17‐2 しがない魔法使い
アマラユが発動した魔法陣から光が消え、辺りに木々が生い茂っているのが見えてくる。どこにでも見られるような林の中に転移したのかと思うと、背後にジバの城下町を守る石の城壁が遠くに見えた。
「ひとまず理解してもらいたいが……」
アマラユが早速本題を切り出した。
「私は実験の関係者ではない。ただそんなことがあったという事実を知っているだけで、外部から協力したわけでもない」
ネアが疑い深い視線を彼に送る。
「それが本当だって言うなら、まずあなたの正体を教えてよ。ベルディアの決闘祭りの魔法で優勝して、最強トーナメントでも準決勝まで進んだあなたは、一体何者なの?」
「私の正体か。いつもならしがない魔法使いとしか答えないが、今回はそれで納得してもらえないのか。あまり自分のことを誰かに話したくはないが、そうも言ってられないか」
「早く答えて。あなたは一体何者なの?」
はぐらかそうとするのを許さないように、ネアはピシャリと言い放つ。
「私は大層な者ではない。たまたま誰よりも強大な魔力を手に入れた、しがない魔法使いであることに変わりはないんだ。ただ、世の中のあらゆる『真実』というのに興味があってね。赤目生成実験の話しも、独自の方法で調べていった結果、真相にたどり着いたまでだ」
「本当なんだね? 自分で調べただけって」
「私は嘘をつくのは苦手なのでね」
胡散臭いような言い分だが、彼の言動からはどこにも嘘をついているようには見えなかった。真っすぐに見つめたまま動かない瞳に、何かを隠そうとしていない堂々とした発言。確証を得るため、俺は念のために一つ質問を追加する。
「本当だって言うなら、他にも真実を解き明かそうと調べた何かがあるんじゃないのか? それを言えば、きっとネアも信じるだろ」
「ふむ。それもそうか。だがその前に……」
アマラユが不自然に背後に振り返ると、右腕を横に開き、自分の前に黒色の魔法陣を作り出した。
「中級死属性魔法。ヴォーパルエッジ」
いきなり魔法を唱えると、彼の頭上に黒色の光が集まり出し、それらがやがて二本の黒い棘となった。短剣ほどの鋭利さと長さを持ったそれがクルクルと回っていると、突然ピタっと動きを止め、彼の足下めがけて一瞬で落ちていく。
「――ギュル!?」
薄気味悪いその断末魔が突然聞こえると、俺は身の毛がよだつ感覚がした。脳裏に深く埋め込まれたその声と、今聞こえた鳴き声の波数が完全に一致している。アマラユが俺たちに見えるように場所を動くと、小さな蜘蛛の魔物、リトルスパイダーの死体がそこに転がっていた。
「うえ、蜘蛛の魔物か……やめてくれよ、こんな時に」
酷く怯えた声でそう呟くと、アマラユが鼻で笑ってきた。
「フフ。この魔物は苦手なのかな? 随分と可愛らしいところがあるようで」
「うるせえよ。トラウマはそう簡単に克服できねえんだ」
「それはもっともだ。だが丁度いい。君たちが私を信用してくれるのなら、魔物がなぜ今も増え続けているのかを教えてあげよう」
彼がそう言い切った時、俺たち三人は目を見開いていた。中でもひと際驚いていたセレナが代表して聞き返す。
「そんなことが分かるんですか? ギルドを中心に世界規模で調べているのに、魔王が倒されて三年経ってもまだ分かっていないことなんですよ」
「謎を突き止めるのは、私の趣味みたいなものでね。知りたいと思えば、とことん調べ尽くすのが私のやり方なんだ」
もし本当に真実を突き止めたというのなら、かなりのことを成し遂げていることになるが……。
「このプルーグに魔物が増え続けている理由。それはある一つの魔法が関係している。滅多に存在しないと言われるその魔法の名前は、『転世魔法』」
「え?」
ボソッと声を洩らしたのはセレナだった。当然、俺も唐突過ぎて目を丸くしていた。まさか魔物が増えている理由の話しで、セレナが追い求めている転世魔法という言葉が出てくるなんて、全くの想定外だ。
「転世魔法の効果は、異なる世界とこの世界を繋ぐもの。本来この世界に存在しなかった魔物たちが、魔王が統べていた魔界という場所から現れたのは有名だが、それを可能にしたのが転世魔法というのは知られていない」
これは真実を語っているのか? アマラユ自身に嘘の臭いはまるでしないが、本当にそれが正しいと? けれど、考えてみれば理屈は通っている。魔界とかいうのも、前にラシュウから聞いていた話しで、その別世界と繋がることも転世魔法なら可能だ。
「それでも、転世魔法を使うにしても、あんなに大量の魔物を召喚できるはずがありません。一度の使用で必要な魔力は、かなり大きいはずです」
魔法使用者としての意見が出てくる。
「この世に大量の魔物を召喚した魔王は、その魔法を限りなく極限まで極めていたのだろう。その証拠に、プルーグ中のダンジョンに転世魔法の効果がまだ残っている」
――今もダンジョンに残ってる!?
「本当なんですかそれは!」
「私はこの目で見たことがある。ダンジョンの最下層で一日中過ごしてみた時、確かに銀色の魔法陣が浮かび上がり、そこから魔物たちが現れ出てきた。間違いなくあれは、転世魔法の残り香だろうね」
「そんな……あり得ません。転世魔法がずっとあると言うよりも、一度発動した魔法が三年以上も残っているなんて、聞いたことがありませんよ」
「しかも魔王は死んでるんだろ。死してなおも魔法が残ってるなんて、あり得るのか?」
「魔王の実力を甘く見てはいけないよ。結局は倒された魔王でも、プルーグは半壊状態にあったんだ。フェリオン連合王国を中心に、各地の街や村でも被害はあった。このジバの都でも、時間魔法を使える王族様が殺されてたはずだ」
キョウヤの両親を亡くした話しを思い出す。それ以外にも、この異世界には崩壊した街や人なんてたくさんいた。討伐した日から三年経ったと言っても、それは大きな歴史の中で見たらほんの誤差でしかなくて、今はその誤差から正常に戻るための埋め合わせの時間なのかもしれない。
「魔物が出てくる理由は分かった。それでお前が異常なまでの真理探究者ってのも理解した。けど、一体どうやってそこまでのことを調べ上げたんだ?」
あまりに知りすぎていてむしろ恐ろしいと思っていた。だからこそその質問を投げかけたが、アマラユからの返事は苦いものだった。
「それ以上を知ってどうするつもりだ? 私とて、自分のことをあまりベラベラと喋りたくないのだが」
「そ、それは……まだ怪しい部分が晴れないからだ」
「私としては、どうして実験の内容を君たち二人が知っているのかが気になるところだ。人に聞いといて、実は自分たちも怪しい動きをしてるんじゃないのかな?」
上手い事切り返されると、ネアも俺とセレナに振り返ってきた。神妙な面持ちで、その内容を知ることに躊躇わない様子だ。俺は正直に話すことにした。
「話しを聞いた。ラシュウからだ」
「ラシュウが?」
「そう。黒服からネアを助けてあげた後、あいつがオッドアイなのを見てしまって、それで教えてもらったんだ」
「そっか。ラシュウが二人に……」
悲しげにネアは呟いているが、あまりうろたえてはいなかった。
「ネア。その様子だと、お前、記憶喪失だったって話しは……」
「……嘘ついちゃってごめんね。でも、あまり話したくない内容だったから。それだけ分かってほしいかな」
俺はなぜあの時、ネアの嘘を見抜けなかったのか考えていた。急に様子を変えたラシュウに目を奪われたのかとも思ったが、実際はそうじゃない。今事実を告白したネアの顔。乾いた愛想笑いを浮かべて、今まで俺たちを騙していたのにあまりあくびれてない様子の彼女を見て、はっきりした。
ネアは、もう嘘をつきなれているのだ。
きっと、俺たち以外にも何度も事情を話したことだろう。嘘を重ねていけば、その真実から目を離すことだって出来る。まるでなかったかのようにすることだって、人間にはできないわけではない。
「けど、ユリアだけは別だからね。ユリアだけは、本当の記憶喪失だから」
「そう、なのか。分かった。彼女の前では、ちゃんと意識しておくよ」
誰かにとっては本当の話し。真実が含まれた嘘なら、なおさら見破るのが難しい。彼女に感じてた違和感の正体がそれで掴めると、俺はアマラユに目を向けた。
「それで、実験の内容を知ってるアマラユは、ネアたちを助けるつもりでいるのか?」
さっきも通りに出ようとしたのを引き止めたと言っていたし、そうなのかと思っていた。しかし、アマラユは首を振った。
「まさか。たまたま目の前にいたからその時は止めただけ。私は関与するつもりはない。他のことで忙しいからね」
「そ、そうなのか。あっとそうだ。最後にこれだけ教えてくれないか?」
「質問の多い奴だ」
「知らないといけないことなんだ。テオヤについて、何か知らないか?」
「あの兜の赤目か。その女の方が詳しいだろ」
アマラユはネアを指差していた。ネアが知っているということで、嫌な予感がする。
「あの人は、いつも私たちを見張ってた人だよ」
見張り……。まさかのそっち側だったのか。さっき出会った時に見た女性も、恐らく実験の関係者だろう。それでユリアを捜していたということは、つまりはそう言う立場なのか?
「あいつが、あっち側なのか……」
テオヤとは赤目の人格で接する時間がほとんどだったとはいえ、今の俺に向かっても色々と助言をくれたのは確かだ。俺が二年で牢屋を出られたのも、彼が付き合ってくれたからこそできたこと。その事実を再確認してしまうと、どうしても実験に絡んでいたという話しを受け入れづらかった。
「ああくそ。にわかに信じきれない。あいつにそんな二面性があったっていうのか。いつも兜被ってるから、そうだとしても気づきようがないし……」
頭を抱えてしまうと、アマラユが一言口出ししてきた。
「そんなに悩むのなら、直接本人に聞いたらどうかな?」
「本人に? でも、素直に教えるとは思えないが……」
「教えなかったとしたら、きっとそっち側の人間だったということだ」
嫌な提案だ。けれど、下手に回りくどい思考を巡らせるより、よっぽど簡潔で手っ取り早いのも事実。俺の中に揺らぎが生じていると、ネアが気持ちを汲んできた。
「それは難しい提案だよ、アマちゃん」
「……なんだその気持ち悪い名前は?」
唐突につけられたあだ名に、アマラユは当然の反応を見せていた。
「だって、アマラユって四文字、ちょっと呼びづらいと思うの。だから、最初の二文字を取ってアマちゃん。可愛らしくていいと思うんだ。ほら、なんだか見た目に反して甘い物が好きそうだし」
「甘い物は大の苦手だ。それに最後に『ちゃん』をつければ、五文字になって余計増えてるだろうが」
「細かいことはいいの。ネアはこれからあなたのこと、アマちゃんって呼ぶことにしたから」
なんて強引な奴なんだと、アマラユが目でそう言っている。そうとも知らずにネアは我が道を進むように一人喋り続ける。
「ネア。そろそろラシュウとユリアを探さないと。あの二人だから大丈夫だとは思うけど、きっとネアを必死になって探してるかもしれないから」
そう言ってネアが城壁に向かって行こうとする。それにアマラユが手を伸ばし、灰色の魔法陣を地面に浮かべる。
「ここに連れてきた分、私が都に送り返してやる」
「本当? ありがとうアマちゃん。アマちゃんっていい人だったんだね」
「いい人、ねぇ……」
思わせぶりな感じで、彼はそう小さく呟いた。魔法陣から光があふれ出すと、今度ははっきりと声を発してくる。
「君に残しておくことが一つある」
「へ? ネアに?」
強まっていく光で次第にアマラユの顔が見えなくなる中、彼は最後にこう残した。
「君と猫を被った女。二人だけは絶対に捕まらないことをお勧めするよ。醜い真実を知るはめになるからね」
「え? それってどういう――」
ネアが続きの言葉を喋ろうとした時、転移魔法は既に効果を発揮していた。