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17‐12 おかげで私は、戦う理由を見つけられた

 カミエラの炎の糸が暴れ続け、辺り一面がゴウゴウと燃え盛っている。肌がジリジリと焼けそうで、爪や髪の毛が痛いくらいに熱い。せめてもの気休めでもと距離を取ろうとしていると、俺とテオヤは部屋の入口前まで下がっていた。


「くそ! あんなに暴れられちゃ近寄れない」


 両手の炎の糸が鞭のように振り回される。カミエラが蜘蛛の足を使って少しずつ近づいてきている。


「来るぞ! 警戒しろ」


「分かってる!」


 テオヤの言葉に食い気味で返答し、サーベルを手に取る。そして、すぐに赤目の人格を呼び覚まそうと目を瞑ろうとしたが、二本の糸がそれぞれ俺たちに向かってうねりながら伸びてくるのが映った。


「っく!」かろうじて避けられた。


「一瞬の隙も、与えないか!」


 もはや糸というより触手のようであるそれを切り捨てる。しかし、糸は切ってもまた彼女の手から伸び出てきてキリがなかった。


 赤目の人格を呼び覚まそうにも、この状態では自分の殺意に集中することができない。それに、意識が入れ替わるのが一瞬だとしても、その一瞬で糸に体を掴まれでもしたら、もう一人の俺が戦う前から不利な状況を作ってしまう。それだけは避けなければいけない。


 そう考えている間にも、化け物の本体が刻々と迫ってきている。俺たちとの距離もそう遠くなくなった時、彼女は糸を出す手を突然止め、地面に手をつけ、地を這って走るワニのように突進してきた。


 息つく間もなく眼前まで迫られ、俺に伸ばしてきた手に顔を掴まれると覚悟してしまう。その時だった。


 背後から、誰かが走ってくる気配がした。


「ブガァッ!?」


 いきなりカミエラの手が引き、その体が後ろに数歩下がった。どうして助かったのか。蜘蛛の体についた、大きな単眼が俺の目に映り込むと、二つのクナイがそれぞれの目を潰すように刺さっていた。


 ――あの武器は、ユリアの!


 次の瞬間、銀髪を揺らす女性が飛び出し、刺したクナイに足を合わせて力一杯カミエラを蹴飛ばした。カミエラは部屋の中央まで吹き飛び、蹴り飛ばした彼女は華麗に一回転しながら着地する。


 初めて見る女性だが、俺にはどこか見覚えのあるような。その女性が俺たちに振り向いてくる。


 長く艶のある銀髪、顔の形が整った美形。そんな彼女の顔は、咲いたばかりの百合の花のように美しくて、なおかつ両の目には、力強さを象徴するあの赤目がついていた。


「お前……その見た目はまさか、ユリアか?」


 おぼろげな推測でそう聞いてみると、彼女は俺の目を見つめ返しながらうなずいてきた。口からは何も言葉は出てこない。


「セレナたちはどうした? 何かあったわけじゃないよな?」


 ユリアはうなずき、そこで初めて口を開くと、彼女はいきなり衝撃的なことを言うのだった。


「イデアが、亡くなった」


「え……?」


 亡くなった? イデアが、死んだ?


 ユリアの瞳の奥を見透かす。嘘は、言っていない。言うはずがない。こんな性悪な言葉、冗談でも言えるはずがない。


 そしたら、本当に、彼女は――。


 ……二度目の、死を。


 ――夢を、叶えたばかりで、途絶えてしまった。


 心臓が、勝手に高鳴っていく。俺の意志とは関係なく、体の奥底から何か熱いものが湧いてくる。全身に血が巡ってるのが分かってきて、敏感になっていくのを感じていく。俺の手に、握りこぶしができた時、ユリアは部屋の中央に目を向けた。炎獄にまみれたこの中で、彼女は仇を目にしてクナイを両手に取り出す。


「あの母親には、感謝している。 目の力を与えてくれたこと。私の記憶を思い出させてくれたこと。おかげで私は、戦う理由を見つけられた。大事な人のために、この力を使うことができる」


 潰されたはずの目が、グチュグチュと液体のように揺れ動き出し、瞼が開かれて元通りの瞳が開かれる。「再生能力……」とテオヤが呟くのを流しながら、ユリアは続ける。


「向けられた敵意のおかげで、あなたを、母親だと思わずに戦える」


 最後の言葉が通じたのか、カミエラの顔がニカッと笑い出し、威嚇するような気味悪い声を上げる。


「ブラアアァァ!」


 二人が腰を屈めて体勢を取る。俺は一人で、胸の心臓に手を当てた。


「忘れるな……この力の使い方。同じ殺意でも、この力には意味がある」


 スッと目を閉じる。そのまま自分がいなくなるように。意識を委ねるように。もう一人の自分を信じるように。


 俺は、すべてを解放する。




「殺意よ。俺に、護る力を……!」




 一瞬にして熱を感じ、俺は一気に目を見開いた。


 久しぶりに外の世界を目にする。燃え広がった室内に、一回り大きな蜘蛛。なぜか体もついているそいつが、耳障りの悪い声で叫んでいる。俺はすぐに倒すべき化け物だと理解するが、それ以上にない胸の高鳴りがすぐに気になってしまう。


「熱い。どす黒い。胸から手を離せば、爆発してしまいそうな、それほどの殺意。こんなのは初めてだ」


 抑えきれない衝動を感じる以上に、自分でも怖いと感じてしまうような、おびただしい殺意をこの胸に感じていた。横から聞き覚えのある声が入ってくる。


「ここには邪魔になる者はいない。その殺意、存分に使い果たしてみせろ」


 俺の傍には銀髪の女と、反対側にはあの兜がいた。


 どうしてこいつがここに? 実際に聞こうと思ったが、彼ら二人がじっと前だけを見つめているのを知って、そんな質問は野暮だと気づいた。


 俺も、一緒になってこの目を向ける。彼らが向けているのと同じ、殺意の意志を。


 蜘蛛の化け物が、尻部分から何か出しているかと思うと、そこから繭で作られたような小さな卵、卵嚢らんのうを大量に生み出していた。一つの卵嚢が勝手に揺れ動くと、どこからともなく繭に火がつき、中から炎を体に纏った子供の蜘蛛が産まれ出てきた。


 卵嚢が二つ目、三つ目と火に包まれていっては、中から子蜘蛛が現れてくる。そんな気色悪い光景を前にしながら、俺は兜に聞こえるように呟いた。


「もう一人の殺意の発端とか今は聞かねえけど、とりあえず俺は、存分に殺す気でいってもいいってことだよな?」


「俺は、お前よりもっと強い殺意を持って、あいつを殺すつもりだ」


 予想外の返答だった。感情を表に出さない兜でさえ、この怒りよう。


「ブラアアァァ!」


 化け物が叫び出した。金属みたいに高音で扇風機でもついているかのように途切れ途切れに聞こえる雄たけび。それに呼応するように、子蜘蛛たちが一斉に走り寄ってきた。それに、銀髪の女が飛び出していく。


「必殺奥義――」


 クナイを構えた両手を広げ、突如風がなびき出したかと思うと、残像を残すようにして姿が消えていった。


 恐らくは、この部屋の中で一番の殺意を持った彼女。そいつの怒りが、一つの竜巻となって露わになる。


苦無乱舞くないらんぶ!!」


 床を這っていた子蜘蛛たちが、体液をまき散らしながら宙に浮きあがっていく。産みの親を中心に発生した竜巻に、奴らが全員巻き込まれていく。


 百を超える子蜘蛛たちが、竜巻の風で体が引き千切れていく。風は部屋の炎さえもかき消していき、俺たちも風を凌ぐように体を踏ん張らせていた。


 中々に強烈な攻撃。しかし、ふと竜巻の中が見えると、例の親玉は至って涼しい顔をしていた。


 まるで利いていない様子。この前の四刀流といい、この世界にはどれだけの化け物がいるというのか。そんな考えを見透かしたかのように、兜が呟くのが聞こえてくる。


「赤目と魔物の融合体。間違いない。あいつは、今この世界で一番危険な化け物だ!」


 ドスン! と鈍い音が鳴った。例の化け物が拳を突き出していたかと思いきや、俺たちの間を銀髪の女が通り過ぎ、そのまま壁まで吹き飛んでいった。


「んな! やりやがったか、あいつ!」


 彼女を気にする暇もなく、化け物がすぐに両の手から炎の糸を出してくる。既に敵はやる気のようで、俺たちの戦いは始まっていた。俺は振り返ることなく一気に突っ込んでいき、頭上から振り下ろされてくる灼熱の帯を身を捻ってかわし、次に交差してくるのを間を潜り抜けるように高く飛び上がって、化け物の人面に狙いを定めて落ちていった。だが、


「――んな!?」


 化け物の目が、未来でも見ていたかのように俺の動きを完全に捉えていた。奴は糸を離した右手に握りこぶしを作り、荒っぽく横に振ってきた。豪快な裏拳が頬にぶつけられ、体が吹き飛んでいく。


「っく!」


 背中から地面に衝突し、グルグルと転がっていく。その最中でサーベルを持ち替えて地面に刺し、勢いを殺してすぐに立ち直る。


「クソ!」と吐き捨ててから顔を上げてみると、俺を睨んでいた化け物に兜が向かっていく姿が見えた。流れるように三尖刀を扱い、その勢いを利用して一息に足を切ろうとする。


「はあっ!」


 三尖刀の刃が一本目の足に食い込むと、あろうことか動きがピタリと止まってしまった。思ってたよりも蜘蛛の足が硬く、兜があからさまに動揺している。化け物はゆったりと体の向きを変えると、頭の兜を片手で強く握り掴んだ。兜がすぐに引き抜いた三尖刀で化け物の手をどかそうとするが、化け物の腕の筋肉がいきなり膨らむと、おもむろに兜の頭を床に叩きつけられた。


「ぐっ!」


「あの野郎ヘマしやがって!」


 俺は化け物の背後を取ろうと急いで走り出す。しかし、化け物も突然走り出してしまうと、兜の頭を今度は壁に衝突させた。化け物の勢いはそれだけで止まらない。


「ブラアアァァ!」


 横顔から狂気の笑みがこぼれていると、兜を壁に叩きつけたまま、自らの足を壁につけていく。何をしでかすかと思った次の瞬間、奴は走り回った。


 ゴリゴリと重苦しい音が鳴っては、鉄の壁に一本の削れた跡が描かれていく。化け物は兜を雑巾のように引きずり、また奇妙な声を上げている。八本の足が止まることを知らないのか、遥か天井まで向かっていこうとするのを、俺はただ信じられないような目で見るしかなかった。


「あいつ!?」


「ブアッハッハッハア!」


 化け物の口から、人の声を加工したような甲高い笑い声が響いた。到底手の届かない位置まで昇っていき、俺にはどうすることもできない。うろたえるしかないのか。そう思った時、俺のすぐ隣から一本のクナイが天に向かって飛んでいった。その刃がすぐに米粒のような大きさになると、兜を掴んでいた化け物の腕に見事命中した。


「ブアァッ!」


 化け物はうめき声を上げ、痛みに悶えるようにしながら兜を床に向けて投げつける。滝のような勢いであっという間に落ちてくると、中央の鉄床がへこみ、小麦の袋でも破裂したかのように土煙が噴き出た。その煙で兜の姿が見えなくなって、俺は焦るように声をかける。


「おい兜! 生きてるよな!」


 兜からの返事はない。まさかと思って近づこうとしてみると、煙の中から起き上がろうとする影が見えた。それを見て彼がまだ生きてるのを確信する。が、影として映っていた頭が、いきなり二つに割れるようにして床に転げ落ちた。


 本当に頭が割れたのかと思って一瞬怯んでしまったが、消えた煙からスキンヘッドの頭を抑える彼の姿が目に入る。後頭部につけられた狼の刺青。床に落ちたのが割れた兜なのだと知って、俺は柄にもなく安堵した。


「っは。タフな奴だな」


 そう一息ついているのも束の間、俺たちの前に化け物が降ってきた。人面につけられた赤い瞳が、まだ、絶望は終わらないと、そう伝えてくるようだった。

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