡と、そこから流れ出てくる真っ赤な血。体内では心臓が張り裂けそうなほど鼓動していて、傷跡にグチュグチュと流れ出ていくのが体で分かって、喉からだって、苦い液体が逆流してきている。


 一瞬、頭の中が真っ暗になった。その瞬間に、脚が崩れていってしまう。


 ――どうして?


 すぐに意識は戻ったけど、でもクラクラとしていて、踏ん張ろうと力を入れてみるけど、私の足は言うことを利かなくて。


 ――どうしてなの?


 とうとう体が重たく感じられて、そのまま膝から地面に倒れ込んでしまう。


 ――立ってよ。立ち上がってよ。


 いくら願っても、足は感覚が麻痺したかのように動かない。それどころか、全身がもう硬直してしまっている。


 指一本だって、ピクリともしない。見えてる世界も、だんだんと薄暗くなっていく。


 ――嫌だ。死んじゃう。私、死んじゃう。


 心臓の鼓動が、弱まっていく。


 暴れるように動いていたものが、もう、風前の灯火のように……。


 ……。


 死にたくない。死にたくないよ……。


 誰か……誰か――


 助けて……。


 ハヤマさん――

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