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2‐11 未来予知

 外を見ると、日はとっくに沈み切っていて、辺りの木々たちはすっかり暗闇に包まれていた。俺たちは洞穴の中でランプを囲っていると、全員がパンと抹茶団子を口にしていた。


 俺は最後の一切れとなったパンを口にし、横から抹茶団子を凝視してくるセレナに気づくと、試しに手を広げてお手を求めてみた。セレナは犬のように従順に手の平を乗っけてくると、もう片方の手でも同じことをしてきた。俺は頭をなでる代わりにご褒美の抹茶団子を渡してやると、キョウヤの「そう言えば」という切り出しに耳を傾けた。


「今日目覚める瞬間、未来予知を見ました」


 突然の告白に俺は「未来予知?」と聞き返す。


「時間魔法の効果の一つです。私は時間魔法を扱う魔法使いであり、たまに未来に起こることを予知して見ることがあるのですが、さっき目覚める時に見えたのは、少し不穏なものでして」


「何を見たの?」とアミナ。


「バルベスと私たちが戦う未来。それも、私たち五人に対し、バルベスは何十人の兵士で囲んでいる光景でした」


 俺は「ふーん」と言った傍で、セレナがこう聞く。


「その未来予知って、絶対に起こることなんですか?」


「可能性の一つ、というのが正しい言い方でしょうか。必ずしもそれが起こるわけではありません。けれど、逆に言えば、その未来が訪れる可能性があるということでもある。バルベスが私を襲った時も、事前に未来予知で見た通りに起こりましたから」


「そうなんですか。じゃあ気を付けないといけませんね」


「バルベスがいたその状況は、恐らく私たちが正面から戦いにいった時の未来だと思います。けど、予知の最後に、不可解な人物がいたんですよね」


「不可解な?」


 ヤカトルが首を傾げる。


「バルベスや私たち以外。ジバの兵士や市民でもなく、はたまたフードを被った赤目の戦士じゃない、全く別の男性。背中しか見えませんでしたが、体つきがよく大剣を握ってました。そして、彼のことを不可解に思った理由なのですが、その方は突然、その場所に現れたのです」


「へえ。そいつはワープとかができる、転移の魔法とかかもしれないな」


「魔法……確かに一瞬、魔法陣が見えていたような、いなかったような……」


「曖昧だな。けど肝心なのは、そいつが敵か味方か分からないってことだ。もしかしたら、バルベスが新しく雇った傭兵かもしれねぇ」


 ヤカトルはそう言って不安を煽ったが、キョウヤは動じることなく口を開いた。


「敵であるなら、私に背中を向けているのが気がかりですが……どちらにしろ、考えても分からないことですね。あくまでこれは予知でしかないですけど、念のため、皆さんも覚えておいてください。予め知っておくだけでも、もしもの時に動けるかと」


 そう言ってまとめたことにアミナが「はーい」と答えると、俺は別の質問をキョウヤにぶつけた。


「俺からも一つキョウヤに。バルベスはお前の従者だったのに、どうして襲われたりしたんだ? 忠誠を誓うはずの奴に裏切られるなんて、何か恨まれることでもしたのか?」


 キョウヤは首を横に小さく振った。


「残念ながら、私にも分からないのです。バルベスは常に冷静で頭の利く方で、頼りになる方でした。母上と父上が治めていた時も、ジバのために尽くしてくれた方でしたのに……」


 本当に予想外だったのか、そう苦言を呈していたキョウヤだったが、そこでヤカトルが口を挟んできた。


「俺の知る限りだと、都の王の決め方に不満があるようだった。あの都は、代々時間魔法ってやつを受け継いでいるらしいな」


「そうですね。ジバという都は今まで、時間魔法を持つ者が王となって治めてきました」


「でも、魔法を使うためには妖精と出会わなければなない。聞くところによれば、時間魔法の妖精は王族の前にしか姿を現さないとか」


「ジバが生まれたきっかけは、ある魔法使いが時間魔法の妖精を助けたからだと言われています。妖精が王族にしか姿を見せないのは、その恩を返すためだと言われているのです」


 キョウヤが詳しいことをそう話すと、セレナが少し驚くような顔を見せた。


「へえ、妖精さんが恩返しを。妖精は気まぐれな性格だから、そんなことをするのはあり得ないって教わったんですけど、そんな妖精さんもいるんですね」


 妖精になじみがない俺だが、魔法使いのセレナが言うからには、滅多にない話しなのだろう。そう実感しながらも、同時にバルベスの思っていることを理解してしまった。


「けど、その恩返しのせいで王制度が確立されて、時間魔法が特権のようになっていった。生まれた瞬間に王となれる人間が決まっていることに、あいつは不満を抱いているわけだな」


 俺がそう結論づけると、キョウヤの顔が少し曇っていた。


「そうなのかもしれませんが、その不満の出どころは、きっと私にあるのかもしれませんね」


 すぐにアミナが「キョウヤから?」と意外そうな目を向ける。


「私は王としてまだ未熟の存在。魔王の襲撃から街を復興させていった時も、私の力というより、周りの人々のおかげでなんとかできていたようなものです。きっと知らないうちに、バルベスに対しても、長く城に仕えていたのをいい理由に、大きな負担を与えてしまっていたのかもしれません……」


「そんなことない。キョウヤは十分頑張ってるわよ」


「ありがとうアミナ。けど、私には分かるの。私は母上や父上のようになれていない。もし母上と父上が生きていれば、きっとこの二年の間に、ジバを元の姿に戻していたはずなの」


「キョウヤ……それでも私はキョウヤの味方だからね。キョウヤが失敗しても、私が絶対に支えてあげるから」


 アミナはそう言って必死に思いを伝えたが、キョウヤの顔は晴れないまま「うん、ごめんね」とだけ言った。ここに来て初めてキョウヤが弱みを見せていると、瞬く間に気まずい空気が流れていた。それを察知したヤカトルがすかさず声を張る。


「どうせバルベスを倒しに行くんだ。詳しい理由なんて知る必要はないだろ。裏切られた以上、こっちが思い詰めるだけ無駄ってもんさ」


「……そうですね。今はなりふり構っている場合じゃない。もしもバルベスと戦うことになったら、私の魔法で彼を討つ気持ちでいないと」


「おう、敵将はちゃんと女王さんが討ち取らないとな」


 そうしてキョウヤが作った握りこぶしを見つめる。まるで気持ちを落ち着け、覚悟を決めようとしているその姿を、俺たちが見守っていると、その覚悟を自分自身にも静かに宿していった。




 洞穴で夜を過ごした翌日。太陽がいつものように世界を照らしていると、その光を避けるべく、俺たちは林の木々の中を歩き続けていた。


 目的地は王都ラディンガル。先頭のヤカトルが撃剣を使って草木を切り、道なき道を作っていくと、後ろにアミナとキョウヤ、セレナと俺が続いていた。


「おっと」


「どうしたのです、ヤカトル」


 キョウヤがそう聞くと、ヤカトルは木々の間から見える奥の城壁を指差した。


「ひとまずここまで来たって感じだな。こっからの景色は相変わらずだろ?」


 青い石垣が積みあがったそれは、初めてセレナと来た時となんら変わりない様子だった。だが、外からでは想像できない景色が、中には広がっているのを俺たちは知っている。


「今でも、あそこで助けを待ってる人はいるんですよね……」


 セレナが不安そうに両手を胸の前でつないでいると、アミナも刀に手を当てた。


「バルベスさん、絶対に許さないわ。私の友達を傷つけた分、ちゃんとお返ししてあげるんだから」


「……ねえアミナ」


 キョウヤに呼ばれたアミナが振り返る。


「髪を縛れるもの、持ってないかしら?」


「え? 急に言われても……」


 アミナはポケットの中身を確認しながらそう呟いたが、すぐに「あっ」と言って閃くと、胸元から一つ、銀のかんざしを取り出した。


「これならあるけど」


 薄い形に二本の足ついており、円形の模様には八枚の花びらがついた花が二輪咲いているデザイン。それにキョウヤは意外そうな反応を示す。


「ニリンソウの簪……これはまた、懐かしいものを」


「キョウヤが初めて私にくれたものだからね。なんだか使うに使えなくて」


「そうでしたか」


 簪を受け取り、ターコイズブルーの髪の毛を縛り始めるキョウヤ。後頭部にお団子を作ると、そこに簪を挿して髪の毛を整えた。


「行きましょう。今は叶わずとも、ラディンガルで兵をいただければ、必ず勝機が訪れるはずです。そのために早く向かわなければ。……ん?」


 何かに引っかかるような素振りを見せると、キョウヤは見ていた先に一人歩いていく。先に何かあるのかと俺も目を細めると、木々の中に一人の男性がうずくまっているのを見つけた。


「あれは……まさかジバの!?」


 そう言ってすぐに駆けつけていくキョウヤ。俺たちも急いで後に続いていくと、男が体を震わせて怯えているのが分かった。それにキョウヤが背中に手を当てる。


「大丈夫ですか?」


「あ、あなたは、キョウヤ様!?」


 男は口元のほくろが目立つ顔を上げると、驚きの中に喜ぶような表情を浮かべていた。ヤカトルも「ジバの人間か」と呟いた通り、その雰囲気からして彼はジバの市民のようだ。


「助けてくださいキョウヤ様! 今のジバはもう最悪です。私たちをいいように働かせ、歯向かう者にはその場で殺し、家族を人質にとったりと、もうとても耐えられない状態です。私はなんとかここまで逃げてきましたが、都にはまだ家族が……お願いですキョウヤ様。どうかあの男を倒してください。そして、家族をお救いください! お願いします!」


 男は泣きつくようにそう言っては、頭を地面につけるほど強くお願いしてきた。それにキョウヤはすぐに「頭を上げてください」と語り掛ける。


「怖い思いをされたのですね。ですが、どうか落ち着いてください。私たちは必ずジバを取り戻します。今、ラディンガルに向かって兵を調達するつもりです。ここでは危険ですから、あなたもそこまで一緒に連れていってあげましょう」


「本当ですか! 良かった……あなた様ならきっと、助けに来てくれると、信じてました……本当によかった……本当に……いっ!?」


 突然頭痛でも走ったのか、男は顔を真っ青にして自分の頭を両手で抱えてうずくまってしまった。


「どうしたのですか!」


 キョウヤが心配して声をかけたが、男から返ってきた言葉は苦し紛れに出てきたものだった。


「キョウヤ様……離れて――」


「え?」


「離れて!」


 途端に声が強くなると、いきなり男は両手を伸ばし、キョウヤの首を強く絞めようとした。


「ぐっ!? どう、して!」


 力を緩める気配がないと、アミナの目つきが変わっていた。素早く片手を突き出して男の顎をグッと空に押し上げると、勢いで首から手が離れた隙に、脇腹めがけて「はあ!」と威勢よく回し蹴りを直撃させた。男はたまらず吹き飛び、後ろに生えていた木に強く頭をぶつけ、その拍子に目を瞑って気絶する。


「大丈夫キョウヤ?」


「ッエホ! ……ええ、私は平気。でも、どうして急に」


 突然の急変っぷりに俺たちが動揺していると、アミナとヤカトルが何かを察したかのように武器を抜き取った。


「恐らく、罠だったんだわ」


 アミナの一言に俺が「え?」と声が出てしまうと、ヤカトルは辺りを見回しながらこう続けた。


「その証拠に、俺らは囲まれちまってるってわけだ」


 辺りの木々から市民たちが現れてくる。一人、また一人と増え、最終的に十人の市民が周りに出てくると、彼らの手には一本の剣が握られていた。


「はめられたってことかよ!」


 俺は腰を屈めてすぐに身構える。他の四人もそうしていると、自然と俺たちは円になるように背中合わせの陣形を作っていた。周りを取り囲む十人の市民。彼らは口々に「キョウヤ様、すみません……」と意味の分からないことを口にしていて、明らかにおかしい様子に俺たちの首は右に左にとせわしなく動いていた。


「どうする女王さん? 十人の一般人をやるなら、俺でもできないことはないぞ?」


 余裕を取り繕ったヤカトルの提案に対し、キョウヤが声を張り上げる。


「彼らはジバの民たちです。傷つけるわけにはいきません!」


 こんな状態でも変わらないキョウヤに、俺は少し強く声を荒げる。


「でも、こんな不利な状況でどうするんだよ! 下手すればこっちがやられるぞ!」


 そう言い切った瞬間、横目に魔法の光が見えたかと思うと、灰色の魔法陣が地面に浮かび上がり、そこから光の柱が一瞬立ち上ったかと思うと、中からバルベスが姿を現した。


「そうですよ女王様。殺られなければ殺られるんですよ。あなた様が!」


「バルベス! やはりあなたでしたか」


 キョウヤがきつい目つきを向ける。初めて見せたその表情に、バルベスは不適な笑みを浮かべていた。

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