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17-6 生まれ変わったその姿を見せるのよ!

 告げられた真実。ラシュウは後ろめたそうにネアから目をそらしており、ネアもそれに否定の意志を見せない。


 本当に、ネアが元々赤目を持っていて、そしてその力をラシュウやユリアたちに与えていた。


「採血したものをどうにか体に埋め込めないかと繰り返したわよねぇ。最適な方法を探るために、彼らには色々施したものよ。その光景をあなたはじっと見ていた。違うかしら?」


 カミエラが突き付けた言葉に、糸に縛られたままのネアは何も返さない。ただ悔しそうに唇を噛んでいるだけだ。カミエラの口はそれだけにとどまらない。


「唯一の成功例を最後に、あなたは力を失った。特殊血液のすべてを摘出してしまったから。けどね……」


 彼女の目がこちらに向き、ラシュウとユリアに移される。


「あの二人には、実は同じ方法を試したのよ」


 同じ、方法……。なんだか不吉な予感が漂うのを感じる。


「どうして、ユリアだけがその力を享受できたか、あなたには分かる?」


 鋭い目力が、ネアの目を見つめる。二人の横顔が俺の目に映った時、なんとなく似ていると思ってしまう。


「ねえ。分かるかしら? 私の可愛いネア」


「……まさか!?」


 ネアが苦そうに言葉をこぼす。不吉な予感は、いよいよ現実味を帯びていると思った時、まさかの一言がカミエラから飛び出した。


「あなたたちは、私の娘よ。……二人ともね」


 ……背筋が凍った。ネアの顔が一瞬で絶望に変わり、その時だけ時間が止まったかのように静まっていた。


「そんな……馬鹿な!?」

 

 俺からやっと出てきたのは、その一言だった。母性の欠片もないあの女が、ネアとユリアの母親。それだけじゃない。ネアとユリアが姉妹だったなんて初耳だ。


「嘘……」


 そう呟いたネアが、いきなり激しく首を振り出す。


「嘘よ嘘よ! 嘘に決まってる! ネアのお母さんが、あなただなんて!」


「アッハッハッハ! 残念ながらそれが真実よ。私は赤目を研究するために赤目の戦士と結婚し、二人目にして産んだのがあなただった。あなたは父親の遺伝によって赤目を手にしたのよ。そして、実験が成功したのは、ユリアにもその遺伝子が残っていたからなのよ!」


「ネアを、利用したってこと? 自分の子供すら、研究のための道具だって言うの?!」


「人聞きの悪いことを。当時私の言うことを素直に聞いていたのは、あなた自身だったわよ?」


 驚愕し、瞳孔の位置が定まらないネア。その動揺っぷりはまるで、その時の記憶を忘れてしまったかのように思えた。


「そんな。ネアが……ネアが実験に自分から……あなたの言うことを聞いて、何も感じずに、自分から……」

悲嘆の声が痛々しく呟かれる。カミエラはねっとりとした口調で、彼女を追い詰める。


「結局あなたも忘れてたのよ。母親の顔と、昔の自分をね。今のあなたは昔と大違いだもの。そんなに喋る子じゃなかったわ」


「やめて……」


「従順に私に従い、被検体を見てみぬフリをして実験に協力してくれた」


「やめて……」


「実験を進めてくれたのは、すべてあなたのおかげなのよ」


「やめて!」


 とうとうネアが大声で叫びだした。その目に悔し涙が溜まっていたが、同時にユリアも四つん這いになって倒れてしまった。


「ユリア!」


 気づいたラシュウがすぐに近づいて様子を見る。両手で頭を抑え続けるユリア。その体の震えは全く収まる気配がなく、ラシュウが手を触れてやったのに対しても、それを拒否するように手で払った。今までになくユリアが怯えているように見えると、また悪魔は大いに笑い出した。


「アッハッハッハ! ここにも記憶が蘇った者がいたか! ねえユリア? あなたも思い出したのでしょう? 記憶の奥底に眠っていた、忘れてしまった真実を」


 喜々として彼女は一人語り続ける。


「ユリアは私が最初に産んだ一人目の子供。けれど彼女に赤目は宿らなかった。だから適当に名前を与えるだけ与えて、後はその辺に捨てといたわ。それがまさか、被検体になって帰ってくるとは思ってなかったけれどね」


 子どもを捨てたというのか。遺伝子だとかのために、小さな命を粗末に扱ったと。不謹慎極まりない彼女の言動に、俺はとうとう敵意が剥き出しになる。


「カミエラ! お前、いい加減に――」


 そこまで口にした時、俺の脳裏に思いもよらない言葉がよぎった。


 たった今彼女に思ったこと。それがふと、俺の体験してきた過去の出来事と重なる。


 捨てられた子ども。彼女との思い出。その復讐に燃えた、あの時の過ち。


「どうしたのかしら坊や? 急に冷めた顔をしちゃって?」


 ――俺が本物の殺意を向けたあの男の、いつしかの会話。


「……お前は、赤目の戦士と結婚した。実験のために、子どもを作っていた……」


「そうよ。それがどうかしたかしら?」


 唇が、震えだす。


「過去にも似たようなことを喋った奴がいた。そいつは妻の実験に付き合わされ、赤目を失ったと」


「へえ。奇遇なこともあるものね。一体そんなことを口にしたのは、誰だったのかしら?」


 白々しい物言い。真相に近づいていっているのに、だんだんと震えが止まらなくなる。


「二年前、俺が牢獄に入れられる前にあった男。ラディンガルのカジノで出会ったそいつの名は、ローダー」


「あら嫌だわ。まさか本物の夫と会ってたなんて」


 身の毛がよだった。夫と、言った。夫だと、確かにそう言った。


 セレナも勘付いてしまったのか、目を丸くしている。


「……お前は、ネアとユリアの他に、もう一人子どもを作った」


「ふーん。よく知ってるじゃない」


 過去にセレナと会った、一人の少女の顔が思い浮かぶ。雨をやり過ごそうとしたあの日。偶然森の中で出会ったやせこけた少女。目が見えずとも純粋に世界を見たいと願った、今はもう戻らない存在。


「本当に、お前が……」


 全身が熱くなるのを感じる。


「お前が、イデアの母親か?」


「さあ。そんな子もいたかしら、ねぇ」


 カミエラから薄気味悪い笑みがこぼれる。それを見て、どうしようもないほどに増した熱を感じた俺は、耐えきれないとばかりにサーベルの刃を抜き取ろうとした。このまま、あいつを!


 だがその時、俺とカミエラの間に突然光が現れると、床に灰色の魔法陣が浮かび上がっていた。それを目にした瞬間、カミエラは歯を見せるほどの興奮を示す。


「来た! やっと来るのね! 実験の完成品が!」


 感情が高ぶるあまり、カミエラが魔法で縛っていたネアを乱暴に俺たちに投げてきた。それにラシュウが身を挺して飛び出し、なんとかネアを受け止める。


「ネア! 無事か?」


 ラシュウが声をかけても、何も見えていないかのように放心しているネア。その間にも、転移魔法を表す灰色の光は刻々と強まっていく。


「三人目を知るあなた! あなたにとっても嬉しい出会いになるはずよ!」


「出会い? 何を言っているんだ?」


 あの狂人は、次に何をするつもりだ?


 出会いというのは、まさかそんなことないよな!?


 だってあいつはもう……


「さあ! 私の可愛い娘よ。生まれ変わったその姿を見せるのよ!」


 光の柱が天井にまで伸びていく。その眩しさに腕で顔を覆うと、魔法陣が消えた時に、俺はとんでもないものを目にしてしまった。


「……こいつは!?」


 円形の腹部から生えた八本の足。そのフォルムを目にした瞬間、俺の記憶からトラウマが呼び起こされ、全身が一気に引き締まるのを感じる。それは紛れもない蜘蛛の魔物。体格的にはキング級の大きさ。だけど、普通の魔物じゃないと一目で分かる。


 中央に集まった目が六つ、すべて見開かれる。その目は蜘蛛ではなく明らかに人の目。黒くて宝玉のように輝く瞳ではなく、白い結膜に黒の瞳孔という生々しい瞳。口元にサメのように小さな牙が何本も生えており、その上にある少女の体が繋がっていた。


 俺は、思わずその少女を二度見する。蜘蛛の体に人間の顔が見えれば、誰でも自分の目を疑うだろう。だが、俺がそうしたのはもっと別の理由だった。その少女の顔が、どう見ても彼女にしか見えなかったからだ。


「そんな……あれってまさか……イデア?!」


 両目を閉じた白いワンピースの少女。腕をだらんと下ろし、下半身が蜘蛛の体と同化したそれは、どう見ても見間違いではなかった。一点に凝視してしまう様を、カミエラに笑われる。


「アッハッハッハ! 思ったよりいい顔をするわね! そんなに仲が良かっただなんて、私も知らなかったわ」


「それじゃこいつは、本当に!?」


「そうよ。彼女は私の娘のイデア。さあ、ご挨拶してあげなさい、イデア。その目をしっかり開いてね」


 そう言われると、固まっていたイデアの体がわずかに動き出し、ゆっくりとその目を開いた。彼女の目は、ラシュウと同じものだった。一つは真っ赤な瞳、もう片方は光の届かない闇のように漆黒だ。


「そんな……何があったんだ、イデア!」


 俺が語り掛けた言葉に、イデアではなくカミエラが答えてくる。


「話しかけても無駄よ。もう人の感情なんてないのだから」


「なに!」


「イデアはもう人じゃない。赤目ともう一つの力を手に入れて、娘は生まれ変わったの」


「待てよ! イデアはあの時、俺の目の前で亡くなったはず。それがどうしてまた生き返ってるんだ!」


「手下に命令すれば手に入ったわ。禁忌級聖属性魔法を知ってれば、話しは分かると思うのだけれど」


 禁忌級聖属性。ラディンガル魔法学校のアルトが試そうとした、死者蘇生の魔法。


「まさか、死体を蘇らせたってのか!?」


「そう。誰かの命を代償に『リザレクション』が発動すれば、イデアは息を吹き返す」


「自分の部下にそれを命令したってか!」


「実験に犠牲はつきものよ」


「犠牲だと! 全部お前が勝手にやったことじゃないか! イデアだってこんなことを望むはずがない。なのに、イデアはこんな姿に……」


 蜘蛛になり果てたイデアを見つめる。本当に自分の意志が宿ってない、まるで蝋人形が蜘蛛に刺さったかのような有様。目が見えず、世界を見たいと願っていた彼女が、やっと見開いたのがこの瞬間だと……。

許せない。絶対に、あいつは許せない!


「どうしてだ! どうしてイデアだったんだ!」


「単純なことよ。イデアの父親は赤目の戦士。その血が流れている彼女なら、赤目になりえる可能性があった」


 遺伝子の話しか! でも、イデアの目は片方が黒い。これは完成品ではない。


「だとしても、このイデアはただの赤目じゃないだろ!」


「彼女にはもう一つの力を与えてあげたのよ。そうしないと目が見開かなかったのよ」


「もう一つの力?」


「知ってるかしら? この世界には、魔物を生み出す研究をしている魔法使いがいるのよ」


「魔物を生み出す、だと!?」


 俺がそう返した瞬間、異形のイデアの隣に、人一人分の魔法陣が床に浮かび上がった。それが灰色の柱を光にして映し出すと、そこから黒装束の赤メッシュ。あのアマラユが姿を見せた。


「アマラユ!? どうしてお前がここに?」


 まさかの登場に俺は当然の疑問を口にした。それに答えたのは彼ではなくカミエラだった。


「彼なのよ。魔物を生み出す研究者の正体は」


 その告白に俺たちが目を見開くと、アマラユは不服そうに顔を俯かせながら喋り出した。


「全く美しくない魔物だ。こいつの実力を測りたいなら、さっさと済ましてくれないかな。カミエラ」


 アマラユはそう吐き捨てたが、ある一言に引っかかった俺はとっさに口を挟んだ。


「待て! 魔物って、まさかイデアのことか?!」


 俺は血の気が引くのを感じながらそう聞くと、アマラユは平然とした様子で返してきた。


「彼女はもう人ではない。赤目と魔物の力、その両方を手に入れた融合体だ。強いて名前を付けるなら、『化け物』がお似合いだろうな」


 それは、俺が思っていた通りの回答で、それと同時に聞きたくなかった答えだった。イデアは人でなくなっただけでなく、魔物となって生まれ変わってしまった。一体彼らは、どれだけ彼女を傷つければ気が済むのだろうか。


「お前ら……絶対に許さないぞ……」


 震える口から出た呟きを、アマラユに「ん?」と聞き返される。その裏から顔を青ざめているセレナの顔が見えると、俺の怒りは頂点に達した。


「好き勝手人を物扱いしやがって! 人の皮を被った悪魔ども! 覚悟しやがれっ!」


 激情に駆られるまま走り出す。腰のサーベルを引き抜きながら、一心不乱にアマラユに迫っていくと、意識が遠のくのを感じながら俺はサーベルを振り下ろそうとした。しかし、彼は冷静に口だけを動かしてきた。


「愚かな。目の前の脅威から目をそらすとは」


 俺の耳が確かにそう聞こえた瞬間、サーベルを持った右腕が何者かに掴まれた。振り下ろそうとしたその腕がビクとも動かないと、とっさに意識が戻った俺は、慌てて顔を振り向けた。そこで見えたのは、イデアの細くて小さい手が、俺の腕の肉が食い込むほど強く握っている姿だった。


「イデア!? んな!?」


 なんとか抵抗しようとした俺だったが、その努力もむなしく体が浮き上がると、そのままイデアの下ろした腕と共に、鉄の床がへこむほど強く背中を叩きつけられた。


「ハヤマさん!」


 セレナの悲鳴の叫びが耳に入る。背中から手足に渡って、電撃を受けたかのような痺れが走っていった。かろうじて後頭部は直撃はしなかったものの、石のような拳でぶたれたような痕が強く残っている。


「くっそ! マジかよ!」


 痛みを声に出して耐えながら、力が抜けたイデアの手を振りほどく。そうして急いでその場に立ちあがり、またイデアが掴んでこようとするのを飛び退いて避けた。


「大丈夫か、ハヤマ?」


 引いた先でラシュウが俺に聞いてきた。


「痛えけど動けないほどじゃない。協力してくれ、ラシュウ」


「分かってる。こんなところで死ぬわけにはいかない!」


 そう言ってラシュウが抱えていたネアを下ろし、背中の槍を手に取って構える。俺も再びサーベルを構え直してみせると、魔物と化したイデアの裏から、カミエラが指示を出してきた。


「イデア。赤目と魔物の力が融合した時、どれだけの破壊力を手にするのか、私たちに示してみなさい」


 イデアが何も言わないままでいると、確かに指示を聞いたのか、蜘蛛の足で俺たちの前に近づいてきた。

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