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18‐1 ラブラドライトの魔力石

 ログデリーズ帝国王都、ラディンガルの城下町にて。


「――アイタッ!」




「……まだ痛むんですか?」


「ああ。ちくしょうさっきの医者め。強引の俺の肩を戻しやがって」


「まあ、かなり力技ではありましたけど……でも、脱臼だけで済んでたのが奇跡ですよ」


 治したばかりの右肩にまだ違和感が残っているようで、俺はそこに手を当てた。とてもジバに置いてきたバックパックを背負える気がしない。


 カミエラとの死闘を繰り広げた翌日。俺は右肩がやけに痛むせいで、ラディンガルにある適当な病院に行き、医者にケガを診てもらっていた。セレナの言う通り、俺はあれだけ体を叩きつけられたというのに、奇跡的に外傷は少なく、右肩も脱臼していただけだったそうで、神の手を自称する医者に無理やり治してもらったのだ。医療費は浮いたがその時の瞬間的ダメージは相当だった。


「ったく。昨日のカミエラといい、前にあった災厄の日といい、なんか体がボロボロになることが増えてんな」


 何気なく呟いたことに、セレナが忘れかけていたことを口にする。


「覚えてますか。昨日カミエラさんの隣にいた、アマラユさんの言葉を」


「あー。そう言えばいたなあいつ。戦いに集中し過ぎて忘れてたけど……そうだ。確か災厄の日をしかけたのって、あいつだったんだよな」


 彼の言葉を思い出す。アマラユは昨日俺たちに、災厄の日を自分で引き起こし、それでミスラさんを討ち取ったと確かに言っていた。それも、この世界を征服する必要があるという、意味が分からない理由でだ。


「アマラユさん。一体何が目的なんでしょう? どうして、この世界の征服をする必要が」


「さあな。とりあえず分かることは、あいつは一番の危険人物だってことだ。昨日も皇帝と転移したっきり姿を見てねえから、また何かしてくるのかもしれない」


 何気なく言ったある一言に、セレナが目を向けて反応する。


「そう言えば、皇帝様は無事なんでしょうか? あれから見てませんけど」


 言われてから俺も気づいた。カミエラを倒した後、イデアを弔っていたせいで彼らの存在を確認できていない。転移した後、どこで何をしていたのか。


「あの人が負ける姿を想像できないが、相手はアマラユだしな。城に行って聞いてみるか? 兵士かヴァルナ―とかから聞けるだろ」


 俺の提案にセレナが「気になりますもんね」と言って納得した時、俺は辺りに人影がめっきりなくなっていたのに気づいた。


 それは特別異様な光景ではなかった。それもそのはず、街中を歩き続けた俺たち前には、最初っから向かっていた墓地があったからだ。


 城下町の北東側。腰くらいの高さになる土の山が、結構な数で連なっているそこは、ここラディンガルに生きていた人たちを中心に、その土の中で安らかに眠っている。


 俺たちがここに来た理由は当然墓参りで、向かっていこうとする先には、昨日建ててあげたイデアの墓があった。


 人に忘れられた町のように静まり返った墓地。何人かが墓の前で手を合わせるのが見える中、俺とセレナはイデアの墓を目指していると、その前にいた意外な人影に、セレナが「あ」と呟いて足を止めた。


「あれは、皇帝様?」


 イデアの墓の前に膝を曲げ、願うように手を合わせて目を瞑る皇帝カナタ。それは紛れもなく彼本人で、俺たちはしばらく、彼が目を開けるまでその場で待った。


 カナタの祈りは十秒くらい続き、目を開くと同時に彼は立ちあがると、まるで気づいていたかのような素振りで俺たちに振り向き、黙ってその場を譲ってくれた。セレナは軽い会釈をして、俺と一緒に皇帝と入れ替わるようにそこに入っていく。


 セレナが墓の前で膝を曲げ、予め置かれていた花瓶の花を取り換える。新たに四本だけ束になった黄色の花を供えると、そのままセレナが手を合わせて目を瞑った。その裏で俺も、真っすぐ立ったまま同じポーズをとると、前からセレナが「安らかに……」と小声で呟くのが聞こえた。


 その様子を横で見守っていたカナタ。俺とセレナが墓参りを終えると、互いに目が合い、それが合図にでもなったかのように墓地から出ていく。


「彼女のことは残念だったね。僕がもっと力があれば、きっと助けられたのだろうけど、どうしようもなかった。許してほしい」


 出てきたばかりの墓地に目を向けながら、皇帝本人から謝罪をされる。


「そ、そんな。皇帝陛下のせいじゃないです。ああっと、ありませんよ」


 とっさに言葉遣いを改めるセレナ。その様子にカナタは微笑みを見せる。


「改まる必要はないよ。僕は君の母親に、感謝してもしきれないものを貰ったんだ」


「え? お母さんに?」


「そう。覚えてないかな? 五年前、君の母親さんが魔法を使ったことを」


 突然の告白に、セレナがすぐに「ああ!」と声を張り上げた。けれど、俺にとっては大きな驚きはなかった。


 先の施設所でのカミエラと皇帝の会話。お互いに知った風な口ぶりだったことから、当時、セレナの母親のアンヌさんと一緒に実験所へ乗り込んだ本人だった。


「やっぱり、あなたがアンヌさんの魔法で召喚された人だったんですね」


 俺の言葉に彼はうなずいた。カナタという男は、俺より先に異世界転移してきた人間であり、魔王が生きていた時代に召喚され、村から出てなぜか皇帝にまで上り詰めた男というわけだ。


「どうして皇帝になったんですか?」


「気がついたらなってたんだ。前代の皇帝、ダファーラは知っている?」


 久々に聞いた名前だ。


「魔王に洗脳された皇帝ですか」


「その人を倒したのは僕なんだけど、次の代がいないって話しになって、なぜか僕が推薦する人が多くて。それで、仕方なくって感じかな」


「そんな適当に決めちゃっていいものなんですか……?」


 呆れるように俺はそう聞いたが、カナタは至極真面目な顔でこう言った。


「きっと、みんな恐れてたんだよ。当時の魔王の強さに。新たな皇帝になれば、必ず魔王に命を狙われる。誰もが恐れるほど、魔王は強かったからね」


 彼の表情が、当時のすべてを物語っているようで、俺はそれ以上深く知ろうとは思わなかった。推薦した人はきっと、彼の持つ底知れない魔力を理由に押し付けたのだろうと、密かに思う。


「だけど、昨日の彼も中々だった」


 カナタはそう切り出し、俺たちが聞きたかったアマラユとの戦闘について話してくれる。


「僕のあらゆる魔法に対し、彼はすべてをしのぎ切った。それどころか、僕が押し負けることすらあり得た」


「皇帝様でもきついだなんて」と不安気なセレナ。俺が「結局どうなったんだ?」と話しを繋げる。


「アマラユは逃してしまった。勝負がつかないまま朝日を迎えた時、彼はその場から姿を消してしまったんだ」


「魔法で消えたってことですか?」


 セレナが質問する。転移の魔法を使えていたからそれだろう、と俺も思っていた矢先、カナタの口からは意外な言葉が出てきた。


「そうだね。彼は魔法で僕から逃げた。それも、転世魔法を使って」


「「転世魔法!?」」


 セレナと一緒に驚いてしまう。まさか、こんな時にその言葉を聞くとは思っていなかった。セレナは見開いた目をそのままに詳しく聞いていく。


「それって、あの転世魔法ですよね! 私のお母さんが、カナタさんを召喚したのに使ったあの!」


「そうだよ。あれは間違いなく転世魔法だった。その転世魔法を自分に使って、彼はこのプルーグとは別の世界を行き来していたんだ」


「自分に使って世界を行き来する。そんな使い方があったなんて」


 感心するセレナの横で、俺は「カナタさんは転世魔法を使えないんですか?」と聞く。


「うん。残念ながら僕には無理なんだ」


「そうですか。アマラユの居場所を突き止めるのは難しそうですね」


「でも、どの世界と行き来してるのかは、なんとなく当てがついてるよ」


「そんなんですか?」


「災厄の日の元凶であり、魔物を生み出す特殊液の提供。いずれも、多くの魔物を使わなければならないものだ。それができる世界と言ったら、僕が考えられるのは一つだけ」


 丁寧な物言いに、俺の頭に一つの単語が思い浮かんできて、セレナが「それって……」と口を挟んだ。すぐに彼の口から答えが明らかになる。


「恐らくは魔界。かつて魔王がやってきた世界から、アマラユはこのプルーグに来ているはずだ。彼から感じられた、魔王と似た気配。もしかしたら彼は、新たな魔王にでもなったのかもしれないね」


 最後の言葉にセレナが口手で元を塞いでしまう。


「新たな魔王! そんな!」


 いきなりのことで俺も「本当なんですか?」と聞くと、カナタは冷静に答えた。


「これはあくまで僕の予想に過ぎない。だけど、胸騒ぎを感じるんだ。またこの世界に、あの時のような脅威が待っているんじゃないかってね」


 カナタの目が天に向けられる。その目に映った空は曇り空に、俺も不穏な空気を感じずにはいられなかった。


 災厄の日。赤目実験の復活と、人間の魔物化。今度は一体、何を仕掛けるつもりなのか。


 それを考えてしまえば、とても落ち着くことはできない。実際、俺もアマラユのせいで二度も死ぬような思いをしているわけだ。どうにか彼を止められないだろうか。


「カナタさん。アマラユはまた何をするか分かりません。これからどうすればいいんでしょう?」


 その言葉にカナタが上げていた顔を戻し、顎に手を置いて悩みだす。


「直接手を打つのは難しいね。彼の目的がなんなのかも定かではない。でも、アマラユがこの世界を征服を望んでいるのは確かだ。それに対して僕は、皇帝としての準備を進めているよ。城の兵にはいつでも動けるように指示を出しているし、スレビスト王国とフェリオン連合王国にも知らせは出している。時期に国同士の会議が開けるだろうから、そこでプルーグ全土で対策を打てるはずだ」


 既に手回しは済んでいると。手際の良さに俺はさすが皇帝だと感心してしまう。


「三つの国が警戒態勢に入れば、さすがのアマラユも動きづらくなるってことですか」


 俺は安心しきったような声でそう言ったが、カナタはそこで少し眉間にしわを寄せた。


「でも、それはきっと、アマラユにも分かっていることだろうね。彼自身、転世魔法を使った瞬間に、僕が勘付くのを理解しているはずだ。会議が始まるまでの短い時間。その間に何も起こらないとは限らない。転世魔法の先で何をしているかも分からないから、君たちも十分に気を付けた方がいいよ」


 初めて見せるカナタの真剣そうな顔。思えば彼は、常にどこか余裕を感じさせるような表情を浮かべていたが、今の彼には、とてもそんな雰囲気は感じられなかった。


 それだけ警戒すべきことなのかと知ると、俺は「分かりました」と真剣な目で返した。それでいよいよカナタと別れの時が来たのを感じると、その話題をセレナが切り出した。


「それじゃ、私たちはこの辺で。カナタさんも、ご無理はなさらないでください」


 その言葉にカナタがまたいつもの笑みを見せる。


「ありがとう。僕も城に戻らなければ。まだまだやることが残っているからね」


 今にもカナタが転移魔法でいなくなりそうな気配を見せると、セレナはどこか不安を残していたのか、慌ててこう聞いた。


「あ、あの、カナタさん。私たち、また会えますよね?」


 再びカナタが微笑みながら一度うなずくと、その目がセレナの左腕に向けられてる気がした。


「そのブレスレット。アンヌのものだよね」


 唐突に聞いてきた質問に、セレナは「はい」と不思議そうに答えた。


 見る角度で色が変わる魔力石。それがついたこのブレスレットは、三年前にネアから貰って以来、ずっとつけていたものだ。


「ラブラドライトの魔力石。その石言葉を知っているかい?」


「いえ」と首をふりながら返すセレナ。そんな名前だったのかと今になって知ると、彼は石言葉を教えてきた。


「『再会』だよ。どこに離れていても、大事な人なら絶対にまた会える。それがその石に込められた言葉だよ」


 そう言ってにっこり微笑むカナタ。セレナも魔力石を眺めながら「再会……」と呟くと、カナタに向き直り、アンヌが見せていたものとそっくりな笑みを浮かべた。

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