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17‐3 さっさと二人を探した方がいいかもな

 眩い光がやっと晴れると、俺とセレナとネアの三人は再びジバの城下町に戻っていた。今いる場所が、大通りに繋がる狭い路地裏の道だと気づくと、他に人がいないのを確認してネアが喋り出す。


「ねえハヤピーとセレナちゃん。アマちゃんが最後に言った言葉、聞こえた?」


 ――醜い真実を知るはめになるからね。


「私は聞こえましたよ。ネアさんとユリアさんの二人だけは、絶対に捕まらないことをお勧めする。一体どういうことなんでしょう。どうしてアマラユさんがそんなことを?」


「きっとあいつは、まだ実験について知ってたんだよ。多分、今ネアたちが狙われてる理由も知ってるんだ」


 俺の推測にセレナが納得するようにうなずく。もう辺りにアマラユの姿がないことを知って、俺は少し後悔する。


「あそこまで聞いてたんなら、ちゃんと全部聞くべきだったな。と言ってもあれか。はっきり言わなかった分、あいつも全部を教えるつもりはなかったんだろうな」


 自分で言って自分で納得すると、ネアは思い悩むように腕組みをしていた。


「醜い真実……。一体、何なんだろう?」


 記憶喪失ではなかったネアでも心当たりがないようだ。あの人体実験には、まだ謎が残されているということなのだろうか。もしそうだとしたら、実験の内容をネアから聞かなければ俺たちには分からない。


 俺はネアの顔を横目に見る。白い肌に曇りのない瞳。まるで辛い過去があったなんて微塵も思わせないような様子。それに、俺は切り出す勇気を持てなかった。


「……考えても分からなさそうだ。今はそんなことより、さっさと二人を探した方がいいかもな」


「あ、そうだったね。早速探しに行かなくちゃ」


 ネアが両手に握りこぶしを作って意気込んでいると、彼女が動き出す前に肩に手を置いた。


「ちょっと待ったネア。一応お前は追われてる身なんだ。堂々と街中を歩くのは避けた方がいいだろ」


「それはそうだけど、でもそれじゃ、二人を見つけられないよ?」


「俺が代わりに探しとくよ。ネアはセレナと一緒に、城の中で待ってろ。テオヤたちも、城の中まではさすがに探しに来ないはずだ」


「いいの任せちゃって? この都、結構広いと思うけど」


「まあそうだが、知ってる奴らにも協力してもらえば、きっと見つけられるだろう」


 俺の説得にセレナが口を挟んでくる。


「そしたら、私も転移魔法で探しますよ」


「いや、セレナはネアの隣にいてくれ。城で一人でいても仕方ないだろうし、万が一があれば魔法で逃げられる。代わりに、ヤカトルが暇そうにしていたら、探してくれるよう頼んどいてくれ。あいつの足があれば、すぐに見つけられるだろうし」


「そうですか。分かりました。私はネアさんと一緒に、お城の中で待ってますね」


 セレナはそう言って両手を広げると、自分の足元に灰色の魔法陣を作り出した。ネアも一緒に囲むように広がったそれが光り出すと、セレナが目を閉じて集中し、「ワープ!」と唱えた。


 魔法陣から光の柱が飛び出す。二人の姿がその中に包まれて見えなくなると、光が消えたと同時にセレナとネアがその場からいなくなった。無事城の中へ転移したのだと信じると、俺はラシュウとユリアを探すために、路地裏から大通りに出ていった。


 街を進む途中、すれ違った二人の市民から結婚にまつわる会話が聞こえると、俺は前にも似たようなことがあった気がした。


 大きな街中を一人で歩き回る。それは確か、フェリオンのとある村でセレナが倒れた時、王都ピトラへ向かって、一人で風邪薬を買った時と同じ状態だった。


 ただのお使いであれば、さほど記憶にも残らない出来事だが、その時は少しややこしい状況で、異世界の言葉を知らない俺は、言語が通じない中で身振り手振りで風邪薬を買ったのだ。


 街中を歩き続ける中、今度は親子で時間魔法について話しているのが聞こえてくる。俺がこの異世界で言葉を理解しているのは、セレナの発動するトランスレーションの魔法のおかげである。本来妖精と会話するために使われるこの魔法は、便利なことに異世界との言葉の壁も崩してくれた。しかもその魔法は、たとえセレナが隣にいなくても、一定の距離から離れなければ効果は永遠に続くそうだ。


 まるで電波のような仕組みの魔法だが、フェリオンでセレナから大きく離れすぎた時は、魔法の効果から外れてしまい、ほどほどに不安を感じたのをよく覚えている。


 ふと城を振り返ってみると、尊大な天守閣が少しばかり小さめに見えた。ここから大体一キロぐらいの距離感だろうか。今のところはまだ大丈夫なようだ。


 もっと考えてみれば、ラディンガルで捕まっていた時も効果が残っていたのだ。王都の城からセレナがいたドッグフードまでは、これの十倍くらいの距離があったはずだ。そう考えると恐らく、俺がジバの外に出ない限りは何も問題ないのだろう。


 そう一人で推理しながらも足を進めていくと、俺はたまに駆け足をする程度の調子で街中を歩き続けていった。



 ――――――



 ジバの城下町のとある路地裏にて。影でうごめく黒服の一人。ペストマスクをつけたその男が膝をつく。目の前には、右目に眼帯を付けた濃艶の女性カミエラと、その隣で不気味に佇むテオヤがいた。


「ご報告します。三人組の一人、最年少の女性を発見しましたが、その隣にいた女の魔法使いの魔法により消息不明に。恐らくは、どこかへ転移したものかと」


 黒服の報告にカミエラが呆れるように言葉を返す。


「あらそう。みすみす逃した報告をしに、私の前に来たってこと」


「申し訳ありません」


「顔を上げなさい」


 黒服が素直に顔を上げ、カミエラは彼の前で足を曲げて顔を近づける。そして、右手の人差し指で男の首をなでたかと思うと、男は慌てて自分の首を片手で抑え出した。


「――あっ!? あつ! あつい!」


「私、失敗の報告なんて求めてないの。こっちの準備はやっと終わったって言うのに、あなたたち捜索隊は未だに三人を捕まえられない。よくもまあそれで、新世界を共に切り開きたいだなんて言えたものねぇ」


 右手から赤い魔法陣が浮かんでいると、カミエラはその手で魔法陣を握り潰す。すると黒服の首から煙が出始め、男はそれを両手で抑えながら更に悶えた。


「かあ! ああ! あっ!」


 火傷していく様を黙って見つめるテオヤ。カミエラが笑みを崩さないまま立ちあがる。


「私の世界に弱者はいらないの。自分が強者だと思うのなら、しっかり結果を残しなさい。やけどなんかに気にせずにね」


「そこまでにしたらどうだ」


 そう声をかけたのにカミエラが顔を向ける。隣にいたテオヤではなく、路地裏の道から歩いてきた別の人間だった。


「戦力を減らすのは、あまり得策とは思えないな、カミエラ」


「あら。そっちの用は終わったのかしらね、アマラユちゃん」


「その呼び方はやめろ。若くもない歳でちゃん付けは、どう見ても気色が悪い」


「実力がある人間は、私のお気に入りになってしまうからどうしても、ねぇ」


 話しながらカミエラが右手をパッと開くと、地面に倒れて悶えていた黒服は、乾いた声で何度も咳込んだ。その光景に嫌気が差すようにアマラユが会話を続ける。


「この世に私以上に恐ろしいものはないと思っていたよ。君と出会うまではね」


「嬉しい言葉ね。それで、あなたも私に何か報告かしら?」


「新しい標的が現れた。そいつの捜索を頼みたい」


「へえ。ここに来て新しい標的だなんて」


「あの日からてっきりいなくなったと思っていたが、まだこの都に残っていたらしい」


「そいつは今までずっと隠れていたってことなのね」


「見つけようがないさ。なんたってその男は、赤い目を隠し持っているからな」



 ――――――



 城を中心に、大きく円を描くように歩き続けてもうどれくらいか。夕暮れ時が訪れた空を見上げた俺は、未だ一人のままだった。


 どこまで行っても見つからない。やっぱり都中を一人で探し切るのは無理だったか。


 そう諦めかけた時、街中に下ろした目の先に見覚えのある猫の被り物が見えた。


「あれは……ユリアか? 隣の奴もフード被ってる!」


 二人の後ろ姿に確信を持った俺は、一目散に駆け出した。


「おーい! ラシュウ、ユリア!」


 俺の声に二人が振り向いてくると、切れたフードの切れ端から、ラシュウの赤目がしっかりと見えた。もう一人の猫もやけにリアルな作りだと分かると、俺は二人の前までたどり着いて話しかけた。


「やっと見つけた。お前たちをずっと探してたんだ。ネアを探してたんだろ? あいつなら城で待ってるから、一緒に行こう」


「ネアが?」


 ラシュウが聞き返してくる。


「ちょっと前に会ってな。お前たちが狙われてるのも知ってる。ラシュウたちは逃げてたんだろ?」


「そうだ。あの兜の男、そして眼帯の女は危険だ。相手にしたくない」


「そこら辺の事情も分かってる。ネアならセレナがついてるから、とりあえず安心しろ」


「そうか」


 そう言ってラシュウが勝手に歩き出していくと、そのまま奥にそびえたつジバ本城に向かっていく。ユリアもその隣を歩いて行くと、俺も慌ててその後を追っていった。久しぶりなのに挨拶もなしとは、彼ららしい。


「ユリアは元気なのか?」


 猫の頭がこちらを向かないまま、一回だけうなずいた。相変わらずの無口にむしろ安心感を感じられる。


「ラシュウも相変わらずって感じだな」


「ああ。相変わらず奴らに追われている」


「結構苦労してそうだな。でも安心しろ。ネアと無事に会えたら、セレナの転移魔法で遠くに逃げられるはずだ」


「それは助かる。暇な時に会えたら、その時に恩を返そう」


「だったらその時は、セレナのために甘いスイーツを用意してやってくれ。最近は魔法の練習続きでちょっと参ってる感じだから」


「了解した。約束しよう」


 変に目立たないよう慌てる素振りを見せずに足を進める。俺たちの間にしばらく沈黙が流れたが、俺は久々の再会だと思うと、なんだか感慨深いなと思った。


「あれからもう三年が経ったんだよな。そっちは何か変わったこととかないのか?」


 前を向いたまま俺はそう呟いたが、ユリアは当然として、ラシュウから返答がなかった。だんまりかと思って顔を向けると、そこには俺を変な目で見下ろしているラシュウがいた。


「どうした? そんなに俺を見つめて?」


 そう呟くと、ラシュウの目が更に丸くなった。何かとても驚いている様子だったが、その口が開かれた瞬間に、その原因はすぐに分かった。


 そこから聞こえた彼の声は、全く聞いたことのない、異世界の言葉だった。


 俺は、一瞬で背筋が凍る感じがした。城には近づいている。二人と出会う前から言葉も通じていた。それなのにこの感覚。言葉が分からず海外にポッと放り出されたようなこれは、電波のような魔法の効果距離から離れた時と、まるで同じ感覚だ。


「まさか……セレナ!?」


 嫌な予感に押されると、俺は全速力で走り出していた。今ラシュウと会話ができないということは、セレナの魔法の効果が切れたということ。突然効果が切れることなんて一度もなかった。何かあったとしか思えない。


 必死の思いで走り続ける中、後ろからラシュウとユリアたちも後を追ってくると、再びラシュウの声が聞こえた。


「いきなりどうした! 何かあったのか?」


 今度はそうはっきりと聞こえた。俺はすぐに言葉を返す。


「俺にかけられてるセレナの魔法の効果が切れた! セレナの身に何かあったんだ!」


「何!? ネアはセレナと一緒にいるんだろ?」


「ああそうだ。ネアも危ない状況かもしれない。急がないと!」


 ネアのことを口にした瞬間、隣車線から車が出てくるようにユリアが加速して前に出ていく。 俺とラシュウも負けじと必死に足を動かし続けると、一キロほど離れていた城まで走り抜けていった。


「俺だ! こいつらと通させてもらうぞ!」


 門前にいた顔見知りの兵士にそう告げながら、さっさと中へ入っていく。城の入り口をくぐり、廊下を走って階段を飛ばし飛ばしに登って、そのままの勢いで二階を駆けていく。せわしなく廊下の木板をギシギシ鳴らしていると、ようやくセレナが使っている部屋の前にたどり着いた。


 乱れた息をそのままに、俺は願うようにゆっくりと手を伸ばしていく。そこにいるはずだ、問題なんて起こってるもんかと。そう強く願いながら、勢いよくふすまを開けた。そこに見えたのは、荒らされた形跡の残った畳部屋。人の姿が誰一人として見つからず、セレナとネアがいないぬけの殻だった。

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