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17‐13 俺たちが忘れるわけないってんだ!

 クナイが刺さっていた右腕には、小さな傷口から紫色の液体が流れ出ている。蜘蛛の足はとても硬かったのに対して、人面がついた蝋燭のような部分は柔らかいそうだ。


 けれどその代わり、傷を治す再生能力が高い。既に血は止まっていて、傷口も元通りになっている。生半可な攻撃を重ねても意味はない。致命傷となる一撃をどこかで与えられれば。


「ブラアアァァァ!」


 化け物は両手から赤い魔法陣を出し、出てきた炎の糸を直接手で掴み、無暗やたらに腕を振り出しては、炎の糸が躍るように迫ってくる。その裏に化け物の生意気な笑みが見えると、俺はサーベルを扇のように振っては、振りかかる火の粉を払いながら突き進もうとした。


「っふ! ふん!」


 炎の糸を完璧にすり抜け、化け物の顔面に狙いを定めて最後の一振りをかます。だが、不可解な金属音が鳴り響くと、サーベルの刃が化け物の口に噛まれていた。


「んな!? こいつ! マジか!」


 腕の筋肉がはちきれんばかりに力を込めても、サーベルの刃はビクともしない。これはマズイかと思ったその時、背後から誰かが走り寄ってくる音が聞こえると、化け物は頭を突き出すようにして振ってはサーベルごと俺を軽く投げ飛ばした。回る視界の中で、銀髪の女が駆け寄ってたのが映った。再び炎の糸が伸び出して、銀髪がクナイでそれを切り裂いて退けようとするが、糸が心電図のように途端に揺れ動いてその刃を避けてしまう。


「っく!」


 俺の足が床に着いた頃、瞬く間に銀髪の女は手が動かないように体を縛られていた。細身の体に炎の糸が何重にも巻かれ、次第に両足までも縛って完全に身動きを取れなくなってしまう。化け物は女に近づいて舐めるような目つきで彼女を見る。そして次の瞬間、女を縛っていた糸が灼熱の炎にへと変わった。


「ぐっあ゛ああああ!?」


「ブアッハッハッハア!」


 鼓膜が裂けそうな悲鳴を前に、化け物が愉快そうに笑いだす。その狂気じみた行動に俺は苛立ちを憶えて、躍起になって化け物に迫り、その面にサーベルを突き刺そうとした。だが、化け物が俺に気づくと、縛った女を盾にしてきたのだった。


 思わず手が止まる。急いで回り込もうとしたが、その動きを読んでいるかのように女を動かしてきて、挙句には化け物は女を縛ったままの糸を、ハンマー投げのように頭上で振り回し始めた。


「んにゃろう! 調子に乗りやがって!」


 残り火がはっきりと円を描き出されていって、化け物は俺に投げつけると言わんばかりに睨んできた。そんな化け物の背後に、一人の影が回り込んだのが見えた。


「三尖刀流奥義――」


(割れた)兜が武器を構え、片方の足一本に狙いを定める。


斬刈欧突ざんがおうとつ!!」


 斜め一閃に斬り上げ、刈り取るような切り捨て。柄の末端を突き出して殴るまでを高速でこなし、クルクルと武器を回転させて構えを取り、自分の体ごと化け物の足を抜けるように突き出す。


 力強く流れるように振られた三尖刀。一切無駄のなかったその必殺技に、化け物の足が体を離れ宙に舞った。


 その拍子にバランスを崩した化け物。思わず握っていた糸を手放すと、振り回されていた女は宙に飛ばされながらも、自力で中から繭を引き裂いて脱出する。彼女の無事を確かめてから、俺はこの隙を逃すまいとすぐに構えを取った。


邪捻流撃じゃねんりゅうげき――」


 サーベルを頭上に構え、反った刃先を床に向ける。そして、目の前の一本足に意識を集中させる。


天邪鬼あまのじゃく!!」


 右肩を釘でも打ったかのように止め、手首の振りを利用した高速の三連撃。サメの歯のようなギザギザ模様がくっきりと足に浮かぶと、その足は化け物の胴体を離れた。


「畳みかける時だ! 一気に潰すぞ! 兜野郎!」


 化け物が怯み、俺たちが距離を詰められた。これ以上の好機を逃すまいと、俺は兜だった男に声を荒げた。


「言われなくても!」と、奴も声を荒げて返してくると、俺はすぐにサーベルを構えなおし、隣の足に狙いを定めた。恐らく兜も同じように武器を構えていると思うと、二人で化け物の両側から攻め立てていった。


 しかしその時、


「ラアアァァ!」


 化け物が気味悪い声で叫んだかと思うと、俺たちが武器を振りかぶったタイミングで、化け物は垂直に高く跳び上がった。


「んな!?」


 目の前で兜と目が合う。お互いに武器をひっこめようとするが、すぐに降ってきた化け物の手に後頭部を掴まれ、鉄床に思い切り叩きつけられてしまった。


「――ぶぐっ!」「――だはっ!」


 頭蓋骨が割れそうな衝撃が走って、一瞬、意識が飛びそうになった。見えてる世界が水に濡れたかのように揺れていて、化け物に顔を上げられると、自分の鼻からドロッとした液体が流れたのを感じた。


「……っぶは。こんな、ところで……」


 化け物に睨まれながらも、俺はサーベルを持つ腕を上げ、抵抗する意思を見せる。だが、視界が揺れているせいか、思うように力が入らなくて腕が中々上がらない。


 そんな時、何重にも見えていた化け物の両腕に、黒い何かが刺さったのが見えた。同時に化け物が俺たちのことを離すと、すかさず背後から銀髪の女が飛び込んできた。


「ブガアッ!!」


 悲鳴に顔を上げ、女が投げていたクナイに向かって、両足で押し込むように踏みつけているのが見えた。


 化け物の腕の肉に、黒い刃がずぶりと食い込んでいく。ほんの一瞬でクナイの刃が見えなくなると、女は飛び込んだ反動を利用して飛び退く体勢を見せた。しかしその時、化け物の赤黒い目に怒りが宿っていると、その女の両足を力強く掴んだ。


「グウ、ブラアアァァ!!」


 足を掴んだまま両腕を目一杯広げようとする。股が百八十度平行になっていき、骨もメキメキ言っているように聞こえてくると、体の悲鳴を代弁するように女が苦悶の声をこぼす。


「っぐ!? くう!」


 それでも女は冷静になって手を動かすと、胸元から両手にクナイを装備し、上体起こしをするように体の捻っては、化け物の手首を貫通する勢いでクナイを突き刺した。


「っふん!」


「グラアアァ!」


 女の足を離す化け物。無事両足で床に着地した女だったが、同時に膝が折れるように崩れてしまう。まだ化け物の目が女を狙っていると分かると、俺はとっさに女を脇に抱えるように持ってその場から離れる。


 兜だった男も横について下がってくる。化け物に振り返り、手首に刺さったクナイを一本ずつ引き抜いていくのを確認し、抱えていた女の足を床につけ、俺の肩を貸しながらその場に立たせようとする。


「まだ戦えるのか? 無理をしてるなら、俺たちの邪魔になるだけだぞ」


 俺がそう声をかけると、なんとか立てたその女は、顔を若干傾けて不思議そうな目を向けてきた。その視線の先を追って自分の鼻を見ていると知ると、俺は止まりかけてた鼻血を指で拭きとった。


「なんだよ。この程度は別に、無理でもなんでもない」


 女に得意げな笑みを向けられる。そのまま彼女が前に振り返り、装束の中から新しいクナイを取り出すのに続いて、俺も武器を構え直した。


 クナイを引き抜いた化け物はその腕の傷を再生させる。対して俺たちの方は、鼻血を出す者と足がやられそうな者。もう一人のスキンヘッドも、頭の擦り切れた部分から血を流している。


「ここまで戦って、これだけ傷の差が生まれるか。どうするよ。今のところの成果が足二本だけ。このままじゃ、俺たちの体力が持ちそうにないぞ」


 兜だった男が言葉を返してくる。


「足の二本が切れたなら、他の足もすべて切れるだろう。身動きさえ封じてしまえば、後はありったけの力で殴りつければいいだけだ」


「なるほど。結局は力押しなんだな」


 突然、俺の目の前で銀髪の女が膝を崩して倒れた。両手を床について立ち上がろうとするが、女の足はまるで死んでしまった蛇のように動かない。


「限界だったんじゃねえか。さっさと下がれ。このままじゃ危険だ」


 俺がそう声をかけた時、女は喉の奥から振り絞るような声で一言こう呟く。


「……ネア」


 誰かの名前を彼女は呼ぶ。


「……ラシュウ……イデア」


 もう二人の名前を口にした時、震えていた腕に力が入り、固まっていた足が再び立ち上がろうと動き出していた。誰かのために立ちあがろうとする。いつかの自分を、俺は思い出す。


「それは、お前の戦う理由か?」


 俺の質問に答える代わりに、女が最後まで立ちあがってみせる。彼女の胸に強い信念が宿っているのを感じた時、同時に兜だった男が喋り出した。


「戦う理由。それだけは忘れてはいけない。でなければ俺たちは、いつ化け物に成り下がってもおかしくない存在なんだ。――あんな風にな」


 三尖刀の刃で、蜘蛛の化け物が示される。


「俺たちはあいつと一緒だ。殺意によってどこまでも力を出し尽くせる。この目の使い方次第で、勇者でも化け物にでもなれてしまう。俺たちは、世界を荒らせるだけの力があるんだ」


「だからこそ、戦う理由を見つけた」


 体を前に出して、俺はそう呟いた。脳裏に、彼女の存在が横切る。


「俺の、俺たちの、戦う理由……」


「今一度確かめろ。自分がなんのために戦っているのか。なんのために力を使うのか」


 この力は、イタズラに使えるものじゃない。殺意に身を委ねてしまえば、俺は自分のすべてを拒絶し、ただ無自覚にすべてを壊しつくす存在になるんだ。


「忘れられるかよ。あの時に初めて感じた変な気持ちを」


 それを救ってくれる存在がいてくれた。身も心もボロボロにされたあの過去を受け止めてくれた。そうと知った時の、ふわっとしたあの感覚。


 俺たちに限って、そんな大事なことを忘れるわけがない。


「俺たちは俺たちだ。あの化け物なんかと一緒にされたら、困るんだよ!」


「ブラアアァァ!」


 化け物が俺に反抗するように吠えてきて、同時に炎の糸を繰り出してきた。複雑に絡み合って伸びてくるそれに、俺たち三人が身構える。


 その時だった。


「――風よ!」


 背後から、俺たちの頭上を風の衝撃波が飛び越えていった。衝撃波が糸を巻き込んで一箇所に集め、破裂と共に糸を断ち切る。


 何事かと、俺たちは同時に振り返っていた。目に映った部屋の入り口。そこで手を突き出し魔法を放ってくれてたのは、セレナだった。


「皆さん! 大丈夫ですか!」


 ここまで走ってきたのか、息切れをしながらそう聞いてくるセレナ。それを目にした時、胸の中が懐かしいぐらいに温まった気がして、思わず俺は鼻で笑い出してしまう。


 ――あんな恐れ知らずな奴、そうそういないだろうな。


 腕を広げて、俺は化け物に睨みを利かせる。そして、思う存分に叫んだ。


「戦う理由。そんな大事なこと、俺たちが忘れるわけないってんだ!」

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